熱だけでは3桁足りない ── それでも燃えているのは、指数の肩の上に抜け道があるから
太陽が核融合で燃えている、というのは誰でも知っています。でも数字を入れると、すぐに詰まります ── 太陽の中心は、核融合させるには 3 桁ほど温度が足りません。1929年、アトキンソンとホウターマンズがこの矛盾に気づき、前年のガモフの α 崩壊の論文(第1回)を読んで、答えを出しました。越えなくていい。すり抜ければいい。 しかも話はそこで終わりません。熱は「エネルギーが高いほど珍しい」、すり抜けは「エネルギーが高いほど簡単」── 逆向きの二つの指数がぶつかって、反応が起きるエネルギーが一点に絞られます。この「ガモフピーク」が、恒星がなぜ 100 億年ものあいだ静かに燃え続けられるのかを決めています。
| 量 | 値 |
|---|---|
| 中心温度 | 1.5×10⁷ K |
| それをエネルギーで測ると \(k_BT\) | 1.3 keV |
| 陽子どうしが 1 fm まで近づくのに要するクーロンエネルギー | 1.4 MeV |
| 比 | 約 1100 倍 |
「わかる温度」第1回のやり方で、素直に比を作りました。熱で越えるには、ボルツマン因子(同第2回)で
$$e^{-1.4\,\mathrm{MeV}/1.3\,\mathrm{keV}}=e^{-1083}\approx 10^{-470}$$太陽の中の陽子は約 \(10^{57}\) 個。全部の組み合わせを数えても \(10^{114}\) 通りしかありません。\(10^{-470}\) は、宇宙の全歴史で一度も起きないという意味の数字です。古典力学では、太陽は光りません。
「温度が足りないなら、もっと熱ければいい」と思うかもしれません。しかし太陽の中心温度は、質量と重力が決めていて動かせない。1920年代、これは本物の危機でした ── エディントンは太陽のエネルギー源は核融合しかないと確信していましたが、温度がどう見ても足りなかった。彼が「もっと熱い星を探しに行け」と言われて「行ってこい」と返した逸話が残っています。
第1回の道具をそのまま当てます。壁はクーロンポテンシャル \(V(r)=Z_1Z_2e^2/4\pi\varepsilon_0 r\)。これを \(S_E=\int\sqrt{2m(V-E)}\,dr\) に入れて積分すると、驚くほどきれいな形になります。
\(E_G\) はガモフエネルギーで、相手が誰かだけで決まる定数。陽子どうしなら \(E_G=493\) keV です(\(\alpha=1/137\) は微細構造定数、\(m_r\) は換算質量)。
肝心なのは形 ── \(E\) が大きいほど指数が小さくなる=抜けやすい。ただし \(\sqrt{\ }\) の中なので、効き方はゆるやかです。
太陽中心の典型エネルギー \(E=k_BT=1.3\) keV を入れてみます。
$$\sqrt{493/1.3}=19.5\qquad\Longrightarrow\qquad P\approx e^{-19.5}\approx 3\times10^{-9}$$\(10^{-470}\) が \(10^{-9}\) になりました。 461 桁の改善です。これなら \(10^{57}\) 個の陽子がいる太陽の中では、じゅうぶん起こります。肩の上が変わると答えが桁で変わるという第1回の教訓が、そのまま星を光らせています。
ここからがこの回の本題です。反応が起きるには、2つのことが同時に必要です。
| 必要なこと | 確率 | エネルギーが高いと |
|---|---|---|
| その速さの陽子がいる | \(e^{-E/k_BT}\) | 不利(珍しくなる) |
| 近づいてすり抜ける | \(e^{-\sqrt{E_G/E}}\) | 有利(抜けやすい) |
逆向きです。かけ合わせると、どちらでもない中間のエネルギーに鋭いピークが立ちます。
積 \(\exp\!\left(-\dfrac{E}{k_BT}-\sqrt{\dfrac{E_G}{E}}\right)\) の肩を \(E\) で微分して 0 と置くだけ:
$$E_0=\left(\frac{E_G\,(k_BT)^2}{4}\right)^{1/3}$$太陽中心(\(k_BT=1.29\) keV、\(E_G=493\) keV)なら
$$E_0=\left(\frac{493\times1.29^2}{4}\right)^{1/3}\ \mathrm{keV}\approx \mathbf{5.9\ keV}$$つまり ── 太陽の核融合は、平均的な陽子(1.3 keV)でも、障壁を越えられる陽子(1400 keV)でもなく、その中間の 5.9 keV で起きている。ピークの幅はおよそ 6 keV しかありません。10²³ 個どころか 10⁵⁷ 個の陽子のうち、この細い窓に入った一部だけが星を光らせている。
下の図は、いま述べた 3 本の曲線です。左下がりの青が「その速さの陽子がいる確率」、右上がりの赤が「すり抜ける確率」、そしてその積がオレンジのピーク。縦軸は対数で、目盛りは 30 桁以上あります。
温度スライダーを動かすと、ピークが移動しながら、高さが猛烈に変わります。ここが恒星物理の核心です ── 温度をたった 10% 上げるだけで、反応率が何割も跳ね上がる。この鋭い温度依存性が、星の温度を自動的に一点に落ち着かせています(上がりすぎれば膨らんで冷え、下がれば縮んで熱くなる)。
ここで意外な事実をひとつ。太陽の中心は、体積あたりで見ると驚くほど暗いのです。
| 発熱源 | 単位体積あたりの発熱 |
|---|---|
| 太陽の中心(最も明るいところ) | 約 280 W/m³ |
| 太陽の平均 | 約 0.27 W/m³ |
| 人間のからだ | 約 1000 W/m³ |
| 堆肥の山 | 数百 W/m³ |
体積あたりでは、あなたのほうが太陽の中心より熱を出しています。 太陽が明るいのは単に巨大だからです。そしてこの「暗さ」こそが、太陽が 100 億年もつ理由 ── すり抜けにくいことは、欠点ではなく寿命です。もし障壁がなければ、宇宙の水素は最初の数分で全部ヘリウムになって、星も惑星も生き物も生まれませんでした。
ガモフピークの高さは \(\exp(-3E_0/k_BT)\) で決まります。ここに \(E_0\propto T^{2/3}\) を入れると、反応率が温度のべき乗で書けて ──
| 反応 | E_G | 太陽中心での ν | 意味 |
|---|---|---|---|
| pp チェーン(p + p) | 493 keV | 約 4 | ゆるやか。太陽はこれ |
| CNO サイクル(p + ¹²C) | 32.9 MeV | 約 20 | 猛烈。重い星はこれ |
\(Z\) が大きいと \(E_G\) が跳ね上がり、ピークが高エネルギー側へ押し出され、温度依存性が急になります。太陽より少し重い星が CNO に切り替わって短命になるのは、この指数の性質そのものです。星の一生が、肩の上の数字で決まっている。
確立していること:太陽中心の温度・密度と \(k_BT\approx1.3\) keV;クーロン障壁が MeV 級で古典的には越えられないこと;ガモフ因子 \(\exp(-\sqrt{E_G/E})\) とガモフエネルギー \(E_G=2m_rc^2(\pi\alpha Z_1Z_2)^2\)(p–p で 493 keV);ガモフピーク \(E_0=(E_G(k_BT)^2/4)^{1/3}\approx5.9\) keV とその幅;反応率の温度依存 \(\varepsilon\propto T^{\nu}\) で pp が \(\nu\approx4\)、CNO が \(\nu\approx20\);アトキンソン–ホウターマンズ(1929)による恒星核融合へのすり抜けの適用;太陽の体積あたり発熱量。いずれも標準的な恒星物理です。
簡単にしたこと:① 実際の反応率は \(\sigma(E)=\dfrac{S(E)}{E}e^{-\sqrt{E_G/E}}\) と書き、天体物理 S 因子 \(S(E)\) に核物理の中身が入ります。本文はこの \(S(E)\) をほぼ定数として扱いました(非共鳴反応では良い近似ですが、共鳴があると破れます)。② \(p+p\) は弱い相互作用を含むため、すり抜けやすさだけでは反応率が決まりません(本文の注記どおり)。③ 恒星プラズマ中では周囲の電子が障壁をわずかに遮蔽します(太陽では数%の補正。番外編①ではこの遮蔽が主役になります)。④ ガモフピークの導出は鞍点近似で、厳密にはガウス型からのずれがあります。⑤ 図は 1 種類の反応・非縮退・非相対論の理想化です。⑥ かつて観測される太陽ニュートリノが理論の 1/3 しかない「太陽ニュートリノ問題」がありましたが、これは恒星模型ではなくニュートリノ振動が原因で、2001–02 年に解決しています(本文の描像は影響を受けません)。
太陽中心の \(k_BT\) は 1.3 keV、陽子どうしのクーロン障壁は 1.4 MeV ── 1100 倍足りません。古典的な確率は \(e^{-1083}\approx10^{-470}\) で、宇宙の歴史で一度も起きない数字です。第1回のすり抜けを当てると、これが \(e^{-\sqrt{E_G/E}}=e^{-19.5}\approx10^{-9}\) になる ── 461 桁の改善。太陽は、すり抜けているから光っています。
さらに面白いのは、熱(高エネルギーほど不利)とすり抜け(高エネルギーほど有利)が逆向きの指数だということ。積は中間で鋭いピークを作り、太陽の核融合は平均でも障壁でもなく 5.9 keV という細い窓で起きています(ガモフピーク)。
そしてこの指数の急峻さが、星の一生を決めます。反応率は \(T^4\)(pp)から \(T^{20}\)(CNO)まで振れ、重い星は猛烈に燃えて短命に終わる。太陽が体積あたりでは人体より暗く、それでも 100 億年もつのは、すり抜けにくいおかげです。
印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面では温度スライダーでガモフピークが移動し、高さが桁で変わります。CNO ボタンで相手を炭素に変えると、ピークがどれだけ押し出されるかが見えます。「答えを見る」で解答が開きます。