物理を簡単にする 第 6 回 / 第 II 部 強い力で実演する
構成子+スピンの合成 ── 8 個のバリオンが 3 パラメータで 1 % 以内
足し算だけで、
1 % に届く
動力学は一切使いません。スピンの足し算と、割り算だけ。
おまけにパラメータ不要の関係が 5 本残りました。
残った 12 倍の幅を潰します。使う法則は一本だけで、必要な計算は足し算と割り算です。それで 8 個のバリオンが全部 1 % 以内に入りました。しかも ── パラメータを一つも足さない関係が、5 本も残ります。
01法則は、これだけ
$$M = \sum_i m_i \;+\; A\sum_{i<j}\frac{\langle \mathbf{S}_i\cdot\mathbf{S}_j\rangle}{m_i m_j}$$
第一項は「中の粒の重さを足す」。第二項は「スピンの向きが合っているかどうか」。
そして \(\langle \mathbf{S}_i\cdot\mathbf{S}_j\rangle\) は、スピンの足し算だけで出ます。動力学は一切要りません。
二つのスピン \(1/2\) なら \(\langle \mathbf{S}_1\cdot\mathbf{S}_2\rangle = \tfrac12\!\left[S(S+1)-\tfrac32\right]\)
| 状態 | \(\sum\langle \mathbf{S}_i\cdot\mathbf{S}_j\rangle\) |
|---|---|
| 中間子 \(S=0\)(\(\pi, K\)) | \(-3/4\) |
| 中間子 \(S=1\)(\(\rho, K^*, \phi\)) | \(+1/4\) |
| バリオン \(J=1/2\)(同種 3 個、\(N\)) | \(-3/4\) |
| バリオン \(J=3/2\)(\(\Delta, \Omega\)) | \(+3/4\) |
| \(\Lambda\)(\(ud\) が \(S=0\)) | \(ud\): \(-3/4\)、\(s\) とは \(0\) |
| \(\Sigma\)(\(ud\) が \(S=1\)) | \(ud\): \(+1/4\)、\(s\) とは \(-1\) |
02当てはめる
パラメータは 3 個(\(m_u\)、\(m_s\)、\(A\))。データは 8 個のバリオン。
フィット結果: \(m_u = 364\) MeV、\(m_s = 537\) MeV
| 実測 [MeV] | 模型 [MeV] | ずれ | |
|---|---|---|---|
| \(N\) | 938.9 | 942.7 | +0.4 % |
| \(\Delta\) | 1232.0 | 1238.9 | +0.6 % |
| \(\Lambda\) | 1115.7 | 1115.9 | +0.0 % |
| \(\Sigma\) | 1193.2 | 1179.6 | −1.1 % |
| \(\Sigma^*\) | 1384.6 | 1380.2 | −0.3 % |
| \(\Xi\) | 1318.3 | 1326.1 | +0.6 % |
| \(\Xi^*\) | 1533.4 | 1526.7 | −0.4 % |
| \(\Omega\) | 1672.5 | 1678.3 | +0.3 % |
RMS 7.1 MeV。8 個のバリオンが、3 パラメータで全部 1 % 以内。
ばらつきは \(403 \to 17\) MeV。ハドロン 1 個あたり 4.5 ビット、13 個で 59 ビット買って、払いは \(6\times5.37 = 32.2\) ビット ── 差し引き \(+27\) ビット。
中間子の方は RMS 26.7 MeV で、\(\pi\) が \(+5.6\) % ずれます。これは既知の欠陥で、\(\pi\) は南部・ゴールドストン粒子だからこの模型の枠外です。
03そして、タダの関係が 5 本残る
ここからが面白いところです。パラメータを一つも足さずに成り立つ関係が、同じ枠組みから出てきます。
| 関係 | 中身 | ずれ | ビット |
|---|---|---|---|
| Gell-Mann–Okubo | \((m_N+m_\Xi)/2 = (3m_\Lambda+m_\Sigma)/4\) | 0.57 % | 7.5 |
| Coleman–Glashow | \((p-n)+(\Xi^0-\Xi^-) = \Sigma^+-\Sigma^-\) | 0.78 % | 7.0 |
| 磁気能率の比 | \(\mu_n/\mu_p = -2/3\) | 2.75 % | 5.2 |
| 超微細のスケーリング | \((\Sigma^*-\Sigma)/(\Delta-N) = m_u/m_s\) | 3.56 % | 4.8 |
| 十重項の等間隔 | \(\Delta\to\Sigma^*\to\Xi^*\to\Omega\) の間隔が等しい | 9.19 % | 3.4 |
| 合計 | 27.9 |
全部、紙と鉛筆。パラメータの追加はゼロ。合計 28 ビット。
とくに Coleman–Glashow は、電磁相互作用による質量差だけを 6 個並べて足し引きする関係で、動力学を一切使っていません。使ったのは SU(3) の足し算とスピンの足し算だけです。
04質量以外も、同じ層で行ける
「大きさ」と「エネルギー」も、同じくらい単純に出ます。MIT バッグ模型は、不確定性原理と真空の一定圧力、それだけです。
$$E(R) = \frac{3\times 2.04 - 1.84}{R} + \frac{4}{3}\pi R^3 B$$
第一項は「狭い所に閉じ込めるとエネルギーが上がる」(不確定性)。
第二項は「真空を押しのけた体積ぶんの代金」(一定圧力)。
\(B^{1/4} = 145\) MeV とすると
\(dE/dR = 0\) → \(R = \mathbf{1.04}\) fm、\(E = \tfrac43 K/R = \mathbf{1083}\) MeV
実測の核子質量 938.9 MeV に対して \(+15\) %
微分 1 回で、陽子の質量が 15 % 以内。 閉じ込めを「一定の圧力」に置き換えるだけで、この精度です。
05第 II 部の途中結果
| 何が | 何で | どれだけ | 重さ |
|---|---|---|---|
| なぜ 1 GeV か | 指数関数 1 個 | 65 ビットを 6.0 で | 1 行 |
| どれも \(\Lambda\) の \(O(1)\) 倍 | 次元解析 | 桁は全部当たる | 暗算 |
| 質量のパターン | 構成子+スピンの足し算 | \(+27\) ビット | 四則演算 |
| パラメータ不要の関係 5 本 | SU(3) とスピン | 28 ビット/0 個 | 紙と鉛筆 |
| 大きさとエネルギー | 不確定性+一定圧力 | 15 % 以内 | 微分 1 回 |
| 残り(数 % 以下) | 格子 QCD | ─ | \(10^{19}\) flops |
ここまでの結論
数 % までは、全部が単純な計算で届きます。 格子 QCD が要るのは最後の数 % だけでした。
そして層の切れ目が明確です ── スケール(指数関数)/桁(次元解析)/パターン(足し算)/残り(数値計算)。
構成子質量(\(m_u = 364\) MeV)はこの模型の中でだけ意味のある数です。カレント質量(\(u \approx 2\) MeV)とは別物で、閉じ込めの効果を質量に繰り込んだ記法にすぎません。
03節の 5 本のうち、Gell-Mann–Okubo と十重項等間隔は同じ SU(3) 破れの 1 次から出るので完全には独立でなく、合計 28 ビットは上振れしています。
そして最大の留保 ── ここで持ち込んだ定数を、まだ数えていません。それが次回です。
「単純にした」と言いながら、この二回で12 個の定数を持ち込みました。構成子質量、超微細係数、バッグ定数 ── どれも出どころが説明されていない。それを一つずつ潰せるかを、次回やります。答えは 12 個 → 0 個でした。
この文書は「物理を簡単にする」シリーズ第6回です。構成子クォーク模型、超微細相互作用、Gell-Mann–Okubo、Coleman–Glashow、MIT バッグ模型はいずれも確立した標準的な内容です。02節のフィットと05節のビット勘定は本シリーズの計算です(kensho/calc02.py)。構成子質量はこの模型の中でだけ意味を持つ量で、カレントクォーク質量とは別物です。\(\pi\) 中間子はこの模型の枠外(南部・ゴールドストン粒子)で、フィットが悪いのは既知の欠陥です。03節の 5 本は完全に独立ではなく、合計ビットは上振れしています。