わかるすり抜け第 6 回 / 摂動論に、絶対に見えないもの

物理でいちばん面白い部分は、たいてい摂動論の「外」から入ってくる

摂動論に、絶対に見えないもの \(e^{-1/g}\) を \(g\) で何回微分しても、\(g=0\) では全部ゼロ。
だから摂動展開はこの項を一度も出せません
ところが ── 摂動展開が「どのくらいの速さで壊れるか」を見ると、隠れた項の大きさが読める。

必要な道具:第5回の \(e^{-1/\lambda}\)、テイラー展開、階乗 この回の芯:n! で発散する係数が、インスタントンの作用を教えてくれる

物理の計算のほとんどは、摂動論です ── 小さい量で展開して、1次、2次、3次と足していく。量子電磁力学はこれで12桁合うところまで来ました。人類が作った最も精密な理論です。ところがこの成功の裏には、奇妙な事実が隠れています。摂動展開は収束しません。足していくとある所までは近づき、そこから発散し始める。しかも、いちばんよく近づいたときの誤差の大きさが ── ちょうど \(e^{-1/g}\)、すり抜けや BCS ギャップと同じ大きさなのです。これは偶然ではありません。摂動論は、自分が見落としているものの大きさを、壊れ方によって教えてくれる。この回でその仕組みを見て、最後に第5回の宿題 ── 超伝導とすり抜けが「第2段」でどうつながるか ── を回収します。

01まず、摂動論はとてつもなく成功している

電子の異常磁気モーメント(\(g-2\))は、微細構造定数 \(\alpha=1/137\) で展開して 5 次まで計算されていて、実験と 12 桁一致します。他の分野なら「合う」と言うのも憚られる精度です。摂動論を疑う理由は、実用上はまったくありません。

にもかかわらず、1952年にダイソンが、たった 2 ページで恐ろしいことを示しました。

ダイソンの議論(1952)

もし \(\alpha\) の冪級数が \(\alpha>0\) のどこかで収束するなら、複素平面で原点のまわりの円板で収束するはずです。すると \(\alpha<0\) でも収束していなければならない
ところが \(\alpha<0\) は「同符号の電荷が引き合う世界」── 真空が電子・陽電子の対を無限に作り出して崩壊してしまい、そもそも基底状態がありません。収束するはずがない。
したがって、収束半径はゼロ。摂動級数は「収束しない級数」です。

では 12 桁合うのはなぜか。漸近級数だからです ── 収束はしないが、途中まではどんどん近づく。近づくのをやめる場所があって、そこが「その理論で到達できる限界の精度」になります。

02いちばんよく近づいたときの誤差が、隠れた項の大きさ

この回の芯

摂動係数が \(a_n\sim n!/S^n\) で増えるとき、\(n\) 項目の大きさは \(|a_ng^n|\sim n!\,(g/S)^n\)。これは \(n^*\approx S/g\) で最小になり、そのときの大きさは(スターリングの公式から)

$$|a_{n^*}g^{n^*}|\ \sim\ e^{-S/g}$$

つまり ── 「最良の打ち切りで残る誤差」と「摂動論に見えない項」が、ぴったり同じ大きさ。摂動論は自分の限界のところで、見落としているものの正体を漏らしています。

量子電磁力学なら \(g=\alpha=1/137\) なので、最良の打ち切りは 137 次あたり、そのときの誤差は \(e^{-137}\approx10^{-60}\)。これ以上は原理的に近づけません(もっとも、いまは 5 次までしか計算できていないので、当分先の話ですが)。

03動かしてみる ── 足すほど良くなり、途中から悪くなる

言葉だけだと信じにくいので、実際に計算します。とても簡単な積分を使います:

$$Z(g)=\frac{1}{\sqrt{2\pi}}\int_{-\infty}^{\infty}\!\!e^{-x^2/2-gx^4/4}\,dx$$

これは0次元の \(\phi^4\) 理論と呼ばれる、場の理論のいちばん簡単なおもちゃです。\(g\) で展開すると係数は \(a_n=(-1/4)^n(4n-1)!!/n!\) で、階乗で増えます。厳密値は数値積分で出せます。

下の図で、部分和を1項ずつ足していってください。最初は厳密値(緑)にぐんぐん近づき、ある次数で最接近し、そこから暴れ出します。最接近の誤差が、\(e^{-1/(4g)}\) の目盛りと同じ高さにあることを確かめてください。

図:上=部分和(棒)と厳密値(緑の線)。下=厳密値からの誤差(対数)。最良の打ち切り次数 n* と、そこでの誤差の大きさを表示。誤差の下限は e^(−1/4g) 級から下がらない ── これが「摂動論に見えないもの」の大きさ
部分和 厳密値(数値積分) 誤差 e^(−1/4g) の高さ

04なぜ \(n!\) で増えるのか ── インスタントンが原因

ここが美しいところです。係数が \(n!/S^n\) で増える理由は、\(S\) という作用をもつ非摂動的な解が存在するからです。因果が逆向きに見えますが、そういうものです。

摂動論は、自分に見えないものの存在を知っている 大次数の振る舞い \(a_n\sim n!/S^n\) の \(S\) は、その系のインスタントン(バウンス)作用そのものです。ベンダーとウーが量子力学で厳密に示し(1969–73)、リパトフが場の理論に一般化しました(1977)。
つまり ── 摂動展開の壊れ方を精密に調べるだけで、見えないはずの \(e^{-S/g}\) の \(S\) が読み取れる。摂動論は「私はここまでしか見えません、そして見えていないものの大きさはこれくらいです」と自己申告している。
この両者を組織的に一つの展開にまとめようという試みがリサージェンス理論(trans-series)で、これはいまも活発に研究されている現代的なテーマです。

05この穴から入ってくるもの ── カタログ

現象指数肩に乗っているもの
すり抜け(第1回)\(e^{-2S_E/\hbar}\)ユークリッド作用 ÷ \(\hbar\)
BCS ギャップ(第5回)\(e^{-1/N(0)V}\)結合の逆数
ヤン–ミルズのインスタントン\(e^{-8\pi^2/g^2}\)結合の2乗の逆数。強い相互作用の真空構造を決める
シュウィンガー効果\(e^{-\pi m^2c^3/e E\hbar}\)強電場が真空から電子対を引き出す。臨界電場 \(1.3\times10^{18}\) V/m ── まだ未到達
QCD のスケール \(\Lambda\)\(\mu\,e^{-1/2b_0g^2}\)無次元の結合が、エネルギーの単位に化ける(次元転換)
真空の崩壊(第7回)\(e^{-S_E/\hbar}\)バウンス作用。宇宙の寿命

並べると、物理の「なぜこの大きさなのか」という問いの多くが、この列に入っていることがわかります。陽子の質量も、超伝導の転移温度も、真空の寿命も ── みんな \(e^{-1/g}\) の肩の上で決まっています。摂動論に見えない部分に、世界のスケールが書いてある。

06第5回の宿題 ── クーパー不安定性は繰り込み群だった

最後に、第5回で「第2段でつながる」と約束したところを回収します。

BCS を、姉妹編「わかる繰り込み」の言葉に翻訳する

フェルミ面のまわりでエネルギーの窓を \(\Lambda\) から狭めていく(=粗視化する)と、電子どうしの引力 \(g\) はひとりでに強くなります。1ループの流れは

$$\frac{dg}{d\ln(1/\Lambda)}=+g^2\quad\Longrightarrow\quad g(\Lambda)=\frac{g_0}{1-g_0\ln(\Lambda_0/\Lambda)}$$

分母がゼロになるところ、つまり

$$\Lambda_{\rm BCS}=\Lambda_0\,e^{-1/g_0}$$

で結合が発散します ── これが第5回のギャップ \(\Delta\approx2\hbar\omega_De^{-1/N(0)V}\) そのもの(\(\Lambda_0=\hbar\omega_D\)、\(g_0=N(0)V\))。
「わかる繰り込み」第4回の分類でいうと、クーパーチャンネルの結合はtree レベルでは marginal(次元がちょうどゼロ)で、1ループで marginally relevant に転ぶ。だからどんなに小さくても、粗視化を続ければ必ず強結合に到達する ── これがクーパーの「どんなに弱い引力でも束縛する」の正体でした。

次元転換 ── 無次元の数が、エネルギーに化ける

この構造には名前があります。次元転換(dimensional transmutation)。入力は無次元の結合 \(g_0\) ひとつなのに、出力は \(\Lambda_0e^{-1/g_0}\) というエネルギーの目盛り

入力出てくるスケール
超伝導\(N(0)V\)\(\Delta\sim\hbar\omega_De^{-1/N(0)V}\)
強い相互作用\(g^2\)\(\Lambda_{\rm QCD}\sim\mu\,e^{-1/2b_0g^2}\)(陽子の質量の出どころ)

あなたの体重のほとんどは、この指数から来ています。陽子の質量の大半はクォークの質量ではなく、QCD が強結合になるスケール \(\Lambda_{\rm QCD}\) が決めている(姉妹編「わかる質量」)。非摂動的な指数が、物質の重さを決めているのです。

これで「三段」が埋まった 第5回の表を思い出してください。超伝導とすり抜けは第1段(形が似ているだけ)のはずでした。しかしこの回で見たとおり、両者はどちらも 「摂動論の自明な鞍点ではない解」であり、どちらも \(e^{-1/(\text{結合})}\) を生み、どちらも摂動級数の \(n!\) 発散として摂動論に影を落としています。
つまり 第2段(同じ枠組みの別解)でつながっていた。ただし第3段(一方から他方が導ける)ではない ── 兄弟であって、親子ではない。冒頭の直感は、この距離感で正しかったことになります。
◇ ◇ ◇
正直な線 ── どこからが研究中か

確立していること:\(e^{-1/g}\) が \(g=0\) で非解析でありテイラー係数が全次数でゼロであること;摂動級数が一般に発散する漸近級数であること(Dyson 1952 の議論);漸近級数の最良打ち切りが \(n^*\approx S/g\) で誤差が \(e^{-S/g}\) 級になること;大次数の振る舞い \(a_n\sim n!/S^n\) が非摂動解の作用 \(S\) を与えること(Bender–Wu 1969–73、Lipatov 1977);ヤン–ミルズのインスタントン作用 \(8\pi^2/g^2\);シュウィンガー効果と臨界電場 \(1.3\times10^{18}\) V/m;QCD の次元転換と \(\Lambda_{\rm QCD}\);クーパーチャンネルの結合が marginally relevant で \(\Lambda_0e^{-1/g_0}\) に発散すること(Shankar 1994、Polchinski 1992 の繰り込み群による定式化)。いずれも確立した結果です。

注意すること:① 図の 0 次元 \(\phi^4\) 積分はおもちゃのモデルで、場の理論そのものではありません。ただし漸近級数の性質を厳密に示せる貴重な例です。② この積分はボレル総和可能ですが、現実の場の理論では話が難しくなります。QCD には「レノルマロン」というインスタントンとは別種の発散源があり、ボレル総和が素直にはできません。③ リサージェンス/トランス級数は現在進行形の研究分野です(Écalle の数学、Dunne–Ünsal らの物理)。「摂動と非摂動を1つの展開にまとめられる」ことは、簡単な系では示されていますが、4次元ゲージ理論一般では未完成です。④ 1ループの流れ \(dg/d\ln(1/\Lambda)=g^2\) は係数を 1 に規格化した模式で、実際の係数は状態密度などに依ります。⑤ 「摂動論に見えない」はその結合での展開に見えないという意味で、別の展開(\(1/N\) 展開、格子計算など)では見えることがあります。実際、格子 QCD は非摂動的な計算法です。

練習問題(この回の考え方で解けます)
  1. 摂動級数が収束しないのに、量子電磁力学が 12 桁合うのはなぜか。
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    漸近級数だから。収束はしないが、最良の打ち切り(\(n^*\approx1/\alpha\approx137\) 次)までは近づき続ける。そこでの誤差は \(e^{-137}\approx10^{-60}\)。現在は 5 次までしか計算できていないので、まだ「近づいている」領域の入口にいる。
  2. 摂動係数が \(n!\) で増えることから、何が読み取れるか。
    答えを見る
    \(a_n\sim n!/S^n\) の \(S\) が、非摂動解(インスタントン/バウンス)の作用。つまり摂動論は、見えないはずの \(e^{-S/g}\) の大きさを、自分の壊れ方によって教えている。
  3. クーパーの「どんなに弱い引力でも束縛する」を、繰り込み群の言葉で言い直せ。
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    クーパーチャンネルの結合は tree レベルで marginal(スケーリング次元ちょうどゼロ)だが、1ループで marginally relevant に転ぶ。だから粗視化を続ければ必ず強結合に到達し、その到達スケールが \(\Lambda_0e^{-1/g_0}\)=ギャップ。「弱くても効く」は「marginal だから、対数がゆっくり効いて必ず勝つ」ということ。
  4. 次元転換とは何か。身近な例を一つ。
    答えを見る
    無次元の結合定数ひとつが、\(e^{-1/g}\) を通じてエネルギーの目盛りを生むこと。身近な例はあなたの体重 ── 陽子の質量の大半はクォークの質量ではなく、QCD が強結合になるスケール \(\Lambda_{\rm QCD}\sim\mu e^{-1/2b_0g^2}\) が決めている。

第6回まとめ見えないものの大きさは、壊れ方でわかる

摂動級数は収束しません(ダイソン 1952)。それでも量子電磁力学が 12 桁合うのは、漸近級数だから ── 途中までは近づき、\(n^*\approx S/g\) 次で最接近して、そこから発散します。そして最接近したときの誤差の大きさが、ちょうど \(e^{-S/g}\)。摂動論に見えない項と、摂動論の限界精度が、同じ大きさなのです。

係数が \(n!/S^n\) で増える理由は、その \(S\) をもつ非摂動解が存在するから(ベンダー–ウー、リパトフ)。摂動論は、自分に見えないものの大きさを自己申告している ── これを一つの展開にまとめる試みがリサージェンス理論で、いまも研究が続いています。

そしてこの穴から、すり抜け・BCS ギャップ・インスタントン・シュウィンガー効果・\(\Lambda_{\rm QCD}\)・真空崩壊が入ってきます。入力が無次元の結合ひとつなのに、出力がエネルギーの目盛りになる(次元転換)── あなたの体重のほとんどは、この指数が決めています。第5回の宿題も回収しました:超伝導とすり抜けは第2段(同じ枠組みの別解)でつながっていた。兄弟であって、親子ではない。

この文書は「わかるすり抜け」シリーズ第6回、物理好きの高校生・大学生向け読み物です。\(e^{-1/g}\) の非解析性、摂動級数が発散する漸近級数であること(Dyson 1952)、最良打ち切り \(n^*\approx S/g\) と誤差 \(e^{-S/g}\)、大次数の振る舞い \(a_n\sim n!/S^n\) が非摂動解の作用を与えること(Bender–Wu 1969–73、Lipatov 1977)、ヤン–ミルズのインスタントン作用 \(8\pi^2/g^2\)、シュウィンガー効果と臨界電場、QCD の次元転換、およびクーパーチャンネルの結合が marginally relevant で \(\Lambda_0e^{-1/g_0}\) に発散すること(Shankar 1994、Polchinski 1992)は、いずれも確立した結果です。図の 0 次元 \(\phi^4\) 積分がおもちゃのモデルであること、現実の場の理論ではレノルマロンによりボレル総和が素直にできないこと、リサージェンス/トランス級数が現在進行形の研究分野であり 4 次元ゲージ理論一般では未完成であること、1ループの流れの係数を規格化した模式であること、および「摂動論に見えない」が特定の展開についての言明であること(格子 QCD などの非摂動的手法は別)は、本文「正直な線」に明記しました。図の部分和と厳密値はブラウザ内で計算しています。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を(印刷版ではスライダーと解答は静止・非表示になります)。前後の回:第5回 超伝導は、すり抜けではない第7回 真空もすり抜ける目次/姉妹編 わかる繰り込み(第4回)・わかる質量

印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面では項数スライダーを1つずつ動かして、部分和が厳密値に近づいてから暴れ出す様子を確かめてください。「最良の打ち切りへ」でその折り返し点に飛びます。「答えを見る」で解答が開きます。