物理を簡単にする 第 12 回 / 第 IV 部 整数比の探し方
勝った 10 例は、例外なく「閉じた道に何個入るか」
整数比の戦績
── 全部「距離の比」だった
整数が出るのは、閉じたものを数えているときだけ。
時計は数えられる。ロープは数えられない。
「全部を単純な整数の比で書きたい」── この願いには、物理でいちばん長い実績があります。200 年、勝ち続けている。そして成功例を並べたら、驚くことに全部が同じ形をしていました ── 閉じた道に、いくつ入るか。つまり、長さと長さの比です。
01戦績
| いつ | 何の比 | 答え | ずれ |
|---|---|---|---|
| 倍数比例の法則 (1803) | CO : CO\(_2\) の酸素 | 1 : 2 | 厳密 |
| バルマー (1885) | H\(\alpha\) / H\(\beta\) の波長比 | 27/20 | \(5\times10^{-6}\) |
| ブラッグ (1913) | \(n\lambda = 2d\sin\theta\) | \(n\) は整数 | 厳密 |
| ボーア (1913) | \(2\pi r = n\lambda\) | \(n\) は整数 | 厳密 |
| 角運動量 | \(\hbar/2\) の整数倍 | 整数 | 厳密 |
| 電荷 | \(e/3\) の整数倍 | 整数 | \(<10^{-21}\) |
| 磁束量子 | \(\Phi = n\,h/2e\) | 整数 | \(<10^{-9}\) |
| ジョセフソン効果 | \(V = n\,(h/2e)f\) | 整数 | \(<10^{-19}\) |
| 整数量子ホール効果 | \(\sigma = \nu\,e^2/h\) | \(\nu\) は整数 | \(<10^{-10}\) |
| 分数量子ホール効果 | \(\nu = 1/3, 2/5, \dots\) | 単純な有理数 | 厳密 |
バルマーを実際に検算しておきます。水素のスペクトルは \(\lambda \propto 1/(1/4 - 1/n^2)\) なので、\(n=3\) と \(n=4\) の比は純粋な分数になるはずです。
予言 \(\lambda_\alpha/\lambda_\beta = (36/5)\div(16/3) = 27/20 = \mathbf{1.350000}\)
実測 \(656.279 / 486.135 = \mathbf{1.349993}\)
ずれ \(\mathbf{5.0\times10^{-6}}\)
整数比を探すのは、物理でいちばん実績のある方針です。
しかも第9〜11回で見たとおり、整数の主張は 20 桁で検証できます。0.57 % で止まる関係とは、桁が違う。
02勝った例に、共通するもの
10 個並べて眺めると、全部が同じことをしています。
| 例 | 何を数えているか |
|---|---|
| 倍数比例 | 原子の個数 |
| バルマー | 軌道に波が何個入るか |
| ブラッグ | 面と面の間に波長が何個入るか |
| ボーア | 円周に波長が何個入るか |
| 角運動量 | 一周したときの位相の回転数 |
| 量子ホール | チャーン数 = 位相の巻きつき回数 |
| 磁束量子 | 輪を通る磁束が波動関数を何回まわすか |
この回の中心
例外なく、「閉じた道に、いくつ入るか」を数えています。
整数はどれも \(n = 2L/\lambda\) の形 ── 長さと長さの比です。
「整数比は距離と関係があるのではないか」という直感は、成功例については 100 % 当たっています。整数が出るとき、必ずどこかに一周して戻る道があって、そこに何かが何個入るかを数えている。
03「閉じている」が本質
なぜ閉じていると整数になるのか。閉じていない場合と並べると、はっきりします。
| 何の対称性か | 閉じているか | スペクトル | 整数比 |
|---|---|---|---|
| 回転 SO(3) | 閉じている(一周して戻る) | 離散 | \(J = 0, 1/2, 1, \dots\) |
| U(1) 電荷 | 閉じている | 離散 | \(e/3\) の整数倍 |
| 箱の中の並進 | 閉じている(周期境界) | 離散 | \(n = 2L/\lambda\) |
| 巻きつき数 | 閉じている(円周) | 整数 | トポロジカル電荷 |
| 自由空間の並進 | 閉じていない | 連続 | 整数なし |
| エネルギーの値そのもの | 閉じていない | 連続 | 整数なし |
整数が出るのは、閉じたものを数えているときだけです。
時計(一周して戻る)は数えられる。ロープ(どこまでも伸びる)は数えられない。
→ 閉じた道を見つけたら、そこに整数があります。
04言い換えると、こうなる
「一周して戻る」という言い方を、もう少し使いやすくしておきます。
| 問いの形 | 整数が出るか | 例 |
|---|---|---|
| 「一周したら、何回まわったか」 | 出る | 角運動量、量子ホール、巻きつき数 |
| 「この長さに、何個入るか」 | 出る | バルマー、ブラッグ、ボーア |
| 「全部で何個あるか」 | 出る | 色の数、世代の数、倍数比例 |
| 「この量はいくつか」 | 出ない | 陽子質量、臨界指数、結合定数 |
上の三つは数え上げ、いちばん下は測定です。数え上げには整数が返り、測定には実数が返ります。
第9回のフィルタ(「答えが整数かゼロか」)と、この回の指針(「閉じた道があるか」)は、同じことを別の側から言っています。
閉じているから離散になり、離散だから整数で数えられ、整数だから厳密になる。三つが一続きです。
03節の「閉じている → 整数」は、離散スペクトルの十分条件であって必要条件ではありません。閉じていなくても束縛状態は離散になります(水素原子がそうです)。
ただし その離散値が整数比になる のは、可解なときだけです ── 水素が \(1/n^2\) というきれいな形になるのは、水素が厳密に解けるから。ヘリウムの基底状態エネルギーは、水素との比が生の実数になります。
負けた歴史も見ます ── ケプラーの正多面体、ボーデの法則、エディントンの 137。そしていちばん使える発想が、負けた例の中から出てきます。プルーの仮説は 1815 年に破れて、1913 年に復活しました。
この文書は「物理を簡単にする」シリーズ第12回です。倍数比例の法則、バルマー系列、ブラッグ条件、角運動量・電荷の量子化、磁束量子、ジョセフソン効果、量子ホール効果はいずれも確立した標準的な内容です。「勝った例は全部『閉じた道に何個入るか』である」という並べ方と、そこから作った指針は本シリーズの整理で、教科書の主張ではありません(kensho/calc06.py)。「閉じている → 整数」は十分条件であって必要条件ではありません(水素原子は反例)── 04節の留保と合わせて読んでください。