前半と後半で、じつは質が変わっていた ── \(c\cdot t\) で見ると、その境目が見える
姉妹編「わかる温度」の番外編①は、読者の問い ──「両シリーズに c が出てくるが、\(c\cdot t=\)一定 で見ると楽にならないか」── から生まれました。あちらの答えは「地平面があるときだけ効く」。ではこちらはどうか、と続けて聞かれて、数え直したらもっと大きなものが出てきました。すり抜けシリーズにも効く場所があります。しかも効き方が違う。分かれ目は地平面ではなく ── すり抜けるものが「粒子」か「時空に広がった形」かです。第1〜5回は粒子。ところが第6〜7回のインスタントン・シュウィンガー効果・真空崩壊は、ユークリッド時空に広がった形を持った物体で、その作用は長さや面積や体積という幾何量になります。そして第7回で「そういうものだと思ってください」と書いた泡の光速膨張が、説明不要になります。
| 回 | すり抜けるもの | \(c\cdot t\) は? |
|---|---|---|
| 第1回 壁 | ポテンシャル中の粒子(1変数) | 効かない |
| 第2回 太陽 | 陽子(非相対論のクーロン障壁) | 効かない |
| 第3回 分かれ目の温度 | 反転した谷を往復する粒子 | 効かない |
| 第4回 ジョセフソン | 位相差(1変数) | 効かない |
| 第5回 超伝導 | (すり抜けではない) | 効かない |
| 第6回 インスタントン | 時空に広がった場の配位 | 要る |
| 第6回 シュウィンガー効果 | 荷電粒子の世界線 | かなり効く |
| 第7回 真空崩壊 | 時空に広がった泡 | いちばん効く |
| 番外編④ トンネル時間 | ── | 効くが、制約として |
第1〜5回では、虚時間 \(\tau\) は経路を並べるためのパラメータでした。作用は \(S_E=\int d\tau\,[\frac12m\dot x^2+V]\) で、\(\tau\) と \(x\) を混ぜる計量はありません。だから c を掛けても単位が変わるだけ。
ところが相対論的な場の理論では、ウィック回転で計量が \(+c^2d\tau^2+dx^2\) になります。\(c\tau\) と \(x\) が同じ単位で同じ空間に乗る。すると 作用が「長さ」「面積」「体積」という幾何量として書ける。ここから先は、計算ではなく図形の問題になります。
第6回では、表に \(e^{-\pi m^2c^3/eE\hbar}\) を並べただけで済ませました。ここで導出します。
一様な電場 \(E\) の中の荷電粒子について、ユークリッド化した世界線の作用は2項で書けます ── 世界線の長さと、それが囲む面積:
$$S_E=\underbrace{mc\oint ds}_{\text{長さ}}-\underbrace{\frac{eE}{c}\times(\text{囲む面積})}_{\text{電場がする仕事}}$$\((x,\,c\tau)\) 平面の半径 \(R\) の円で試すと \(S_E=2\pi R\,mc-\pi R^2\,eE/c\)。\(R\) で微分してゼロと置くと:
$$R=\frac{mc^2}{eE},\qquad S_E=\frac{\pi m^2c^3}{eE}\quad\checkmark$$インスタントンは文字どおり円で、シュウィンガーの指数はその幾何そのものでした。第6回の表の一行が、図形になりました。
数字を入れると気持ちよく閉じます。電子で \(R\) がコンプトン波長 \(\hbar/mc\) になる電場を求めると、それがちょうど臨界電場 \(1.3\times10^{18}\) V/m。そしてそのとき指数は \(S_E/\hbar=\pi\) ちょうど。もっと言うと、
$$\frac{S_E}{\hbar}=\pi\,\frac{R}{\hbar/mc}\qquad\text{── 指数は「円の半径がコンプトン波長の何倍か」の }\pi\text{ 倍}$$こちらのほうが大きい話です。第7回では、泡のエネルギー収支を3次元で書きました。
$$\Delta E(R)=-\tfrac{4\pi}{3}R^3\varepsilon+4\pi R^2\sigma$$これは直感としては正しく、臨界半径 \(R_c=3\sigma/\varepsilon\) も正しく出ます。ただし、作用の計算ではありません。コールマンとカランが示したのは、最小作用のバウンスが \((c\tau,x,y,z)\) の4次元ユークリッド空間で O(4) 対称 ── つまり4次元の球だということでした。
半径 \(R\) の4次元球は、体積が \(\pi^2R^4/2\)、その表面(3次元球面)が \(2\pi^2R^3\)。だから
$$S_E=\underbrace{2\pi^2R^3}_{\text{3次元の壁}}\sigma-\underbrace{\frac{\pi^2}{2}R^4}_{\text{4次元の中身}}\varepsilon$$\(R\) で微分してゼロ:\(6\pi^2R^2\sigma-2\pi^2R^3\varepsilon=0\) より \(R=3\sigma/\varepsilon\)(3次元の答えと同じ)。代入すると
$$S_E=\frac{27\pi^2\sigma^4}{2\varepsilon^3}\quad\checkmark$$第7回で「こうなります」と結果だけ書いた式が、ここでは導出されます。\(27\pi^2/2\) という妙な係数の出どころも、4次元球の体積 \(\pi^2R^4/2\) と表面 \(2\pi^2R^3\) だったとわかります。
ここがこの回のいちばんの収穫です。第7回で「臨界半径を超えた泡は光速近くで膨張する」と書きました。あれは、そういうものだと思ってください、という書き方でした。
4次元球を実時間に戻すと ── つまりウィック回転を逆にすると ──
そして \(x^2-(ct)^2=\)一定 は、相対論では一定の固有加速度で運動する世界線です(姉妹編「わかる相対論」)。つまり ──
泡の壁は、固有加速度 \(a=c^2/R\) で加速し続け、漸近的に光速に近づく。
これは追加の仮定ではありません。4次元球を切った断面が、そうなっているだけです。「光速で膨張する」は、O(4) 対称性の帰結でした。
さらに ── その壁の固有加速度 \(a=c^2/R\) をひっくり返すと、壁自身の地平面までの距離は \(c^2/a=R\)。泡の半径が、そのまま壁の地平面までの距離になっています。シュウィンガーの円とまったく同じ構造です。
下の図は、いま述べたことそのものです。左がユークリッドの \((x,c\tau)\) 平面、右が実時間の \((x,ct)\) 平面。左の円を \(\tau=0\) で切ったものが、右の双曲線の出発点になります。
時間スライダーを動かすと、壁が右へ走り出します。点線の 45 度線(光円錐)に、近づくけれど決して届かないのを見てください。速度は自動的に \(c\) 未満で、しかも漸近的に \(c\)。そう作ったのではなく、双曲線がそうなっているだけです。
「なぜ球なのか」には理由があります。作用を最小にする配位が、対称なものになるからです。
直感的には ── 同じ4次元体積を囲むなら、表面積が最小なのは球。バウンスは「体積で得して表面で損する」構造なので、与えられた体積に対して表面を最小化する形が選ばれます。それが4次元球です。薄壁極限では、これが実際に最小であることが証明されています(コールマン–グレイザー–マルタン)。
そして O(4) 対称性は、実時間に戻したときに O(3,1) 対称性になります ── つまり泡はローレンツ不変な形で膨張する。どの慣性系から見ても同じ双曲線に見える。この性質のおかげで、真空崩壊の議論は座標系の取り方に依らずに済みます。
第5回で作った「似ている」の三段を、ここで自分自身に適用します。
| 第1〜5回 | 第6〜7回 | |
|---|---|---|
| すり抜けるもの | 粒子・位相(1変数) | 時空に広がった形 |
| 虚時間は | パラメータ | 座標(計量に入る) |
| 作用は | \(\int d\tau[\frac12m\dot x^2+V]\) | 幾何量(長さ・面積・体積) |
| \(2\pi\) や係数の出どころ | 力学(調和振動) | 幾何(円・球) |
| 地平面族(ウンルー等)との関係 | 第2段(同じ枠組みの別実装) | 第3段(本当に同じ族) |
「すり抜け」という一語で束ねた13話は、じつは第5回と第6回のあいだで質が変わっていました。前半は非相対論の力学、後半はユークリッド時空の幾何。\(c\cdot t\) の視点を入れて初めて、その境目が見えます。
背骨(実時間で不可能に見えるものは虚時間ではふつう)は最後まで一本でしたが、虚時間が「パラメータ」から「座標」に昇格するところで、話の質が変わっていたのです。
確立していること:世界線インスタントンによるシュウィンガー効果の導出(円形の解、\(R=mc^2/eE\)、\(S_E=\pi m^2c^3/eE\));コールマン–カランのバウンスが薄壁極限で O(4) 対称であり、4次元球の体積 \(\pi^2R^4/2\) と表面 \(2\pi^2R^3\) から \(R=3\sigma/\varepsilon\)、\(S_E=27\pi^2\sigma^4/2\varepsilon^3\) が出ること;ユークリッドの円 \(x^2+(c\tau)^2=R^2\) が実時間で双曲線 \(x^2-(ct)^2=R^2\) になり、それが一定固有加速度 \(a=c^2/R\) の世界線であること;したがって泡の壁が漸近的に光速に近づくこと;O(4) 対称性が実時間で O(3,1) 対称性になること;薄壁極限での O(4) 最小性(Coleman–Glaser–Martin)。いずれも標準的な結果です。
注意すること:① この番外編も、本編で省いた導出を戻しただけで、新しい物理ではありません。役に立つのは見通しであって、内容は増えていません。② 第7回の3次元エネルギー収支は間違いではありません ── 臨界半径 \(R=3\sigma/\varepsilon\) は3次元でも4次元でも同じ値になります。ただし作用の値と係数 \(27\pi^2/2\) は4次元でないと出ません。第7回の書き方は、省略というより緩かったところです。③ O(4) が常に最小とは限りません。薄壁極限では証明されていますが、一般には別の対称性の解が効く場合があります。とくに有限温度では O(3)×S¹ 対称のバウンス(=熱的な核生成)が支配的になり、これは第3回の「熱で越えるか、すり抜けるか」の場の理論版です。④ 曲がった時空では話が変わります。重力を入れると泡の内部が開いた宇宙になったり、生成率が変わったりします(コールマン–デ・ルチア)。本文は平坦時空の話です。⑤ シュウィンガー効果の円と、その半径が地平面距離に等しいことは幾何的事実ですが、シュウィンガー効果とウンルー効果を同一視できるという主張ではありません。両者の関係には文献があり、単純な等式ではありません。⑥ シュウィンガー効果はまだ観測されていません(第6回の表のとおり、臨界電場 \(1.3\times10^{18}\) V/m は未到達)。
「わかる温度」番外編①では、\(c\cdot t\) が効くのは地平面があるときでした。こちらの分かれ目は違います ── すり抜けるものが「粒子」か「時空に広がった形」か。第1〜5回は粒子で、c は出てきません。第6〜7回は違いました。
シュウィンガー効果は円でした。ユークリッド世界線の作用は「長さ − 囲む面積」で、半径 \(R=mc^2/eE\) の円が \(S_E=\pi m^2c^3/eE\) を与える。そして \(R=c^2/a\) ── 加速する荷電粒子の地平面までの距離そのもので、温度の番外編①とつながります。
コールマンのバウンスは4次元の球でした。体積 \(\pi^2R^4/2\) と表面 \(2\pi^2R^3\) から \(R=3\sigma/\varepsilon\)、\(S_E=27\pi^2\sigma^4/2\varepsilon^3\) ── 第7回で結果だけ書いた式が、ここでは導出されます。おまけに光速膨張が説明不要になる:球を実時間に戻すと双曲線 \(x^2-(ct)^2=R^2\) になり、これは一定固有加速度 \(a=c^2/R\) の世界線だから、漸近的に \(c\) に近づくが超えない。追加の仮定ではなく、O(4) 対称性の帰結でした。
そして分類が引き直せます ── 13話は第5回と第6回のあいだで質が変わっていた。前半は虚時間がパラメータで係数は力学から出る(地平面族に対して第2段)、後半は虚時間が座標で作用が幾何量になる(第3段)。背骨は最後まで一本でしたが、虚時間が昇格するところに、見えない継ぎ目がありました。
印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面では時間スライダーで壁が走り出し、45度の光円錐に漸近するのに決して届かない様子が見えます。半径スライダーで、対応する電場・固有加速度・地平面温度が出ます。「答えを見る」で解答が開きます。