つくる格子第 11 回 / 探す場所が、違ったのではないか

「中心電荷はゼロ」── ところが3次元でも、そちらはゼロだった

探す場所が、違ったのではないか 前回、4次元で欠けている3つを挙げました。その筆頭が中心電荷です。
調べると悪い知らせが二つ出てきます ── \(c=0\) と報告されていて、しかも中心拡大が定数ですらない。
Cardy 経路は塞がったように見えます。ところが3次元でも、その中心電荷はゼロでした。
エントロピーを運んだのは、もう一つの側だった ── だとすれば、探す場所が違うのかもしれません。

必要な道具:第10回、半直積の気分 この回の芯:\(c_L=0\)、\(c_M=3/G\)|陽性対照 通過

前回、第9回の予想を証明する型が見つかりました ── 漸近対称性 → 中心電荷 → Cardy。そして4次元で欠けているものが3つに絞れました。その筆頭、中心電荷を調べにいくのがこの回です。
出てきたのは、素直に読めば行き止まりでした。ところが3次元の成功例をもう一度分解すると、同じ行き止まりが3次元にもあったことに気づきます。それでも entropy は出た。
この回は結論を出しません。出せるのは、問いを正しい形に置き直すところまでです。それでも書く価値はあると思っています ── 本シリーズが繰り返し確かめてきたのは、探し方が間違っていると何も出ないということでしたから。

01悪い知らせ、二つ

4次元の中心電荷について、文献が言っていることは二つあります。どちらも歓迎できません。

事実1

拡張 BMS₄(+シャドウ対称性)の構成で、Virasoro 中心電荷は \(c=0\) と報告されている。

Cardy の公式 \(S=2\pi\sqrt{cL_0/6}\) に \(c=0\) を入れると、\(S=0\)。エントロピーがゼロになってしまいます。

事実2

そもそも BMS₄ の中心拡大は、定数の中心電荷ではない。Barnich が扱ったのは中心拡大された BMS₄ リー亜代数(Lie algebroid) ── 場に依存する構造で、BMS₃ の \(c_M=3/G\) のような「一つの数」ではありません。

入れるべき数が無く、あるものはゼロ。素直に読めば、Cardy 経路は4次元で塞がっています。

◇ ◇ ◇

02ところが、3次元でもゼロでした

ここで前回の成功例を、もう一段細かく分解します。

BMS 代数は半直積です ── 超回転(Virasoro)が超並進に作用する形。

$$\text{BMS}=\underbrace{\text{超回転}}_{L_n}\;\ltimes\;\underbrace{\text{超並進}}_{M_n}$$

半直積なので、中心項が入りうる場所が2箇所あります。

BMS₃ の交換関係(模式) $$[L_m,L_n]=(m-n)L_{m+n}+\frac{c_L}{12}m^3\delta_{m+n,0}$$ $$[L_m,M_n]=(m-n)M_{m+n}+\frac{c_M}{12}m^3\delta_{m+n,0}$$ $$[M_m,M_n]=0$$

中心電荷が二つある

\(c_L\) は Virasoro どうしの括弧に、\(c_M\) は超回転と超並進をまたぐ括弧に入ります。後者は Barnich–Compère 中心電荷と呼ばれます。

そして3次元アインシュタイン重力の値が、これです。

\(c_L\)(Virasoro 側)\(c_M\)(超並進側)
BMS₃(3次元平坦重力)\(0\)\(3/G\)

\(c_L=0\) です。 3次元でも、Virasoro 側の中心電荷はゼロでした。

それでも BMS-Cardy は動いた。動かしたのは、もう一つの側です。

03どちらが、エントロピーを運んでいるのか

BMS₃ の Cardy 型公式は、二つの中心電荷が両方入った形をしています。

BMS-Cardy
$$S=2\pi\left[\;c_L\sqrt{\frac{M_0}{24\,c_M}}\;+\;L_0\sqrt{\frac{c_M}{24\,M_0}}\;\right]$$
規約の罠 ── ここで一度つまずきました

この公式は文献では \(S=2\pi[\,c_L\sqrt{M_0/2c_M}+L_0\sqrt{c_M/2M_0}\,]\) と、分母が 2 で書かれていることがあります。それは中心項を \(c\,m(m^2-1)\) と裸で書く規約(Bagchi ら、\(c_{LM}=1/4\))での形です。
本稿は 02 節で代数を \(\frac{c}{12}m^3\) と書き、\(c_M=3/G\) を使っています。この規約では \(c_{LL}=c_L/12,\;c_{LM}=c_M/12\) なので、代入すると両項とも分母が \(2\to24\) になります。
混ぜると \(\sqrt{12}=2\sqrt3\approx3.46\) 倍ずれます。この記事は初出時それを混ぜていました ── 下の陽性対照で捕まえて訂正したものです。

アインシュタイン重力では \(c_L=0\) なので、第1項が丸ごと落ちます。残るのは第2項だけ ──

$$S=2\pi L_0\sqrt{\frac{c_M}{24\,M_0}}\qquad(c_L=0)$$

エントロピーは、完全に \(c_M\) が担っています。動かして確かめてください。

陽性対照 ── 道具が壊れていないことを、先に確かめる
# 3次元平坦宇宙論(flat space cosmology)で、既知の答えと突き合わせる
#   計量   ds^2 = 8GM du^2 - 2 du dr + 8GJ du dphi + r^2 dphi^2   [Barnich 1208.4371]
#   地平面 r_C = sqrt(2 G J^2 / M)      幾何側 S = 2 pi r_C / 4G = pi|J| / sqrt(2GM)
#   場の理論側 c_L = 0, c_M = 3/G, M_0 = M, L_0 = J

    G M         J  |  幾何 S          BMS-Cardy       比
 -----------------------------------------------------------------
     10         3  |  2.1074444193    2.1074444193    1.000000000000000
    100        17  |  3.7764504974    3.7764504974    1.000000000000000
  1e+04       250  |  5.5536036727    5.5536036727    1.000000000000000
  1e+06     3e+04  | 66.6432440724   66.6432440724    1.000000000000000
    2.5       1.3  |  1.8264518301    1.8264518301    1.000000000000000

 最大相対偏差 = 2.2e-16   → 陽性対照 通過
 (分母を 24 でなく 2 にすると、比は全行で 3.4641016151 = 2*sqrt(3) に揃う)

この確認は飾りではありません。4次元で同じ型を使うつもりなら、3次元で答えが分かっている場合に道具が正しく動くことを先に見ておく必要があります。実際、ここで係数の取り違えが一つ見つかりました ── \(\sqrt{12}\) は、目で見ても気づかない大きさです。

ついでに出てきたもの Bagchi らの規約では \(h_M=GM+\tfrac18\) と、ゼロモードがずれています。この \(1/8=c_{LM}/2\) は、2次元 Cardy の \(L_0\to L_0-c/24\) にあたる真空シフトです。幾何側とのずれは \(-1/(16GM)\) で、\(GM=1\) で \(-5.7\%\)、\(GM=10^4\) で \(-6.3\times10^{-6}\)。大きなブラックホールでしか一致しないという、Cardy 公式のいつもの性格がここにも出ます。
図:BMS-Cardy の二つの寄与。\(c_L\) をゼロにしても \(c_M\) が残ればエントロピーは生きます。逆に \(c_M\) をゼロにすると消えます
第1項(\(c_L\) の寄与) 第2項(\(c_M\) の寄与)

「アインシュタイン重力」を押すと、灰色の棒(\(c_L\) の寄与)がゼロになり、青い棒(\(c_M\) の寄与)だけが立ちます。これが3次元でエントロピーが出た実際の姿です。

逆に \(c_M\) をゼロにすると、\(c_L\) をいくら上げても ── 第1項は \(1/\sqrt{c_M}\) なので発散し、公式そのものが壊れます。\(c_M\) は、あってもなくてもよい飾りではありません。

◇ ◇ ◇

04だから、問いはこう書き換わります

01 節の「悪い知らせ」を、02〜03 節を踏まえて読み直します。

\(c_L\)(Virasoro 側)\(c_M\) 類似物(超並進側)
BMS₃\(0\)\(3/G\) ← エントロピーを運んだ
BMS₄\(0\)(報告あり)

「4次元の Virasoro 中心電荷はゼロだ」は、3次元でもそうでした。 悪い知らせだと思ったものは、実は成功例と同じ状況だった。

だとすれば、問うべきことが変わります。

置き直した問い

セレスチャル CFT の中心電荷は何か

BMS₄ の超並進セクターに、\(c_M\) の類似物はあるか

正直な線 ── ここは私の読みです 01〜03 節の事実(\(c_L=0\)、\(c_M=3/G\)、BMS-Cardy の形、4次元での \(c=0\) の報告、Lie 亜代数)は文献にあるものです。
いっぽう「だからセレスチャル中心電荷の議論は超回転セクターに寄りすぎており、探す場所が違うのではないか」という読みは、確立した指摘ではありません。本シリーズの著者の推論です。
ただし問い自体は well-posed です ── BMS₄ の超並進セクターに中心項が入るかどうかは、代数の構造の問題であって、意見の問題ではない。答えが「無い」でありうることも含めて。

05そして②も、書き換わります

前回挙げた②「モジュラー不変性の類似物」も、調べると事情が変わります。

2次元 Cardy の仕掛けはトーラス \(T^2\) の \(SL(2,\mathbb{Z})\) でした(第10回 03 節)。二つのサイクルを入れ替えると高温と低温が交換される。

ところが4次元の境界は \(\mathbb{R}_u\times S^2\)。熱的に \(u\) を巻いても \(S^1\times S^2\) で ── \(S^2\) には、交換すべき相手のサイクルがありません。 トーラスの構造そのものが無い。

ルートAは、構造的に塞がっています。ですが、高次元で Cardy 型の公式が作られていないわけではありません。

ルート仕掛け必要な入力
A:モジュラー不変性トーラスの \(SL(2,\mathbb{Z})\)中心電荷(\(S^1\times S^2\) では使えない
B:熱的有効作用熱的円周を小さくして KK 還元、微分展開異常係数・カシミールエネルギー

ルートBが、高次元での実際のやり方です。熱的な円周が他のスケールより十分小さい極限で次元還元し、微分展開の係数が CFT のデータを符号化する。Di Pietro–Komargodski が \(d=4,6\) の超対称理論で Cardy 公式を導いたのがこの路線です。

そしてルートBを取ると、①の中身がまた変わります ── 必要なのは中心電荷ではなく、熱的有効作用の係数になる。

つまり ①②③ は独立ではありません 前回「欠けているのは3つ」と並べましたが、一つずつ解ける3つではありませんでした
②が何かを決めないと、①が「何の係数か」すら決まらない。 ルートAなら中心電荷、ルートBなら異常係数。順番が逆だったことになります。

06改訂したロードマップ

手順やること
0陽性対照。 3次元の BMS-Cardy を、原論文の規約で再現する。\(c_M=3/G\) から平坦宇宙論の地平面エントロピーを出す。ここが合わなければ道具が壊れている
→ 実施済み・通過(03 節)。相対偏差 \(2.2\times10^{-16}\)。ただし一度落ちて、係数の取り違えが一つ見つかりました
1分岐点。 BMS₄ の超並進セクターに \(c_M\) 類似物があるか。純粋な代数の問題で、答えは二値
→ 実施済み。答えは NO。\(\dim H^2(\mathfrak{bms}_4)=0\) ── 第13回で計算
2aあれば → ルートA'(BMS-Cardy の4次元版)。ただしモジュラー構造の代替が要る
→ 閉じた
2b無ければ → ルートB。\(S^1_\beta\times S^2\) 上の Carrollian 熱的有効作用を作る
3状態密度を出して \(A/4G\) と照合

手順1が二値の的です。 第2回(アノマリー相殺)、第6回(代数が閉じる)、第8回(ツイスターへの持ち上げ)に続いて、四度目 ── 満たすか満たさないかで決まる的。本シリーズが繰り返し「これだけが情報を持つ」と書いてきた形です。

07この回で、何が変わったか

結論は出ていません。それでも状態は動いたと思います。

前回までこの回のあと
中心電荷の状況「\(c=0\) だから行き止まり」3次元でも \(c_L=0\)。行き止まりではない可能性
問いの形「中心電荷は何か」「超並進セクターに中心項はあるか」(二値)
①②③ の関係独立な3つだと思っていた②が①を決める。順番が逆だった
②の見通し「モジュラー類似物が無い」ルートAは塞がっているが、ルートB(熱的有効作用)がある
練習問題
  1. BMS 代数に中心電荷が二つ入りうるのはなぜか。構造で説明せよ。
    答えを見る
    BMS は半直積 超回転 \(\ltimes\) 超並進。だから括弧が3種類あり(\([L,L]\)、\([L,M]\)、\([M,M]\))、中心項が入りうる場所も複数になる。\([L,L]\) に入るのが \(c_L\)、\([L,M]\) に入るのが \(c_M\)(Barnich–Compère)。\([M,M]=0\) は可換。
  2. 3次元アインシュタイン重力で \(c_L=0\) なのに、エントロピーがゼロにならないのはなぜか。
    答えを見る
    BMS-Cardy が二項からなり、\(c_L\) が掛かるのは第1項だけだから。\(c_L=0\) で第1項が落ちても、第2項 \(2\pi L_0\sqrt{c_M/24M_0}\) が残る。エントロピーを運んでいるのは \(c_M\)(超並進セクター)。
  3. 「4次元の中心電荷はゼロだから Cardy 経路は死んだ」── どこが早計か。
    答えを見る
    ゼロだと報告されているのは Virasoro(超回転)側。3次元でもそこはゼロだったが、超並進側の \(c_M\) が生きていたので Cardy は動いた。問うべきは「4次元の超並進セクターに \(c_M\) 類似物があるか」であって、Virasoro 側ではない。
  4. 4次元でモジュラー不変性が使えないのはなぜか。代わりの道は。
    答えを見る
    境界が \(\mathbb{R}_u\times S^2\) で、熱的に巻いても \(S^1\times S^2\)。\(S^2\) には交換すべき相手のサイクルがないのでトーラスの \(SL(2,\mathbb{Z})\) 構造が存在しない。
    代わりの道は熱的有効作用(高温で熱的円周を小さくして KK 還元し、微分展開の係数に CFT データを読む)。必要な入力は中心電荷ではなく異常係数・カシミールエネルギーになる。

この回で分かったこと

悪い知らせは、二つあった。 拡張 BMS₄ の Virasoro 中心電荷は \(c=0\) と報告されており、そもそも BMS₄ の中心拡大は定数ではなく場に依存するリー亜代数。素直に読めば Cardy 経路は塞がっている。

ところが3次元でも \(c_L=0\) だった。 BMS 代数は半直積なので中心電荷が二つ入り、3次元アインシュタイン重力では \(c_L=0\)、\(c_M=3/G\)。BMS-Cardy の第1項は落ち、エントロピーは完全に \(c_M\)(超並進セクター)が運んでいた

だから問いが書き換わる。 「セレスチャル中心電荷は何か」ではなく ── 「BMS₄ の超並進セクターに \(c_M\) 類似物はあるか」。二値で決まる問いで、四度目の「二値の的」。

②も書き換わった。 \(S^1\times S^2\) にはトーラスの \(SL(2,\mathbb{Z})\) が無いのでルートA(モジュラー)は構造的に塞がっている。代わりにルートB(熱的有効作用)があり、その場合必要な入力は中心電荷ではなく異常係数になる。

そして ①②③ は独立ではなかった。 ②が何かを決めないと ① が「何の係数か」すら決まらない。前回「一つずつ」と並べたのは、順番が逆でした。結論は出ていませんが、問いの形は変わりました。

この文書は「つくる格子」シリーズ第11回、物理好きの高校生・大学生向け読み物です。姉妹編「わかる」が既知の物理を解説するのに対し、本シリーズは作業そのものを見せます。

確立した内容:BMS 代数が超回転と超並進の半直積であること、BMS₃ に二つの中心電荷 \(c_L, c_M\) が入ること、3次元アインシュタイン重力で \(c_L=0\)・\(c_M=3/G\)(Barnich–Compère)であること、BMS-Cardy 公式が二項からなること、拡張 BMS₄(+シャドウ対称性)の構成で Virasoro 中心電荷が \(c=0\) と報告されていること、Barnich による中心拡大された BMS₄ リー亜代数、および Di Pietro–Komargodski による \(d=4,6\) 超対称理論の Cardy 公式と熱的有効作用の手法。交換関係と Cardy 公式の具体形は文献により規約が異なります。
いっぽう「探す場所が超回転セクターに寄りすぎている」という読みは本シリーズの著者の推論であり、確立した指摘ではありません。BMS₄ の超並進セクターに \(c_M\) 類似物が存在するかは未解決で、存在しない可能性も含みます。この回は第9回の予想を証明しておらず、問いの形を置き直したところまでです。図は BMS-Cardy 公式の二項の相対的な寄与を示す模式で、単位は任意です。

本編:第1回第2回第3回第4回第5回第6回第7回第8回第9回第10回 | 番外編: ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を。

印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。図で、どちらの中心電荷がエントロピーを運んでいるか確かめられます。