わかるすり抜け第 2 回 / 太陽が燃えているのは、すり抜けているから

熱だけでは3桁足りない ── それでも燃えているのは、指数の肩の上に抜け道があるから

太陽が燃えているのは、すり抜けているから 太陽中心の \(k_BT\) は 1.3 keV、陽子どうしの障壁は 1.4 MeV
古典的に越えられる確率は \(e^{-1083}\) ── 宇宙のどこでも一度も起きない数字です。
それでも燃えている。しかも「熱の裾」と「すり抜けやすさ」がぶつかる一点で。

必要な道具:第1回の \(e^{-2S_E/\hbar}\)、「わかる温度」第2回のボルツマン因子 この回の芯:ガモフピーク E₀ = (E_G (k_BT)²/4)^(1/3)

太陽が核融合で燃えている、というのは誰でも知っています。でも数字を入れると、すぐに詰まります ── 太陽の中心は、核融合させるには 3 桁ほど温度が足りません。1929年、アトキンソンとホウターマンズがこの矛盾に気づき、前年のガモフの α 崩壊の論文(第1回)を読んで、答えを出しました。越えなくていい。すり抜ければいい。 しかも話はそこで終わりません。熱は「エネルギーが高いほど珍しい」、すり抜けは「エネルギーが高いほど簡単」── 逆向きの二つの指数がぶつかって、反応が起きるエネルギーが一点に絞られます。この「ガモフピーク」が、恒星がなぜ 100 億年ものあいだ静かに燃え続けられるのかを決めています。

01まず、足りないことを確認する

太陽中心の数字
中心温度1.5×10⁷ K
それをエネルギーで測ると \(k_BT\)1.3 keV
陽子どうしが 1 fm まで近づくのに要するクーロンエネルギー1.4 MeV
約 1100 倍

「わかる温度」第1回のやり方で、素直に比を作りました。熱で越えるには、ボルツマン因子(同第2回)で

$$e^{-1.4\,\mathrm{MeV}/1.3\,\mathrm{keV}}=e^{-1083}\approx 10^{-470}$$

太陽の中の陽子は約 \(10^{57}\) 個。全部の組み合わせを数えても \(10^{114}\) 通りしかありません。\(10^{-470}\) は、宇宙の全歴史で一度も起きないという意味の数字です。古典力学では、太陽は光りません。

「温度が足りないなら、もっと熱ければいい」と思うかもしれません。しかし太陽の中心温度は、質量と重力が決めていて動かせない。1920年代、これは本物の危機でした ── エディントンは太陽のエネルギー源は核融合しかないと確信していましたが、温度がどう見ても足りなかった。彼が「もっと熱い星を探しに行け」と言われて「行ってこい」と返した逸話が残っています。

02ガモフ因子 ── 越えずに抜ける確率

第1回の道具をそのまま当てます。壁はクーロンポテンシャル \(V(r)=Z_1Z_2e^2/4\pi\varepsilon_0 r\)。これを \(S_E=\int\sqrt{2m(V-E)}\,dr\) に入れて積分すると、驚くほどきれいな形になります。

ガモフ因子
$$P(E)\ \approx\ \exp\!\left(-\sqrt{\frac{E_G}{E}}\right), \qquad E_G=2m_rc^2\big(\pi\alpha Z_1Z_2\big)^2$$

\(E_G\) はガモフエネルギーで、相手が誰かだけで決まる定数。陽子どうしなら \(E_G=493\) keV です(\(\alpha=1/137\) は微細構造定数、\(m_r\) は換算質量)。
肝心なのは形 ── \(E\) が大きいほど指数が小さくなる=抜けやすい。ただし \(\sqrt{\ }\) の中なので、効き方はゆるやかです。

太陽中心の典型エネルギー \(E=k_BT=1.3\) keV を入れてみます。

$$\sqrt{493/1.3}=19.5\qquad\Longrightarrow\qquad P\approx e^{-19.5}\approx 3\times10^{-9}$$

\(10^{-470}\) が \(10^{-9}\) になりました。 461 桁の改善です。これなら \(10^{57}\) 個の陽子がいる太陽の中では、じゅうぶん起こります。肩の上が変わると答えが桁で変わるという第1回の教訓が、そのまま星を光らせています。

03二つの指数がぶつかる ── ガモフピーク

ここからがこの回の本題です。反応が起きるには、2つのことが同時に必要です。

必要なこと確率エネルギーが高いと
その速さの陽子がいる\(e^{-E/k_BT}\)不利(珍しくなる)
近づいてすり抜ける\(e^{-\sqrt{E_G/E}}\)有利(抜けやすい)

逆向きです。かけ合わせると、どちらでもない中間のエネルギーに鋭いピークが立ちます

ピークの位置を出す

積 \(\exp\!\left(-\dfrac{E}{k_BT}-\sqrt{\dfrac{E_G}{E}}\right)\) の肩を \(E\) で微分して 0 と置くだけ:

$$E_0=\left(\frac{E_G\,(k_BT)^2}{4}\right)^{1/3}$$

太陽中心(\(k_BT=1.29\) keV、\(E_G=493\) keV)なら

$$E_0=\left(\frac{493\times1.29^2}{4}\right)^{1/3}\ \mathrm{keV}\approx \mathbf{5.9\ keV}$$

つまり ── 太陽の核融合は、平均的な陽子(1.3 keV)でも、障壁を越えられる陽子(1400 keV)でもなく、その中間の 5.9 keV で起きている。ピークの幅はおよそ 6 keV しかありません。10²³ 個どころか 10⁵⁷ 個の陽子のうち、この細い窓に入った一部だけが星を光らせている。

04動かしてみる ── 二つの指数と、その積

下の図は、いま述べた 3 本の曲線です。左下がりの青が「その速さの陽子がいる確率」、右上がりの赤が「すり抜ける確率」、そしてその積がオレンジのピーク。縦軸は対数で、目盛りは 30 桁以上あります。

温度スライダーを動かすと、ピークが移動しながら、高さが猛烈に変わります。ここが恒星物理の核心です ── 温度をたった 10% 上げるだけで、反応率が何割も跳ね上がる。この鋭い温度依存性が、星の温度を自動的に一点に落ち着かせています(上がりすぎれば膨らんで冷え、下がれば縮んで熱くなる)。

図:陽子どうしの核融合。青=マクスウェル分布の因子 e^(−E/k_BT)、赤=ガモフ因子 e^(−√(E_G/E))、オレンジ=その積(ガモフピーク)。縦軸は対数。温度を変えるとピークの位置と高さが動く。太陽中心は 1.5×10⁷ K
その速さの陽子がいる確率 すり抜ける確率 積=実際に反応が起きる分布

05だから星は、ゆっくり燃える

ここで意外な事実をひとつ。太陽の中心は、体積あたりで見ると驚くほど暗いのです。

発熱源単位体積あたりの発熱
太陽の中心(最も明るいところ)約 280 W/m³
太陽の平均約 0.27 W/m³
人間のからだ約 1000 W/m³
堆肥の山数百 W/m³

体積あたりでは、あなたのほうが太陽の中心より熱を出しています。 太陽が明るいのは単に巨大だからです。そしてこの「暗さ」こそが、太陽が 100 億年もつ理由 ── すり抜けにくいことは、欠点ではなく寿命です。もし障壁がなければ、宇宙の水素は最初の数分で全部ヘリウムになって、星も惑星も生き物も生まれませんでした。

正確には、遅い理由はもうひとつある 太陽の主反応は \(p+p\to d+e^++\nu\)。よく見ると、陽子が中性子に変わっています ── これは弱い相互作用で、すり抜け以前にそもそも起きにくい。
だから太陽の遅さは、すり抜けの遅さ弱い相互作用の遅さの掛け算です。1個の陽子が反応するまでの平均待ち時間は約 90 億年。この「二重の遅さ」のおかげで、太陽は静かに燃えています。「太陽が遅いのは全部すり抜けのせい」と書くと言いすぎなので、ここは正直に分けておきます。

06温度の効き方が異常に急な理由

ガモフピークの高さは \(\exp(-3E_0/k_BT)\) で決まります。ここに \(E_0\propto T^{2/3}\) を入れると、反応率が温度のべき乗で書けて ──

恒星の温度依存性
$$\varepsilon\propto T^{\nu},\qquad \nu=\frac{\tau-2}{3},\qquad \tau=\frac{3E_0}{k_BT}$$
反応E_G太陽中心での ν意味
pp チェーン(p + p)493 keV約 4ゆるやか。太陽はこれ
CNO サイクル(p + ¹²C)32.9 MeV約 20猛烈。重い星はこれ

\(Z\) が大きいと \(E_G\) が跳ね上がり、ピークが高エネルギー側へ押し出され、温度依存性が急になります。太陽より少し重い星が CNO に切り替わって短命になるのは、この指数の性質そのものです。星の一生が、肩の上の数字で決まっている。

◇ ◇ ◇
正直な線 ── 何を簡単にしたか

確立していること:太陽中心の温度・密度と \(k_BT\approx1.3\) keV;クーロン障壁が MeV 級で古典的には越えられないこと;ガモフ因子 \(\exp(-\sqrt{E_G/E})\) とガモフエネルギー \(E_G=2m_rc^2(\pi\alpha Z_1Z_2)^2\)(p–p で 493 keV);ガモフピーク \(E_0=(E_G(k_BT)^2/4)^{1/3}\approx5.9\) keV とその幅;反応率の温度依存 \(\varepsilon\propto T^{\nu}\) で pp が \(\nu\approx4\)、CNO が \(\nu\approx20\);アトキンソン–ホウターマンズ(1929)による恒星核融合へのすり抜けの適用;太陽の体積あたり発熱量。いずれも標準的な恒星物理です。

簡単にしたこと:① 実際の反応率は \(\sigma(E)=\dfrac{S(E)}{E}e^{-\sqrt{E_G/E}}\) と書き、天体物理 S 因子 \(S(E)\) に核物理の中身が入ります。本文はこの \(S(E)\) をほぼ定数として扱いました(非共鳴反応では良い近似ですが、共鳴があると破れます)。② \(p+p\) は弱い相互作用を含むため、すり抜けやすさだけでは反応率が決まりません(本文の注記どおり)。③ 恒星プラズマ中では周囲の電子が障壁をわずかに遮蔽します(太陽では数%の補正。番外編①ではこの遮蔽が主役になります)。④ ガモフピークの導出は鞍点近似で、厳密にはガウス型からのずれがあります。⑤ 図は 1 種類の反応・非縮退・非相対論の理想化です。⑥ かつて観測される太陽ニュートリノが理論の 1/3 しかない「太陽ニュートリノ問題」がありましたが、これは恒星模型ではなくニュートリノ振動が原因で、2001–02 年に解決しています(本文の描像は影響を受けません)。

練習問題(この回の考え方で解けます)
  1. 太陽が古典力学では光らないことを、数字で示せ。
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    障壁 1.4 MeV、\(k_BT=1.3\) keV。ボルツマン因子は \(e^{-1400/1.3}=e^{-1083}\approx10^{-470}\)。太陽の陽子は \(10^{57}\) 個で組み合わせは \(10^{114}\) 通りしかないので、宇宙の歴史で一度も起きない
  2. なぜ反応は \(k_BT\) でも障壁の高さでもなく、その中間で起きるのか。
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    2つの指数が逆向きだから。低エネルギー側は「陽子はたくさんいるが抜けられない」、高エネルギー側は「抜けられるが陽子がいない」。積が最大になる \(E_0=(E_G(k_BT)^2/4)^{1/3}\approx5.9\) keV に、細い窓が開く。
  3. CNO サイクルの温度依存性が pp より遥かに急なのはなぜか。
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    炭素は \(Z=6\) なので \(E_G\propto(Z_1Z_2)^2\) が 36 倍以上に跳ね上がり(493 keV → 32.9 MeV)、ガモフピークが高エネルギー側へ押し出される。すると \(\tau=3E_0/k_BT\) が大きくなり \(\nu=(\tau-2)/3\) も大きくなる。重い星が短命なのはこの指数のせい。
  4. クーロン障壁がもし存在しなかったら、宇宙はどうなっていたか。
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    初期宇宙の高温高密度の段階で水素がすべてヘリウム(以上)に燃えてしまう。星は生まれず、10 億年単位で光り続ける熱源も存在しない。すり抜けにくいことは欠点ではなく、宇宙の寿命そのもの

第2回まとめ星は、指数の肩の上で燃えている

太陽中心の \(k_BT\) は 1.3 keV、陽子どうしのクーロン障壁は 1.4 MeV ── 1100 倍足りません。古典的な確率は \(e^{-1083}\approx10^{-470}\) で、宇宙の歴史で一度も起きない数字です。第1回のすり抜けを当てると、これが \(e^{-\sqrt{E_G/E}}=e^{-19.5}\approx10^{-9}\) になる ── 461 桁の改善。太陽は、すり抜けているから光っています。

さらに面白いのは、熱(高エネルギーほど不利)とすり抜け(高エネルギーほど有利)が逆向きの指数だということ。積は中間で鋭いピークを作り、太陽の核融合は平均でも障壁でもなく 5.9 keV という細い窓で起きています(ガモフピーク)。

そしてこの指数の急峻さが、星の一生を決めます。反応率は \(T^4\)(pp)から \(T^{20}\)(CNO)まで振れ、重い星は猛烈に燃えて短命に終わる。太陽が体積あたりでは人体より暗く、それでも 100 億年もつのは、すり抜けにくいおかげです。

この文書は「わかるすり抜け」シリーズ第2回、物理好きの高校生・大学生向け読み物です。太陽中心の温度と \(k_BT\approx1.3\) keV、クーロン障壁の大きさ、ガモフ因子 \(\exp(-\sqrt{E_G/E})\) とガモフエネルギー(p–p で 493 keV)、ガモフピーク \(E_0=(E_G(k_BT)^2/4)^{1/3}\approx5.9\) keV、反応率の温度依存(pp で \(T^4\)、CNO で \(T^{20}\) 程度)、アトキンソン–ホウターマンズ(1929)による恒星核融合への適用、および太陽の体積あたり発熱量は、いずれも確立した恒星物理です。実際の断面積が天体物理 S 因子を含み本文ではこれを定数扱いしたこと、\(p+p\) 反応が弱い相互作用を含むため遅さがすり抜けだけでは決まらないこと、恒星プラズマ中の電子遮蔽(数%の補正)を省いたこと、ガモフピークが鞍点近似であること、および太陽ニュートリノ問題がニュートリノ振動により 2001–02 年に解決済みで本文の描像に影響しないことは、本文「正直な線」に明記しました。図はガモフピークをブラウザ内で実際に計算しています。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を(印刷版ではスライダーと解答は静止・非表示になります)。前後の回:第1回 すり抜けとは、虚時間の中を歩くこと第3回 熱で越えるか、すり抜けるか目次/姉妹編 わかる温度

印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面では温度スライダーでガモフピークが移動し、高さが桁で変わります。CNO ボタンで相手を炭素に変えると、ピークがどれだけ押し出されるかが見えます。「答えを見る」で解答が開きます。