位相速度は光速を超える ── それでも相対論は無傷、そして光子は質量を持つ
ここまで \(n>1\) を前提にしてきました。水もガラスもダイヤモンドもそうだからです。ところが \(n<1\) の物質があります。X線に対するガラスがそうで、電離層も金属もそう。すると第2回の円錐は本物より広くなり、位相速度が \(c\) を超えます。ぎょっとしますが、相対論はまったく無傷です ── 情報を運ぶのは位相の山ではなく信号の前縁で、それはどんな媒質でもきっかり \(c\)。姉妹編「わかるすり抜け」番外編④とまったく同じ議論です。そしてこの回にはもうひとつ贈り物があります。プラズマの分散関係 \(\omega^2=\omega_p^2+c^2k^2\) を、相対論の \(E^2=(mc^2)^2+(pc)^2\) と並べてみてください ── 同じ形です。プラズマの中で、光子は質量を持ちます。
| 系 | 屈折率 | 起きること |
|---|---|---|
| X線に対するガラス(10 keV) | \(1-10^{-5}\) | すれすれの角度で全「外部」反射。X線望遠鏡や放射光のミラーはこれで作る |
| 電離層(電波、\(f_p\approx9\) MHz) | 1 未満 | AM 放送は跳ね返って遠くまで届き、FM は突き抜ける |
| 金属(可視光) | 虚数になる | 波が入れず反射 ── 金属が鏡である理由 |
自由な電子が密度 \(N\) で存在するとき、応答から出る屈折率は
$$n(\omega)=\sqrt{1-\frac{\omega_p^2}{\omega^2}},\qquad \omega_p=\sqrt{\frac{Ne^2}{\varepsilon_0 m_e}}$$\(\omega_p\) はプラズマ振動数。\(\omega>\omega_p\) なら \(n<1\)(かつ実数)、\(\omega<\omega_p\) なら \(n\) は純虚数になります。
数字:金属(\(N\sim10^{29}\ \mathrm{m^{-3}}\))で \(\hbar\omega_p\approx12\) eV(紫外)。電離層(\(N\sim10^{12}\ \mathrm{m^{-3}}\))で \(f_p\approx9\) MHz。
プラズマの分散 \(\omega^2=\omega_p^2+c^2k^2\) から、
$$v_{\rm 位相}=\frac{\omega}{k}=\frac{c}{n}>c,\qquad v_{\rm 群}=\frac{d\omega}{dk}=c\,n位相速度は「波の山がどこにあるか」の速さで、山には印がついていません ── どの山も同じなので、山の位置で情報は送れない。情報を運ぶのは波形の変化で、それはおおむね群速度で伝わり、厳密には前縁で伝わります。
群速度でさえ、じつは \(c\) を超えることがあります(吸収線のすぐそばの異常分散領域では、群速度が \(c\) を超えたり、負になったりします。2000年に実測もされています)。それでも相対論は破れません。
波形のいちばん先端(それまで何もなかったところに信号が到達する瞬間)は、媒質が何であろうときっかり \(c\) で進みます。
理由は簡単で、無限に高い振動数の成分に対しては、どんな物質も応答できないから ── \(\omega\to\infty\) で \(n\to1\)。前縁は真空を進むのと同じ速さです。
情報を運べるのはこの前縁だけ。「位相速度が \(c\) を超えた」「群速度が負になった」は、いずれも波形が作り直されたことの表現であって、何かが速く動いたのではありません。
この回のいちばん面白いところです。分散関係を並べてみてください。
\(E=\hbar\omega\)、\(p=\hbar k\) と置くと、二つは同じ式です。対応するのは
$$m_{\rm eff}=\frac{\hbar\omega_p}{c^2}$$プラズマの中で、光子は実効的な質量を持ちます。金属なら \(\hbar\omega_p\approx12\) eV なので、電子質量(511 keV)の 4 万分の 1 ほど。
そして \(\omega<\omega_p\)(つまり \(E
下の図はプラズマの分散関係です。原点から点へ引いた直線の傾きが位相速度、曲線の接線の傾きが群速度。破線が光の線 \(\omega=ck\)。
\(\omega\) を \(\omega_p\) より下げると ── 曲線が消えます。伝わる波がないからです。そのとき波は境界から \(e^{-z/\delta}\) で染み出すだけ(エバネッセント)で、正味は全反射。これが金属が鏡である理由で、次回のエバネッセント波の予告でもあります。
\(\omega<\omega_p\) では \(n\) が純虚数になり、波は \(e^{-z/\delta}\) で減衰します。減衰長は \(\delta=c/\sqrt{\omega_p^2-\omega^2}\) ── 金属で可視光なら約 17 nm。原子 50 個ぶんも入れません。入れないから、反射する。
\(\omega>\omega_p\) になれば \(n\) は実数に戻り、金属は透明になります。実際、アルカリ金属は紫外線に対して透明で、これは 1933 年にウッドが観測しました。「金属は光を通さない」は、可視光に限った話です。
同じ理由で、電離層は AM 放送(数 MHz)を跳ね返し、FM(100 MHz)を通します。跳ね返るから AM は夜に遠くまで届き、通すから衛星通信ができる。境目はプラズマ振動数 \(f_p\approx9\) MHz です。
確立していること:X線に対する物質の屈折率が 1 をわずかに下回り、全外部反射が起きること(すれすれ入射ミラーの原理);プラズマの屈折率 \(n=\sqrt{1-\omega_p^2/\omega^2}\) とプラズマ振動数 \(\omega_p=\sqrt{Ne^2/\varepsilon_0m_e}\);\(v_{\rm 位相}v_{\rm 群}=c^2\);波形の前縁がつねに \(c\) で伝わること(ゾンマーフェルト–ブリユアン 1914);プラズマの分散関係が質量のある粒子の分散関係と同形であり \(m_{\rm eff}=\hbar\omega_p/c^2\) と読めること;金属の表皮深さが可視光で 10 nm 級であること;アルカリ金属の紫外透過(Wood 1933);電離層の遮断周波数。いずれも標準的な物理です。
注意すること:① 異常分散の領域では群速度も \(c\) を超えたり負になったりします(Wang–Kuzmich–Dogariu 2000 の実測など)。そこでも情報は \(c\) を超えません。「群速度 < c」は吸収の弱い領域での話です。② プラズマの式は衝突と磁場を無視した単純なモデル(自由電子気体)です。実際の金属では束縛電子の寄与や散乱があり、\(n\) は複素数で第5回の枠組みが要ります。③ 「光子が質量を持つ」は実効的な意味です ── 真空中の光子の質量はゼロのままで、媒質という環境が分散関係を変えているだけ。ゲージ対称性は破れていません(超伝導では話が違い、そちらは自発的対称性の破れ)。④ X線の \(n<1\) は非常に 1 に近く(\(1-10^{-5}\) 級)、全外部反射の臨界角はミリラジアン級です。⑤ 図は衝突ゼロ・非磁化プラズマの理想化で、実際の電離層や金属の応答そのものではありません。
X線に対するガラスも、電離層も、金属も \(n<1\)(あるいは虚数)です。\(n<1\) なら位相速度は \(c\) を超えます。それでも相対論は無傷 ── 位相の山には印がないので情報を載せられず、情報を運ぶ前縁はどんな媒質でもきっかり \(c\)(ゾンマーフェルト–ブリユアン)。姉妹編「わかるすり抜け」番外編④とまったく同じ論法です。プラズマでは \(v_{\rm 位相}v_{\rm 群}=c^2\) という気持ちのよい関係も成り立ちます。
そしてこの回の贈り物 ── プラズマの分散 \(\omega^2=\omega_p^2+c^2k^2\) は、質量のある粒子の \(E^2=(mc^2)^2+(pc)^2\) と同じ式です。つまり プラズマの中で光子は実効質量 \(m_{\rm eff}=\hbar\omega_p/c^2\) を持つ。これは「わかるすり抜け」第5回のマイスナー効果(超伝導体で光子が質量を持つ)の弱い版で、金属が鏡であることと超伝導体が磁場を追い出すことは同じ家族です。
\(\omega<\omega_p\) では波が入れず、表皮深さ 17 nm ほどで減衰して反射する ── それが金属の鏡。逆に \(\omega\) を上げれば金属は透け(アルカリ金属の紫外透過)、電離層は AM を跳ね返して FM を通す。境目はいつも \(\omega_p\) です。
印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面では ω を ω_p より下げると、伝わる波が消えて反射に変わります。プリセットで金属・電離層・X線の3つの実例に飛べます。「答えを見る」で解答が開きます。