物理好きの高校生・大学生のための読み物シリーズ
水に入れた棒が折れて見える ── ガラスの中で光は c/1.5 に「遅くなる」。ところが相対論は光速不変だと言う。矛盾していないのはなぜか。答えを追っていくと、屈折・反射・吸収がひとつの複素関数の別々の顔だったこと、そして「遅い光」が実効的な時空の計量として書けることが見えてきます。姉妹編「わかる相対論」の光円錐と「わかるすり抜け」のエバネッセント波を、屈折率という一本の糸でつなぎ直すシリーズ。
ガラスの中で光速が c/1.5 になるのに、光速不変は破れていない。矛盾していないのは、遅くなっているのが光子ではないから。原子が前方に散乱し直した波が元の波と重なると、位相だけがずれる。その積み重ねが屈折率。よくある「吸収して再放出」の説明はまちがいです。n = c / v_位相
媒質の中では、光の進む円錐が \(x=ct/n\) と狭くなる。これは実効的な計量そのもので、フェルマーの原理は測地線になり、スネルの法則が幾何から出る。「重力=力か曲率か」とまったく同じ二重性。ただし因果の円錐は動いていません ── そこが c 不変の意味。ds² = −c²dt²/n² + dx²
X線に対するガラスの屈折率は 1 より小さい。プラズマもそう。すると位相速度は光速を超える ── それでも相対論は無傷。情報を運ぶのは前縁で、それはいつでもきっかり c。さらにプラズマの分散 \(\omega^2=\omega_p^2+c^2k^2\) は質量のある粒子の分散関係そのもの。光子が質量を持つ
反射率はインピーダンスの食い違いだけで決まる。ブリュースター角では反射が消える。そして全反射 ── 光は入らないのに、境界の向こうに \(e^{-\kappa z}\) のエバネッセント波が染み出す。すぐ隣にもう一枚置くと光が通る。これは姉妹編「わかるすり抜け」第1回そのもの。T ∝ e^(−2κd)
屈折率を複素数 \(n=n'+i\kappa\) にすると、実部が位相の遅れ、虚部が吸収。この二つは独立ではありません ── 叩かれる前に反応しないという因果律だけから、片方が決まればもう片方が決まる(クラマース–クローニッヒ)。だから「どこでも吸収しないのに屈折する物質」は原理的に存在しません。因果律 → 解析性 → K-K 関係
1999年、冷却原子の中で光は秒速 17 メートルまで落とされ、その後「止め」られた。群速度は屈折率の傾きで決まるので、鋭い共鳴のそばでは桁で落ちる。ただし止まっているのは光ではなく原子のコヒーレンス ── 第1回の「混ざった波」が、ほぼ物質側に振り切れた状態です。v_群 = c / (n + ω dn/dω)
なぜ金属は光り、ガラスは透け、水は青いのか ── 全部 \(n(\omega)\) の話。金属が鏡なのはプラズマ振動数より下で \(n\) が虚数になるから(第3回の \(\omega_p\))。蜃気楼もレンズも虹も、屈折率の地図の読み方。そして最後に、実効計量の考え方が本物の重力の「模擬実験」になる話へ。世界は n(ω, x) でできている