物理を簡単にする 第 13 回 / 第 IV 部 整数比の探し方

塩素 35.45 は、35 と 37 の混合だった

負けた整数比と、
プルーの復活 一つ一つは整数でした。意味不明だったのは混ぜた平均の方。
汚い比を見たら、まず混合を疑う。

必要な予備知識:第12回(整数比の戦績)検証:kensho/calc06.py

前回は勝った歴史でした。この回は負けた歴史です ── ケプラーの正多面体、ボーデの法則、エディントンの 137。同じくらい大事なのは、負け方に型があることです。そしていちばん使える発想が、負けた例の中から出てきます ── プルーの仮説は 1815 年に破れて、1913 年に復活しました。

01負けた歴史

計算(kensho/calc06.py ④)
いつ・誰主張結果中身
ケプラーの正多面体 (1596)惑星軌道の比 = 正多面体外れ軌道の数が合わない
ボーデの法則 (1772)\(a = 0.4 + 0.3\cdot 2^n\)天王星まで当たり海王星で破綻
プルーの仮説 (1815)原子量は水素の整数倍一度外れ→ 04節で復活する
エディントン (1929)\(1/\alpha = 136 \to 137\)外れ実測 137.035999
\(6\pi^5 = 1836.12\)\(m_p/m_e = 1836.15\)微妙→ 03節で採点

ボーデの法則が示唆的です。天王星まで当たっていました。 当たっているうちは、誰も疑いません。そして海王星で外れた。

エディントンは、最初 \(1/\alpha = 136\) と主張し、測定が改善すると 137 に変更しました。この「一度調整した」という事実が、あとで効いてきます。

02負ける理由は、いつも同じ

整数式は、いくらでも作れます。だから「当たった」だけでは何も言えません。いくつ試したかを数えないと、驚けない。

探索の値段

候補が \(M\) 通りあるとき、そのうち一つが当たっても、驚きから \(\log_2 M\) ビットを引かなければなりません。

誕生日で言えば ── 23 人の部屋で「誕生日が同じ二人がいた」は驚けません(組が 253 通りあるから)。「先に一人を指名して、その人と一致した」なら驚けます。

03\(6\pi^5\) を、実際に採点する

陽子と電子の質量比 \(m_p/m_e = 1836.15267\) は、\(6\pi^5 = 1836.11811\) に非常に近い。有名な「近さ」です。採点します。

計算(kensho/calc06.py ⑤)

\(6\pi^5 = 1836.11811\)、実測 \(1836.15267\)、ずれ \(\mathbf{1.9\times10^{-5}}\)
→ 買い \(-\log_2(1.9\times10^{-5}) = \mathbf{15.7}\) ビット

払い(探索空間 \(M\) の見積もり)

\(a\pi^b/c\)(\(a,c\le10\)、\(b\le6\))だけ数えて \(M=700\) → 払い 9.5 → 差引 \(+6.2\) ビット
指数・平方根・他の定数も入れると \(M=10^4\) → 払い 13.3 → 差引 \(+2.4\) ビット

判定

探索空間の見積もり次第で、生き残ったり消えたりします。

しかも機構の説明がゼロ ── なぜ \(\pi^5\) なのかを言える人がいません。

これが「それっぽい整数式」の扱い方です。必ず \(\log_2 M\) を引いてから判断する。 引かずに喜ぶと、エディントンと同じ道を行きます。

04プルーの復活 ── いちばん使える発想

ここからがこの回の本題です。

1815 年、プルーは「すべての原子量は水素の整数倍だ」と主張しました。水素 1、炭素 12、酸素 16 ── みごとに当たっています。

ところが塩素が 35.45 でした。整数ではありません。半端でもない、35 でも 36 でもない中途半端な数。仮説は破れました。

そして 1913 年、同位体が発見されます。

計算(kensho/calc06.py ⑥)

\(0.7576 \times 34.96885 \;+\; 0.2424 \times 36.96590 = \mathbf{35.453}\)

実測 35.45 に対して、ずれ \(8.3\times10^{-5}\)

プルーの教訓

一つ一つは整数でした。意味不明だったのは「混ぜた平均」の方です。

塩素 35.45 は、\(^{35}\)Cl が 75.8 %、\(^{37}\)Cl が 24.2 % の混合でした。

05この発想は、いまでも使える

手順

意味不明な比を見たら、まず「混合ではないか」を疑う。

実例があります。\(m_p/m_e = 1836.15\) が汚いのは、陽子が混合だからです。

計算(kensho/calc06.py ⑥)

クォーク質量 \(9.0\) MeV(1.0 %、ヒッグス起源)
+ グルーオン場 \(929.3\) MeV(99.0 %、\(\Lambda\) 起源)
= 陽子 938.3 MeV

電子は 100 % がヒッグス起源です。陽子は 99 % が閉じ込めのエネルギー。起源の違う二つを足した数と、単一起源の数の比に、きれいな整数比を期待する理由がありません。

なぜこれが使えるのか

混合を疑うと、次の一手が具体的になります。「では何と何の混合か」「比率はいくつか」「片方だけを取り出せないか」── どれも実験や計算で答えが出る問いです。
一方「\(6\pi^5\) ではないか」には次の一手がありません。合っているか外れているかしか言えない。

06負けた歴史から取り出せる三つ

教訓出どころ使い方
当たっているうちは疑えないボーデの法則次の一点を予言させる
調整したら、その分を引くエディントン \(136\to137\)\(\log_2 M\) を数える
汚い数は、混合かもしれないプルー → 同位体分解を試す
正直な線

03節の探索空間 \(M\) は筆者の見積もりです。この一点で結論が変わります ── \(M=700\) なら \(6\pi^5\) は生き残り、\(M=10^4\) ならほぼ消える。「正しい \(M\)」を決める客観的な方法を、本シリーズは持っていません。
05節の「陽子は混合だから汚い」は説明であって証明ではありません。混合だから汚い、という因果を示したわけではなく、汚さと混合が同時に成り立っているだけです。

この文書は「物理を簡単にする」シリーズ第13回です。ケプラーの正多面体、ボーデの法則、プルーの仮説と同位体、エディントンの \(1/\alpha\)、\(6\pi^5\) の近さはいずれも歴史的事実です。陽子質量のクォーク質量寄与が約 1 % であることも標準的な内容です。「探索空間 \(\log_2 M\) を引いてから判断する」という採点法と、「汚い比は混合を疑う」という手順は本シリーズの整理です(kensho/calc06.py)。03節の \(M\) は筆者の見積もりで、この一点で結論が変わります。05節は説明であって因果の証明ではありません。

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