物理を簡単にする 第 7 回 / 第 II 部 強い力で実演する(部の終わり)
12 個 → 0 個。本物の入力はクォーク質量比 6 個だけ
持ち込んだ定数を、
棚卸しする
「単純にした」と言いながら、12 個の定数を持ち込んでいました。
三つのふるいにかけたら、全部落ちました。
前の二回は「単純にした」と言いながら、12 個の定数を持ち込んでいました。構成子質量、超微細係数、バッグ定数 ── どれも出どころが説明されていません。この回では、それを一つずつ潰します。三つのふるいにかけると、全部落ちました。強い力の本物の入力は 0 個です。
01まず、持ち込んだものを全部並べる
| 定数 | 値 | 出どころ |
|---|---|---|
| \(m_u\)(中間子) | 291 MeV | フィット |
| \(m_s\)(中間子) | 484 MeV | フィット |
| \(A_M^{1/3}\) | 367 MeV | フィット |
| \(m_u\)(バリオン) | 364 MeV | フィット |
| \(m_s\)(バリオン) | 537 MeV | フィット |
| \(A_B^{1/3}\) | 297 MeV | フィット |
| \(B^{1/4}\)(バッグ) | 145 MeV | フィット |
| \(\Lambda_{\overline{\rm MS}}\) | 332 MeV | 入力 |
| \(x = 2.04\)、\(Z_0 = 1.84\) | ─ | ? |
| \(\langle \mathbf{S}_i\cdot\mathbf{S}_j\rangle\)、色因子 | ─ | ? |
合計 12 個。これを数えずに「単純にした」と言うのは、帳簿をごまかしています。
02ふるい① ── それは、計算できる純粋な数か
下の四つは、値を決める自由がそもそもありません。
| 定数 | 中身 | 出どころ |
|---|---|---|
| \(\langle \mathbf{S}_i\cdot\mathbf{S}_j\rangle\) | \(-3/4, +1/4, \pm 1, \dots\) | スピンの足し算 |
| 色因子 \(-16/3, -8/3\) | 中間子と 3 体の違い | SU(3) の 2 次カシミール |
| \(x = 2.0428\) | 球の中の質量ゼロのディラック粒子の最低モード | \(j_0(x)=j_1(x)\) の最初の解 |
\(x = 2.0428\) はベッセル関数の零点です。円周率が 3.14159… であるのと同じ種類の数で、決める自由度はゼロ。
これらは「意味不明な定数」ではなく、計算をサボった記号でした。
消せる ── というより、最初から入力ではなかった。
03ふるい② ── それは、唯一のスケールの \(O(1)\) 倍か
残った次元を持つ定数を、全部 \(\Lambda = 332\) MeV で割ってみます。
| 定数 | 値 [MeV] | \(\Lambda\) の何倍 |
|---|---|---|
| \(B^{1/4}\)(バッグ) | 145 | 0.44 |
| \(m_u\)(中間子) | 291 | 0.88 |
| \(A_B^{1/3}\) | 297 | 0.89 |
| \(m_u\)(バリオン) | 364 | 1.10 |
| \(A_M^{1/3}\) | 367 | 1.10 |
| \(m_s\)(中間子) | 484 | 1.46 |
| \(m_s\)(バリオン) | 537 | 1.62 |
全部 0.44〜1.62 倍、開きは 3.7 倍しかない。
完全に自由なら \(8\times5.37 = \mathbf{43}\) ビット払う。
実際は \(\Lambda\) の 3.7 倍の窓に収まるので、15 ビットしか新しくない。
→ 65 % は \(\Lambda\) 一つで決まっていた。
「定数が増えた」のは見かけだけでした。8 個あるように見えて、実質は 3 個分の情報しかない。
04ふるい③ ── その \(\Lambda\) は、そもそも定数か
ここで一段深くなります。\(\Lambda\) は質量の次元を持ちます。次元を持つ量は、単位の取り方で数値が変わります。 だから \(\Lambda\) は「世界についての数」ではなく、単位を決めているだけです。
| 量 | 次元 | 身分 |
|---|---|---|
| \(\Lambda_{\rm QCD}\) | 質量 | 定数ではなく単位 |
| \(m_q\)(クォーク質量) | 質量 | 同上 |
| \(m_q/\Lambda\) | 無次元 | これが本当の入力 |
| \(m_p/\Lambda\) | 無次元 | 計算で出る(入力ではない) |
05そして、残りも実際に消されている
これは机上の整理ではありません。格子 QCD は、①の 12 個を一つも使いません。
| 方法 | 余分な入力 | 個数 | 計算量 |
|---|---|---|---|
| 構成子模型 | \(m_u, m_s, A\)(中間子・バリオン別)+ \(B, Z_0\) | 8 | 四則演算 |
| 格子 QCD | ゲージ結合 1 個 + クォーク質量 | 0 | \(10^{19}\) flops |
消したパラメータ: 8 個 \(= \mathbf{43}\) ビット
払った計算量 : \(63 - 7 = \mathbf{56}\) ビット
→ パラメータ 1 ビットを消すのに、計算 1.3 ビット。
「意味不明な定数が増える」は、計算を避けた代金です。
第 I 部で測った三つの通貨の、そのままの実演でした。
06極端に行くと、入力がゼロになる
クォーク質量を全部ゼロにした純粋な QCD(純ヤン・ミルズ)は、無次元パラメータをただの一つも持ちません。すべての比が、計算で決まる純粋な数になります。
| 量 | \(\sqrt{\sigma}\) の何倍 | 誤差 |
|---|---|---|
| グルーボール \(0^{++}\) | 3.405 | ±0.021 |
| グルーボール \(2^{++}\) | 4.850 | ±0.040 |
| グルーボール \(0^{-+}\) | 5.800 | ±0.100 |
| グルーボール \(1^{+-}\) | 6.270 | ±0.090 |
これらは \(\pi\) や \(e\) と同じ種類の数です。測って決めるものではなく、理論が持っている数。
07棚卸しの結果
| 種類 | 個数 | 理由 |
|---|---|---|
| スピン係数、色因子、ベッセル零点 | 0 | 計算できる純粋な数 |
| 構成子質量、\(A\)、\(B\) | 0 | \(\Lambda\) の \(O(1)\) 倍。格子は使わない |
| \(\Lambda_{\rm QCD}\) | 0 | 次元を持つ → 単位 |
| クォーク質量の比 6 個 | 6 | 無次元。計算で出せない |
第 II 部の結論
12 個 → 0 個。 強い力の本物の入力は、クォーク質量の比 6 個だけでした。
しかもその 6 個は QCD の話ではなく、ヒッグスの話です。
→ 強い力そのものは、パラメータをほぼ持っていません。
08持ち帰る三つのふるい
① 純粋な数か ── 群論・特殊関数から出るなら、それは記号であって定数ではない
② 唯一のスケールの \(O(1)\) 倍か ── そうなら、増えているのは見かけだけ
③ 無次元か ── 次元を持つなら単位であって、世界についての数ではない
03節の「\(\Lambda\) の 3.7 倍以内」は、\(\Lambda\) の定義(スキーム、\(n_f\))に依ります。\(\Lambda\) を 2 倍違う値に取れば倍率は全部ずれますが、開きの幅は変わりません。
05節の「\(10^{19}\) flops \(=63\) ビット」は桁の見積もりで、交換レート 1.3 は 2 倍の幅を持ちます。
06節のグルーボール質量はまだ実験で確認されていません(格子の計算値どうしは一致していますが、対応する粒子の同定が未確定)。
そして最大の留保 ── 「消せる」と「消した方がよい」は別です。構成子模型は 8 個払って暗算で 1 % に届き、格子は 0 個で \(10^{19}\) flops。目標が「わかりやすく」なら、前者の方が正しい選択でありうる。
ここまでずっと「1 % で合う」「15 % 以内」と書いてきました。それは近似です。では厳密とは何なのか。近似には三種類あって、そのうち一つは改良できません ── そしてこの二回で作ったものが、まさにそれでした。
この文書は「物理を簡単にする」シリーズ第7回(第 II 部の終わり)です。色因子、ベッセル零点、格子 QCD の入力、グルーボール質量比はいずれも確立した標準的な内容です。新しいのは「三つのふるい」という整理と、パラメータと計算量の交換レートを数えたことで、これは本シリーズの枠組みです(kensho/calc03.py)。\(\Lambda\) の値はスキーム依存で、03節の倍率はその取り方で動きます。グルーボールは実験的に未確認です。「消せる」と「消した方がよい」は別だという留保を、07節の結論と同じ重みで読んでください。