既知の物理はぜんぶ6項で書ける ── その6項を1つずつ開き、複雑さがどこに置いてあるのかを特定する
物理を勉強していると、いつまでも式が増えていきます。マクスウェル方程式が4本、シュレディンガー方程式、アインシュタイン方程式、ディラック方程式、標準模型の粒子表……。本当はもっと簡単に書けるはずなのに、と思ったことのある人は多いはずです。
その直観は、実は当たっています。既知の物理はすべて、たった6項に収まります。というより、6項ですらなく4行の手続きから生成されます。
この回は、まずその6項を1つずつ開いて読みます(それぞれ「何をしているか」と「消すと世界から何が消えるか」)。そのうえで、ではなぜ複雑に見えるのかを、複雑さの置き場所ごとに特定します。最後に、法則そのものがこれ以上短くならないのかを確かめます。
まず全部書きます。これで終わりです。
重力、電磁気、強い力、弱い力、すべての物質。6項です。上の式は「すべての履歴を \(e^{iS/\hbar}\) で重み付けて足せ」と言っているだけで、あとは \(\mathcal{L}\) を眺めるだけ。
眺めるだけでは面白くないので、開きます。順番に意味があります ── 外側の殻が2つ(足し算の仕方と、どこで足すか)、そのあとに中身の5項。
「起こりうるすべての履歴に \(e^{iS/\hbar}\) という重みを付けて、足せ」。これだけです。粒子が A から B へ行くとき、あらゆる経路を同時に通る ── その和が答え。
指数関数である理由:独立な2つの部分系があると、確率は掛け算になってほしい。いっぽう作用 \(S\) は時空の積分なので足し算になる。足し算を掛け算に変える関数は、指数関数しかありません。
\(i\) が付いている理由:\(|e^{iS/\hbar}|=1\) です。つまり どの履歴も、あらかじめ「起きやすい」ということがない。全部が同じ重み。選別しているのは大小ではなく干渉だけです。
古典力学は、ここから落ちてくる
\(S\gg\hbar\) だと、経路を少し変えただけで位相 \(S/\hbar\) が何回転もして、隣どうしが打ち消し合います。生き残るのは位相が止まる場所 ── \(\delta S=0\)、つまり最小作用の原理。この1行に、ニュートン力学が全部入っています。
\(\hbar\) の役目は「大きい」を判定する物差しで、効いているのは無次元比 \(S/\hbar\) だけ(姉妹編「わかる量子」)。
2つの主張が入っています。
そして \(\mathcal{L}\) はスカラー。だから作用全体が、誰がどんな座標で見ても同じ値になります。
\(R\) はリッチスカラー、計量の2階微分から作れるいちばん簡単なスカラーです。これを変分するとアインシュタイン方程式が出てきます。この1項が一般相対論の全部。
\(F_{\mu\nu}=\partial_\mu A_\nu-\partial_\nu A_\mu\)(非可換なら \(+\,ig[A_\mu,A_\nu]\) が付きます)。この1項から、マクスウェル方程式が4本とも出ます。うち2本(\(\nabla\!\cdot\!\vec B=0\) とファラデーの法則)は \(F\) を \(A\) から作った時点で自動的に成立し(ビアンキ恒等式)、残り2本が変分から出る。
違うのはゲージ群だけ ── \(U(1)\) なら光、\(SU(2)\) なら W と Z、\(SU(3)\) ならグルーオン。
非可換だと \(F\) に \([A_\mu,A_\nu]\) が入るので、\(F^2\) を展開すると \(A^3\) と \(A^4\) の項が出ます。グルーオンどうしが直接相互作用して、光子どうしがしないのは、この違い1つが理由です。(そしてそれが閉じ込めの入口になります。)
\(\psi\) がクォークとレプトン。\({\not}D=\gamma^\mu D_\mu\)(ファインマンのスラッシュ記法)。ゲージ群が畳み込まれているのは、ここです。
$$D_\mu=\partial_\mu-ig_3G^a_\mu T^a-ig_2W^i_\mu\tau^i-ig_1YB_\mu$$ゲージ場は、手で入れたのではありません。強制されたのです。
\(\psi\) の位相を各点で勝手に選んでよい(局所ゲージ対称性)と要求してみてください。すると \(\partial_\mu\psi\) の変換にずれが出ます。それを打ち消すには、同じずれを逆向きに持つ場を足すしかない ── それが \(A_\mu\)。
力が存在するのは、位相を場所ごとに選ぶ自由を許したからです。力は、対称性の請求書。
なお、ここに質量項 \(m\bar\psi\psi\) が無いことに注意してください。書きたくても書けないからで、その理由は 5 項目に出てきます。
\(\phi\) は複素スカラーの2重項。運動項が同じ \(D\) で書かれている ── つまりヒッグスもゲージ場を感じます。そして
$$V(\phi)=\mu^2|\phi|^2+\lambda|\phi|^4$$\(\mu^2<0\) だと、この形は原点が山になり、谷が円環になります(メキシカンハット)。すると最低エネルギー状態が \(\phi=0\) ではなく \(|\phi|=v\neq0\) になる ── 真空そのものが場の値を持つ。方程式にはまだ対称性があるのに、基底状態には無い。これが自発的対称性の破れです。
\(|D\phi|^2\) を展開して \(\phi\to v\) を入れると、\(D_\mu\) の中のゲージ場から
$$|D_\mu\phi|^2\ \supset\ g^2v^2\,A_\mu A^\mu$$が出ます。これはゲージ場の質量項です。ヒッグスの運動項から、W と Z の質量が湧いた。質量を「与える」ための項は、どこにも書かれていません。
湯川結合。フェルミオンが質量を持てる唯一の経路です。
なぜ唯一か。\(\bar\psi\psi=\bar\psi_L\psi_R+\bar\psi_R\psi_L\) は左巻きと右巻きを掛け合わせますが、標準模型では左巻きが \(SU(2)\) の2重項、右巻きが1重項 ── ゲージ電荷が違うので、掛けた瞬間にゲージ不変性が壊れます。書けるのは \(\phi\) を1個はさんだ形だけ。そして \(\phi\to v\) を入れると \(y v\,\bar\psi\psi\)、つまり \(m=yv\)。
いちばん手っ取り早い理解の仕方は、消してみることです。下のボタンで、その項が世界の何を支えているかが見えます。
すべての履歴に同じ大きさの重み \(e^{iS/\hbar}\) を付けて足す。選別するのは大小ではなく干渉。\(S\gg\hbar\) で位相が打ち消し合い、\(\delta S=0\) の近傍だけが残る ── それが古典力学。
\(\int d^4x\) が局所性(作用は各点の寄与の和)、\(\sqrt{-g}\) が座標非依存(不変体積要素)。\(\mathcal{L}\) がスカラーなので、誰がどの座標で見ても \(S\) は同じ値。
\(R\) は計量の2階微分から作れる唯一のスカラー(全微分を除く)。変分すればアインシュタイン方程式。選ばれたのではなく、他に書けなかった項です。
この1項からマクスウェル方程式4本。うち2本は \(F=dA\) の時点で自動(ビアンキ恒等式)。電磁気・弱い力・強い力は全部これで、違うのはゲージ群だけ。非可換だと \(A^3,A^4\) 項が出て、グルーオンどうしが相互作用します。
クォークとレプトンの運動項。\(D_\mu\) の中にゲージ群が畳み込まれています。ゲージ場は手で入れたのではなく、位相を各点で選ぶ自由を許した代償として強制されたもの。ここに \(m\bar\psi\psi\) が無いのは、書けないからです。
\(\mu^2<0\) で真空が \(|\phi|=v\neq0\) を選び、対称性が基底状態でだけ破れる。\(|D\phi|^2\) に \(\phi\to v\) を入れると \(g^2v^2A_\mu A^\mu\) ── W と Z の質量が、運動項から湧きます。
湯川結合。キラルなゲージ対称性が \(m\bar\psi\psi\) を禁じるので、これがフェルミオン質量の唯一の経路です。\(m=yv\)。\(y_{ij}\) は \(3\times3\) 行列で、対角化の残りが混合角と CP 位相になります。
$$D_\mu=\partial_\mu-ig_3G^a_\mu T^a-ig_2W^i_\mu\tau^i-ig_1YB_\mu$$
この1文字を開くと、ゲージ場が 8(グルーオン)+3(W)+1(B)=12本、そこに3世代ぶんのクォークとレプトンが載ります。
自由パラメータの数:3(ゲージ結合)+2(ヒッグス)+9(荷電フェルミオン質量)+4(CKM)+1(\(\theta_{\rm QCD}\))= 19 個。ニュートリノ質量を入れると 26〜28 個。これに重力側の \(G\) と \(\Lambda\)。本文ではまとめて「およそ25個」と呼びます。
「既知の物理のすべて」と書きましたが、標準的な表記の都合で落ちているものが4つあります。
① \(\theta\) 項。\(\theta\,\frac{g^2}{32\pi^2}F\tilde F\) は対称性が許すのに書かれていません。実験では \(|\bar\theta|<10^{-10}\) ── 書けるのに、なぜかほぼゼロ。これが強い CP 問題です。
② ニュートリノ質量。右巻きニュートリノを足すか、次元5の演算子 \((LH)(LH)/\Lambda\) を使うかで、いずれも上の6項には収まりません。次元4を超える最初の徴候で、標準模型を超える物理の入口。
③ 宇宙定数。\(V(\phi)\) の定数部分として隠せますが、独立なパラメータです。05 節で「次元を持つ項は2つ」と数えるとき、これは勘定に入れていません。
④ ゲージ固定項とゴースト。経路積分を実際に定義するには必要ですが、物理的自由度ではないので慣習的に省略されます。
もっと縮みます。上の \(\mathcal{L}\) は、実は誰も選んでいません。次の4行から自動的に生成されるものです。
1. 対称性群を決める(ローレンツ \(\times\ SU(3)\times SU(2)\times U(1)\))
2. その対称性が許す項を、全部書く
3. すべての履歴を \(e^{iS/\hbar}\) で重み付けて足す
4. 低エネルギーで生き残った項が、あなたの見る物理
プログラムを書く人向けに言い換えると ── 標準模型はプログラムではなく、コードジェネレータの出力です。入力は対称性群ひとつ。ジェネレータは4行。出力が長いだけ。
特に効いているのが 4 です(姉妹編「わかる繰り込み」の話です)。2 で書いた項のほとんどは、低エネルギーで消えます。残ったものが標準模型であって、誰も選んでいない。だから「なぜこの形なのか」への答えは、「他が消えたから」です。
3箇所です。そしてどれも法則の複雑さではありません。ここを分けないと、「物理は複雑だ」という感想が行き場を失います。
\(y_{ij}\) の中身、混合角、質量比。これは構造ではなく設定ファイルです。ソースは短いが config が長い。
本編第1回で、この config を圧縮できないか 16 万本の無次元量を総当たりして探しました。結果は \(p=0.67\)、偶然と区別がつかない。config は、少なくとも掛け算の世界では圧縮できません。
\(F=ma\) は3文字ですが、三体問題はカオスです。ナビエ・ストークス方程式は1行ですが、乱流は未解決。5行のセルオートマトンが無限の複雑さを吐くのと、まったく同じ構造です。
法則の短さは、そこから出てくるものの短さを一切保証しません。
物理の勉強のほとんどは、新しい法則を覚えることではありません。各スケールでの有効な記述を覚えることです。QCD → 核子 → 原子 → 化学 → 物性。各段が、下の段の非可逆な圧縮になっている。
複雑なのはビルドパイプラインであって、ソースではない。
| 物理 | プログラム |
|---|---|
| ラグランジアン \(\mathcal{L}\) | ソースコード(短い) |
| 25個の定数 | config ファイル(導出できない) |
| 宇宙 | ランタイム(ショートカットなし) |
| 有効場の理論 | 各最適化レベルのビルド成果物 |
| 繰り込み群 | ビルドパイプライン |
| 対称性 | ジェネレータへの入力 |
複雑さの置き場所は、これで片付きました。では、法則そのものは、これ以上短くならないのでしょうか。最後にもう一度 \(\mathcal{L}\) を見ます ── 今度は「次元を持つ量」だけを探しながら。
もう一度並べます。今度は「次元を持つ量」を探しながら見てください。
$$\mathcal{L}=\frac{R}{16\pi G}-\tfrac14 F^2+i\bar\psi\,{\not}D\,\psi+|D\phi|^2-V(\phi)+\bar\psi_i y_{ij}\psi_j\phi$$ゲージ結合 \(g\) も、湯川結合 \(y\) も、ヒッグスの自己結合 \(\lambda\) も、すべて無次元です。 \(F^2\) 項も \(\bar\psi\not D\psi\) 項も、4次元では共形不変。つまりこれらの項は、長さの単位を持ち込みません。
次元を持つ量は、理論全体で2つしかありません。
この2項を消せば、理論全体がスケール不変になります。長さの単位そのものが意味を失う。あなたが求めている「もっと簡単な式」は、この2項を消した形です。
そしてこれは妄想ではなく、生きている研究プログラムです(Weyl 不変な定式化、agravity など)。立場は一貫していて ── 基本理論にスケールは無く、すべてのスケールは量子異常と自発的破れから生成される。
ここで正直な線を引きます。
\(\mu^2\) と \(G\) を消すと、質量がゼロの宇宙になります。電子に質量がなく、陽子が束縛せず、原子も星もあなたも存在しない。この2項は「余計な複雑さ」ではなく、世界が存在するための代金です。
さらに、消したつもりでも戻ってきます。量子効果がスケール不変性を破るからです(共形異常 = 結合定数の走り)。\(\Lambda_{\rm QCD}\) が生まれるのもこの機構で ──
無次元の結合ひとつから、次元を持つ質量が出てくる
これを次元的移行といいます。陽子の質量のほとんどは、ここから来ています ── クォークの質量からではなく、無次元数の走りから。
02 節で「湯川結合を消しても核子は残る」と書いたのは、まさにこれが理由です。
物理はもう簡単に書けている。 6項、あるいは生成規則4行。あなたの直観は当たっています。
その6項は、開けば読めます。 外殻の \(e^{iS/\hbar}\) が「全履歴を干渉させて足す」(古典力学はその \(\hbar\to0\))、\(\sqrt{-g}\,d^4x\) が「局所的に、座標に依らず」。中身は \(R\)(他に書けないスカラー)、\(F^2\)(3つの力が同じ1項)、\(\bar\psi\not D\psi\)(位相を各点で選ぶ自由の代償としてゲージ場が強制される)、\(|D\phi|^2-V\)(真空が値を持ち、運動項から W と Z の質量が湧く)、湯川(フェルミオン質量の唯一の経路)。
短いのは、著者が有能だったからではない。 「対称性が許す、次元4以下の項」を全部並べても、リストがもともと短いから。何度も出てきた「他に書けなかった」が、その正体です。
複雑さは3箇所にあり、どれも法則ではない。 ① 25個の定数(config)、② 解く手間(ランタイム)、③ 階層の翻訳(ビルドパイプライン)。
そして芯はこうです ── 次元を持つ項は2つしかない。 ヒッグス質量とニュートン定数。物理に「大きさ」という概念があるのは、この2項のせいです。「なぜ世界に大きさがあるのか」という問いの、いちばん短い形がこれ。
複雑なのは物理ではありません。宇宙のほうです。
この文書は「つくる格子」シリーズ番外編①、物理好きの高校生・大学生向け読み物です。姉妹編「わかる」が既知の物理を解説するのに対し、本シリーズは作業そのものを見せます。
本文の \(\mathcal{L}\) は標準模型+一般相対論の通常の表記を圧縮したもので、\(\not D\) の中にゲージ構造が畳み込まれています。経路積分の重み \(e^{iS/\hbar}\) と \(\hbar\to0\) での最小作用の原理、\(\sqrt{-g}\,d^4x\) が不変体積要素であること、微分2個から作れるスカラーが全微分を除いて \(R\) のみであること、\(F^2\) 一項からマクスウェル方程式が出ること(うち2本はビアンキ恒等式)、局所ゲージ対称性がゲージ場を要求すること、\(|D\phi|^2\) から W・Z の質量が生じること、キラルなゲージ対称性が \(m\bar\psi\psi\) を禁じ湯川結合が唯一の経路であること、標準模型の自由パラメータが19個(ニュートリノ質量を含めると26〜28個)であること、核子質量の大部分が \(\Lambda_{\rm QCD}\) 由来であること、「4次元でマクスウェル方程式は共形不変」「標準模型で次元を持つパラメータはヒッグス質量項だけ」は、いずれも確立した内容です。
いっぽう「スケールの無い基本理論からすべてのスケールが生成される」という描像は研究中の立場であり、確立した結論ではありません。また共形異常による対称性の破れは避けられないため、完全なスケール不変性が量子論として成立するかは未解決です。「1項を消すと世界がこうなる」という記述は、他の項をそのままにして1項だけ落とした場合の素朴な帰結であり、整合的な代替宇宙の構成ではありません。\(\theta\) 項・ニュートリノ質量・宇宙定数・ゲージ固定項が上の6項に含まれていないことは、本文 02 節「正直な線」に明記しました。
姉妹編:「わかる」シリーズ全集 / 本編第1回:まだ誰も取っていない比を、機械に探させる ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を(印刷版では全項が展開されます)。
印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。図のボタンで6項を1つずつ開けます。「消すと何が消えるか」を先に読むと、その項が何を支えているかが早くわかります。