ルートBを進めたら、第12回の問いに答えが出た ── ただし答えは「その問いは要らない」
第12回で、面積則そのものは Carrollian の構造から出るのに係数だけが出ないと書きました。そして「係数は理論自身の自由度密度で決まるはず」と結んで、第11回の中心電荷の問いに戻った ── 一周した回です。
その一周を、今度は別の側から切ります。ルートBは自由エネルギーを局所的な有効作用から出す道なので、まさに「自由度密度」を計算する道具です。使えるなら、第12回の宿題がそのまま片づく。
結論から書きます。ルートBは4次元では効きませんでした。でも効かない理由を詰めると、第12回の問いの立て方そのものが間違っていたと分かります。
2次元の Cardy はモジュラー不変性から来ていました(第10回 03 節)。トーラスの二つのサイクルを入れ替えると高温と低温が交換される ── その対称性が状態数を縛る。
ルートBは、その対称性を使いません。かわりにこうします ──
温度 \(1/\beta\) の系を、周長 \(\beta\) の熱的な円周を持つ空間の上に置く。\(\beta\to0\) でその円周が潰れるので、一次元低い理論に還元される。還元後の局所有効作用の係数を読めば、高温での \(\log Z\) が出る。
モジュラー不変性が要らないので、次元を選びません。Di Pietro–Komargodski が \(d=4,6\) の超対称理論でやったのがこの路線です。
また先に道具を確かめます。2次元でルートBを走らせて、Cardy と同じ答えが出るか。
ルートB側は、ただの熱力学です。2次元 CFT の高温自由エネルギーは \(F=-\pi cL/(6\beta^2)\) なので ──
$$S=-\frac{\partial F}{\partial T}=\frac{\pi cL}{3\beta}$$ルートA側は Cardy。エネルギーから \(L_0\) を出して入れます。
# B: 熱的 S = pi c L / (3 beta) # A: Cardy S = 2pi sqrt(c L0/6) + 2pi sqrt(c L0bar/6), L0 = L0bar = E L/(4pi) c L beta | S_thermal S_Cardy 比 -------------------------------------------------------------------- 1 10 0.3 | 34.90658504 34.90658504 1.000000000000000 24 100 0.5 | 5026.54824574 5026.54824574 1.000000000000000 0.5 7 0.05 | 73.30382858 73.30382858 1.000000000000000 3.7 1000 2.1 | 1845.06235211 1845.06235211 1.000000000000000 最大偏差 2.2e-16 → 陽性対照 通過
ぴったり一致します。ただし一致しすぎで、そこが要点です。
熱的自由エネルギーの先頭項の係数が、そのまま中心電荷 \(c\) になっている。
つまり2次元では「自由度の数」と「中心電荷」が同じ数です。だから Cardy が効く ── 数えるべき量が、たまたま普遍量だった。
ここが壁です。4次元で同じことをすると、先頭項は
$$\log Z\;\sim\;\frac{V}{\beta^{3}}\times(\text{自由エネルギー密度の係数})$$となります。そしてこの係数は、結合定数で変わります。いちばん有名な例で確かめます ── \(\mathcal{N}=4\) 超対称ヤン・ミルズ理論。
自由場の自由エネルギー密度は \(f=-\dfrac{\pi^2T^4}{90}\left(n_b+\tfrac78 n_f\right)\)。\(\mathcal{N}=4\) は \(n_b=n_f=8N^2\) なので
$$f_{\text{free}}=-\frac{\pi^2T^4}{90}\left(8+\tfrac78\cdot8\right)N^2=-\frac{\pi^2N^2T^4}{6}$$同じ理論なのに、結合を変えると係数が \(3/4\) 倍になります。「自由度の数」が結合定数の関数なのです。
これは致命的です。私たちが欲しいのは \(A/4G\) ── 物質の中身によらない普遍的な数。非普遍な量から普遍な量は出ません。
ではルートBは無意味かというと、そうではありません。超対称な指数(index)を使うと、この非普遍な先頭項が消えます。
\((-1)^F\) の重みをつけると長い表現が打ち消し合い、BPS 状態しか残らない。すると \(\beta^{-3}\) の体積項が丸ごと落ちる ── 論文の言い方では「超対称理論は宇宙定数を生成しない」の一言です。
落ちた後に顔を出す次の項が、普遍量でした。
\(a,c\) はトレース・アノマリー係数。\(\mathrm{Tr}\,R=16(a-c)\)。
アノマリー係数は、結合定数で動きません('t Hooft のアノマリー整合)。だからこれは本物の普遍量です。自由カイラル多重項で確かめます。
# a = (3/32)(3 TrR^3 - TrR), c = (1/32)(9 TrR^3 - 5 TrR) 恒等式 a - c = TrR/16 TrR^3=1 TrR=0 -> a=9/32 c=9/32 a-c=0 TrR/16=0 OK TrR^3=0 TrR=1 -> a=-3/32 c=-5/32 a-c=1/16 TrR/16=1/16 OK TrR^3=-1/27 TrR=-1/3 -> a=1/48 c=1/24 a-c=-1/48 TrR/16=-1/48 OK 自由カイラル多重項(R=2/3、フェルミオンは R=-1/3) a = 1/48 既知の値 1/48 : OK c = 1/24 既知の値 1/24 : OK DP-K: log Z = -16 pi^2 (a-c)/(3 beta) = pi^2/(9 beta) N=4 SYM SU(N)(1ベクトル + 3カイラル、すべて随伴) N=2 TrR=0 a=3/4 c=3/4 a==c 既知 (N^2-1)/4 = 3/4 OK N=3 TrR=0 a=2 c=2 a==c 既知 (N^2-1)/4 = 2 OK N=10 TrR=0 a=99/4 c=99/4 a==c 既知 (N^2-1)/4 = 99/4 OK => N=4 SYM では a=c。DP-K の普遍項は、ちょうどゼロになる。
式は正しく、自由カイラルでも既知の \(a=1/48,\;c=1/24\) を再現します。ところが ──
ここで素直に止まると「ルートBも駄目でした」で終わります。止まる前に、一つ気になることがあります。
03 節で見た事実を、もう一度置きます。
| 量 | 物質の中身に依るか |
|---|---|
| 場の理論の自由エネルギー係数(=自由度の数) | 依る(\(\mathcal{N}=4\) で \(3/4\) 倍) |
| エンタングルメント・エントロピー \(S\sim A/\epsilon^2\) の係数 | 依る(場の種類の数だけ増える) |
| ブラックホールのエントロピー \(A/4G\) | 依らない |
普通に読めば矛盾です。場を1種類足せば、地平面の外側と内側のもつれは確実に増える。なのに \(A/4G\) は動かない。増えた分はどこへ行ったのか。
これは種の問題(species problem)と呼ばれる、古くからの困りごとです。第12回で「\(N=A/a^2\) はカットオフを手で入れている」と正直に書いた、あの発散と同じものです。
そして答えは、1994 年に出ていました。
Susskind–Uglum の提案はこうです ── エンタングルメント・エントロピーの発散と、ニュートン定数のくりこみは、同じ発散である。
言い分としては分かりますが、係数まで合うのかどうかが問題です。両側を独立に計算して、突き合わせます。
Solodukhin のレビュー 式(28) に、面積 \(A\) の面を横切る自由スカラー1個の値があります ──
$$S_{EE}=\frac{A}{6(d-2)(4\pi)^{(d-2)/2}\epsilon^{\,d-2}} \;\xrightarrow{\;d=4\;}\;\frac{A}{6\cdot2\cdot4\pi\,\epsilon^2}=\frac{A}{48\pi\epsilon^2}$$こちらはエントロピーを一切見ずに、熱核から出します。スカラー1個の1ループ有効作用の発散部は、Seeley–DeWitt 展開で
$$\Gamma_{\text{div}}=-\frac12\int_{\epsilon^2}^{\infty}\frac{ds}{s}\,\frac{1}{(4\pi s)^2}\int d^4x\sqrt{g}\;\bigl(a_0+a_1 s+\cdots\bigr), \qquad a_0=1,\;\; a_1=\Bigl(\tfrac16-\xi\Bigr)R$$この \(\tfrac16\) は教科書の係数で、エントロピーとは何の関係もありません。\(R\) の項だけ拾うと
$$\Gamma_{\text{div}}\supset-\frac{1}{32\pi^2}\Bigl(\tfrac16-\xi\Bigr)\frac{1}{\epsilon^2}\int d^4x\sqrt{g}\,R$$Euclid の Einstein–Hilbert 作用 \(-\frac{1}{16\pi G}\int\sqrt{g}\,R\) と比べて ──
$$\frac{1}{G_{\text{ren}}}=\frac{1}{G_0}+\frac{1}{2\pi\epsilon^2}\Bigl(\tfrac16-\xi\Bigr) \qquad\xrightarrow{\;\xi=0\;}\qquad \frac{1}{G_{\text{ren}}}=\frac{1}{G_0}+\frac{1}{12\pi\epsilon^2}$$# 右: エンタングルメント・エントロピー(Solodukhin 式28 から) S_EE = A / (48 pi eps^2) # 左: G のくりこみ(熱核の a1 = (1/6 - xi)R から。エントロピーを見ずに導出) delta(1/G) |_{xi=0} = 1 / (12 pi eps^2) A/4 * delta(1/G) = A / (48 pi eps^2) ------------------------------------------------ 一致。しかも「4」の因子までぴったり。 # xi を一般にしても連動するか xi = 0 delta(1/G) = (1/12)/(pi eps^2) 要求される S_EE = A/(48 pi eps^2) xi = 1/12 delta(1/G) = (1/24)/(pi eps^2) 要求される S_EE = A/(96 pi eps^2) xi = 1/6 delta(1/G) = 0 要求される S_EE = 0 xi = 1/4 delta(1/G) = -(1/24)/(pi eps^2) 要求される S_EE = 負 共形結合 xi=1/6 で、両側が同時にゼロを横切る。
合いました。しかも \(A/4\) という因子ごと。片方は「面を横切るもつれ」、もう片方は「重力の有効作用の \(R\) 項の係数」で、まったく別の計算です。それが同じ数になる。
自由度密度 \(\sigma\) は、決まらなくてよかった。
物質を足せば \(S_{EE}\) は増えます。そして同じ物質が \(1/G\) も同じだけ増やします。だから
$$S=\underbrace{\frac{A}{4G_0}}_{\text{裸}}+\underbrace{\frac{N_s A}{48\pi\epsilon^2}}_{\text{物質のもつれ}}=\frac{A}{4G_{\text{ren}}}$$形は変わりません。決まるのは \(\sigma\) 単体ではなく、\(\sigma\) と \(G\) の比だけ。第12回で「セルの一辺 \(a\) と1セルの状態数 \(q\) は個別には決まらず、\(\log q/a^2\) だけが決まる」と書いたのは ── そのまま、これのことでした。
スライダーで種類を増やすと、内訳は動きますが合計と右端の棒は常にぴったり同じ高さです。「どこまでが幾何で、どこからが物質か」という切り分けは意味を持たない ── 動かせてしまうので。
正直に書きます。これは \(1/4\) を導いたわけではありません。「物質を足しても \(1/4\) が動かない理由」を説明しただけで、\(G\) そのものは依然として外から与える数です。
ただし、面白い極限があります。図の「Sakharov」ボタンです。裸の \(1/G_0\) をゼロにする ── 重力は基本的な力ではなく、物質のループから丸ごと湧いてくるという考え方(Sakharov 1967、誘導重力)。
このとき \(A/4G\) は全部が物質のもつれになります。そして必要な種類の数が決まります ──
\(1/G_0=0\) とし、カットオフをプランク長 \(\epsilon=\ell_P\) に取る。\(\hbar=c=1\) では \(\ell_P^2=G\) なので
$$\frac{1}{G}=\frac{N_s}{12\pi\epsilon^2}=\frac{N_s}{12\pi G}\qquad\Longrightarrow\qquad N_s=12\pi\simeq37.7$$スカラー約 38 個ぶん。標準模型の自由度の数(ざっと100程度)と、桁は合っています。
| 結果 | |
|---|---|
| ルートB そのもの | 4次元では効かない。先頭項が非普遍で、DP-K の普遍項は超対称指数を要求し、しかも \(\mathcal{N}=4\) では退化する |
| 第12回の宿題 | 解けた。ただし「自由度密度を計算する」のではなく「計算しなくてよい」という形で |
| \(1/4\) 本体 | 依然として出ていない。裸の \(1/G_0\) が外部入力のまま |
第1回の壁は、四度目もそこにありました。ただし今回は、壁の性質が少し変わっています ── これまでは「係数を出す道具が無い」でしたが、今回分かったのは「係数は物質の自由度からは決して出ない」。
数える方向は、閉じました。第13回で扉が一枚閉まり、今回もう一枚閉まった。残っているのは、\(G\) そのものをどこから持ってくるかという問いだけです。
陽性対照:2次元では、ルートAとルートBは同じものだった。 熱的自由エネルギーから出した \(S=\pi cL/3\beta\) と Cardy が偏差 \(2.2\times10^{-16}\) で一致。2次元では「自由度の数」がそのまま中心電荷で、だから Cardy が効く。
4次元では、その先頭項が普遍でない。 \(\mathcal{N}=4\) SYM の自由エネルギー係数は弱結合 \(-\pi^2N^2T^4/6\)、強結合 \(-\pi^2N^2T^4/8\) で \(3/4\) 倍。同じ理論でも結合で「自由度の数」が動く。普遍な \(A/4G\) は、ここからは出ない。
DP-K の救出には死角がある。 超対称指数なら \(\beta^{-3}\) が消えて \(\log Z\sim-\frac{16\pi^2}{3\beta}(a-c)\) という普遍項が出る(自由カイラルで \(a=1/48,\,c=1/24\) を再現、\(a-c=\mathrm{Tr}R/16\) も確認)。しかし \(\mathcal{N}=4\) では \(a=c\) で退化 ── ブラックホール双対を持つまさにその理論で何も言えない。
そして、問いの立て方が間違っていた。 物質を足せば \(S_{EE}\) は増える。だが同じ物質が \(1/G\) も増やす。エンタングルメント側 \(A/48\pi\epsilon^2\)(Solodukhin 式28)と、熱核から独立に出した \(\delta(1/G)=1/12\pi\epsilon^2\)(\(a_1=(\frac16-\xi)R\) 由来)が、\(A/4\) の因子ごとぴったり一致する。\(\xi=1/6\) では両側が同時にゼロを横切る。
第12回の宿題は、解けた形が逆だった。 自由度密度 \(\sigma\) は決まらなくてよい ── 決まるのは \(\sigma\) と \(G\) の比だけ。第12回の「\(a\) と \(q\) は個別に決まらず \(\log q/a^2\) だけが決まる」は、まさにこれだった。一周ではなく、閉じました。
それでも \(1/4\) は出ていない。 裸の \(1/G_0\) が外部入力のまま。Sakharov 誘導重力で \(1/G_0=0\) とすれば全部が物質のもつれになり、\(\epsilon=\ell_P\) では \(N_s=12\pi\simeq37.7\) 種類 ── 標準模型と桁は合うが、係数の違うフェルミオンやゲージ場を混ぜていないので、それ以上のことは言えない。第1回の壁は、四度目。ただし性質が変わった ── 「係数を出す道具が無い」から「係数は物質の自由度からは決して出ない」へ。
この文書は「つくる格子」シリーズ第14回、物理好きの高校生・大学生向け読み物です。姉妹編「わかる」が既知の物理を解説するのに対し、本シリーズは作業そのものを見せます ── 効かなかった道具と、そこで分かったことを含めて。
確立した内容:2次元 CFT の高温自由エネルギーと Cardy 公式の一致、自由場の自由エネルギー密度 \(f=-\frac{\pi^2T^4}{90}(n_b+\frac78n_f)\)、\(\mathcal{N}=4\) SYM の強結合自由エネルギーが自由場の \(3/4\) 倍であること(Gubser–Klebanov–Peet)、\(\mathcal{N}=1\) の \(a,c\) とアノマリー係数の関係および \(\mathcal{N}=4\) で \(a=c=(N^2-1)/4\) となること、Di Pietro–Komargodski の \(d=4\) Cardy 型公式(arXiv:1407.6061)、\(\mathcal{N}=4\) 指数の Cardy 極限が AdS₅ ブラックホールを再現するのに複素化学ポテンシャルを要すること、Seeley–DeWitt 係数 \(a_1=(\frac16-\xi)R\)、エンタングルメント・エントロピーの主発散(Solodukhin, Living Rev. Relativity 14 (2011) 8、式28)、Susskind–Uglum のくりこみ提案、Sakharov の誘導重力。
本稿の計算部分(2次元の A/B 一致、アノマリー係数の検算、熱核からの \(\delta(1/G)\) と \(S_{EE}\) の突き合わせ、\(N_s=12\pi\))は、上記から著者が実行・検算したものです。いっぽう「だから第12回の自由度密度の問いは立て方が間違っていた」という読みは、本シリーズの著者による整理です。Susskind–Uglum 提案そのものは広く受け入れられていますが、一般の場の内容に対して発散が厳密に相殺することの証明は本稿では扱っていません(非最小結合や高階項の寄与は別途の議論を要します)。08 節の \(N_s\simeq37.7\) は桁の一致以上の主張ではなく、フェルミオン・ゲージ場の係数差を無視しています。地平面の Carrollian 理論そのものが未構成であることは、第8回・第11回・第12回のとおりです。
本編:第1回|第2回|第3回|第4回|第5回|第6回|第7回|第8回|第9回|第10回|第11回|第12回|第13回 | 番外編:①/②/③ ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を。
印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。図で、物質を足しても合計が動かないことを確かめられます。