物理を簡単にする 第 15 回 / 第 IV 部 整数比の探し方(部の終わり)
結合定数の走り方は、単純な整数で決まっている
境目は一本
── 群論・位相 か 動力学 か
\(\beta\) 関数の係数は \(b_0 = 9\)、\(b_1 = 64\)。
「強い力は汚い」のは、走り方ではなくスペクトルの話でした。
整数がある場所と無い場所の境目を、QCD の中で全部並べます。境目は一本しかありませんでした ── 群論・位相から来たか、動力学から来たか。そして驚くべきことに、結合定数の走り方は、単純な整数で決まっています。「強い力は汚い」のは、走り方ではなくスペクトルの話でした。
01全部並べる
| 量 | 値 | 型 | 出どころ |
|---|---|---|---|
| 色の数 \(N_c\) | \(3\) | 整数 | 群論 |
| カシミール \(C_A\) | \(3\) | 整数 | 群論 |
| カシミール \(C_F\) | \(4/3\) | 有理数 | 群論 |
| \(T_F\) | \(1/2\) | 有理数 | 群論 |
| \(\beta\) 関数 \(b_0\)(\(n_f=3\)) | \(11-2 = \mathbf{9}\) | 整数 | 1 ループの計算 |
| \(\beta\) 関数 \(b_1\)(\(n_f=3\)) | \(102-38 = \mathbf{64}\) | 整数 | 2 ループの計算 |
| \(\langle \mathbf{S}_i\cdot\mathbf{S}_j\rangle\) | \(-3/4, +1/4\) | 有理数 | スピンの合成 |
| アノマリー係数 | \(1\) | 整数 | 位相 |
| アドラー和則 | \(2\) | 整数 | カレント代数 |
| ────────── | |||
| \(m_p/m_\rho\) | \(1.211\dots\) | 生の実数 | 動力学 |
| \(m_p/\sqrt{\sigma}\) | \(2.13\dots\) | 生の実数 | 動力学 |
| グルーボール\(/\sqrt{\sigma}\) | \(3.405\dots\) | 生の実数 | 動力学 |
| レッジェ傾き \(\alpha'\) | \(0.88\dots\) GeV\(^{-2}\) | 生の実数 | 動力学 |
境目は一本だけ
群論・位相から来たもの → 例外なく厳密な整数か有理数。
動力学から来たもの → 例外なく生の実数。
中間はありません。
02いちばん驚いてよいのは、\(b_0 = 9\)
\(\beta\) 関数の係数は、結合定数がエネルギーとともにどう走るかを決めます。これは力学的な量に見えます ── 実際、量子補正の計算から出てくる。
$$b_0 = 11 - \frac{2n_f}{3},\qquad b_1 = 102 - \frac{38 n_f}{3}$$
\(n_f = 3\) なら \(b_0 = \mathbf{9}\)、\(b_1 = \mathbf{64}\)。
グルーオンのループから \(11\)、クォークのループから \(-2n_f/3\)。どちらも群論の因子と、有限個の積分の組み合わせで、答えは有理数になります。
結合定数の走り方は、単純な整数で決まっています。
「強い力は汚い」のは、走り方ではなくスペクトルの話でした。
整数になるのは 2 ループまででした ―― 3 ループの \(b_2\) には \(\zeta(3)\) が入ります。「走り方は単純な整数で決まる」は、低次での話でした ―― 番外編②。境目は一本ではなく、階段だったのかもしれません。
第5回を思い出してください。\(\Lambda = \mu\exp(-2\pi/(b_0\alpha_s))\) で、原子核のスケールが決まりました。その指数の中身は整数 9 です。 汚いのは \(\alpha_s\) の値の方 ── そしてそれは第7回で見たとおり、単位の選択です。
03なぜ、動力学だと駄目なのか
第10回とつながります。整数比が出るには、答えが代数的な構造から出てこなければなりません。
| 答えの出どころ | 答えの型 | なぜ |
|---|---|---|
| 数え上げ・位相 | 整数 | 個数だから |
| 群の表現論 | 有理数 | カシミールは有理数 |
| 有限個の積分 | 有理数 × \(\pi^n\) | ガウス積分は解ける |
| 可解な固有値問題 | 有理数 | 水素の \(1/n^2\) |
| 可積分でない系の固有値 | 生の実数 | 代数的な関係を持たない |
いちばん下が QCD のスペクトルです。第10回の定理により、QCD は可積分になりえません。 だから固有値が代数的な関係を持つ理由が無い。
第10回:QCD は可積分になりえない(コールマン–マンデュラ)。
第12回:整数が出るのは閉じたものを数えているとき。
この回:だから QCD のスペクトルには整数比が無い。
三つは同じ一つのことを、別の側から言っています。
04第 IV 部のまとめ ── 実行手順
| 手順 | 中身 | 得られるもの |
|---|---|---|
| ① 閉じた道を探す | 一周して戻るもの(位相、回転、巻きつき) | そこに必ず整数がある |
| ② 数える対象に言い換える | 「量はいくつか」→「何個入るか」 | 整数比が出る |
| ③ 混合を疑う | 汚い数は、きれいな数の平均かもしれない | 分解できれば整数に戻る |
| ④ 群論・位相の量を選ぶ | カシミール、\(\beta\) 係数、アノマリー | 厳密な有理数 |
| ⑤ 動力学の値には手を出さない | ハミルトニアンの固有値 | 整数比になった前例がゼロ |
第 IV 部の結論
①〜④だけで、驚くほど広い範囲が整数比で書けます。 しかも計算機は一台も要りません。
そして⑤ ── 動力学の値が整数比にならないのは、第10回の定理の帰結です。
01節の「動力学は例外なく生の実数」は、知られている限りの主張です。2 次元や超対称の系では、動力学の値も厳密になります(第10回①)。
02節で \(b_0, b_1\) が整数になるのは \(n_f=3\) のときで、\(n_f=5\) なら \(b_0 = 23/3\)(有理数)です。整数か有理数かは \(n_f\) に依りますが、「有理数である」ことは変わりません。
03節の表の「なぜ」は説明であって証明ではありません ── 可積分でない系の固有値が代数的関係を持たないことは、証明された定理ではなく観察です。
目標に対する現在地を測ります。この 50 年、パラメータの数は増え続けています。それでも比を見ると勝っている。そして残った非圧縮性のうち、数字で生き残っている候補は一つだけでした。
この文書は「物理を簡単にする」シリーズ第15回(第 IV 部の終わり)です。カシミール、\(\beta\) 関数係数、アノマリー係数、アドラー和則、および格子で求められた質量比はいずれも確立した標準的な内容です。「境目は群論・位相か動力学かの一本」という整理と、第10回・第12回との合流の読み方は本シリーズのものです(kensho/calc06.py)。「動力学は例外なく生の実数」は知られている限りの主張で、2 次元や超対称系では成り立ちません。03節の表は説明であって証明ではありません。\(b_0, b_1\) が整数になるのは \(n_f=3\) の場合です。