3通りに読める ── 1つは死んでいて、1つは正しくて、1つは深い
相対論を勉強していると、必ず一度は思います ── 「光速が一定だから時空が歪むことになるんだろう。じゃあ光速のほうが変わることにすれば、空間は平らなままでいいのでは?」
とくに \(ct=\) 一定、つまり光が一定の距離を走るように時間を測れば、話が単純になりそうに見える。
この直観は、捨てるには惜しいものを含んでいます。実際、読み方の一つは完全に正しく、宇宙論の計算を劇的に簡単にします。でも別の読み方は、姉妹編がすでに潰した死んだ道です。どれがどれなのかを、はっきり分けます。
「\(ct=\) 一定」という一言は、少なくとも次の3つの主張のどれかを意味しえます。混ぜると必ず議論が空回りします。
| 読み方 | 主張の中身 | 結果 |
|---|---|---|
| ① 可変光速 | \(c\) が時間とともに変わる(\(c\propto1/t\)) | 死んでいる |
| ② 座標の取り方 | 光が \(45^\circ\) を走る座標を選ぶ | 正しい。実際に簡単になる |
| ③ スケール不変性 | 宇宙に固有の長さなど無い、と要求する | 深い。理論の芯に届く |
\(ct=\) 一定で \(t\) が増えるなら \(c\propto1/t\)。光速がだんだん遅くなる、という主張です。可変光速(VSL)と呼ばれます。
ですが、これは物理的な主張になっていません。理由は姉妹編の背骨そのままです。
\(c\) は次元を持つので、「変わった」に観測者によらない意味がない。
「\(c\) が半分になった」と「メートルの定義が2倍になった」を区別する実験は、原理的に存在しません。
\(c\) は物理定数ではなく単位換算係数です。姉妹編「わかる温度」が \(k_B\) について言ったのと、まったく同じ構造 ── 温度をエネルギーで測れば \(k_B\) が消えるように、時間を長さで測れば \(c\) は消える。消せる量は、変わりようがない。
変われるのは無次元量だけです。だから VSL を物理的な主張にするには、
$$\alpha=\frac{e^2}{4\pi\varepsilon_0\hbar c}$$が変わったと言うしかありません。そしてそう言った瞬間、話は「\(c\) が」ではなく「\(\alpha\) が」になります。式は一行も簡単になりません。
今度は \(ct=\) 一定を、光が \(45^\circ\) を走るように座標を選ぶという意味に取ります。これは共形時間と呼ばれる、標準的で強力な道具です。
膨張宇宙の計量を、この座標で書くと ──
$$ds^2=a(\eta)^2\left(-d\eta^2+d\vec x^{\,2}\right)$$括弧の中はただの平坦な計量です。膨張の情報は、全体にかかるスケール因子 \(a(\eta)\) だけに押し込まれた。
そして4次元では、マクスウェル方程式は共形不変です。つまり全体にかかるスケール因子を、電磁場は感じない。ということは ──
この座標では、光にとって宇宙の膨張が方程式から消えます。
光子は平坦時空を走るのと同じ。膨張は \(a(\eta)\) の中に隔離され、電磁場の運動方程式には現れない。
下の図で、同じ光の軌跡を2つの座標で見てください。
左では、光の軌跡が曲がります。膨張しているぶん、同じ時間で進める共動距離がどんどん減っていくからです。右に移すと ── まっすぐな \(45^\circ\) の直線になる。膨張が座標の側に吸収されて、光の運動から消えました。
ここまでは良い話でした。「平坦な計量 × スカラー1個」で宇宙が書けてしまった。では、これはどこまで行けるのか。
「平坦時空 × スカラー」という形を共形平坦といい、厳密な判定条件があります。
計量が共形平坦 \(\iff\) ワイルテンソルがゼロ
これで境界線がはっきり引けます。
| 時空 | ワイルテンソル | スカラーだけで書けるか |
|---|---|---|
| FRW(膨張宇宙) | \(=0\) | 書ける。しかも厳密に |
| シュワルツシルト(星) | \(\ne0\) | 原理的に書けない |
03 節がうまくいったのは、偶然ではありませんでした。FRW は本当に共形平坦だからです。宇宙論に関する限り、「空間は歪んでいない」は定理として正しい。
ところが星は違います。真空解なので \(R_{\mu\nu}=0\)、つまり曲率が全部ワイル曲率です。
これは潮汐力そのもの
リッチがゼロなのに曲率不変量がゼロでない。残っているのは全部ワイル。だから共形平坦にできない ── スカラー \(\Omega(x)\) をどう選んでも、星ひとつ書けません。
屈折率描像 \(n(x)\approx1-2\Phi/c^2\) を置くと、光の曲がりも重力赤方偏移もシャピロ遅延も正しく出ます。書けないはずなのに、なぜ?
答えは一行です。ヌル測地線は共形不変だから。
光の経路は計量の共形類だけで決まり、\(\Omega^2\) を掛けても変わりません。だから共形因子を調整するだけで、光には構造的に必ず当たるようにできている。そして光以外 ── ワイル曲率、時計の進み方、物質の軌道 ── には当たらない。
3つめの読み方は、\(ct=\) 一定を制約として課すのではなく、\(x^\mu\to\lambda x^\mu\) を自由にやっていい対称性として読むものです。つまり「宇宙に固有のスケールなど無い」と要求する。
この方向を最後まで追うと、驚くことが分かります ── 既知の物理の全ラグランジアンのうち、次元を持つ項は2つしかありません。ヒッグス質量項とニュートン定数です。この2つを消せば、理論全体がスケール不変になる。
詳しくは番外編①の 05・06 節に譲ります。ここでは、その先で何が起きるかだけ書いておきます。
最後に、いちばん大事な一線を引いておきます。
\(ct=\) 一定は座標の取り方です。そして曲率はテンソルなので、ある座標系でゼロでなければ、どの座標系でもゼロになりません。「空間が歪まない座標を選ぶ」ということは、原理的にできない。
03 節の図が、まさにこれを見せています。共形時間に移すと光は厳密に 45° になりました ── 座標上の記述は最高に単純になった。でも \(a(\eta)\) はそこに残ったままです。
曲率は消えたのではなく、共形因子に引っ越しただけ。
座標は自由に選べる。でも不変量は、選び方に依らない。
では「空間は歪んでいない」という立場は、完全に間違いなのか。そうではありません。 スカラーでは足りなかっただけで、足りないものを補えば、平坦な舞台の上に一般相対論をまるごと建てられます。それが本編第3回です。
① \(c\) が変わる、と読むと死ぬ。 \(c\) は次元を持つので「変わった」に観測者によらない意味がない。単位換算係数であって、物理定数ではない。変われるのは \(\alpha\) のような無次元量だけ。
② 座標と読むと、本当に簡単になる。 共形時間では膨張宇宙の計量が「平坦 × スケール因子」になり、マクスウェル方程式が共形不変なので光にとって膨張が消える。光が厳密に \(45^\circ\) を走るのは \(ds^2=0\) から出る帰結で、\(a(\eta)\) の形に依らない。
③ 壁には名前がある ── ワイルテンソル。 FRW は \(C=0\) なので厳密に書けるが、星は \(C\ne0\) なので原理的に書けない。それでも光だけ合ってしまうのは、ヌル測地線が共形不変だから。当たって当然のものが当たっても、情報はゼロ。
④ 対称性と読むと、理論の芯に届く。 次元を持つ項はヒッグス質量とニュートン定数の2つだけ。そして高エネルギーの固定点では、実際にスケールが意味を失う。
そして、座標では曲率は消せない。 曲率はテンソルだから。共形時間で光を \(45^\circ\) にしても、\(a(\eta)\) は残る ── 曲率は消えたのではなく、引っ越しただけです。
この文書は「つくる格子」シリーズ番外編②、物理好きの高校生・大学生向け読み物です。姉妹編「わかる」が既知の物理を解説するのに対し、本シリーズは作業そのものを見せます。
確立した内容:次元を持つ定数の変化に観測者非依存な意味がないこと、FRW 計量の共形平坦性、4次元におけるマクスウェル方程式の共形不変性、ヌル測地線の共形不変性、共形平坦性とワイルテンソル消失の同値性、シュワルツシルトのクレッチマン不変量。いっぽう 05 節のスケール不変性に基づく描像(すべてのスケールが量子異常と自発的破れから生成される)は研究中の立場であり、確立した結論ではありません。また共形異常により完全なスケール不変性は量子論として一般に破れます。図は模式で、実際の宇宙は単一のべき \(a\propto t^p\) では記述されません(輻射優勢・物質優勢・暗黒エネルギー優勢で \(p\) が移り変わります)。
本編:第1回|第2回|第3回 | 番外編①:物理は、もっと簡単に書けないのか | 姉妹編:わかる相対論/わかる温度 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を。
印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。図のスライダーで、膨張が座標に吸収される様子を動かせます。