金属の光沢から、空の青さ、雪の白さ、虹の 42 度、そして実験室に置ける時空まで
最終回です。ここまで組み立ててきた道具 ── 前方散乱(第1回)、実効計量(第2回)、プラズマ振動数(第3回)、フレネルとエバネッセント(第4回)、クラマース–クローニッヒ(第5回)、群屈折率(第6回)── を持って、外に出てみます。金属の光沢、空の青、夕陽の赤、深い海の青、雪の白、虹の 42 度、砂漠の蜃気楼。ぜんぶ読めます。そして読み終えたところで、第2回に戻ります ── 屈折率の分布は、ひとつの計量です。私たちが「見ている」のは物ではなく、その地図。地図を設計すれば物を隠すことができ(透明マント)、地図に地平面を作れば実験室にアナログの宇宙が置けます。ただし最後まで一行だけ譲りません ── 実効計量は本物の時空ではありません。しかし、同じ方程式に従います。この二つが両立することこそが、このシリーズの結論です。
| 見えるもの | 正体 | 担当回 |
|---|---|---|
| 金属が光る | 可視光が \(\omega_p\) より下 → \(n\) が虚数 → 17 nm で減衰して入れない | 第3回 |
| 空が青い | 空気の密度ゆらぎによる散乱。\(\propto\omega^4\) | 第1回 |
| 夕陽が赤い | 同じ現象の裏面 ── 大気を長く通ると青が抜けてしまう | 第1回 |
| 深い水が青い | 散乱ではなく吸収。水は赤を吸う(OH 伸縮の倍音) | 第5回 |
| 雲は白い | 水滴が波長より大きい → 全部の色を同じだけ散らす(ミー散乱) | 第1回 |
| 雪・泡・すりガラスが白い | 界面がたくさんあるだけ。物質自体は透明 | 第4回 |
| 虹が 42 度 | 球の中の一回反射の最小偏角+分散で色が分かれる | 第2・5回 |
| 蜃気楼 | 温度勾配 → 屈折率勾配 → 光線が測地線として反り返る | 第2回 |
| スマホの指紋センサ | 指の谷は空気(全反射)、山は接触(FTIR で抜ける) | 第4回 |
ここは丁寧に見る価値があります。第1回でこう言いました ── 密で一様な媒質では、横向きの散乱波が互いに干渉して打ち消し合い、前方だけが生き残る。それが屈折だ。
打ち消しが完全なら、空はまっ暗のはずです。実際には見えます。なぜなら、空気は完全に一様ではないから。
熱運動のせいで、空気の密度はいたるところでゆらいでいます。ゆらぎの分だけ打ち消しが不完全になり、その残りが横向きに出てくる ── それが空の色です(アインシュタイン 1910、スモルコフスキー)。
つまり ── 屈折と散乱は、同じ一つのこと(双極子の再放射)の、打ち消しが効いた分と効かなかった分です。別々の現象ではありません。
残りの強さは \(\propto\omega^4\)(レイリー)。青(450 nm)は赤(650 nm)の \((650/450)^4\approx\)4.4 倍散らばります。だから空は青く、通り抜けてきた光は赤い。
「空が青いのは酸素や窒素の分子が青い光を散らすから」という説明は、半分正しく半分ずれています。個々の分子が散らすのは事実ですが、一様に並んでいれば干渉で消えてしまうのがポイントで、効いているのは分子の存在ではなくゆらぎです。
証拠:液体の水や透明なガラスは、空気よりはるかに密度が高いのに、はるかに澄んでいます。分子が多いほど散乱するなら逆のはずです。密で秩序のある媒質ほど打ち消しが効く ── 第1回の主張そのものです。
雪、泡、すりガラス、砕いた氷、紙、牛乳、雲、白い塗料。どれも材料そのものは透明です。白く見えるのは、内部に屈折率の食い違う界面が大量にあるから ── 第4回のフレネル反射が、あらゆる向きに何千回も起きているだけ。
下の図では、屈折率の分布 \(n(x,y)\) を決めると、光線がその中を走ります。計算しているのは光線方程式 \(\dfrac{d}{ds}\!\left(n\dfrac{d\vec r}{ds}\right)=\nabla n\) ── これは第2回の実効計量の測地線方程式そのものです。
四つ目のボタンに注目してください。重力そっくりと書いてあります。\(n=1+r_s/r\) という地図を置くだけで、光が中心へ吸い寄せられる ── そしてその曲がり角は、一般相対論が予言する \(4GM/bc^2\) と一致します。
第2回で、屈折率の分布が計量だと確かめました。そこから二つの方向が開けます。
光線が測地線なら、測地線が特定の領域を通らないような計量を設計すればよい。中の物体には光が当たらず、外から見ると光は何もなかったかのように向こう側へ抜けていく ── 透明マントです(ペンドリー、レオンハルト、2006)。
メタマテリアルで実装され、マイクロ波では実証済み。ただし可視光の全帯域では実現していません ── 理由は第5回です。必要な屈折率を作るには共鳴が要り、共鳴には吸収がつく。クラマース–クローニッヒは、ここでも見張っています。
媒質が流れていれば、波は上流に対して \(c/n\) でしか進めません。流速が \(c/n\) を超える面は、波にとっての地平面です(第2回)。
ウンルーが 1981 年に音で指摘して以来、水面波、ボース凝縮体、光ファイバ、超伝導回路で「アナログ地平面」が作られ、ホーキング輻射に対応する現象も報告されています。そして本物の因果円錐は、その間ずっと 45 度のままです。
このシリーズは、こういう疑問から始まりました ── 「屈折で光が遅くなっているのに、光速は不変だという。おかしくないか。\(c\cdot t=\)一定 の座標系で見れば、遅くなるのと等価なのでは。」
7 回かけて出た答えは、こうです。
| 問い | 答え |
|---|---|
| 光は遅くなっているのか | 波は遅くなっている。光子は遅くなっていない(第1回:前方散乱の位相ずれ) |
| それは計量として書けるか | 書ける。\(ds^2_{\rm opt}=-(c^2/n^2)dt^2+d\vec x^2\)(第2回) |
| では光速不変は? | 無傷。実効円錐は本物の円錐の内側にできる別の円錐(第2・3回) |
| \(n<1\) で位相が \(c\) を超えたら? | それでも前縁はきっかり \(c\)(第3回) |
| 止めても? | 止まるのは光ではなく原子のコヒーレンス。前縁は \(c\)(第6回) |
つまり ── その直感は正しかった。ただし「座標系」ではなく「もうひとつの計量」として。
\(c\) は因果の速さで、これは動きません。\(c/n\) はこの波にとっての速さで、これは材料で変わります。両方とも本当で、住んでいる階層が違うだけです。
実効計量は、本物の時空ではありません。アナログブラックホールは重力を検証しません。透明マントは空間を曲げていません。屈折率の地図は、電磁場という一種類の波にだけ効く局所的な仕掛けです。
それでも ── 同じ方程式に従います。そして方程式が同じなら、片方でわかったことは、もう片方でも本当に使えます。これは慰めではなく、物理が機能している理由そのものです。
確立していること:金属の反射とプラズマ振動数;レイリー散乱の \(\omega^4\) 則と、一様媒質では横向き散乱が干渉で消え密度ゆらぎが残りを与えるというアインシュタイン–スモルコフスキーの説明;水の吸収極小が青(約 418 nm、\(\alpha\approx0.004\ \mathrm{m^{-1}}\))にあり赤(700 nm で \(\alpha\approx0.6\ \mathrm{m^{-1}}\))を吸うこと;ミー散乱と雲の白さ;多重界面による白色化と屈折率整合で透明化すること;虹の主虹が約 42°(副虹 51°)で分散により色が分かれること;蜃気楼の勾配屈折率;FTIR 指紋センサ;光線方程式 \(d(n\,d\vec r/ds)/ds=\nabla n\);\(n=1+r_s/r\) が弱い場で一般相対論の光の曲がり \(4GM/bc^2\)(太陽縁で 1.75 秒角)を再現すること;変換光学と透明マント(Pendry, Leonhardt 2006);アナログ重力(Unruh 1981 以降)。いずれも標準的な結果です。
注意すること:① 「重力そっくり」の \(n=1+r_s/r\) は弱い場での等価な屈折率で、強い場(地平面近傍)では正しくありません。等方座標での厳密な光学的屈折率は \((1+r_s/4r)^3/(1-r_s/4r)\) で、こちらは \(r=r_s/4\) で発散します。図はあくまで教育用で、光子球や捕獲軌道は正しく再現しません。② 図の光線追跡は数値積分であり、刻み幅に依存する誤差があります。曲がり角の比較も数値どうしの一致を見ているだけです。③ 虹の 42° は水滴を完全な球、光を単色平面波としたときの値で、実際の色と明るさの分布はもっと複雑です(過剰虹には回折が要ります)。④ 空の青さの説明は大気が乾いていて澄んでいる場合のもので、エアロゾルや水蒸気が多いと白っぽくなります(そちらはミー散乱)。⑤ 透明マントはマイクロ波帯などの限られた帯域で実証されたもので、可視光の広帯域で機能するものは実現していません(本文どおり、第5回が理由)。⑥ アナログ重力は同じ方程式に従う別系であり、時空の検証ではありません。⑦ 「見ているのは屈折率の地図」は、視覚の説明としては強い単純化です ── 実際には吸収・散乱・蛍光・偏光もすべて情報を運んでいます。
6 回ぶんの道具で、身のまわりがほとんど読めました。金属の光沢は \(\omega<\omega_p\)(第3回)、空の青は密度ゆらぎによる打ち消し残り(第1回)── 屈折と散乱は同じ双極子再放射の、消えた分と消え残った分です。深い水の青は散乱ではなく吸収(第5回)、雪の白は界面が多いだけで材料は透明(第4回、水をかければ透明になる)、蜃気楼は勾配屈折率の測地線(第2回)。
そして屈折率の分布はひとつの計量です。測地線が特定の領域を避けるように地図を設計すれば透明マントになり、流速が \(c/n\) を超えるように作ればアナログ地平面ができる。図で確かめたとおり、\(n=1+r_s/r\) という地図はそれだけで一般相対論の \(4GM/bc^2\) を再現します。
最初の問いへの答え ── 「\(c\cdot t\) の代わりに \(c\cdot t/n\) で測る」という直感は、正しかった。ただしそれは座標変換ではなく、もうひとつの計量の導入でした。\(c\) は因果の速さで動かず、\(c/n\) はこの波にとっての速さで材料ごとに変わる。両方とも本当で、住んでいる階層が違うだけです。そして最後まで一行だけ譲りません ── 実効計量は本物の時空ではない。しかし同じ方程式に従う。この二つが同時に成り立つことこそが、物理が機能している理由です。
印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面で四つのボタンを押すと屈折率の地図が切り替わり、同じ一つの方程式から GRIN レンズ・蜃気楼・光ファイバ・重力レンズが出てくることが見えます。「答えを見る」で解答が開きます。