物理を簡単にする 第 5 回 / 第 II 部 強い力で実演する
指数関数 1 個で 65 ビット、割り算だけで 9.7 ビット
強い力を、
四つの層に切る
一気に解くから \(10^{19}\) flops になる。
下から順にやると、いちばん大きな買い物がいちばん安く済みました。
物差しができたので、いちばん手強い相手に当てます ── 強い力です。一気に解こうとするから \(10^{19}\) flops になる。層に切って、下から順にやってみます。この回は下の二層 ── 指数関数 1 個で 65 ビットが決まり、割り算だけで全部が桁の中に収まりました。
01切り方
| 層 | 何を決めるか | 使う道具 | 計算の重さ |
|---|---|---|---|
| 第 0 層 | なぜ 1 GeV なのか(スケールそのもの) | 次元転移 | 1 行 |
| 第 2 層 | 全部の質量が \(\Lambda\) の \(O(1)\) 倍 | 次元解析 | 暗算 |
| 第 3 層 | その \(O(1)\) の中身のパターン | 構成子+スピンの足し算 | 四則演算 |
| 第 4 層 | 残り | 格子 QCD | \(10^{19}\) flops |
この回は上の二つ。第 3 層は次回、第 4 層は第 III 部で扱います。
02第 0 層 ── 指数関数 1 個で、スケールが決まる
強い力の結合定数はエネルギーとともに走ります。それを逆に解くと、結合が強くなる場所がひとつ決まる。それが \(\Lambda\) です。
$$\Lambda = \mu\,\exp\!\left(-\frac{2\pi}{b_0\,\alpha_s(\mu)}\right),\qquad b_0 = 11 - \frac{2n_f}{3}$$
\(n_f=5\) → \(b_0 = 7.667\)、\(\alpha_s(M_Z) = 0.1180\)
→ \(\Lambda \approx \mathbf{88}\) MeV(1 ループなので粗い。2 ループなら 210 MeV)
ここで大事なのは値そのものではなく、この式が何を成し遂げているかです。
プランク質量 \(1.22\times10^{22}\) MeV から \(\Lambda \approx 300\) MeV まで 19.6 桁
= 65 ビットの階層。これを買う値段は \(\log_2 65 = \mathbf{6.0}\) ビット
65 ビットを 6.0 ビットで買っている(圧縮 11 倍)。
指数関数が 1 個あるだけで、原子核のスケールが全部決まります。
なぜこんなに安いのか。指数関数の中身を 1 桁決めれば、外側は何十桁でも決まるからです。複利と同じ ── 利率を小数第一位まで決めれば、100 年後の残高は何十桁でも定まる。
03第 2 層 ── 割り算だけで、どこまで行くか
スケールが一つ決まったので、あとは全部それで割ってみます。\(\Lambda_{\overline{\rm MS}}(n_f=3) \approx 332\) MeV を使います。
| ハドロン | 質量 [MeV] | \(\Lambda\) の何倍 |
|---|---|---|
| \(\pi\) | 138.0 | 0.42 |
| \(K\) | 495.6 | 1.49 |
| \(\rho\) | 775.3 | 2.34 |
| \(K^*\) | 893.6 | 2.69 |
| 核子 | 938.9 | 2.83 |
| \(\phi\) | 1019.5 | 3.07 |
| \(\Lambda\) | 1115.7 | 3.36 |
| \(\Sigma\) | 1193.2 | 3.59 |
| \(\Delta\) | 1232.0 | 3.71 |
| \(\Xi\) | 1318.3 | 3.97 |
| \(\Sigma^*\) | 1384.6 | 4.17 |
| \(\Xi^*\) | 1533.4 | 4.62 |
| \(\Omega\) | 1672.5 | 5.04 |
全部 0.42〜5.04 倍。 桁で外れているものは一つもありません。
事前に「\(\Lambda\) の \(10^{-2}\)〜\(10^{2}\) 倍」と置くと 13.3 ビットの不定性
実際に収まった幅は 3.6 ビット
→ 買い 9.7 ビット、追加パラメータ 0
これが「強い力の量は \(\Lambda\) の \(O(1)\) 倍」という言い方の中身です。暗算で 10 ビット。
04ただし、まだ 12 倍の開きがある
0.42(\(\pi\))と 5.04(\(\Omega\))では 12 倍違います。この幅を潰すのが次の層です。
「なぜ 1 GeV なのか」は 1 行で片づく ── しかも \(10^{19}\) 桁ぶんの決定を 6 ビットで買っている。
「どれも同じくらいの重さか」も暗算で片づく ── 桁は全部当たる。
残ったのは 同じ桁の中でのパターン だけです。
05なぜ層に切ると得なのか
第 I 部の言葉で言うと、こうです。
| 層 | 買い | 払い | 計算量 |
|---|---|---|---|
| 第 0 層 | 65 ビット | 6.0 ビット | 1 行 |
| 第 2 層 | 9.7 ビット | 0 | 暗算 |
いちばん大きな買い物が、いちばん安い計算で済んでいます。一気に解くと、この構造が見えません ── 格子 QCD に全部投げると、65 ビットも 9.7 ビットも残りの数 % も、区別なく \(10^{19}\) flops の中に入ってしまう。
02節の \(\Lambda \approx 88\) MeV は1 ループの粗い値で、2 ループなら 210 MeV です。桁の話としてだけ読んでください。03節で使った \(332\) MeV は \(n_f=3\) の標準値で、スキームの取り方に依存します。
「19.6 桁 = 65 ビット」の階層は、プランク質量を上端に取ったときの話です。上端の取り方で数値は動きますが、「指数関数 1 個が桁を稼ぐ」という構造は動きません。
残った 12 倍の幅を潰します。使うのは 足し算だけ ── 構成子質量とスピンの合成。それで 8 個のバリオンが 全部 1 % 以内に入ります。おまけに、パラメータを一つも足さない関係が 5 本残りました。
この文書は「物理を簡単にする」シリーズ第5回です。次元転移、\(\Lambda_{\rm QCD}\)、\(\beta\) 関数の 1 ループ係数はいずれも確立した標準的な内容です。新しいのはそれらを「層に切って、各層が何ビット説明したか」を数えたことで、この数え方は本シリーズの独自のものです。数値は kensho/calc02.py で計算しました。\(\Lambda\) の値はスキームと \(n_f\) の取り方に依存し、02節の 88 MeV は 1 ループの粗い値です。「65 ビットの階層」はプランク質量を上端に取った場合の値です。