物理好きの高校生・大学生のための読み物シリーズ

わかるすり抜け

越えられない壁を、越えずに向こう側へ ── 太陽が燃えているのも、原子1個が見えるのも、真空がいつか崩れるかもしれないのも、同じ一つの理由による。指数関数の肩に乗った量が世界を決めていて、その肩は摂動論からは絶対に見えない。姉妹編「わかる温度」の虚時間と「わかる繰り込み」の繰り込み群を、非摂動という一本の糸でつなぎ直すシリーズ。

本編7・完結 + 番外7 各話:日常語 → 一つの比 → 種明かし → 練習問題 動く図つき/印刷・PDF化対応
背骨は一文 ── すり抜けとは、虚時間の中をふつうに歩くことである
時間を虚軸に回すと壁が谷にひっくり返り、越えられなかった障壁が歩いて渡れる坂になる。そのときの手間賃が e^(−S_E/ℏ)(第1回)。太陽が燃えているのは、陽子がクーロン障壁をすり抜けているから ── 熱だけでは3桁足りない(第2回)。熱で越えるか、すり抜けるか。分かれ目の温度に現れる 2π は、ウンルー温度の 2π と同じ 2π(第3回)。位相がそろった超伝導体をつなぐと、すり抜けが電流になる(第4回)。ところが超伝導そのものは、すり抜けではない ── ここで自分の主張を一度否定する(第5回)。それでも両者は同じ非解析性を持っていて、その正体は摂動論に見えない指数(第6回)。仕上げに ── すり抜けるのは粒子だけではない。真空そのものがすり抜ける(第7回)。
番外7本では、常温核融合が起きない理由を本編の道具で計算し、本物の常温核融合(ミュオン触媒)を見て、原子1個が見える理由と、すり抜けに何秒かかるかという未決着の問題、生き物がすり抜けを使っているのかを扱い、最後に室温超伝導の30年で番外①と対を成します。
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本編
第 1 回動く図つき
すり抜けとは、虚時間の中を歩くこと

壁を越えられないはずの粒子が向こう側にいる。不思議に見えるのは、実時間で見ているから。時間を虚軸に 90 度回すと壁は谷に反転し、粒子はただ坂を歩いて渡る。往復にかかった作用が、そのまま確率の指数の肩に乗る。P ≈ e^(−2S_E/ℏ)

第 2 回動く図つき
太陽が燃えているのは、すり抜けているから

太陽中心の k_BT は 1.3 keV、陽子どうしのクーロン障壁は MeV 級 ── 3桁足りない。それでも燃えているのは、すり抜けているから。熱の裾とすり抜けの積が作る「ガモフピーク」が、恒星の燃え方を決めている。P ∝ exp(−√(E_G/E))

第 3 回動く図つき
熱で越えるか、すり抜けるか ── 分かれ目の温度

熱で乗り越える確率は e^(−E/k_BT)、すり抜ける確率は e^(−S_E/ℏ)。どちらも指数で、どちらも虚時間の言葉で書ける。だから必ず交差する温度がある ── そしてそこに出てくる 2π は、「わかる温度」最終回のウンルー温度の 2π と同じもの。T₀ = ℏω_b / 2πk_B

第 4 回動く図つき
位相がそろうと、すり抜けが電流になる

超伝導体を薄い絶縁膜で挟むと、電圧をかけていないのに電流が流れる。流れる量を決めるのは電圧でも温度でもなく、両側の位相差だけ。すり抜けが「1個ずつの偶然」から「そろった巨視的な流れ」に変わる瞬間。I = I_c sin Δθ

第 5 回動く図つき自己否定の回
超伝導は、すり抜けではない

ここまで来ると「全部すり抜けで説明できる」と言いたくなる。言えません。超伝導の本体は障壁通過ではなく凝縮で、機構がまるで違う。それでも出てくる指数の形はそっくり ── 似ているのはどの層なのかを、はっきり分ける回。Δ ≈ 2ℏω_D e^(−1/N(0)V)

第 6 回動く図つき
摂動論に、絶対に見えないもの

e^(−1/g) を g で何回微分しても、g=0 では全部 0。だから摂動展開はこの項を一度も出せない。すり抜けも BCS ギャップもインスタントンも、この穴から入ってくる。そしてクーパー不安定性は、「わかる繰り込み」の言葉では marginal が relevant に転ぶ話だった。e^(−1/g) は g=0 で非解析

第 7 回動く図つき本編最終回
真空もすり抜ける

すり抜けるのは粒子だけではない。真空がより低い真空へ落ちる可能性があり、その確率も同じ e^(−S_E/ℏ) で書ける(コールマンのバウンス)。さらにホーキング輻射さえ「地平面をすり抜ける」と読める。シリーズの締めくくりとして、宇宙の寿命の話まで。Γ/V ≈ A e^(−S_E/ℏ)

番外編
番外編 ①動く図つき
常温核融合は起きるのか ── ニッケルとパラジウムの30年

1989年から現在まで続く論争を、本編の道具で計算して判定する。ガモフ因子は何桁足りないか、金属中の遮蔽はどこまで効くか。そして決定打は分岐比 ── すり抜けは「入口」の話であって、「出口」は変えられない。1 W の熱は毎秒 10¹² 個の中性子を意味する。入口は変えられる、出口は変えられない

番外編 ②動く図つき
本物の常温核融合 ── ミュオン触媒

室温で本当に起きる核融合が、ひとつだけある。電子をミュオンに置き換えると分子が 207 倍縮み、ガモフ因子が O(1) になる。動く。にもかかわらず採算に届かない ── ミュオンがヘリウムに張り付いて抜けなくなるから。α 張り付き 0.45% → 約150回で打ち止め

番外編 ③動く図つき
原子1個が見えるのは、指数だから

走査トンネル顕微鏡が原子を見分けられる理由は、レンズの精度ではない。距離が 0.1 nm 変わるだけで電流が 1 桁変わる ── 指数の急峻さがそのまま分解能になっている。「肩に乗る」ことの実感として、これ以上の例はない。I ∝ e^(−2κd)、0.1 nm で ×10

番外編 ④動く図つき未決着
すり抜けるのに、何秒かかるのか

壁の厚みを増やしても所要時間が増えない(ハートマン効果)。素朴に読むと光速を超える。だが情報は超えていない ── では「かかった時間」とは何なのか。定義が複数あって答えが違う、いまも決着していない問題を、決着していないまま丁寧に。τ は壁の厚みに依らない?

番外編 ⑤動く図つき
生き物は、すり抜けを使っているか

酵素の中で水素がすり抜けている証拠は、同位体を変えると反応速度が桁で変わること。鳥の磁気コンパスはラジカル対かもしれない。光合成の「量子コヒーレンス」はかなり誇張された。どこまでが実証で、どこからが流行語だったのかを分ける。k_H/k_D ≫ 7 なら、すり抜けている

番外編 ⑥動く図つき
室温超伝導の30年 ── もうひとつの「室温で起きてほしいもの」

番外①と対を成す最終回。BCS には上限があるはずだった。銅酸化物がそれを破り、高圧水素化物が 250 K に届いた。そして 2023 年、大きな撤回事件が起きた。「室温で起きてほしいもの」が2つあって、片方は本当に近づき、片方は30年動いていない ── 科学がどう自己修正するかの標本として。T_c: 23 K → 138 K → 250 K(170 GPa)

番外編 ⑦動く図つき最終回
すり抜けるものが、時空に広がるとき

読者の問いから生まれた回。第1〜5回のすり抜けは粒子だが、第6〜7回は時空に広がった形で、作用が幾何量になる。シュウィンガー効果は(半径=地平面までの距離)、コールマンのバウンスは4次元の球。そして球を実時間に戻すと双曲線になり、泡の光速膨張が説明不要になる。13話に引ける見えない継ぎ目の話。x²+(cτ)²=R² → x²−(ct)²=R²