ここまでの主張を、いったん自分で否定します ── そのうえで、では何が似ているのかを層に分ける
ここまで4回、すり抜けで説明できるものを並べてきました。太陽が燃える。α 核が壊れる。電圧なしで電流が流れる。ここまで来ると、こう言いたくなります ── 「トンネル効果と核融合と超伝導は、同じ現象の違う説明なのではないか」。言えません。前半2つは正しく、最後がまちがっています。ジョセフソン効果はたしかにクーパー対のすり抜けですが、クーパー対がそもそも存在する理由=超伝導そのものは、壁とは何の関係もない。フェルミ面の不安定性という、まったく別の機構です。── ただし、これで話が終わったら面白くありません。BCS のギャップ \(\Delta\sim e^{-1/N(0)V}\) とすり抜けの \(e^{-S_E/\hbar}\) は、ぞっとするほど似た形をしています。偶然ではない。この回は否定から入って、では何がどの層で似ているのかを三段に分けるところまで行きます。
まず用語の整理から。「超伝導=電気抵抗がゼロ」と覚えていると、話がずれます。超伝導を定義する性質は、マイスナー効果のほうです。
| 性質 | 中身 | 発見 |
|---|---|---|
| 抵抗ゼロ | 電流が減衰しない | 1911 オンネス(水銀、4.2 K) |
| マイスナー効果 | 磁場を内部から追い出す。「たまたま抵抗がゼロになった金属」ならこうはならず、磁場は閉じこめられたままになるはず | 1933 マイスナー・オクセンフェルト |
| エネルギーギャップ | 電子を1個励起するのに最低 \(\Delta\) 必要。だから少々つついても壊れない | 1950年代(比熱・赤外吸収) |
マイスナー効果が決定的なのは、これが熱力学的な状態であることを示すからです。履歴に依らず、磁場をかけてから冷やしても、冷やしてから磁場をかけても、同じ状態に落ち着く。超伝導は「起きにくい出来事」ではなく、そこにある一つの相です。この時点でもう、すり抜けとは種類が違います。
1956年、クーパーが恐ろしく短い論文で示したことがあります。
フェルミ面の上に電子を2個足し、その間にどんなに弱くてもよいから引力があるとする。すると、その2個は必ず束縛状態を作る。
これは驚くべき主張です。ふつう、弱い引力では束縛状態はできません(3次元では引力に閾値がある)。ところがフェルミ面があると閾値が消える ── フェルミ球という「詰まった土台」の存在そのものが、束縛を可能にする。だから超伝導は、電子2個の問題ではなく、最初から多体問題です。
引力の出どころは格子振動(フォノン)です。電子が通ると陽イオンが少し引き寄せられ、そこに遅れて正電荷のたまりができる。そこへ次の電子が来る ── クーロン斥力を時間差でかわした、弱い引力。
ギャップ \(\Delta\) は、それ自身を含む式で決まります(自己無撞着)。弱結合の標準形は
$$1=N(0)V\!\!\int_0^{\hbar\omega_D}\!\!\frac{d\xi}{\sqrt{\xi^2+\Delta^2}} =N(0)V\,\mathrm{arcsinh}\!\left(\frac{\hbar\omega_D}{\Delta}\right)$$これを \(\Delta\) について解くと、\(\Delta=\hbar\omega_D/\sinh\!\big(1/N(0)V\big)\)。弱結合(\(N(0)V\ll1\))では
$$\boxed{\ \Delta\approx 2\hbar\omega_D\,e^{-1/N(0)V}\ }$$\(N(0)\) はフェルミ面での状態密度、\(V\) は引力の強さ。指数の肩に \(1/(\text{結合定数})\) が乗っています。そして \(T_c\) も同じ形で出て、比を取ると結合定数が消えます ── \(2\Delta/k_BT_c=3.53\)。物質が違っても同じ数字という、BCS の代表的な予言です。
並べます。ここがこの回の本体です。
| すり抜け | 超伝導(BCS) | |
|---|---|---|
| 舞台 | 空間にある障壁 | 障壁はない。フェルミ面 |
| 何が起きる | A 地点から B 地点へ移る | 基底状態が組み替わる(相転移) |
| 粒子数 | 1個(または1変数) | 最初から多体。1個では定義できない |
| 指数の意味 | 確率(無次元、起きにくさ) | エネルギー(次元あり、束縛の深さ) |
| 肩に乗るもの | \(S_E/\hbar\)(作用÷ℏ) | \(1/N(0)V\)(結合の逆数) |
| 温度 | 基本的に温度に依らない | \(T_c\) で相転移する |
| マイスナー効果は? | 説明できない | 対称性の破れから出る |
4行目が特に効きます。片方は確率、もう片方はエネルギー ── 次元からして違う。「同じ現象」であるはずがありません。
もうひとつ。マイスナー効果は、超伝導体の中で光子が質量を持つことから出ます(アンダーソン–ヒッグス機構。姉妹編「わかる場」「わかる質量」の話です)。磁場が中に入れないのは、質量を持った場が指数的に減衰するから。ここにも指数が出ますが、これはトンネルの指数ではなく、遮蔽長の指数です。形が似ているだけで、由来が違う ── この回はそういう話ばかりです。
否定はここまで。ここから、では何が本当に共通なのかを出します。
\(e^{-1/\lambda}\) を \(\lambda\) で何回微分しても、\(\lambda\to0^+\) では全部 0 になります。つまりテイラー展開が恒等的にゼロ。摂動論を何次まで足しても、この項は一度も出てきません。
同じことが \(e^{-S_E/\hbar}\) にも言えます(\(\hbar\) について非解析)。すり抜けも BCS ギャップも、「摂動論からは絶対に見えない」という同じ穴から入ってくる。これが本当の共通点で、第6回で正面から扱います。
下の図は BCS ギャップ方程式の解です。横軸が結合の強さ \(\lambda=N(0)V\)、縦軸が \(\Delta/\hbar\omega_D\)(対数)。
そして重要なのが灰色の線 ── 摂動論の予言です。1次でも 10 次でも 100 次でも、答えはぴったりゼロ。図では下端に張り付いたまま動きません。本当の答え(紫)はゼロではないのに、摂動論はそれを一度も検出できない。アルミニウム・ニオブ・鉛の実測値もプロットしてあります。
ここまでを整理すると、「似ている」という言葉には少なくとも三つの階級があることがわかります。この区別は、このシリーズを通していちばん役に立つ道具です。
| 段 | 意味 | 例 |
|---|---|---|
| 第1段 家族的類似 | 同じ形の式が出るが、由来は別 | BCS ギャップ \(e^{-1/\lambda}\) と すり抜け \(e^{-S_E/\hbar}\) マイスナー効果の遮蔽長と障壁内の減衰長 |
| 第2段 同じ枠組みの別解 | 同じ理論の、別々の解や鞍点 | インスタントン・バウンス・BCS 平均場 (すべて「自明でない鞍点」=第6回) |
| 第3段 同一 | 一方が他方から導ける | 核融合 ← すり抜け(第2回) ジョセフソン効果 ← すり抜け(第4回) |
冒頭の「トンネル効果と核融合と超伝導は同じ現象」という直感は、第3段と第1段を混ぜています。核融合とジョセフソンは第3段(本当に同じ)、超伝導そのものは第1段(形が似ているだけ)── そして第6回で見るとおり、じつは第2段でつながっている。
「似ている」と言うときは、いつも何段の話かを言う。これがこのシリーズの作法です。
確立していること:マイスナー効果(1933)が超伝導を定義する熱力学的性質であること;クーパーの不安定性(1956);BCS 理論(1957、1972年ノーベル賞)とギャップ方程式 \(\Delta=\hbar\omega_D/\sinh(1/N(0)V)\)、弱結合形 \(\Delta\approx2\hbar\omega_De^{-1/N(0)V}\);普遍比 \(2\Delta/k_BT_c=3.53\);同位体効果 \(T_c\propto M^{-1/2}\)(1950)とそれがフォノン機構の証拠であること;アンダーソン–ヒッグス機構によるマイスナー効果の理解;\(e^{-1/\lambda}\) が \(\lambda=0\) で非解析でありテイラー展開が恒等的にゼロであること。いずれも確立した物理です。
注意すること:① BCS は弱結合の平均場理論です。鉛や水銀のような強結合物質では \(2\Delta/k_BT_c\) が 3.53 からずれ(鉛で約 4.3)、エリアシュベルグ理論が要ります。図の弱結合近似も \(\lambda\gtrsim0.3\) ではずれます。② 銅酸化物高温超伝導体は BCS-フォノン機構では説明できません。1986年の発見から 40 年近く、機構はいまも決着していません(番外編⑥で扱います)。この回の話は在来型超伝導体についてです。③ 同位体効果も、すべての超伝導体で \(M^{-1/2}\) になるわけではありません(遷移金属では小さく、ゼロや負の例もある)。④ 「フェルミ面があると閾値が消える」は 2 次元的な状態密度の議論で、正確には対数発散が効いています(第6回で繰り込み群の言葉に翻訳します)。⑤ 図の実測点は、\(T_c\) とデバイ温度から弱結合の式で \(\lambda\) を逆算した目安であり、精密な実測値ではありません。⑥ 「すり抜けではない」という本文の主張は超伝導が生じる機構についてであり、ジョセフソン効果(第4回)や超伝導体–絶縁体–金属接合での準粒子トンネルは、まぎれもなくすり抜けです。
「トンネル・核融合・超伝導は同じ現象」── 前半2つは正しく、最後がまちがいです。超伝導を定義するのはマイスナー効果で、これは熱力学的な相。機構はクーパーの不安定性、つまりフェルミ面があるとどんなに弱い引力でも束縛状態ができてしまうという多体の話で、空間の障壁とは何の関係もありません。指数の意味も違う ── すり抜けは確率、BCS ギャップはエネルギー。次元からして別物です。
それでも共通点はあり、しかも本質的です。\(e^{-1/\lambda}\) も \(e^{-S_E/\hbar}\) も、結合定数(や \(\hbar\))についてゼロで非解析。摂動展開の係数が全部ゼロなので、何次まで計算しても出てこない。両者は「摂動論に見えない」という同じ穴から入ってきます。
そこで「似ている」を三段に分けました ── 第1段(形が同じ)/第2段(同じ枠組みの別解)/第3段(一方が他方から導ける)。核融合とジョセフソンは第3段、超伝導そのものは第1段。ただし第6回で、これが第2段でもつながっていることがわかります。「似ている」と言うときは、何段の話かを言う。
印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面では結合の強さを動かすと、厳密解と弱結合近似のずれが見えます。摂動論の線(灰色)が何をしても下端から動かないことを確かめてください。「答えを見る」で解答が開きます。