刻みは本物か、それともゼロに持っていけるのか ── 待てば動く分岐に、数字を入れる
ここまで格子の筋を二つに分けてきました ── 刻みが数値的なら問題なし(第17回で水星を 42.9807 秒角/世紀 で回した)、刻みが物理的なら代金あり(第16回:超対称性か、重力の漏れ)。
分岐は「\(a\) はゼロに持っていけるか」の一問です。そしてこれは意見ではなく観測が答える問いです。
この回は、その観測の中身を数字にします。使えない道具から順に潰していくと、最後に一つだけ残ります ── そして残ったものには、はっきりした目標値が付いていました。
いちばん自然に見える道具から。刻みが本物なら、地平面のセルは実在するので \(N=A/a^2\) は本当の数え上げになる ── だからブラックホールのエントロピーで区別できそうに思えます。
できません。第14回で見たとおり、カットオフ依存の発散はニュートン定数のくりこみに丸ごと吸われます。エンタングルメント側の \(A/48\pi\epsilon^2\) と、熱核から独立に出した \(\delta(1/G)=1/12\pi\epsilon^2\) が \(A/4\) の因子ごと一致する ── だから
$$S=\frac{A}{4G_{\text{ren}}}$$は、\(a\) が本物でも連続でも同じ形になります。エントロピーは、刻みの有無を見ていません。
もし時空が粒状なら、位置が「プランク時間ごとにプランク長ぶん」ふらつくはず ── ホログラフィック雑音です。Fermilab の Holometer がこれを直接探しました。40 m の干渉計を2台、独立に置いて出力の相関を 25 MHz まで取る。
結果は空振りでした。Hogan の予言する量の雑音は、高い有意度で否定されています。
刻みが本物なら、分散関係が変わります。第16回で見たとおり、超対称性と CPT を課したあと残るのは \(n=2\)(次元6)です。
$$E^2=p^2\left[1+\left(\frac{p}{E_{\rm LV}}\right)^2\right]$$超光速側(プラス符号)だと、光子が有効質量を持ちます。
$$m_{\rm eff}^2=\frac{p^4}{E_{\rm LV}^2}$$これが \((2m_e)^2\) を越えると、真空中で光子が電子対に崩壊できるようになります。開くしきい値は
裏返すと ── エネルギー \(E\) の光子が壊れずに届いたなら
$$\boxed{\;E_{\rm LV}>\frac{E^2}{2m_e}\;}$$調整できる係数がありません。電子質量と観測された光子のエネルギーだけで決まります。
ここが気持ちのいいところです。\(E\) の2乗で効きます。だから光子のエネルギーを上げると、下限が二次で伸びる。
比較のために、よく使われるもう一つの手法を並べます。高エネルギーの光子ほど遅れて着くという時間差を測るやり方です。\(n=2\) なら
$$\Delta t\simeq\frac{3D}{2c}\left(\frac{E}{E_{\rm LV}}\right)^2 \qquad\Longrightarrow\qquad E_{\rm LV}>E\sqrt{\frac{3D}{2c\,\Delta t}}$$こちらは \(E\) の1乗でしか伸びません。この差が、勝負を決めます。
# 光子崩壊: E_LV > E^2/(2 m_e) ── 係数フリー、E の2乗 # 飛行時間: LHAASO GRB221009A の公表値でアンカー ── E の1乗 # E=18 TeV で E_LV > 1.2e21 eV (n=2, 95%CL) 光子 E 崩壊の下限 M_Pl比 飛行時間の下限 M_Pl比 ------------------------------------------------------------------------- 18 TeV 3.17e20 eV 2.6e-08 1.20e21 eV 9.8e-08 1.4 PeV 1.92e24 eV 1.6e-04 9.33e22 eV 7.6e-06 10 PeV 9.78e25 eV 8.0e-03 6.67e23 eV 5.5e-05 112 PeV 1.22e28 eV 1.00 7.45e24 eV 6.1e-04 1 EeV 9.78e29 eV 80.1 6.67e25 eV 5.5e-03 # M_Pl に到達するのに必要な光子エネルギー 光子崩壊 : 1.117e17 eV = 112 PeV (LHAASO 記録 1.4 PeV の 80 倍) 飛行時間 : 1.831e20 eV = 183 EeV (GZK 打ち切り ~5e19 eV を超える) # 交点 E = 2 m_e L0/E0 = 68.1 TeV。これより上では崩壊が常に強い(2乗 vs 1乗)。
飛行時間法でプランクスケールに届くには 183 EeV の光子が要ります。ところがそのエネルギーの光子は、宇宙背景放射と反応して宇宙論的距離を伝播できません(GZK 打ち切りは \(5\times10^{19}\) eV 級)。
飛行時間法:不可能。必要な光子が、そもそも届かない。
光子崩壊:80 倍。難しいが、不可能ではない。
念のため数字で確認すると ── 100 PeV の光子が 1 Gpc 伝播したときの時間差は \(\delta v/c=(E/M_{\rm Pl})^2=6.7\times10^{-23}\) から \(6.9\times10^{-6}\) 秒。GRB の時間構造は ms 級なので、100 倍以上足りません。
約 112 PeV の光子が1個、壊れずに届けば決まります。
\(E=\sqrt{2m_eM_{\rm Pl}}=1.117\times10^{17}\) eV。LHAASO の現在の記録 1.4 PeV の 80 倍。
ただしタイトルの「決着」は言い過ぎです。決まるのは超光速側・\(n=2\)・係数 \(O(1)\)・スケール \(\le M_{\rm Pl}\) という表の一マスだけ ── 亜光速側、\(n\ge3\)、係数が小さい場合、分散を出さない離散(コーゼット等)には触りません。決めなくていい範囲のほうが、圧倒的に広い。
それが観測されれば、プランクスケールの物理的な刻み(\(n=2\) 超光速側)は死にます。観測されないうちは、第16回の窓(\(10\) TeV \(\le\Lambda_{\rm conf}\le3\times10^9\) GeV)の中で生き残ります。
崩壊の線は傾き 2、飛行時間の線は傾き 1。68.1 TeV で交差し、それより上では崩壊が常に勝ちます。1.4 PeV の時点で既に 20 倍以上の差がついています。
ここは正直に書かなければいけないところです。この問いは、両側に同じ強さで答えられません。
| できるか | |
|---|---|
| 粒状性を発見する | できる。\(E\) を上げれば、あるなら必ずいつか出る |
| 連続性を証明する | できない。何を測ってもゼロが続くだけ |
| 空振りで粒状性を排除する | できない。スケールを押し上げるだけ |
だから答えられる問いは「\(a\) がこのスケール以下にあるか」であって、「\(a\) はゼロか」ではありません。現在の境界は \(\sim10^{-3}M_{\rm Pl}\)。
そしてこれは、このシリーズが繰り返してきた形の一つです ── 問いを well-posed な形に直すと、答えられる部分と答えられない部分に割れる。第15回で「\(G\) はどこから来るのか」を \(\alpha_G\) に直したのと同じ操作です。
| 刻みが数値的(\(a\to0\)) | 刻みが物理的(最小長あり) | |
|---|---|---|
| GR が建つか | 建つ。42.9807″/世紀(第17回) | 建つ(低エネルギーでは同じ) |
| 差分で解けるか | 解ける(ずれを変数にすれば) | 解ける |
| ローレンツ破れ | 起きない(背景が観測できない) | 起きる。SUSY+CPT が要る(第2回) |
| 創発で逃げられるか | — | 物質は守れるが重力が漏れる(第16回) |
| 新しい物理を言うか | 言わない。座標の取り方 | 言う。\(n=2\) の分散 |
| 決着 | 112 PeV の光子1個 | |
最後の2行が対になっています。数値的な格子は安全だが何も言わない。物理的な格子は代金が付くが、言うことがある。そして言うことがある側だけが、測れます。
「空間は歪まない」という立場は、刻みを物理的だと言った瞬間に反証可能になります。
それまでは安全で、そのぶん無内容 ── 安全と無内容が同じ一つの事実から来ているのは、第3回の「平坦背景は原理的に観測できない」の言い換えです。
エントロピーはこの問いに盲目。 刻みが本物なら \(N=A/a^2\) が本当の数え上げになるので区別できそうに見えるが、第14回のとおりカットオフ依存の発散は \(1/G\) のくりこみに吸われる。\(a\) が本物でも連続でも \(S=A/4G_{\rm ren}\) は同じ形。第14回では長所だった性質が、ここでは短所になる。
干渉計は空振り済み、ただし一模型。 Fermilab Holometer が 40 m の干渉計2台を 25 MHz まで相関を取り、Hogan の予言する量のホログラフィック雑音を高い有意度で排除した。潰れたのは特定のモデルで、粒状性そのものではない。
残るのは超高エネルギー光子。しきい値に調整できる係数がない。 \(n=2\) 超光速側では光子が有効質量 \(m_{\rm eff}^2=p^4/E_{\rm LV}^2\) を持ち、\((2m_e)^2\) を越えると真空中で電子対に崩壊する。エネルギー \(E\) の光子が届いたなら \(E_{\rm LV}>E^2/(2m_e)\) ── 電子質量と観測値だけで決まる。
目標値は 112 PeV。いまの記録の 80 倍。 \(E=\sqrt{2m_eM_{\rm Pl}}=1.117\times10^{17}\) eV。LHAASO の 1.4 PeV は \(E_{\rm LV}>1.6\times10^{-4}M_{\rm Pl}\) を与える(文献の最強値はチャンネルを増やして \(10^{-3}M_{\rm Pl}\))。2乗で効くので、4桁の不足を埋めるのに必要な光子エネルギーは2桁。
飛行時間法は不可能。 下限が \(E\) の1乗でしか伸びないので、\(M_{\rm Pl}\) には 183 EeV が必要 ── GZK 打ち切り(\(\sim5\times10^{19}\) eV)を超えており、その光子は宇宙論的距離を伝播できない。両者は 68.1 TeV で交差し、それより上では崩壊が常に勝つ。100 PeV・1 Gpc の時間差は \(6.9\times10^{-6}\) 秒で、GRB の ms 級構造には 100 倍以上足りない。
ただし対称ではない。 粒状性は発見できるが、連続性は証明できない。空振りは粒状性を排除せず、スケールを押し上げるだけ。答えられるのは「\(a\) がこのスケール以下にあるか」で、現在の境界は \(\sim10^{-3}M_{\rm Pl}\)。第15回で「\(G\) はどこから来るか」を \(\alpha_G\) に直したのと同じ、問いの整形。
そして格子の筋が閉じた。 数値的な刻みは安全だが何も言わない(座標の取り方)。物理的な刻みは代金が付くが、言うことがある(\(n=2\) の分散)。言うことがある側だけが測れます。「空間は歪まない」という立場は、刻みを物理的だと言った瞬間に反証可能になる ── それまでは安全で、そのぶん無内容。安全と無内容が同じ一つの事実から来ているのは、第3回の「平坦背景は原理的に観測できない」の言い換えです。
この文書は「つくる格子」シリーズ第18回、物理好きの高校生・大学生向け読み物です。姉妹編「わかる」が既知の物理を解説するのに対し、本シリーズは作業そのものを見せます ── 使えない道具を潰していく過程を含めて。
確立した内容:\(n=2\)(次元6)のローレンツ破れ分散関係と、超光速側で光子が有効質量を持つこと、真空中の光子崩壊 \(\gamma\to e^+e^-\) のしきい値、LHAASO による GRB 221009A の \(n=2\) 飛行時間下限(arXiv:2312.09079、95% CL、最尤法)、LHAASO の PeV 光子による \(n=2\) 制限 \(>10^{-3}M_{\rm Pl}\)(arXiv:2105.07967)、GZK 打ち切りと超高エネルギー光子の伝播距離の制限、Fermilab Holometer の構成と Hogan モデルに対する否定的結果、エンタングルメント・エントロピーの発散がニュートン定数のくりこみに吸収されること(第14回)。
本稿の 112 PeV という値は新しい予言ではなく、既知の光子崩壊の下限を \(E_{\rm LV}=M_{\rm Pl}\) について逆に解いたものです。またしきい値の計算は素直な二体崩壊の見積りであり、文献の最強値とは係数ぶん異なります(文献は亜光速側のシャワー形成抑制など複数チャンネルを合わせています)── 112 PeV は桁の目安であり、実際の解析ではより低いエネルギーで到達しうることを明記します。飛行時間の下限の外挿は公表値からの単純な比例外挿で、装置の詳細(有効面積、タイミング分解能、赤方偏移分布)を考慮していません。
「言うことがある側だけが測れる」「安全と無内容が同じ事実から来ている」という整理は、本シリーズの著者によるものです。物理的な刻みが原理的に検出不可能であることも、逆に必ず検出できることも、示されていません。
本編:第1回|第2回|第3回|第4回|第5回|第6回|第7回|第8回|第9回|第10回|第11回|第12回|第13回|第14回|第15回|第16回|第17回 | 番外編:①/②/③ ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を。
印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。図で、崩壊と飛行時間の伸び方の差を確かめられます。