「わかる c·t=一定」から生まれたシリーズ
物理を簡単にする
「もっと単純な法則の組み合わせにできないか」── この願いを、実行できる形にします。
まず「簡単」を三つに分けて測り、強い力で実演し、「厳密」の境目を決め、
最後に 「全部を整数の比で書けないか」 を統計的に検定します。
物理は 200 年、圧縮に成功し続けてきました ── 92 元素の表が 1 本の方程式に、ハドロン 140 個が 3 つのクォークに。ところが 1973 年を底に、独立なパラメータの数は増え続けています。では「簡単にする」は負けているのか。指標が間違っていました。 このシリーズは「簡単」を三つの軸に分け、それぞれを実際の物理に当てて測ります。そして最後に、いちばん素朴で、いちばん実績のある願い ── 全部を単純な整数の比で書きたい ── を、対照群つきの検定にかけます。
このシリーズの作法
数字はすべて、書く前にスクリプトを走らせて出しました(kensho/calc01.py〜calc09.py)。各回の末尾に正直な線を置き、見積もりが筆者の判断による箇所と、その一点で結論が変わる箇所を明記しています。本シリーズは既存の物理に新しい主張を加えるものではありません ── 扱う物理はすべて確立した標準的な内容で、新しいのは測り方だけです。
「簡単」には、三つある
標準模型のラグランジアンはマグカップに印刷できます。それなのに誰も「簡単だ」とは言わない。\(F=ma\) から標準模型まで、記号の数は 33 倍、前提概念は 13 倍、計算量は \(10^{19}\) 倍 ── 三つの倍率がまったく違うので、これらは別の量です。そして三つのうち「前提概念」の軸だけ、誰も測っていないし最適化していません。
記述長・計算量・前提概念 ── 三つは独立 第 2 回 公開計算は、いちばん安い通貨
電子の \(g-2\) は、次数ごとに「何枚の図を描いたか」が数えられている珍しい題材です。1 枚・7 枚・72 枚・891 枚・12672 枚と、到達精度 9.4〜36.8 ビットがきれいな直線に乗ります:\(b = 10.24 + 2.03\log_2 D\)(\(b\)=精度ビット、\(D\)=図の数)。計算コスト 1 ビットにつき、精度が 2.03 ビット買える ── しかも他の量も全部同時に当たる。
\(1\) ループ・図 \(1\) 枚・紙 \(1\) 行で 3 桁 第 3 回 公開記法だけで、1052 万枚が 1 項になる
グルーオン 10 本の散乱、ファインマン図 1052 万枚。Parke–Taylor 公式では 1 項です(圧縮 23.3 ビット)。しかもやったのは変数の取り替えだけで、物理は一つも変わっていません。同じ型がもう一つ ── Gell-Mann–Okubo の質量公式は紙と鉛筆で 0.567 %、格子 QCD がスパコンで 1 % を出すのに。
対称性は、計算せずに答えを先取りする装置 第 4 回 公開高いのは、どこか
「もっと簡単に計算できないのか」の答えは できる所ではもうやっている でした。摂動論は 2.03 ビット/ビットで儲かり、強結合の格子は 0.2〜0.33 ── 効率差は約 7 倍。そしてブートストラップで「簡単」の二つの意味が完全に分離します ── 2 語で言えるのに、数万本の制約を解く。
通貨は三つ ── パラメータ 5.37/計算 2.03/対称性 タダ強い力を、四つの層に切る
第 0 層は指数関数 1 個 ── プランク質量から \(\Lambda\) までの 19.6 桁(65 ビット)を、たった 6.0 ビットで買っています。第 2 層は割り算だけ ── 13 個のハドロンを \(\Lambda\) で割ると全部 0.42〜5.04 倍に収まり、追加パラメータ 0 で 9.7 ビット。桁で外れるものは一つもありません。
\(\Lambda = \mu\,e^{-2\pi/(b_0\alpha_s)}\) ── 65 ビットを 6.0 で 第 6 回 公開足し算だけで、1 % に届く
法則は一本 ── \(M = \sum m_i + A\sum\langle S_iS_j\rangle/(m_im_j)\)。スピンの合成は足し算だけで出ます(動力学ゼロ)。3 パラメータで 8 個のバリオンが全部 1 % 以内(RMS 7.1 MeV)。おまけにパラメータを一つも足さない関係が 5 本残りました ── 合計 28 ビット、全部紙と鉛筆。
Coleman–Glashow は 0.78 %、動力学を一切使わず 第 7 回 公開持ち込んだ定数を、棚卸しする
「単純にした」と言いながら、12 個の定数を持ち込んでいました。三つのふるいにかけます ── ①純粋な数か(ベッセルの零点、色因子)②唯一のスケールの \(O(1)\) 倍か(全部 0.44〜1.62 倍。65 % は \(\Lambda\) 一つで決まっていた)③無次元か。結果は 12 個 → 0 個。本物の入力はクォーク質量比 6 個だけ。
意味不明な定数は、避けた計算の代金近似には、三種類ある
厳密/制御された近似/制御されていない近似。第 II 部で作ったのはいちばん下でした ── 「1 % で合う」がなぜ 1 % なのか説明できないのが証拠です。そして重要な区別 ── 「厳密」と「閉じた形」は別物。\(\pi=3.14159\dots\) に近似は入っていないのと同じく、\(m_p/\sqrt\sigma=2.13\dots\) も厳密な実数です。
格子は 1 桁ごとに 1000 倍。当面の壁は 4〜5 桁 第 9 回 公開厳密値を全部集めたら、整数と \(\pi\) しかなかった
アノマリー相殺 \(=0\)、色の数 \(=3\)、アドラー和則 \(=2\)、\(S=A/4\)、リュッシャー項 \(-\pi/12\)、2 次元イジング \(\nu=1\) ── 例外なく、整数・小さい有理数・\(\pi\) の有理数倍。生の実数の厳密値は一件もありません。そして第6回で喜んだ「タダの関係 5 本」は、5 本とも厳密ではありませんでした。
「量はいくつか」は近似。「いくつあるか」は厳密 第 10 回 公開なぜ解けないのか ── 定理だった
4 次元の厳密解は六つあります(Seiberg–Witten、\(N{=}4\) 可積分性、't Hooft 模型…)。ただし全部、超対称か大 \(N\) か平面極限か 2 次元。コールマン–マンデュラの定理の四つの仮定を、QCD は全部満たします ── だから高スピン保存量が存在できず、可積分になりえない。六つの反例は、全部この定理の仮定を外していました。
未解決問題ではなく、既解決問題 第 11 回 公開厳密なのは、値ではなく関係
くりこみ群方程式、ワード恒等式、ユニタリ性、't Hooft のアノマリー整合、Weingarten 不等式 ── どれも値については何も言わず、量と量の間だけを言います。そして関係だけで数値が決まる例 ── 共形ブートストラップは模型ゼロ・パラメータゼロ・近似ゼロで 3 次元イジング \(\nu\) を 7 桁。誤差は近似の誤差ではなく厳密な区間の幅です。
厳密な主張は、計算した実数より 11 桁よく検証されている整数比の戦績 ── 全部「距離の比」だった
倍数比例、バルマー(\(27/20\)、ずれ \(5\times10^{-6}\))、ブラッグ、電荷(\(10^{-21}\))、ジョセフソン(\(10^{-19}\))、量子ホール ── 勝った 10 例は、例外なく「数えて」います。しかも全部 \(n = 2L/\lambda\) の形、つまり長さと長さの比。整数が出るのは閉じたものを数えているときだけでした。
時計は数えられる。ロープは数えられない 第 13 回 公開負けた整数比と、プルーの復活
ケプラーの正多面体、ボーデの法則(天王星まで当たっていた)、エディントンの 137。\(6\pi^5 = 1836.118\) を採点すると、探索空間の見積もり次第で \(+6.2\) にも \(+2.4\) にもなります。そしていちばん使える発想 ── 塩素 35.45 は \(^{35}\)Cl と \(^{37}\)Cl の混合でした。汚い比を見たら、まず混合を疑う。
\(m_p/m_e\) が汚いのは、陽子が 1 % + 99 % の混合だから 第 14 回 公開検定 ── ハドロンの質量比は整数比か
13 個のハドロンの全ペア 78 通りを、同じ範囲から引いた偽ハドロン 4000 組と比べます。結果は \(+1.23\,\sigma\) ── 区別がつきません。ところが同じ表の中に、完全な整数がありました ── レッジェ軌道の \(J = 1,2,3,4\)。傾きは 2 % ばらつくのに、\(J\) は誤差ゼロ。
整数の側と実数の側が、同じ粒子の中で分かれている 第 15 回 公開境目は一本 ── 群論・位相 か 動力学 か
QCD の量を全部並べると、境目は一本しかありません。群論・位相から来たもの → 例外なく整数か有理数。動力学から来たもの → 例外なく生の実数。いちばん驚いてよいのは \(\beta\) 関数の係数 ── \(b_0 = 9\)、\(b_1 = 64\)。結合定数の走り方は、単純な整数で決まっています。
「強い力は汚い」のは、走り方ではなくスペクトルの話現在地と、三本の道
1973 年を底に、パラメータは 19 → 30 と増え続けています。それでも圧縮率は 1900 年の 1:1 から、いま 186:1。指標は数ではなく比でした。残った非圧縮性の半分以上は質量と混合で、四つの候補を採点すると生き残るのは小出の関係だけ(\(+6.8\) ビット)。そして道は三本 ── A は運が、B は設備が要る。C は要らない。
C の道=前提概念を減らす ── 空いている番外編:小出の関係を、推測なしで採点する
第16回の「5〜6 桁合っている」は言い過ぎでした ―― \( au\) 質量の誤差を入れると \(K\) は \(\pm1.0 imes10^{-5}\) 動き、ずれは0.91 \(\sigma\)。探索空間も推測(\(\log_2 M=10.0\))ではなく57 通りを列挙して 5.83。そして新しい項目 ―― 狙う有理数の単純さも払うと、精度では勝っていた \(513/8\) が9.4 ビット高くて逆転する。
結論は変わらず \(+8.1\) ビット。ただし内訳が入れ替わった 第 2 回 公開 訂正あり番外編②:厳密値に、\(\pi\) 以外の定数が出る
第9回の「整数と \(\pi\) しかない」には反例がありました ―― 黒体輻射の光子数密度には \(\zeta(3)\)、2 次元イジングの臨界自由エネルギーにはカタラン定数。しかも例外ではなく一つの族でした(多ループ積分には多重ゼータ値)。正しい言い方は 「厳密値は必ず閉じた形を持つ」。
境目(相互作用を解いたか)は動かなかった「わかる c·t=一定」完結後の深掘りから生まれました。出発点は読者の一言 ── 「この分野、大体最後は素粒子のわけわかんない計算に落ちるね。なんかもっと簡単に計算できたりしないの?」。その問いを最後まで押した結果が、この 16 回です。
「物理を簡単にする」シリーズ(全 16 回・日本語)。物理好きの高校生・大学生向けの読み物です。扱う物理はすべて確立した標準的な内容で、本シリーズは新しい物理を主張していません。新しいのは測り方(三つの通貨、三つのふるい、厳密性のフィルタ、整数比の指針)だけで、これらは教科書の用語ではありません。数値は kensho/calc01.py〜calc09.py ですべて計算しました。「前提概念の数」「探索空間 \(M\)」など、筆者の見積もりに依存する箇所があり、その一点で結論が変わるものは各回の「正直な線」に明記しています。印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を。