つくる格子第 12 回 / 面積則は、ただで出てくる

超局所性が \(S\propto A\) を自動的に生む ── そして残るのは、第1回で測ったあの壁だけ

面積則は、ただで出てくる 前回、問いを「超並進セクターに中心電荷はあるか」に置き直しました。
では係数を出すには、結局なにが要るのか。詰めていくと妙なことに気づきます ──
面積則 \(S\propto A\) のほうは、Carrollian 理論なら構造から自動的に出ます。
ただで出る。そして残るのは係数だけ ── 第1回で位置を測った、あの壁です。

必要な道具:第5回・第8回(超局所性)、対数 この回の芯:1ビットあたり 2.773 プランク面積

ここまで「\(e^{A/4G}\) 個の状態を持つことをどう示すか」を追いかけてきました。第10回で証明の型が見つかり、第11回で問いを置き直した。
この回は少し引いて、そもそも何を示さなければならないのかを分解します。すると主張が二つに割れます ── 面積に比例することと、比例係数が \(1/4G\) であること
そして前者は、Carrollian 理論の性質からほとんど自動的に出てきます。難しいのは後者だけ。しかもその後者は、このシリーズが第1回から何度もぶつかってきた壁と、同じものでした。

01超局所性を、もう一度

第5回と第8回で確かめたことを使います。

Carroll 幾何では光円錐が潰れているので、信号が伝わりません。第8回の図で見たとおり、場の方程式は \(\partial_t^2\varphi=0\) になり、右辺に空間微分がない ── 各点が、隣を一切参照せずに時間発展します

超局所性

Carrollian な理論では、二つの事象が因果的に繋がるのは同じ点にいるときだけ。空間の各点が、独立な系になっている。

02独立なら、分配関数は掛け算になります

統計力学の基本です。独立な系を並べたら、分配関数はになる。

$$Z=\prod_{x}Z_x\qquad\Longrightarrow\qquad \log Z=\sum_x \log Z_x$$

そして超局所な理論では、この \(x\) は空間の各点です。だから \(\log Z\) は点の数に比例する。

ここで、Carrollian 理論が住んでいる場所を思い出してください。第7回で確かめたとおり ── ヌル超曲面の上です。地平面なら、その空間断面は2次元の面

結論が、二行で出ます

超局所 \(\Longrightarrow\) エントロピーは点の数に比例

点は面の上にある \(\Longrightarrow\) 点の数は面積に比例

したがって \(S\propto A\)。

これが「ただで出てくる」の意味です。ブラックホールの微視状態を数える必要も、Cardy の公式も要りません。超局所な理論が2次元の面に乗っているという、それだけから面積則が従います。

なぜこれが不思議なのか 普通の(局所的で相対論的な)場の理論では、エントロピーは体積に比例します。3次元空間に詰め込める情報は \(V/\epsilon^3\)。
面積則は、そこからの逸脱として長らく謎でした ── 第2回で「重力は QFT ではない」と言われる根拠にもなった性質です。
ところが Carrollian 理論では、理論が住んでいる場所がそもそも面なので、体積則を出しようがない。逸脱ではなく、既定値になります。

03では、係数は何を意味するのか

面積則が出たので、残りは係数です。式で書きます。面を一辺 \(a\) のセルに切り、1セルあたりの状態数を \(q\) とすると ──

$$S=N\log q,\qquad N=\frac{A}{a^2}\qquad\Longrightarrow\qquad S=\frac{\log q}{a^2}\,A$$

これがベッケンシュタイン–ホーキング \(S=A/4\ell_P^2\) に一致するには ──

$$\frac{\log q}{a^2}=\frac{1}{4\ell_P^2}$$

ここで大事なのは、\(a\) と \(q\) が個別には決まらないことです。決まるのは組み合わせだけ。セルを細かくすれば1セルあたりの状態数は減り、粗くすれば増える ── そしてエントロピーは変わりません。動かして確かめてください。

図:面をセルに切る。セルの大きさを変えても、エントロピーは変わりません(1セルあたりの状態数がちょうど打ち消すため)。描画の格子は整数セルに丸めていますが、数値は厳密な \(N=A/a^2\) を使っています

セルを動かすと、セル数 \(N\) と1セルあたりの状態数 \(q\) は変わるのに、積 \(N\log q\) は動きません。面積則は堅牢で、決まっているのは「単位面積あたりの情報量」という一つの数だけです。

その一つの数を、具体的に

やってみよう ── 何ビット詰まっているのか

\(S/k_B=A/4\ell_P^2\) をビットに直すと(\(\log_2\) に換算)

$$\text{ビット数}=\frac{A}{4\ell_P^2\ln 2}=\frac{A}{2.773\,\ell_P^2}$$

つまり

1ビットあたり \(4\ln2=2.773\) プランク面積。 単位面積では \(1.381\times10^{69}\) bit/m²。

ヌル面面積 [m²]ビット数
太陽質量ブラックホール\(1.10\times10^{8}\)\(1.51\times10^{77}\)
Sgr A*\(2.03\times10^{21}\)\(2.80\times10^{90}\)
de Sitter 地平面\(2.35\times10^{53}\)\(3.24\times10^{122}\)

第9回で出した宇宙の状態数 \(e^{2.25\times10^{122}}\) を、ビットで言い直すとこうなります ── 宇宙は \(3.24\times10^{122}\) ビットの機械

◇ ◇ ◇

04そして、第1回にまた戻ります

この回でやったことを、一行にまとめます。

\(S\propto A\) は構造から出た。残ったのは \(1/4\) だけ。

第1回の 08 節に、こう書いてありました。

第1回 08 節より(三度目の引用)

ブラックホールのエントロピーで言えば、\(S\propto A\) までは次元で出るのに、\(1/4\) だけが出ない。そこを埋めるには、数える対象そのもの ── 状態、機構、対称性 ── が要る。

まったく同じ場所に着きました。しかも今回は次元解析ですらなく、超局所性という構造から \(S\propto A\) が出た。それでも \(1/4\) は出ない。

本シリーズが第1回から測ってきた \(O(1)\) の壁は、経路を変えても同じ高さで立っています

05ただし ── ただで出たものには、代償があります

ここは正直に書かなければいけません。02 節の議論には、隠れた穴があります。

連続体には、点が無限個あります。

「点の数に比例する」と言いましたが、連続的な面の上には点が非可算無限個ある。だから \(N=A/a^2\) と書いた時点で、\(a\) というカットオフを手で入れています。そして \(\log q/a^2\) は、\(a\to0\) で発散しうる。

正直な線 ── これは通常の QFT と同じ病気です 通常の場の理論でも、面をまたぐエンタングルメント・エントロピーは面積に比例します ── \(S\sim A/\epsilon^2\)。ところが係数がカットオフ \(\epsilon\) に依存して発散する。
02 節の議論は、まったく同じ形の発散を抱えています。「面積則がただで出た」のは本当ですが、係数がただで出たわけではありません

それでも、違いはあります

エンタングルメント・エントロピーの発散は、面の外側(バルク)にある自由度をトレースアウトすることから来ます。外を消すから、境目に無限が溜まる。

Carrollian の場合は事情が違います。理論そのものが面の上に定義されています(第7回・第8回)。トレースアウトすべき「外」が無い。

すると係数 \(\log q/a^2\) は、外部のカットオフではなく理論自身の自由度密度で決まるはずです。そしてそれは ──

一周しました

単位面積あたりの自由度密度 = 状態密度 = 第11回の「中心電荷」の問い

問題は消えていません。移動しただけです ── 第3回で「曲率は消えたのではなく共形因子に引っ越した」と書いたのと、同じ形。

ただし移動先が良くなっています。「カットオフ依存で原理的に決まらない」から「理論のデータとして決まるはずだが、まだ計算できていない」へ。答えのない問いから、答えのある問いへ。

練習問題
  1. 超局所な理論で、なぜ面積則が自動的に出るのか。二段階で述べよ。
    答えを見る
    (1) 各点が独立なので分配関数が積になり、\(\log Z\) が点の数に比例する。(2) Carrollian 理論はヌル超曲面の上に住み、その空間断面は2次元の面なので、点の数は面積に比例する。よって \(S\propto A\)。
  2. セルの大きさ \(a\) を2倍にすると、1セルあたりの状態数 \(q\) はどうなるか。
    答えを見る
    \(\log q=a^2/4\ell_P^2\) なので、\(a\) が2倍なら \(\log q\) は4倍(\(q\) は4乗)。セル数 \(N=A/a^2\) は 1/4 になるので、積 \(N\log q\) は変わらない。エントロピーは \(a\) の選び方に依らない。
  3. 1セルを1ビット(\(q=2\))にすると、セルの一辺はプランク長の何倍か。
    答えを見る
    \(\ln 2=a^2/4\ell_P^2\) より \(a^2=4\ell_P^2\ln2=2.773\,\ell_P^2\)、よって \(a=1.665\,\ell_P\)。1ビットあたり約 2.77 プランク面積ということ。
  4. 「面積則がただで出た」のに、まだ何も解けていないのはなぜか。
    答えを見る
    出たのは比例することだけで、比例係数ではないから。しかも連続体では点が無限個あるので、\(N=A/a^2\) と書いた時点でカットオフを手で入れている。係数 \(\log q/a^2\) は、通常の QFT のエンタングルメント・エントロピー \(S\sim A/\epsilon^2\) と同じ発散を抱えている。

この回で分かったこと

面積則は、構造から自動的に出る。 超局所なら分配関数が点ごとの積になり \(\log Z\) は点の数に比例。そして Carrollian 理論はヌル面の上に住むので、点の数は面積に比例する ── \(S\propto A\)。微視状態を数える必要も Cardy も要らない。

普通の場の理論では体積則になるのに。 面積則が長らく謎だったのは、体積則からの逸脱だったから。Carrollian では理論が住む場所がそもそも面なので、逸脱ではなく既定値になる。

係数は、一つの数に凝縮される。 セルの大きさ \(a\) と1セルの状態数 \(q\) は個別には決まらず、決まるのは \(\log q/a^2\) だけ。それが \(1/4\ell_P^2\) であることは ── 1ビットあたり \(4\ln2=2.773\) プランク面積、\(1.381\times10^{69}\) bit/m²。de Sitter 地平面なら \(3.24\times10^{122}\) ビット。

そして第1回に、三度目に戻る。 「\(S\propto A\) までは出るのに \(1/4\) だけが出ない」── 今回は次元解析ですらなく構造から \(S\propto A\) が出たのに、壁は同じ高さで立っていた。

ただし、ただで出たのは形だけ。 連続体には点が無限にあるので、\(N=A/a^2\) はカットオフを手で入れている ── 通常の QFT のエンタングルメント・エントロピー \(S\sim A/\epsilon^2\) と同じ発散。ただし Carrollian ではトレースアウトすべき「外」が無いので、係数は理論自身の自由度密度で決まるはず。それは第11回の中心電荷の問いそのもので、一周しました。

この文書は「つくる格子」シリーズ第12回、物理好きの高校生・大学生向け読み物です。姉妹編「わかる」が既知の物理を解説するのに対し、本シリーズは作業そのものを見せます。

確立した内容:Carrollian 理論の超局所性、独立系の分配関数が積になること、ベッケンシュタイン–ホーキング・エントロピー \(S=A/4\ell_P^2\)、およびそこから計算した数値(1ビットあたり \(4\ln2=2.773\,\ell_P^2\)、\(1.381\times10^{69}\) bit/m²、各ヌル面のビット数)、通常の場の理論におけるエンタングルメント・エントロピーの面積則と UV 発散。
いっぽう「Carrollian 理論の超局所性からブラックホールの面積則が導かれる」という 02 節の議論は、本シリーズの著者による構造的な整理であって、確立した導出ではありません。実際 05 節で述べたとおり、連続体では点の数が無限であり、セル分割はカットオフの導入にあたります。係数 \(1/4\) はこの議論では導かれておらず、それを与える自由度密度が理論のデータとして決まるかどうかも未解決です。地平面の Carrollian 理論そのものが未構成であることは、第8回・第11回のとおりです。

本編:第1回第2回第3回第4回第5回第6回第7回第8回第9回第10回第11回 | 番外編: ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を。

印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。図で、セルを変えてもエントロピーが動かないことを確かめられます。