わかる相対論番外編② / 光速を変えるだけでは、半分しか曲がらない

「光速が場所で変わると言ってもいい」を最初に言ったのはアインシュタイン本人。1911年。ところがそれでは曲がりが半分しか出なかった

光速を変えるだけでは、半分しか曲がらない 第7回で「重力は可変光速でも書ける」と書いた。その言い換えは正しい ── ただし光速を正しい量だけ変えたときに限る。
時計を遅らせるだけでは足りない。定規も伸ばさないと、答えはきっかり半分になる。

必要な道具:第7回の屈折率 n(x)、第6回の Φ/c²、第4回「単位は舞台装置」 この回の芯:n = B²/A、m/ρ が二回来る

第7回(最終回)で、重力を「平らな空間+場所ごとの光速」と読み替えられる、と書きました。この番外編は、その回への裏からの補強です。というのも ── その言い換えを最初に言ったのは、アインシュタイン本人だからです。一般相対論が完成する4年前、1911年の論文で、彼は重力ポテンシャルに応じて光速が変わると明示的に書きました。ところが、そこから出た光の曲がりは 正解のちょうど半分でした。半分になった理由が、第7回の \(n(x)\) という一文字の中に隠れています。「光速を変えればいい」は正しいのですが、どれだけ変えるかを決めるのに、光速より深いものが要るのです。

011911年、アインシュタインは光速を変えた

1911年の論文「重力が光の伝播に及ぼす影響について」。等価原理を手に入れたばかりのアインシュタインは、加速する箱の思考実験から、重力のある所では時計が遅れる、という結論を出します。そしてそこから素直に一歩進めます ── 時計が遅れるなら、その場所の光速も(遠くから見て)遅い。式にすればこうです。

1911年版 ── 時計だけを遅らせる
$$c(\Phi)=c_0\Bigl(1+\frac{\Phi}{c^2}\Bigr)\qquad\Longleftrightarrow\qquad n=\frac{c_0}{c(\Phi)}\approx 1-\frac{\Phi}{c^2}=1+\frac{m}{\rho}$$

(引力側で \(\Phi=-Gm/\rho<0\) なので \(n>1\)、光は遅い。\(m\equiv Gm/c^2\) と書いています。)第7回の屈折率の言葉そのままです ── ただし、係数が 1 であることに注意してください。

この \(n\) を使って光の曲がりを計算し、太陽のそばを通る星の光について彼が出した数字が 0.83 秒角。1919年の日食観測が確かめた値は、ご存知のとおり 1.75 秒角です。

02ちょうど半分、というのが不気味

惜しかった、という話ではありません。きっかり半分なのです。太陽の値で計算すると:

記述屈折率曲がり角太陽で
1911年版(時計だけ)\(1+m/\rho\)\(2m/b\)0.8758 秒角
一般相対論(正解)\(1+2m/\rho\)\(4m/b\)1.7516 秒角
0.500000

係数が 1 か 2 か、それだけの違いです。そして 2 になる理由は、第7回の \(n(x)\) を分解すると見えます。光速には、時計と定規の二つが掛かっているのです。

03光速は「時計÷定規」でできている

第7回で使った描像 ── 平らな格子の上を、場所ごとに違う速さで光が進む ── を、もう一段だけ分解します。座標のうえの光速とは、座標の距離を、座標の時間で割ったものです。つまり分子(距離=定規)と分母(時間=時計)の両方に、重力が効きます。

重力の屈折率の正体 ── 時計から1つ、定規から1つ
$$A=\frac{1-u}{1+u}\approx 1-\frac{m}{\rho}\quad(\text{時計の遅れ}),\qquad B^2=(1+u)^2\approx 1+\frac{m}{\rho}\quad(\text{定規の伸び}),\qquad u\equiv\frac{m}{2\rho}$$ $$n=\frac{B^2}{A}\approx\Bigl(1+\frac{m}{\rho}\Bigr)\Bigl(1+\frac{m}{\rho}\Bigr)=1+\frac{2m}{\rho} \qquad\Longleftrightarrow\qquad c(\rho)=\frac{A}{B^2}=\frac{1-u}{(1+u)^3}$$

\(m/\rho\) が二回来ます。一回は時計から(そこの時間がゆっくり進む)、もう一回は定規から(そこの空間が伸びている)。足して 2。1911年のアインシュタインは時計しか持っていなかったので 1 のまま ── だから半分でした。

ここが面白いところで、「光速が変わる」という言い方は、空間の伸びを密輸入しています。光速 \(c=A/B^2\) の中の \(B^2\) が、まさに空間の曲がりです。だから第7回の主張 ──「曲率で描いても可変光速で描いても同じ」── は正しいのですが、それは可変光速の側がこっそり曲率を抱えているからで、曲率を捨てて時計だけを変えたら、答えは半分になる。逃げているのではなく、書き換わっているだけなのです。

なぜ「定規だけ」でも半分なのか 表を作ると気づきますが、\(n=B^2\)(定規だけ、時計は正常)でも曲がり角はやはり半分です。時計と定規が対等に一回ずつ効いていて、どちらか片方を落とすと 1、両方あって 2。片方だけでは、どちらを選んでも同じだけ足りません。

04数値で確かめる

言葉だけでは信用できないので、実際に光線を積分して曲がり角を測りました。平らな空間に屈折率 \(n(\rho)\) を置き、フェルマーの原理で光路を出す ── 第7回の描像そのままの計算です。\(b\) は衝突径数(\(m\) を単位)。

b時計だけ定規だけ時計+定規正解 4m/b
2000.0100790.0100590.0203000.020000
10000.0020030.0020020.0040120.004000
50000.000400130.000400100.000800470.00080000
正解に対する比 ── 0.5 と 1.0 に収束する

\(b=200\):時計だけ 0.503967/時計+定規 1.014998
\(b=1000\):時計だけ 0.500787/時計+定規 1.002956
\(b=5000\):時計だけ 0.500157/時計+定規 1.000589

遠くを通るほど(弱い場ほど)きれいに 0.5 と 1.0 に寄っていきます。近くを通ると 1 を少し超えるのは、\(4m/b\) が弱い場の一次近似でしかないからで、こちらの積分の方が正しい ── 実際、強い場でもこの \(n\) は正しい答えを返します。次の節がそれです。

05同じ屈折率が、強い場でも通る

弱い場で合うだけなら近似の勝ちにすぎません。ところが \(n=B^2/A\) は、近似ではなく厳密です(空間が等方的に伸びている=共形平坦なので、光にとっては本当に屈折率一つと等価になる)。だから強い場の検算も通ります。ブラックホールの影の大きさを、この屈折率だけから出してみます。

影の縁 ── 屈折率だけから出る
$$b_{\rm crit}=\min_\rho\ n(\rho)\,\rho = 5.196152422707\ m \qquad\sqrt{27}=5.196152422707$$

最小を与えるのは \(\rho=1.866025389\,m\)(面積半径にして \(3m\) ── 光子球)。12桁で \(\sqrt{27}\)。太陽をブラックホールにしたら影の直径は \(2\sqrt{27}\,m=15.35\) km、という値がここから出ます。屈折率という弱い場の言い換えのはずだったものが、影の縁まで正しく当てる ── これが「言い換え」ではなく「等価」だということの意味です。

06動かしてみる ── 1911年と正解を並べる

下の図。中央の質量のまわりに屈折率を置き、左から来た光を実際に積分しています。点線=1911年版(時計だけ)実線=正解(時計+定規)。同じ質量、同じ入射位置で、曲がり方が二倍違います。質量スライダーを小さくしていくと、比が 2.000 に寄っていくのが読み取れます(大きいと弱い場の近似から外れる)。

図:屈折率 n(ρ) の場を通る光。点線=時計だけ(n=1+m/ρ、1911年)/実線=時計+定規(n=1+2m/ρ、正解)/薄い直線=曲がらなかった場合。質量を小さくすると比が 2 に収束する
正解(時計+定規) 1911年版(時計だけ) 直進
◇ ◇ ◇

07では「光速を変えればいい」と言った人は少なかったのか

逆です。言い続けられてきました。ここは正直に並べておきます。

「可変光速」で重力を書く、という発想の履歴

アインシュタイン 1911:最初。ただし時計だけで半分。
等方座標:いま使った \(A,B\) の形は教科書の標準記述。数値相対論の初期データ(Brill–Lindquist、Bowen–York のパンクチャ)はこの座標で作られます
3+1 形式のラプス \(\alpha\):定義からして「場所ごとの光速」です。数値相対論でゲージを選ぶ仕事=光速を選ぶ仕事で、1962年以来ずっとやられている。
Gordon 1923:動く誘電体は厳密に実効計量になる ── 「可変光速 ↔ 曲がった計量」は思いつきではなく定理
重力レンズの屈折率:レンズ方程式は日常的に \(n\) の言葉で書かれます。アナログ重力・変換光学は逆向きに使う分野。

つまり珍しいのはアイデアの側ではありません。珍しいのは「これは何も言わない、ただ計算がたまに楽になるだけ」という位置取りの方です。教科書は等方座標を出しても可変光速の読み方を前に出しません ── 可変光速宇宙論(VSL)と混同されるからです。

08「たまに楽になる」を、測れる数にする

「何も言わないが、たまに計算が楽になる」── これは謙虚な言い方ですが、実は測れます。同じブラックホールのまわりで、同じ観測量(レーダーの往復時間)を、二つの座標で数値計算して値段を比べればいい。地平面のすぐ外(面積半径 2.05\(m\))に鏡を置いて往復させると、こうなりました。

座標外向き光速(皿→鏡)潰れ必要な格子階層一様格子の点数
流れる格子(PG)0.800 → 0.012365.2 倍8 レベル24006
静止格子・可変 c0.960 → 0.052218.4 倍6 レベル5993

観測量そのもの ── 往復時間 123.367733137848 ── はどちらの座標でも 12 桁一致します。違うのは値段だけで、この設定では可変光速の側が 4 倍安い。「たまに楽になる」の「たまに」も正直に測れて、鏡を \(6m\) まで外に出すと差はほとんど消えます。安さは問題に依存し、答えは依存しない ── それがこの言い換えの正確な値打ちです。

動かして確かめられます この節の計算は、ブラウザで動く形にしてあります ── レーダーを AMR に載せる(両座標の値段比べ)、レーダー往復(12桁一致と、途中は 14.9 も食い違うこと)、平坦な格子と光子リング(\(\min\rho/c=\sqrt{27}\,m\))、2つの格子・1つの影(座標は別物でも影は同じ)。計算も描画も C++ で、WebAssembly に落としてあります。
正直な線 ── どこまでが確立した物理か

確立していること:① 静的で共形平坦な空間切り(等方座標)では、光の伝播は屈折率 \(n=B^2/A\) 一つで厳密に記述できる。② その \(n\) は弱い場で \(1+2m/\rho\) になり、曲がり \(4m/b\)、シャピロ遅延、重力赤方偏移を正しく与える。③ アインシュタイン 1911 の \(n=1+m/\rho\) が曲がりを半分にすることは、歴史的事実であり計算でも確認できる(上の表)。④ 局所的に測る光速はつねに \(c\)。変わるのは遠方座標で見た「座標光速」だけで、無次元量は動かない。

言い換えにとどまること:⑤ 「重力=可変光速」は記述の取り替えであって、それ自体は何も予言しません。予言を変えたいなら \(\alpha\) のような無次元量を動かす必要があり、原子時計と BBN がそれを厳しく縛っています(可変光速宇宙論 VSL は別物で、物理的な主張をする理論です ── 混同しないこと)。

射程の外:⑥ 屈折率一つで書けるのはの伝播で、物質の運動や回転(フレームドラッグ)まで含めるには計量テンソル全体が要ります。カー解には「滑らかにシュワルツシルトへ戻る軸対称な共形平坦切り」が存在しない(Garat–Price)ので、回転するブラックホールでこの描像をそのまま使うことはできません。⑦ 第08節の「4倍安い」はこの問題・この鏡の位置での測定値です。法則ではありません。

練習問題
  1. 1911年版の屈折率 \(n=1+m/\rho\) で計算すると、曲がりは正解の何倍になるか。理由も。
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    1/2 倍。曲がり角は \(n\) の \(1/\rho\) の係数に比例する(弱い場では \(\Delta\phi=2k m/b\)、\(n=1+km/\rho\))。正解の \(k=2\) に対し 1911年版は \(k=1\) なので、ちょうど半分。数値でも \(b=5000\) で比 0.500157。
  2. 「光速が場所で変わる」という描像は、空間の曲がりを捨てているのか。
    答えを見る
    捨てていない。密輸入している。座標光速 \(c=A/B^2\) の分母 \(B^2\) が空間の伸び(共形因子)そのもの。だから「平らな格子」と言いながら、光にとっての距離は伸びている。捨てたのが 1911年版で、結果が半分。
  3. この屈折率が「近似ではなく等価」だと言える根拠を一つ挙げよ。
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    強い場の量を当てる。\(\min_\rho n(\rho)\rho=5.196152422707=\sqrt{27}\,m\)(12桁)で、これはブラックホールの影の縁の衝突径数。弱い場近似なら合うはずのない場所で合う。
  4. 「可変光速で書くと計算が楽になる」を、物理の主張と取り違えないためには何を確認すればよいか。
    答えを見る
    観測量が一致することを確認する。レーダー往復時間のような「同じ時計の二つの読みの差」は座標に依れない ── 実際 12 桁一致する。一致しないのは「いまどこ」「いつ折り返した」のような、切り方に依存する量だけ。楽になるのは計算の値段で、答えではない。

この番外編の芯

第7回の「重力は可変光速でも書ける」は正しい。ただし \(n=1+2m/\rho\) でなければならない。\(m/\rho\) は時計から一つ、定規から一つ来る。時計だけを遅らせた 1911年のアインシュタインは、だから光の曲がりを 0.83 秒角 ── 正解 1.75 秒角の半分 ── と予言した。

そして「光速を変えればいい」という発想は、誰も言わなかったどころか、アインシュタインが最初に言い、等方座標として教科書に載り、3+1 形式のラプスとして数値相対論の日常になっている。珍しいのはアイデアではなく、「これは何も言わない、ただ計算がたまに楽になるだけ」という節度のほうだ。その節度は測れる ── 往復時間は 12 桁一致し、値段だけが 4 倍違う。

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本文の数値(曲がり角の表、\(\sqrt{27}\)、往復時間、格子の値段)は、すべて実際に計算して確かめたものです。