前回の番外で「シュワルツシルト半径の 2²=4 が 1/4 の芽」と書いた。あれは間違いです ── その 4 は、自分で消える
番外編「1/4 を手で出す」で、ベッケンシュタイン–ホーキング エントロピーの係数を組み上げました。答え \(S=k_BA/4\ell_P^2\) は正しい。輸入は 2π ひとつだけ、というまとめも正しい。間違っていたのは「4 の出どころ」です。あの回は §02 で「\(R_s\) の 2 を2乗して分母に出た 4 が、1/4 の最初の芽」と書きました ── ところが、その 4 は最後にきれいに約分されて消えます。芽ではなく、自分で相殺する項でした。この回は、消えるところを実際に見て、本当の 4 の出どころを突き止めます。結論は気持ちいいものです:1/4 は、二つの独立した ½ の積。ひとつは「円の一周 2π ÷ 球の全体 4π」(幾何)、もうひとつは「エネルギーは M の1次、面積は M の2次」(熱力学)。しかも ── 前回の「4π/16π」という分解は、べつの導出ルートでは正しいのです。前回は二つのルートを混ぜていました。
まず、前回の何が正しくて何が違ったかを、はっきり並べておきます。
| 前回の記述 | 判定 | ひとこと |
|---|---|---|
| \(S=k_BA/(4\ell_P^2)\) が出る | 正しい | 式は全部合っている |
| 輸入したのは③の 2π ひとつだけ | 正しい | この回でも変わらない |
| ②の 2²=4 が「1/4 の芽」 | 間違い | 約分で消える。芽ではない |
| 16π = 球の 4π × \(R_s\) の 2² | 計算は合うが誤解を招く | 同じ 4 が分子(8π=2π×4)にも居る |
| 1/4 = 4π/16π(熱力学ルート) | 帳簿がずれている | 本当は \(2\pi/(2\times4\pi)\) |
つまり結果は無傷で、因果の説明だけが壊れていた。──「わかる相対論」番外編②で、1911年のアインシュタインが時計だけを遅らせて曲がりを半分にした話を書きました。あれと同じ種類の事故です。あちらは「どの効果が効いているか」を取り違えて答えが半分になった。こちらは答えは合ったまま、「どの数がどこから来たか」を取り違えていた。係数の出どころを間違えるのは、答えを間違えるより見つけにくいのです。
「その 4 は本当に効いているのか」を確かめる方法は、驚くほど簡単です。\(R_s\) の係数を文字にして、最後まで走らせる。効いているなら答えに残るし、効いていないなら消える。それだけ。
\(a\) が残らない。④の分子にも⑤の分母にも \(a^2\) が居て、消える。\(a=2\) でも \(a=7\) でも \(a=\pi\) でも、エントロピーは \(A/4\ell_P^2\)。だから \(R_s\) の 2 は、1/4 の話に一度も参加していない。
追跡すると、消える理由まで見えます。②で分母に出た \(a^2\) は温度を \(1/a^2\) 倍に下げ、③④を通って \(S\) を \(a^2\) 倍に上げる。いっぽう⑤の面積も \(R_s^2\propto a^2\) で \(a^2\) 倍。同じ \(R_s^2\) が、温度経由で一回、面積で一回、まったく同じ形で入ってくるので、比を取れば必ず落ちる。前回「1/4 の芽」と呼んだものは、芽ではなく、対で現れて対で消える双子でした。
| \(a\)(\(R_s=aGM/c^2\)) | \(\kappa\) | \(S/k_B\) | \(A/\ell_P^2\) | \(S/k_B \div A/\ell_P^2\) |
|---|---|---|---|---|
| 1 | \(c^4/GM\) | \(\pi\,GM^2/\hbar c\) | \(4\pi\,GM^2/\hbar c\) | 1/4 |
| 2(本物) | \(c^4/4GM\) | \(4\pi\,GM^2/\hbar c\) | \(16\pi\,GM^2/\hbar c\) | 1/4 |
| 3 | \(c^4/9GM\) | \(9\pi\,GM^2/\hbar c\) | \(36\pi\,GM^2/\hbar c\) | 1/4 |
| 7 | \(c^4/49GM\) | \(49\pi\,GM^2/\hbar c\) | \(196\pi\,GM^2/\hbar c\) | 1/4 |
前回の表は \(a=2\) の行だけを見て、「16π のなかに 4 がある」と言っていた。隣の列(\(S\) 側の \(4\pi\))にも同じ 4 が居たことを見落としていたのです。これは数値のミスではなく、一行しか見なかったことによるミスです。文字にして表を作れば、一目で消える。
\(a\) が消えたあとに残った式を、もう一度素手で見ます。②〜⑤で \(R_s\) 依存が落ちたので、生き残る数はたった三つです。
\(1/4=\tfrac12\times\tfrac12\)。二つの ½ は、まったく別のところから来ます。ひとつは幾何── 温度は「一周 2π」で決まるのに、エントロピーは「球ぜんぶ 4π」で数える。円と球の食い違いが ½。もうひとつは熱力学── エネルギーは \(M\) の1次なのに地平面の面積は \(M\) の2次で、\(\int M\,dM=M^2/2\) の ½。
この分解の良いところは、両方が「なぜ半分か」を言えることです。前回の「4π/16π」は数が合うだけで、4π にも 16π にも意味を与えられていなかった(そして 16π の由来を取り違えた)。いっぽう ½×½ なら、それぞれこう読めます ──
温度を決めるのは虚時間の輪の一周、つまり円の \(2\pi\)(前回§06)。エントロピーを数えるのは地平面ぜんぶ、つまり球の \(4\pi\)。同じ \(\pi\) でも、片方は1次元の輪、片方は2次元の面。\(2\pi/4\pi=\tfrac12\) は、「熱は輪で決まり、情報は面で数える」という次元の食い違いそのものです。ホログラフィー(第5回)が「面で数える」話だったことを思い出すと、この ½ は偶然の数字ではありません。
½ その二 ── 熱力学の ½(1次 対 2次)第一法則 \(dS=dE/T\) は足し算で \(S\) を作ります。\(E=Mc^2\) は \(M\) の1次、\(T\propto 1/M\)、だから \(dS\propto M\,dM\) ── 積分すると \(M^2/2\)。この ½ は「三角形の面積は底辺×高さ÷2」の ½ と同じ ½です。ブラックホールを空っぽから \(M\) まで太らせながらエントロピーを積み上げると、最後の一滴のときだけ全部の重さがかかる。だから平均は半分。
まとめると ── 1/4 は「熱は輪、情報は面」の ½ と、「太らせながら積む」の ½ の積。どちらも比の話で、どちらも手で出せる。輸入したのは相変わらず 2π ひとつだけ(そしてその 2π は幾何の ½ の分子として、ちゃんと役目を果たしている)。前回の結論「1/4 は手で出せる」は、この分解でむしろ強くなります。
下の図は、\(R_s=a\,GM/c^2\) の \(a\) をスライダーで動かしたときに、①〜⑤の各段の係数がどう変わるかを並べたものです。\(a\) を動かすと②〜⑤の係数は派手に動きますが、⑥だけは 1/4 に釘付けのまま動きません。④と⑤に現れる \(a^2\) は、赤い弧でつないであります ── これが約分して消える双子です。「本物へ」で \(a=2\) に戻ります。
ここが、この訂正回のいちばん面白いところです。前回の「\(1/4=4\pi/16\pi\)」は、でたらめな分解ではなかった。ただし、それは前回が歩いた熱力学ルートの話ではなく、もう一本のルートの話でした。
前回§06の最後に、ちらっと「温度を経由せず 1/4 を直接出す」ギボンズ–ホーキングの道を書きました。虚時間ブラックホールを \(n\) 枚重ねると地平面に円錐の尖り(角度の欠損)ができ、その曲率をアインシュタイン作用に入れて \(n\) で微分すると 1/4 が出る、という道です。そこの帳簿を開くと ──
こちらでは 16π は本物です ── アインシュタイン–ヒルベルト作用 \(-\frac{1}{16\pi G}\int R\sqrt{g}\) の前係数そのもの。そして 4π は、円錐の欠損 \(2\pi(1-n)\) の \(2\pi\) と、\(\int R\sqrt{g}=2\times(\text{欠損角})\times(\text{面積})\) の 2 の積。この 4π/16π には、\(R_s\) の 2 は一切関係しません。
つまり ── 4π と 16π は実在するが、住所が違った。前回はこの二つの数を熱力学ルートの家に連れてきてしまい、家主が居ないので \(R_s\) の 2² を 16π の親だと言ってしまった。二つのルートを並べるとこうです。
| ルート | 1/4 の内訳 | 4π の正体 | 16π / 4 の正体 |
|---|---|---|---|
| 熱力学(前回の道) | \(\tfrac12\times\tfrac12\) | 球の立体角 4π(分母側) | 2π(輪)と ½(\(\int MdM\)) |
| ユークリッド作用 | \(4\pi/16\pi\) | 2×2π(ガウス–ボネ×欠損角) | 作用の前係数 \(1/16\pi G\) |
| 前回の記述 | \(4\pi/16\pi\)(熱力学ルートで) | 積分の 4π | 球の4π × \(R_s\) の 2² |
二つのルートが同じ 1/4 に着くのは、もちろん偶然ではありません(どちらも同じ半古典重力の別の顔)。でも内訳は別物で、混ぜると今回のような取り違えが起きる。「同じ数に着いたから、同じ理由で着いた」とは限らない── これが今回いちばん高い授業料で買った教訓です。
「わかる相対論」番外編②の 1911年アインシュタインは、時計だけを数えて定規を忘れ、光の曲がりをきっかり半分にしました。実はブラックホールの温度の側にも、鏡像のような半分ミスがあります。
三つ並べると、教訓の形がはっきりします。①1911年:効果を落として答えが半分。②トンネル導出:効果を落として答えが半分。③前回の番外:答えは合っていたが、係数の出どころを取り違えた。③がいちばん厄介です ── 答えが合っているので、検算では絶対に見つからない。見つける方法はひとつだけ:係数を文字にして、消えるかどうか見る。
「この数はどこから来たか」を確かめたければ、その数を文字にして最後まで走らせる。答えに残れば本物の出どころ、消えれば無関係。──「わかる相対論」番外編①の無次元量だけ見るという道具の親戚です。あちらは「単位は舞台装置」、こちらは「係数も舞台装置かどうか、動かして試す」。動かして動かないものが、本物。
確立していること:① \(S=k_BA/(4\ell_P^2)\)。これは訂正の対象ではありません。弦理論の状態数え上げ(Strominger–Vafa 1996)とループ量子重力が独立に再現し、ユークリッド作用からも直接出ます。② アインシュタイン重力なら 1/4 は時空の次元に依りません(\(D\) 次元シュワルツシルト–タンゲルリニでも \(S=A/4G\))。③ ユークリッド作用ルートの \(1/4=(1/16\pi)\times4\pi\) は標準的な計算です。
今回の主張(帳簿の話であって、新しい物理ではありません):④ \(R_s\) の係数を \(a\) にしても 1/4 が動かないことは、上の6行で誰でも確認できる代数です。⑤ \(1/4=\tfrac12\times\tfrac12\) という読み方は熱力学ルートに固有の分解で、この道を歩いたときの内訳です。ユークリッドルートの内訳は別(4π/16π)。「1/4 の真の内訳」がひとつだけ存在する、という主張ではありません── 導出の道が違えば帳簿も違う、というのが今回の話の芯です。⑥ 次元に依らないことと ½×½ の関係については、\(D\) 次元では二つの ½ がそれぞれ \(D\) 依存の形に変わり(積は 1/4 のまま)、そこを追うには作用の前係数 \(1/16\pi G\) が必要になります ── ニュートン的な \(R_s\) からは出ません。
前回のまま残る話:⑦ ②のニュートン的表面重力 \(\kappa=GM/R_s^2\) が一般相対論の \(\kappa\) と一致するのは「うまくいく偶然」で、正当な導出は一般相対論。⑧ 輸入した 2π はウンルー効果/KMS の本物の量子効果で、次元解析からは出ない。⑨ \(A/4\) は先頭項で、対数補正や Wald エントロピーへの一般化がある。
前回の番外編で「\(R_s=2GM/c^2\) の 2 を2乗した 4 が、1/4 の最初の芽」と書いたのは間違いでした。\(R_s\) の係数を \(a\) にして走らせると、\(a^2\) は温度経由(④)と面積(⑤)に同じ形で二回現れて約分で消えます。\(a=2\) でも \(a=7\) でも \(S=k_BA/4\ell_P^2\)。あの 4 は芽ではなく、対で現れて対で消える双子だった。
本当の内訳は \(1/4=\tfrac12\times\tfrac12\)。幾何の ½(温度は輪の 2π で決まるが、エントロピーは球の 4π で数える)と、熱力学の ½(\(E\propto M\) を \(M^2\) まで積み上げる \(\int M\,dM\))。前回の「4π/16π」も実在はする ── ただし住所が違い、あれはユークリッド作用ルート(作用の \(1/16\pi G\) × 円錐の \(4\pi\))の帳簿でした。同じ 1/4 に着いても、道が違えば内訳は違う。
結論は前回より強くなります:1/4 は手で出せる。輸入は 2π ひとつだけ。そのうえ内訳も、意味のある二つの ½ に割れる。そして持ち帰る道具は ── 係数の出どころを疑ったら、その係数を文字にして動かせ。動かして消えるものは、はじめから居なかった。
印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面では a を動かすと「4 が消える」ところが見えます。「答えを見る」で解答が開きます。