つくる格子番外編 ② / 「ct = 一定」は、どこまで通用するか

3通りに読める ── 1つは死んでいて、1つは正しくて、1つは深い

「ct = 一定」は、どこまで通用するか 光速×時間を一定に固定すれば、空間は歪まなくて済むのではないか。
素朴でいい問いですが、これは3通りに読めます。そして答えが読み方ごとにまったく違う。
「\(c\) が変わる」と読むと死に、「座標の取り方」と読むと本当に簡単になり
「対称性」と読むと理論の芯に届きます。順に、行けるところまで連れていきます。

必要な道具:次元解析、対数目盛り、光円錐の気分 この回の芯:座標は自由。曲率は不変量

相対論を勉強していると、必ず一度は思います ── 「光速が一定だから時空が歪むことになるんだろう。じゃあ光速のほうが変わることにすれば、空間は平らなままでいいのでは?」
とくに \(ct=\) 一定、つまり光が一定の距離を走るように時間を測れば、話が単純になりそうに見える。
この直観は、捨てるには惜しいものを含んでいます。実際、読み方の一つは完全に正しく、宇宙論の計算を劇的に簡単にします。でも別の読み方は、姉妹編がすでに潰した死んだ道です。どれがどれなのかを、はっきり分けます。

01まず、3通りに分ける

「\(ct=\) 一定」という一言は、少なくとも次の3つの主張のどれかを意味しえます。混ぜると必ず議論が空回りします。

読み方主張の中身結果
① 可変光速\(c\) が時間とともに変わる(\(c\propto1/t\))死んでいる
② 座標の取り方光が \(45^\circ\) を走る座標を選ぶ正しい。実際に簡単になる
③ スケール不変性宇宙に固有の長さなど無い、と要求する深い。理論の芯に届く
◇ ◇ ◇

02読み方① ── これは死にます

\(ct=\) 一定で \(t\) が増えるなら \(c\propto1/t\)。光速がだんだん遅くなる、という主張です。可変光速(VSL)と呼ばれます。

ですが、これは物理的な主張になっていません。理由は姉妹編の背骨そのままです。

なぜ死ぬのか

\(c\) は次元を持つので、「変わった」に観測者によらない意味がない。

「\(c\) が半分になった」と「メートルの定義が2倍になった」を区別する実験は、原理的に存在しません

\(c\) は物理定数ではなく単位換算係数です。姉妹編「わかる温度」が \(k_B\) について言ったのと、まったく同じ構造 ── 温度をエネルギーで測れば \(k_B\) が消えるように、時間を長さで測れば \(c\) は消える。消せる量は、変わりようがない。

変われるのは無次元量だけです。だから VSL を物理的な主張にするには、

$$\alpha=\frac{e^2}{4\pi\varepsilon_0\hbar c}$$

が変わったと言うしかありません。そしてそう言った瞬間、話は「\(c\) が」ではなく「\(\alpha\) が」になります。式は一行も簡単になりません。

姉妹編との接続 この論点は「わかる相対論」第7回(可変 \(c\) ≡ 曲率)と番外編(無次元なら一行、単位を入れると悪夢)で扱われています。結論は同じ ── 「重力=可変光速」ではなく、「両者は同じ幾何の別座標記述」が正確な言い方です。

03読み方② ── これは正しく、実際に簡単になります

今度は \(ct=\) 一定を、光が \(45^\circ\) を走るように座標を選ぶという意味に取ります。これは共形時間と呼ばれる、標準的で強力な道具です。

膨張宇宙の計量を、この座標で書くと ──

$$ds^2=a(\eta)^2\left(-d\eta^2+d\vec x^{\,2}\right)$$

括弧の中はただの平坦な計量です。膨張の情報は、全体にかかるスケール因子 \(a(\eta)\) だけに押し込まれた。

そして4次元では、マクスウェル方程式は共形不変です。つまり全体にかかるスケール因子を、電磁場は感じない。ということは ──

この節の芯

この座標では、光にとって宇宙の膨張が方程式から消えます。
光子は平坦時空を走るのと同じ。膨張は \(a(\eta)\) の中に隔離され、電磁場の運動方程式には現れない。

下の図で、同じ光の軌跡を2つの座標で見てください。

図:同じ光の軌跡を、2つの座標で描く。左=宇宙時間 \(t\)、右=共形時間 \(\eta\)。スライダーで膨張の強さを変えてください

左では、光の軌跡が曲がります。膨張しているぶん、同じ時間で進める共動距離がどんどん減っていくからです。右に移すと ── まっすぐな \(45^\circ\) の直線になる。膨張が座標の側に吸収されて、光の運動から消えました。

なぜぴったり \(45^\circ\) なのか 光にとって \(ds^2=0\)、つまり \(d\eta=dx\)。積分すれば \(x=\eta+\)定数 ── 共動距離と共形時間が、同じ量になります。だから傾き 1 の直線に必ずなる。\(a(\eta)\) がどんな関数でも関係ありません。
「\(ct=\) 一定」という直観の、技術的に正しい版がこれです。

04では、どこまで通用するのか ── 壁に名前があります

ここまでは良い話でした。「平坦な計量 × スカラー1個」で宇宙が書けてしまった。では、これはどこまで行けるのか。

「平坦時空 × スカラー」という形を共形平坦といい、厳密な判定条件があります。

判定条件

計量が共形平坦 \(\iff\) ワイルテンソルがゼロ

これで境界線がはっきり引けます。

時空ワイルテンソルスカラーだけで書けるか
FRW(膨張宇宙)\(=0\)書ける。しかも厳密に
シュワルツシルト(星)\(\ne0\)原理的に書けない

03 節がうまくいったのは、偶然ではありませんでした。FRW は本当に共形平坦だからです。宇宙論に関する限り、「空間は歪んでいない」は定理として正しい

ところが星は違います。真空解なので \(R_{\mu\nu}=0\)、つまり曲率が全部ワイル曲率です。

やってみよう ── 消えない曲率 $$R_{abcd}R^{abcd}=\frac{48G^2M^2}{c^4r^6}\neq 0$$

これは潮汐力そのもの

リッチがゼロなのに曲率不変量がゼロでない。残っているのは全部ワイル。だから共形平坦にできない ── スカラー \(\Omega(x)\) をどう選んでも、星ひとつ書けません。

なのに、なぜ「光だけ」は合ってしまうのか

屈折率描像 \(n(x)\approx1-2\Phi/c^2\) を置くと、光の曲がりも重力赤方偏移もシャピロ遅延も正しく出ます。書けないはずなのに、なぜ?

答えは一行です。ヌル測地線は共形不変だから。

光の経路は計量の共形類だけで決まり、\(\Omega^2\) を掛けても変わりません。だから共形因子を調整するだけで、光には構造的に必ず当たるようにできている。そして光以外 ── ワイル曲率、時計の進み方、物質の軌道 ── には当たらない。

正直な線 ── 当たったのは偶然ではなく、必然でもない 「光の曲がりが再現できた」は、屈折率描像が正しいことの証拠になりません。ヌル測地線が共形不変である以上、共形因子をいじる描像は光には必ず当たるからです。
当たって当然のものが当たっても、情報はゼロ ── 本編第1回で、複雑な式が何にでも当たることを扱ったのと、まったく同じ構造です。
◇ ◇ ◇

05読み方③ ── ここが深い

3つめの読み方は、\(ct=\) 一定を制約として課すのではなく、\(x^\mu\to\lambda x^\mu\) を自由にやっていい対称性として読むものです。つまり「宇宙に固有のスケールなど無い」と要求する。

この方向を最後まで追うと、驚くことが分かります ── 既知の物理の全ラグランジアンのうち、次元を持つ項は2つしかありません。ヒッグス質量項とニュートン定数です。この2つを消せば、理論全体がスケール不変になる。

詳しくは番外編①の 05・06 節に譲ります。ここでは、その先で何が起きるかだけ書いておきます。

高エネルギーでは、実際に起きている 量子重力の候補のひとつ「漸近安全性」の UV 固定点とは、まさに理論がスケール不変になる点のことです。固定点では結合が純粋な数になり、カットオフが消え、次元を持つ量が意味を失う。
つまり「\(ct=\) 一定を入れたら簡単になるのでは」という直観は、高エネルギーで実際に起きていることの、素朴だが方向として正しい言い方になっています。

06ただし、座標では曲率は消せません

最後に、いちばん大事な一線を引いておきます。

\(ct=\) 一定は座標の取り方です。そして曲率はテンソルなので、ある座標系でゼロでなければ、どの座標系でもゼロになりません。「空間が歪まない座標を選ぶ」ということは、原理的にできない。

03 節の図が、まさにこれを見せています。共形時間に移すと光は厳密に 45° になりました ── 座標上の記述は最高に単純になった。でも \(a(\eta)\) はそこに残ったままです。

この回の結論

曲率は消えたのではなく、共形因子に引っ越しただけ。
座標は自由に選べる。でも不変量は、選び方に依らない。

では「空間は歪んでいない」という立場は、完全に間違いなのか。そうではありません。 スカラーでは足りなかっただけで、足りないものを補えば、平坦な舞台の上に一般相対論をまるごと建てられます。それが本編第3回です。

練習問題
  1. 「光速が半分になった宇宙」を、実験で検出できるか。できないとすれば、代わりに何を測ればよいか。
    答えを見る
    検出できない。\(c\) は次元を持つので、値の変化は単位の再定義と区別がつかない。測るべきは無次元量 ── たとえば \(\alpha=e^2/4\pi\varepsilon_0\hbar c\)。実際、遠方クェーサーの吸収線から \(\alpha\) の時間変化が精密に制限されている。
  2. 共形時間で光の軌跡が厳密に \(45^\circ\) になるのはなぜか。\(a(\eta)\) の形に依らないのはなぜか。
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    光は \(ds^2=0\)。共形座標では \(ds^2=a^2(-d\eta^2+dx^2)\) なので、\(a\ne0\) である限り \(a^2\) は割り落とせて \(d\eta=dx\)。積分して \(x=\eta+\)定数。スケール因子が方程式から完全に落ちるので、その形に依らない。
  3. 屈折率描像で光の曲がりが正しく出るのに、それが「重力=可変光速」の証拠にならないのはなぜか。
    答えを見る
    ヌル測地線が共形不変だから。共形因子をいじる描像は、光の経路については必ず当たるようにできている。当たって当然のものが当たっても情報は無い。区別がつくのは光以外(時計・物質の軌道・潮汐力)の側。
  4. FRW は共形平坦なのに、シュワルツシルトはそうでない。この違いを一つの量で述べよ。
    答えを見る
    ワイルテンソル。FRW は \(C_{abcd}=0\)、シュワルツシルトは \(C_{abcd}\ne0\)(\(R_{\mu\nu}=0\) なので \(R_{abcd}R^{abcd}=48G^2M^2/c^4r^6\) は全部ワイル)。共形平坦性の条件がワイル消失そのもの。

この回のまとめ

① \(c\) が変わる、と読むと死ぬ。 \(c\) は次元を持つので「変わった」に観測者によらない意味がない。単位換算係数であって、物理定数ではない。変われるのは \(\alpha\) のような無次元量だけ。

② 座標と読むと、本当に簡単になる。 共形時間では膨張宇宙の計量が「平坦 × スケール因子」になり、マクスウェル方程式が共形不変なので光にとって膨張が消える。光が厳密に \(45^\circ\) を走るのは \(ds^2=0\) から出る帰結で、\(a(\eta)\) の形に依らない。

③ 壁には名前がある ── ワイルテンソル。 FRW は \(C=0\) なので厳密に書けるが、星は \(C\ne0\) なので原理的に書けない。それでも光だけ合ってしまうのは、ヌル測地線が共形不変だから。当たって当然のものが当たっても、情報はゼロ。

④ 対称性と読むと、理論の芯に届く。 次元を持つ項はヒッグス質量とニュートン定数の2つだけ。そして高エネルギーの固定点では、実際にスケールが意味を失う。

そして、座標では曲率は消せない。 曲率はテンソルだから。共形時間で光を \(45^\circ\) にしても、\(a(\eta)\) は残る ── 曲率は消えたのではなく、引っ越しただけです。

この文書は「つくる格子」シリーズ番外編②、物理好きの高校生・大学生向け読み物です。姉妹編「わかる」が既知の物理を解説するのに対し、本シリーズは作業そのものを見せます。

確立した内容:次元を持つ定数の変化に観測者非依存な意味がないこと、FRW 計量の共形平坦性、4次元におけるマクスウェル方程式の共形不変性、ヌル測地線の共形不変性、共形平坦性とワイルテンソル消失の同値性、シュワルツシルトのクレッチマン不変量。いっぽう 05 節のスケール不変性に基づく描像(すべてのスケールが量子異常と自発的破れから生成される)は研究中の立場であり、確立した結論ではありません。また共形異常により完全なスケール不変性は量子論として一般に破れます。図は模式で、実際の宇宙は単一のべき \(a\propto t^p\) では記述されません(輻射優勢・物質優勢・暗黒エネルギー優勢で \(p\) が移り変わります)。

本編:第1回第2回第3回 | 番外編①:物理は、もっと簡単に書けないのか | 姉妹編:わかる相対論わかる温度 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を。

印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。図のスライダーで、膨張が座標に吸収される様子を動かせます。