物理を簡単にする 第 10 回 / 第 III 部 厳密とは何か
コールマン–マンデュラの定理 ── QCD は四つの仮定を全部満たす
なぜ解けないのか
── 定理だった
4 次元の厳密解は六つある。ただし全部、超対称か大 \(N\) か平面極限か 2 次元。
並べると、一つの定理の裏返しでした。
前回のフィルタには反例があります。4 次元の相互作用する理論で、厳密に解けたものが六つ。 ところが並べてみると、全部が一つの定理の裏返しでした。そして分かったのは ── QCD が厳密に解けないのは、誰も賢くないからではありません。定理の帰結です。
01反例を探す
前回「相互作用する 3 次元以上で厳密解は前例ゼロ」と書きました。これは言い過ぎです。
| いつ・誰 | 何を | どこまで | 何に頼ったか |
|---|---|---|---|
| Seiberg–Witten (1994) | \(N{=}2\) 超対称ヤン・ミルズ | 低エネルギー有効作用が厳密 | 超対称 |
| 局所化 (2007〜) | 球面上の超対称理論 | 分配関数が厳密 | 超対称 |
| \(N{=}4\) の可積分性 | 平面極限の異常次元 | スペクトルが厳密 | 超対称+平面+共形 |
| BES 方程式 | カスプ異常次元 \(\Gamma(g)\) | 全結合で厳密 | 同上 |
| 大 \(N\) の \(O(N)\) 模型 | 3 次元の臨界指数 | \(1/N\) の各次で厳密 | 大 \(N\) |
| 't Hooft 模型 (1974) | 2 次元の平面 QCD | 中間子スペクトルが厳密 | 2 次元+平面 |
例外なく、超対称か・大 \(N\) か・平面極限か・2 次元。
そして QCD はそのどれでもありません。
02QCD に足りないものは何か ── 保存量を数える
「厳密に解ける」を、もう少し正確に言うと 可積分 ということです。可積分とは、方程式の数が未知数と同じだけある ── つまり保存量が十分にある、という意味。
| 理論 | 保存量 | 個数 | 結果 |
|---|---|---|---|
| QCD(現実) | ポアンカレ 10 + フレーバー 8 + バリオン数 1 | 19 個(有限) | 解けない |
| 2 次元可積分系 | 高スピンの保存流が無限個 | \(\infty\) | 解ける |
| \(N{=}4\) 平面極限 | 同上(可積分スピン鎖) | \(\infty\) | 解ける |
| 自由場 | 各モードごとに保存量 | \(\infty\) | 解ける |
分かれ目は、保存量が無限個あるかどうかです。ではなぜ QCD に高スピンの保存流を足せないのか。
03足せない ── 定理で禁じられている
仮定:(1) 4 次元である (2) \(S\) 行列が自明でない(相互作用する) (3) 質量ギャップがある(離散的な粒子) (4) ある質量以下の粒子種が有限個
結論:対称性は「ポアンカレ × 内部対称性」に限られる。
→ 高スピンの保存量は存在できない。
| 仮定 | QCD は |
|---|---|
| 4 次元である | 満たす |
| \(S\) 行列が自明でない | 満たす |
| 質量ギャップがある | 満たす |
| 粒子種が有限個 | 満たす |
この回の中心
QCD は四つの仮定を全部満たします。だから可積分になりえません。
「QCD が厳密に解けない」のは、誰も賢くないからではなく、仮定から出る帰結です。
04反例は、どうやって逃げているのか
ここで①の六つに戻ります。全部、定理の仮定のどれかを外していました。
| 逃げ道 | どうやって | 破る仮定 |
|---|---|---|
| \(N{=}4\) 超対称 | 共形不変 → 質量ギャップが無い | 仮定 3 |
| \(N{=}2\) Seiberg–Witten | 超対称電荷はスピン \(1/2\)(ボゾンでない) | 定理の対象外 |
| 大 \(N\) | \(N=\infty\) で \(S\) 行列が自明になる | 仮定 2 |
| 2 次元 | そもそも定理が 4 次元のもの | 仮定 1 |
| 自由場 | \(S\) 行列が 1 | 仮定 2 |
ばらばらに見えた六つの厳密解が、一つの定理の裏返しでした。
第9回のフィルタは、言い換えると 「コールマン–マンデュラの仮定を外せるか」 です。
052 次元 QCD は、本当に解けている
いちばん近い例を見ておきます。't Hooft 模型 ── 2 次元、\(N_c\to\infty\) の QCD では、中間子スペクトルが厳密に決まります。
大きい \(n\) で \(M_n^2 \approx \pi^2 g^2 n\) ── レッジェ軌道が厳密に直線
4 次元で「実験的に直線に見える」ものが、2 次元では厳密に直線になります。
そして 4 次元の平面 QCD(\(N_c=\infty\))は、いまだ未解決です。次元を 2 から 4 に上げるだけで、解ける/解けないが変わる。
\(N_c=\infty\) は仮定 2(\(S\) 行列が自明でない)を破るので、4 次元の平面 QCD が解けてもコールマン–マンデュラとは矛盾しません。つまり ── そこだけは、まだ開いた扉です。
06「解けない」の意味が変わる
| 読み | 正しいか |
|---|---|
| 「まだ誰も解けていない」(未解決問題) | × |
| 「可積分にする道具が存在できない」(既解決問題) | ○ |
答えは「無い」であって、「まだ見つかっていない」ではありません。これは悪い知らせではなく、探索範囲が狭まったという意味では良い知らせです。
コールマン–マンデュラは \(S\) 行列の対称性についての定理で、「厳密解が無い」を厳密に導くわけではありません ── 可積分性を封じるだけです。可積分でなくても厳密に解ける道が、原理的に否定されたわけではありません。
04節の「\(N{=}2\) は定理の対象外」は正しいですが、Seiberg–Witten が厳密なのは低エネルギー有効作用までで、完全なスペクトルは厳密には解けていません。
02節の「保存量 19 個」は数え方の一例です(フレーバー対称性は近似的なものを含みます)。
では QCD に厳密なものは整数だけなのか。いいえ ── 「関係」があります。 どれも値については何も言わず、量と量の間だけを言う。そして関係だけで数値が 7 桁決まる例が、実際にあります。
この文書は「物理を簡単にする」シリーズ第10回です。コールマン–マンデュラの定理、Seiberg–Witten 解、\(N{=}4\) 平面極限の可積分性、't Hooft 模型はいずれも確立した標準的な内容です。「六つの厳密解が一つの定理の裏返しである」という並べ方は本シリーズの整理で、教科書がこの形で書いているわけではありません(kensho/calc05.py)。コールマン–マンデュラは可積分性を封じる定理であって、「厳密解が存在しない」ことの証明ではありません ── 06節の言い方はこの留保つきで読んでください。02節の保存量の数え方は一例です。