つくる格子第 13 回 / 中心電荷は、無い

手順1の答えが出ました ── そして理由は、超並進の重みが「半分」だったから

中心電荷は、無い 前回まで、問いを一つに絞ってきました ── BMS₄ の超並進セクターに \(c_M\) の類似物はあるか
答えを出します。無い。「まだ見つかっていない」ではなく、構造的に入りようがない
中心項を未知数に置いて Jacobi 恒等式を線形方程式として解くと、解が消えます。
そして理由まで出ました ── 4次元の超並進の重みが \(1/2\) という半端な数だからです。

必要な道具:第11回(\(c_L\)、\(c_M\)、BMS-Cardy)、連立一次方程式 この回の芯:\(\dim H^2=0\)。的は整数だった

前回の記事に、読者からまっとうな指摘をもらいました ── 「いつもの問題のすげ替えループ?」。半分そのとおりでした。第12回は第11回の壁に別の方向から着いただけで、前進ではありません。
抜ける道は二つしかない。計算するか、否定を取りに行くか。この回でその両方をやります。前回の末尾に置いた手順表の 手順0(陽性対照)手順1(分岐点)を、実際に走らせました。
結果を先に書きます。手順0は一度落ちて、こちらの式のバグを一つ吐き出しました。そして手順1の答えは NO です。
これは言い換えではありません。扉が一枚、閉まりました。

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01まず、道具が壊れていないことを確かめる

第11回で証明の型を書きました ── 漸近対称性 → 中心電荷 → Cardy。4次元でこれを使うつもりなら、3次元で答えが分かっている場合に道具が正しく動くことを先に見ておかなければなりません。手順0です。

これを実際にやったところ、落ちました。第11回に書いた BMS-Cardy 公式が、規約を混ぜていたのです ── 代数を \(\frac{c}{12}m^3\) で書きながら、公式は中心項を裸で書く別規約の形を使っていた。エントロピーが \(\sqrt{12}=2\sqrt3\approx3.46\) 倍過大になっていました。

訂正して走らせ直すと、\(GM\) を6桁動かしても幾何側と相対偏差 \(2.2\times10^{-16}\) で一致します。詳細と訂正後の式は第11回 03 節に載せました。

なぜここを飛ばしてはいけないか \(\sqrt{12}\) は、式を眺めて気づく大きさではありません。陽性対照をやらずに4次元へ進んでいたら、合わない理由をずっと物理のせいにしていたはずです。道具のバグと自然の事実は、答えが合わないという同じ顔で現れます。先に道具を潰しておかないと、区別がつきません。

道具は通りました。手順1に進む資格ができたので、進みます。

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02中心項を、未知数にする

問いはこうでした ── BMS₄ の超回転と超並進をまたぐ括弧に、中心項は入るか。

「探して見つからない」では答えになりません。入りうる形を全部書き下して、方程式を解けばいい。中心項は数(中心元 \(Z\) の係数)なので、有限個ではなく無限個の未知数ですが、モードごとに区切れば連立一次方程式です。

まず代数を、3次元も4次元もまとめて書ける形にします。超回転を \(L_m\)、超並進を \(T_r\) として ──

共通の形
$$[L_m,L_n]=(m-n)L_{m+n}+\cdots,\qquad [T_r,T_s]=0$$ $$[L_m,T_r]=\underbrace{(a\,m-r+b)}_{f(m,r)}\,T_{m+r}\;+\;C(m,r)\,Z$$

ここで \(a\) は、超並進が超回転の下で持つ重みです。この一つの数で3次元と4次元が区別されます。

\([L_m,T_r]\)\(a\)\(b\)
bms₃\((m-r)T_{m+r}\)\(1\)\(0\)
bms₄(片方のカイラリティ)\(\left(\frac{m-1}{2}-r\right)T_{m+r}\)\(\mathbf{1/2}\)\(-1/2\)

4次元の \(1/2\) は、超並進が天球面上で重み \((-\tfrac12,-\tfrac12)\) を持つことから来ます ── これは確立した事実で、\(\mathfrak{bms}_4\) を \(W(-\tfrac12,-\tfrac12,-\tfrac12,-\tfrac12)\) と表記する流儀があるほどです。この半端な数が、この回の主役になります。

さて \(C(m,r)\) は中心元の係数なので、モードの和がゼロのときしか立てません(そうでないと \(Z\) がモードを持ってしまう)。だから未知数は一列に並びます ──

$$C(m,r)=c_m\,\delta_{m+r,0}$$

未知数は \(\{c_m\}\)。これで舞台が整いました。

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03Jacobi 恒等式が、方程式になる

勝手な \(c_m\) を入れてよいわけではありません。リー代数は Jacobi 恒等式を満たさなければならないからです。\(L_m,\,L_n,\,T_r\) の三つで書くと ──

$$[[L_m,L_n],T_r]-[L_m,[L_n,T_r]]+[L_n,[L_m,T_r]]=0$$

中心元は他のすべてと可換なので、中心部分だけ拾えます。\(r=-(m+n)\) のときだけ残って ──

コサイクル条件
$$(m-n)\,c_{m+n}\;-\;(a n+m+n+b)\,c_m\;+\;(a m+m+n+b)\,c_n\;=\;0$$

\(c_m\) について完全に線形です。つまりこれは、ただの連立一次方程式です。解空間の次元を数えればいい。

ただし一つ引き算が要ります。見かけだけの解があるからです。生成子を \(T_0\to T_0+\beta Z\) と定義し直すと、何もしていないのに中心項が現れます ──

$$c_m^{\text{自明}}=\bigl((a+1)m+b\bigr)\beta$$

これは座標の取り替えでしかないので、物理的な中心電荷ではありません。数学ではコバウンダリと呼びます。求めたいのは、

$$\dim H^2\;=\;\dim(\text{コサイクル空間})\;-\;\dim(\text{コバウンダリ空間})$$

これが \(0\) なら「中心電荷は無い」、\(1\) 以上なら「ある」。答えは整数で、二値です。

やっていることの正体 これはリー代数の二次コホモロジー \(H^2\) を、モードを切って有限次元の線形代数に落として計算するという手続きです。第1回で次元行列の整数核を求めたのと、道具立てはほとんど同じ ── 行列を作って、ランクを数える。物理の言葉が消えて、線形代数だけが残ります。
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04陽性対照 ── bms₃ で \(m^3-m\) は出るか

また同じ規律です。答えが分かっている場合で先に試す。3次元には \(c_M=3/G\) が実在するので、\(a=1,\,b=0\) を入れて \(\dim H^2=1\) が出なければ、この計算は信用できません。

モードを \(|m|\le8\) で切ると未知数は17個、方程式は217本。有理数で厳密に解きました(浮動小数点を使うと、ランクの判定が閾値の問題になってしまうので)。

陽性対照 ── bms₃(a = 1, b = 0)
# [L_m, T_r] = (m - r) T_{m+r} + c_m delta_{m+r,0}
# 未知数 17 個(|m| <= 8)、Jacobi から来る方程式 217 本、有理数で厳密に

  コサイクル空間        dim = 2
  コバウンダリ          dim = 1     c_m = 2m
  ------------------------------------------
  dim H^2 = 1

  余分な解を多項式で同定すると:
    c_m = m^3        Jacobi を満たす : YES
    c_m = m^3 - m    Jacobi を満たす : YES
    c_m = m          Jacobi を満たす : YES  (← コバウンダリ。自明)

  → 出た。これが c_M = 3/G の正体。
     文献の中心項 (c_M/12)(m^3 - m) と、形が一致している。

出ました。\(m^3-m\) が Jacobi を満たし、しかもそれはコバウンダリではない。これが第11回でエントロピーを丸ごと運んでいた \(c_M\) です。3次元の成功が、こちらの計算の中で再現されました。

道具は動きます。本番へ。

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05bms₄ ── 出ない

同じコードに \(a=1/2,\,b=-1/2\) を入れます。

本番 ── bms₄(a = 1/2, b = −1/2)
# [L_m, T_r] = ((m-1)/2 - r) T_{m+r} + c_m delta_{m+r,0}

  コサイクル空間        dim = 1
  コバウンダリ          dim = 1     c_m = (3m - 1)/2
  ------------------------------------------
  dim H^2 = 0

  唯一のコサイクルを見ると(|m| <= 12、m = -3..3):
    -2/7  -1/5  -4/35  -1/35  2/35  1/7  8/35
     = (3m - 1) / 35     ← コバウンダリそのもの

  3次元で効いた形を入れてみると:
    c_m = m^3 - m    Jacobi を満たす : NO(388 箇所で破れる)

  モード打ち切りを変えても動かない:
    |m| <= 4   dim H^2 = 0
    |m| <= 6   dim H^2 = 0
    |m| <= 8   dim H^2 = 0
    |m| <= 12  dim H^2 = 0

  符号規約は文献で (m+1)/2 とも (m-1)/2 とも書かれるので両方:
    a=1/2, b=+1/2   dim H^2 = 0
    a=1/2, b=-1/2   dim H^2 = 0

解空間に残ったのはコバウンダリ一本だけ。しかもそれは、生成子の定義をずらしただけの見かけです。差し引くと、ゼロ。

手順1 の答え

BMS₄ の超回転–超並進括弧に、中心電荷は入らない。

「まだ見つかっていない」のではありません。Jacobi 恒等式が許さないので、探しても無い。3次元で \(c_M=3/G\) を成立させていた \(m^3-m\) は、4次元では 388 箇所で恒等式を破ります。

したがってルートA'(BMS-Cardy の4次元版)は、構造的に閉じています。第10回で「3次元では、もう証明されている」と書いた、あの証明はそのままでは持ち上がりません。

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06では、どんな代数なら持てるのか

ここで止めると「4次元はダメでした」で終わります。同じコードで \(a\) を掃けば、条件そのものが見えるはずです。重みを連続的に動かして、\(\dim H^2\) を数えました。

図:超並進の重み \(a\) を動かしたときのコサイクル空間の次元。ほとんどの \(a\) で「コバウンダリだけ」。中心電荷が立つのは、櫛の歯のように離れた数点だけです
コバウンダリだけ(\(H^2=0\)) 本物の中心電荷がある(\(H^2\ge1\)) いま選んでいる \(a\)

スライダーを動かすと、ほとんどの場所で棒は低いままです。そして整数のところだけ、跳ね上がります。掃いた結果を表にすると ──

重み \(a\)\(b\)\(\dim H^2\)本物のコサイクル
\(-1\)\(0\)2\(c_m=1,\;c_m=m\)
\(0\)\(0\)1\(c_m=m^2\)
\(1\) bms₃\(0\)1\(c_m=m^3\) ← \(c_M=3/G\)
\(1/2\) bms₄\(-1/2\)0無し
\(a\in\{-1,-\tfrac12,0,\tfrac12,1,\tfrac32,2,3\}\)、\(b\in\{-1,-\tfrac12,0,\tfrac12,1,\tfrac32,2,3\}\) の 64 通りを全部走らせた。\(H^2\ne0\) になったのは \(b=0\) かつ \(a\in\{-1,0,1\}\) の3点だけ
この回で見つかった条件

超回転–超並進括弧に中心電荷が立つのは、重み \(a\) が整数のときだけ

bms₃ は \(a=1\) ── 的の上。bms₄ は \(a=1/2\) ── ちょうど半分ずれている。

これは、このシリーズが何度も踏んできた形です。第2回のアノマリー相殺、第6回の代数の閉じ方、第8回のツイスター的持ち上げ、第11回の中心電荷 ── 連続的に調整できない、二値の的。今回それは整数性という顔をしていました。

そして4次元は、外していた。惜しくもなんともなく、きっちり \(1/2\) だけ。

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074次元の「半分」は、どこから来るのか

ここは推論込みで書きます。数値の事実(\(a=1/2\) で \(H^2=0\))は上の計算のとおりですが、なぜ4次元だけ半端になるのかの読みは、著者のものです。

超並進は「時刻をずらす自由」でした。ずらし幅の関数 \(T\) が、境界の上で座標変換に対してどう変換するか ── その重みが \(a\) です。

境界の空間断面超並進の重み\(a\)
3次元重力天球「面」は円 \(S^1\)\(-1\)(1方向ぶん丸ごと)\(1\)
4次元重力天球面 \(S^2\)\((-\tfrac12,-\tfrac12)\)(2方向に折半)\(1/2\)

合計はどちらも \(-1\) です。違うのは、4次元にはカイラリティが二つあるので、その \(-1\) を二人で分け合うところ。分け合った結果が \(1/2\) で、整数の的から落ちる。

言い換えると ── 4次元の天球面が2次元だったせいで、重みが割れた。3次元では境界が1次元なので割る相手がおらず、整数のまま残った。

誘惑に対する注意 「じゃあ折半しない別の分け方をすれば」と言いたくなります。できません。重み \((-\tfrac12,-\tfrac12)\) は、超並進が4次元時空の並進を含むという要請から決まる ── 勝手に動かすと、それはもう BMS₄ ではない別の代数です。この \(1/2\) は選べる係数ではなく、4次元であることの帰結です。
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08文献と突き合わせる

自分の計算だけで「無い」と言うのは危ういので、確認しました。三つの独立な筋から、同じ答えが出ています。

言っていること
代数(コホモロジー)
Safari–Sheikh-Jabbari 2019
arXiv:1902.03260
「\(\mathfrak{bms}_4\) の二次実コホモロジー \(H^2(\mathfrak{bms}_4;\mathbb{R})\) は、\(C_{\mathcal L},\,C_{\bar{\mathcal L}}\) 以外の中心拡大を許さない」── Barnich–Troessaert を引いての classification。つまり2つの Witt 側だけで、混ざった括弧には無い。上の計算と一致
電荷代数(場依存)
Barnich–Troessaert 2011 / Barnich 2017
arXiv:1106.0213, 1703.08704
4次元で現れるのは場に依存する2-コサイクル。定数の中心電荷ではなく、しかも大域的に定義された BMS を使うと消える。だから Lie 代数ではなくLie 亜代数として扱う(第11回 01 節で触れたもの)
電荷代数(最新)
Rignon-Bret–Speziale 2024
PRD 110, 044050
Wald–Zoupas の処方を使うと、ヌル無限遠のどの切断でも 2-コサイクルも中心拡大も無しに BMS 代数が実現する。論文の題がそのまま「Centerless BMS charge algebra」

代数の側からも、電荷の側からも、ゼロ。この \(1/2\) は、たまたま今の技術で見つからないという類の壁ではありません。

ひとつだけ抜け道の報告がある 代数を広げれば話は変わります。Weyl 生成子を足した Weyl-BMS(\(\lambda\)-BMS)には中心拡大の族があるという報告があります。ただしそれは \(\mathfrak{bms}_4\) そのものではなく、生成子を追加した別の代数です ── 本稿ではこの筋は検算していません。「重みが整数でないから閉じる」という上の条件は、生成子を足せば回避しうる、という程度に読んでください。
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09閉じた扉と、残った扉

第11回の末尾に置いた手順表を、埋め直します。

手順内容状態
0陽性対照。3次元の BMS-Cardy を原論文の規約で再現する通過(一度落ちて、公式のバグを1個回収)
1BMS₄ の超並進セクターに \(c_M\) 類似物があるか答えは NO。\(\dim H^2=0\)
2aあれば → ルートA'(BMS-Cardy の4次元版)閉じた
2b無ければ → 別の型を探すここが唯一の生き残り

第11回で「答えが『無い』でありうることも含めて、問いは well-posed だ」と書きました。その「無い」を引いたわけです。

負けたようですが、そうでもありません。閉じた扉は、二度と叩かなくていい扉です。第1回で \(p=0.67\) を成果として扱ったのと、同じ扱いをします ── 否定は情報です。

残ったのは 2b。第11回 05 節で挙げたルートB ── モジュラー不変性を使わず、熱的な円周が小さい極限で次元還元して Cardy 型の式を作る道(Di Pietro–Komargodski が \(d=4,6\) でやった路線)です。こちらは そもそも \(c_M\) を必要としません。中心電荷が無いことは、この道にとっては打撃ではない。

この回で得られた、次に効く一行

4次元の面積則を Cardy で出すつもりなら、中心電荷を経由しない型でなければならない

前回まで「中心電荷が見つかるかどうか」を待っていました。待たなくてよくなりました。

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手を動かす
  1. コサイクル条件 \((m-n)c_{m+n}-(an+m+n+b)c_m+(am+m+n+b)c_n=0\) に \(a=1,\,b=0,\,c_m=m^3\) を入れ、\((m,n)=(2,1)\) で成り立つことを確かめよ。
    答えを見る
    \(a=1,b=0\) なので条件は \((m-n)c_{m+n}-(m+2n)c_m+(2m+n)c_n=0\)。\((m,n)=(2,1)\) で \(c_3=27,\,c_2=8,\,c_1=1\) を入れると \((2-1)\cdot27-(2+2)\cdot8+(4+1)\cdot1=27-32+5=0\)。成立。これが3次元の \(c_M\) を支えている恒等式です。
  2. 同じ \((m,n)=(2,1)\) で、今度は \(a=1/2,\,b=-1/2\)(bms₄)に \(c_m=m^3\) を入れるとどうなるか。
    答えを見る
    係数は \(an+m+n+b=\tfrac12+3-\tfrac12=3\) と \(am+m+n+b=1+3-\tfrac12=\tfrac72\)。よって \((2-1)\cdot27-3\cdot8+\tfrac72\cdot1=27-24+3.5=\mathbf{6.5}\neq0\)。破れます。手計算1行で、4次元では \(m^3\) が使えないことが見えます ── 本文の「388 箇所で破れる」の、最初の1箇所です。
  3. コバウンダリ \(c_m=((a+1)m+b)\beta\) が「物理的でない」のはなぜか。
    答えを見る
    生成子を \(T_0\to T_0+\beta Z\) と定義し直しただけで現れるから。物理は生成子の名前の付け方に依らないので、名前の取り替えで消せる中心項は物理的な情報を持ちません。だから \(H^2\) では商を取って捨てます。逆に言えば、\(H^2\ne0\) の中心電荷は、どう名前を付け替えても消せない ── だから物理量になれる。

この回で分かったこと

手順0(陽性対照)は、一度落ちた。 第11回の BMS-Cardy 公式が規約を混ぜており、\(\sqrt{12}=2\sqrt3\) 倍ずれていた。訂正後は \(GM\) を6桁動かして相対偏差 \(2.2\times10^{-16}\) で幾何側と一致。陽性対照をやらなければ、このバグを持ったまま4次元へ行っていた。

手順1 の答えは NO。 中心項を未知数に置いて Jacobi 恒等式を連立一次方程式として有理数で厳密に解くと、bms₄ の超回転–超並進括弧では \(\dim H^2=0\)。解空間に残るのはコバウンダリ一本だけ。モード打ち切り \(|m|\le4,6,8,12\) で不変、符号規約 \(b=\pm\tfrac12\) でも不変。

陽性対照つきの否定である。 同じコードに bms₃(\(a=1,b=0\))を入れると \(\dim H^2=1\) が出て、その中心項は \(m^3-m\) ── 文献の \(c_M=3/G\) と形が一致する。道具は「有る」を検出できる。それでも4次元では出なかった。

そして理由が出た ── 的は整数だった。 重み \(a\) を 64 通り掃くと、\(H^2\ne0\) になるのは \(b=0\) かつ \(a\in\{-1,0,1\}\) の3点だけ。bms₃ は \(a=1\) で的の上、bms₄ は \(a=1/2\) できっちり半分ずれている。4次元の天球面が2次元なので、重み \(-1\) が二つのカイラリティに折半された結果。

ルートA' は閉じた。 第10回の3次元の証明は、そのままでは持ち上がらない。生き残ったのは、第11回 05 節のルートB ── 中心電荷を経由しない次元還元型の Cardy。中心電荷を待つ必要は、もう無い。

これは言い換えではなかった。 第12回まで、このシリーズは問いを移動させ続けていた。今回やったのは移動ではなく、扉を一枚閉めること。第1回で \(p=0.67\) を成果として扱ったのと同じ意味で、否定は情報です。

この文書は「つくる格子」シリーズ第13回、物理好きの高校生・大学生向け読み物です。姉妹編「わかる」が既知の物理を解説するのに対し、本シリーズは作業そのものを見せます ── 失敗と、その訂正を含めて。

確立した内容:BMS₃ / BMS₄ 代数の交換関係と超並進の重み、3次元平坦宇宙論の地平面エントロピーとその BMS-Cardy による再現(Barnich arXiv:1208.4371、Bagchi–Detournay–Fareghbal–Simón arXiv:1208.4372)、\(H^2(\mathfrak{bms}_4;\mathbb{R})\) が2つの Witt 中心電荷以外の中心拡大を許さないこと(Safari–Sheikh-Jabbari arXiv:1902.03260、Barnich–Troessaert arXiv:1106.0213 を引いて)、4次元電荷代数の場依存2-コサイクルと Lie 亜代数(Barnich arXiv:1703.08704)、Wald–Zoupas 処方での centerless な電荷代数(Rignon-Bret–Speziale, PRD 110, 044050 (2024))。
本稿 02〜06 節のコホモロジー計算は、上記の文献の結論を独立に再導出したもので、モードを打ち切った有限次元の線形代数として実行しています ── したがって厳密には「打ち切った範囲で」の主張です(\(|m|\le4,6,8,12\) で不変であることを確認)。
いっぽう 07 節の「重みが半端になるのは4次元の天球面が2次元で、\(-1\) が二つのカイラリティに折半されるから」という読みは、本シリーズの著者による解釈です。重み \((-\tfrac12,-\tfrac12)\) 自体は確立した事実ですが、それを「整数の的を外した」と表現するのは本稿の言い方です。08 節末の Weyl-BMS の抜け道は報告の紹介にとどめ、検算していません。地平面の Carrollian 理論そのものが未構成であることは、第8回・第11回・第12回のとおりです。

本編:第1回第2回第3回第4回第5回第6回第7回第8回第9回第10回第11回第12回 | 番外編: ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を。

印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。図で、重みを整数からずらすと中心電荷が消えることを確かめられます。