「\(G\) はどこから来るのか」── この問いは、そもそも答えを持てない形をしていた
第13回で扉が閉まり、第14回でもう一枚閉まりました。残ったのは \(G\) そのものです。
掘りに行って、すぐ壁に当たりました。しかもその壁は今回作られたものではありません ── 第1回でこちらが自分で証明していたものでした。次元を持つ量は、単位を変えれば値が変わる。だから「\(G\) の値がなぜこれか」には答えがありません。
問いを直すと、話が動きます。そして直した形には、驚くほど素直な機構があります ── 19桁の小ささが、\(1/57\) という平凡な数から出てくる。
この回は、第1回への五度目の帰還です。ただし今回は、壁にぶつかったのではなく、壁の正体が分かった回です。
第1回でやったのは、次元解析の総当たりでした。25個の物理量から作れる無次元の比を全部(162,931個)列挙して、意味のありそうな値になるものを探した ── 結果は \(p=0.67\) で、ほぼ全部が偶然でした。
あの回で確かめたことのうち、いま効くのはこちらです。
次元を持つ量の「値」は、物理の情報を持たない。単位を変えれば変わってしまうので。物理が言えるのは、無次元量についてだけ。
これを自分の問いに当てます。
| 問い | well-posed か |
|---|---|
| \(G=6.674\times10^{-11}\) はなぜこの値か | ならない。単位を変えれば 1 にできる |
| プランク長はなぜ \(1.6\times10^{-35}\) m か | ならない。同じ理由 |
| \(Gm_p^2/\hbar c\) はなぜ \(5.9\times10^{-39}\) か | なる |
第14回の末尾で「残っているのは \(G\) そのものをどこから持ってくるかだけ」と書きましたが、その書き方自体が間に合っていませんでした。持ってくるものは \(G\) ではありません。
電磁気には \(\alpha=e^2/4\pi\varepsilon_0\hbar c\simeq1/137\) があります。重力で同じことをすると ──
\(G=6.67430\times10^{-11}\), \(m_p=1.67262192369\times10^{-27}\,\mathrm{kg}\), \(\hbar=1.054571817\times10^{-34}\), \(c=2.99792458\times10^8\)
$$\alpha_G=5.9061\times10^{-39}$$つまり「重力はなぜこんなに弱いのか」は、「陽子はなぜプランク質量より 19 桁も軽いのか」と同じ問いです。\(G\) の話ではなく、質量の階層の話でした。
そしてこちらの形には、機構があります。
陽子の質量は、クォークの質量からは来ません。ほとんど全部が強い相互作用のエネルギーです。そしてそのスケール \(\Lambda_{\rm QCD}\) は、もともと理論に入っていない数です。
QCD のラグランジアンには質量スケールがありません。あるのは無次元の結合定数 \(\alpha_s\) だけ。ところが \(\alpha_s\) はエネルギーで走り、ある低いエネルギーで発散します。その発散する場所が \(\Lambda_{\rm QCD}\) ── 無次元の数から、次元を持つ数が生まれる。これを次元転換と呼びます。
これを \(\Lambda\) について解くと ──
$$\boxed{\;\Lambda=\mu\,\exp\!\left(-\frac{2\pi}{b_0\,\alpha_s(\mu)}\right)}$$指数の中に \(1/\alpha_s\) が入っています。だから \(\alpha_s\) が \(1/50\) 程度の平凡な数でも、\(\Lambda/\mu\) は途方もなく小さくなれる。
入力はひとつだけです ── 測定された \(\alpha_s(M_Z)=0.1179\)。ここから \(\Lambda\) を出し、プランクスケールまで走らせます。
# 入力: alpha_s(M_Z) = 0.1179, M_Z = 91.1876 GeV, n_f = 5, 1ループ b0 = 11 - 2*5/3 = 7.6667 # 下向き: Lambda を出す Lambda = M_Z exp(-2pi/(b0 * 0.1179)) = 0.0873 GeV = 87.3 MeV # 上向き: 同じ直線をプランクスケールまで伸ばす ln(M_Pl/Lambda) = ln(1.2209e19 / 0.0873) = 46.39 alpha_s(M_Pl) = 2pi/(b0 * 46.39) = 0.01767 = 1/56.6 # 階層を読む Lambda / M_Pl = exp(-46.39) = 7.15e-21 観測の m_p/M_Pl = 7.685e-20 ずれ = 10.7 ← m_p/Lambda = 938 MeV / 87.3 MeV = 10.7 => 20桁の階層が、1/56.6 という数から出た。 残るずれは「陽子の質量が Lambda の何倍か」だけ。O(10) のハドロン物理。
指数に入れる、ということは感度も指数になるということです。図で動かしてみてください。
| \(1/\alpha_s(M_{\rm Pl})\) | \(\ln(M_{\rm Pl}/\Lambda)\) | \(\Lambda\) | 陽子質量なら |
|---|---|---|---|
| 45 | 36.88 | 1180 GeV | 陽子が \(10^4\) GeV 級 |
| 50 | 40.98 | 19.5 GeV | 200 GeV 級 |
| 56.6 | 46.39 | 87.3 MeV | 938 MeV ✓ |
| 60 | 49.17 | 5.39 MeV | 58 MeV 級 |
| 65 | 53.27 | 0.0895 MeV | 1 MeV 級 |
\(1/50\) から \(1/60\) ── 20% の変化で、\(\Lambda\) が 4 桁動きます。
これは機構の長所と短所が同じところから出ている、という話です。小ささを作れるのは指数だから。値が敏感なのも指数だから。片方だけ取ることはできません。
正直に線を引きます。
| 量 | 機構はあるか |
|---|---|
| 陽子質量 / プランク質量(\(10^{-20}\)) | ある。次元転換。ただし \(1/\alpha_s\simeq57\) が入力 |
| \(\alpha_s(M_{\rm Pl})\simeq1/57\) 自体 | 無い。統一理論の話になる |
| ヒッグス質量 / プランク質量 | 無い ── これが本物の階層問題 |
| 宇宙定数(\(10^{-122}\)) | 無い。もっと悪い |
三行目が重要です。陽子は守られているが、ヒッグスは守られていません。
陽子質量が小さいのは、QCD の結合が対数的にしか走らないおかげで自動的に指数的な小ささが出るからです。何も調整していません。いっぽうヒッグスの質量二乗はカットオフの二乗で補正を受けるので、小さく保つには打ち消しが要ります。「なぜ軽いのか」に自動的な答えがない ── これが階層問題です。
くれません。ただし「くれない仕方」が示唆的です。
漸近安全性は、無次元にした結合 \(g=Gk^2\) が高エネルギーで固定点に行くという話です。Einstein–Hilbert 打ち切りでの値は ──
\(g_*=Gk^2\) なので \(G(k)=g_*/k^2\)。\(k\to\infty\) で \(G\to0\)。
固定するのは \(G\) ではなく \(Gk^2\) です。無次元量。低エネルギーの \(G\) の値は「固定点からどこで抜けるか」で決まり、それは IR の入力です。
漸近安全性が減らしてくれるのは自由パラメータの個数です。無限個の反項が有限個(関連方向の数)に落ちる。けれど全体のスケールを与える1個は、必ず残ります。
これは欠陥ではなく、第1回の結論そのものです ── スケールは予言できない。比だけが予言できる。
数えます。第1回 08 節の「\(S\propto A\) までは出るのに \(1/4\) だけが出ない」に、このシリーズは何度戻ったか ──
| 回 | 戻り方 | そのときの読み |
|---|---|---|
| 第9回 | 予想を立てるとき | 係数を埋めるには数える対象が要る |
| 第11回 | 中心電荷を探して | 探す場所が違うのかもしれない |
| 第12回 | 面積則が自動で出たのに | 次元解析ですらないのに、壁は同じ高さ |
| 第14回 | 自由度を数えようとして | 係数は物質の自由度からは決して出ない |
| 第15回 | \(G\) を掘ろうとして | この壁は、第1回が証明していた壁だった |
\(1/4\) が出なかったのは、道具が足りなかったからではありません。\(1/4\) は \(G\) と組んで初めて意味を持つ数で、\(G\) は次元を持つからです。
第1回で総当たりが失敗したのと、同じ理由でした。あのとき自分で証明したことを、14 回かけて自分の問いに当て直したことになります。
壁は動きませんが、正体は分かりました ── これは越える壁ではなく、地図の縁です。縁の向こうに何かがあるとしたら、それは「\(1/4\) を計算する方法」ではなく、「無次元量の一覧を、もっと短くする理論」のほうです。
「\(G\) はどこから来るのか」は well-posed ではない。 次元を持つ量の値は単位で変わるので、物理の情報を持たない ── 第1回で自分で確かめたこと。第12回の「\(\log q/a^2\) だけが決まる」、第14回の「\(\sigma\) と \(G\) の比だけが決まる」も、三度同じ形に出会っていた。
直した形は \(\alpha_G=Gm_p^2/\hbar c=5.9061\times10^{-39}\)。 これは \((m_p/m_{\rm Pl})^2\) に等しい(数値で確認)。つまり「重力はなぜ弱いか」=「陽子はなぜプランク質量より 19 桁軽いか」。\(G\) の話ではなく、質量の階層の話だった。
そして 19 桁には機構がある ── 次元転換。 \(\Lambda=\mu\exp(-2\pi/b_0\alpha_s)\) の指数に \(1/\alpha_s\) が入るので、\(O(1/50)\) の平凡な結合から途方もない小ささが出る。測定値 \(\alpha_s(M_Z)=0.1179\) ひとつから \(\Lambda=87.3\) MeV、そこから \(\alpha_s(M_{\rm Pl})=1/56.6\)、\(\Lambda/M_{\rm Pl}=e^{-46.39}=7.15\times10^{-21}\)。観測の \(m_p/M_{\rm Pl}=7.685\times10^{-20}\) とのずれ 10.7 は、\(m_p/\Lambda=10.7\) にちょうど尽きる。
ただしこれは予言ではなく翻訳。 ずれが \(m_p/\Lambda\) と一致するのは恒等式で、独立な検証ではない。やったのは「なぜ \(10^{-20}\) か」を「なぜ \(1/\alpha_s\simeq57\) か」に書き換えたこと。それでも意味はある ── 説明すべき量が指数から線形に落ちた。
指数のてこ。 \(1/\alpha_s(M_{\rm Pl})\) を \(50\to60\) と 20% 動かすと \(\Lambda\) は 4 桁動く。小ささを作れるのも、値が敏感なのも、同じ指数から来ている。片方だけは取れない。
守られている量と、守られていない量。 陽子質量は対数的ランニングのおかげで自動的に軽い。ヒッグス質量はカットオフ二乗で補正を受けるので打ち消しが要る ── これが本物の階層問題。第2回のアノマリー相殺と同じ構図で、シリーズの「二値の的」が今回は「くりこみで守られているか否か」の顔で出た。
漸近安全性も \(G\) はくれない。 固定するのは \(g_*=Gk^2\)(\(=0.911\)、ただし打ち切り依存。別スキームでは \(58.73\) との報告もある)。無次元量だけが固定され、全体のスケールを与える 1 個は必ず残る。減るのはパラメータの個数で、スケールではない。
第1回に、五度目 ── そして今回は壁の正体だった。 \(1/4\) が出なかったのは道具不足ではなく、\(1/4\) が \(G\) と組んで初めて意味を持つ数で、\(G\) が次元を持つから。越える壁ではなく、地図の縁でした。縁の向こうにあるのは「\(1/4\) を計算する方法」ではなく、無次元量の一覧をもっと短くする理論のほうです。
この文書は「つくる格子」シリーズ第15回、物理好きの高校生・大学生向け読み物です。姉妹編「わかる」が既知の物理を解説するのに対し、本シリーズは作業そのものを見せます ── 問いの立て方を間違えていた、という気づきを含めて。
確立した内容:次元解析と無次元量に関する一般的事実、\(\alpha_G=Gm_p^2/\hbar c\) とプランク質量の数値(CODATA 2018 の \(G,m_p,\hbar,c\) から計算)、QCD の1ループ・ベータ関数と \(b_0=11-\frac23n_f\)、次元転換による \(\Lambda_{\rm QCD}\) の生成、\(\alpha_s(M_Z)=0.1179\)(PDG)、ヒッグス質量の二次発散と階層問題、漸近安全性の Reuter 固定点および Einstein–Hilbert 打ち切りでの \(g_*,\lambda_*\) の値とその打ち切り依存性。
本稿の計算(\(\alpha_G\)、1ループでの \(\Lambda\) と \(\alpha_s(M_{\rm Pl})\)、\(e^{-46.39}\) と観測値の比較、感度の表)は上記から著者が実行・検算したものです。1ループ近似を使っているため \(\Lambda\) の値は2ループ以上の標準値(\(\Lambda^{(5)}_{\overline{\rm MS}}\simeq210\) MeV)とは異なります。本稿では測定値 \(\alpha_s(M_Z)\) と1ループ式のみで首尾一貫させることを優先しました。
「重力が弱いのは次元転換のおかげである」という筋自体は既知の議論(Wilczek らが繰り返し述べているもの)で、本稿の独自の主張ではありません。いっぽう「\(1/4\) が出なかったのは第1回の結論の系である」という読みは、本シリーズの著者による整理です。地平面の Carrollian 理論そのものが未構成であることは、第8回・第11回・第12回のとおりです。
本編:第1回|第2回|第3回|第4回|第5回|第6回|第7回|第8回|第9回|第10回|第11回|第12回|第13回|第14回 | 番外編:①/②/③ ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を。
印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。図で、結合定数を少し動かすと階層が何桁も動くことを確かめられます。