第2回で「係数 1/4 だけは比では出ない」と言った ── では、どこまで手で出せるか、やってみる
第2回で、ブラックホールのエントロピー \(S=A/(4\ell_P^2)\) の骨格(面積則)は比だけで出るが、係数 1/4 だけは量子重力の計算が要ると書きました。α の 137.036 は誰も導けない謎でしたが、この 1/4 は手が届く── それを実際にやってみるのが、この番外編です。結論を先に言うと ── 1/4 は、あなたの"比"でほとんど組み上がります。 ①地平面の半径、②表面重力、④第一法則、⑤面積 ── ここは全部、単位のある量を並べて割るだけ。手計算が止まる場所は、たった一箇所だけ:③「加速すると温度が見える」という関係の 2π。そしてその 2π の正体は、あなたの「わかる宇宙論」第9回 ──〈i を虚軸に回すと温度が生まれる〉── そのもの。輸入するのは、この 2π 一個だけ。あとは全部、手の中です。
次元だけで押すと、エントロピーが持てる長さの単位はプランク長 \(\ell_P\) しかないので、\(S\propto A/\ell_P^2\)(面積則)まではすぐ出る。でも「\(1/4\) か、\(1\) か、\(1/2\) か」という純粋な数は、次元解析からは絶対に出てこない。ここに、本物の物理(力学)が一滴だけ要る。その一滴が何なのかを、手を動かして突き止めます。
ここに最初の 1/4 の芽がある ── シュワルツシルト半径の「2」を2乗して、\(4\) が分母に出た。まだ何も輸入していない、純粋な手計算。(面白いことに、ニュートンの重力を \(R_s\) で計算しただけの \(g=c^4/4GM\) が、一般相対論の"表面重力"とぴたり一致する。第1回の「ニュートンがなぜか当たる」の親戚。)
唯一、比では出せない一滴がこれ。強く加速している場所(=地平面のそば)に立つと、真空が"温度を持った熱いもの"に見える(ウンルー効果)。その温度は、加速度(表面重力)\(g\) にこう結びつく ──
分母の 2π が、この番外の"魔法"の全部。②で出た \(g=c^4/4GM\) を入れると \(8\pi=2\pi\times4\)。第2回・第3回のホーキング温度の形が、ここで手に入る。
この 2π はどこから来るのか。統計力学の基本定理です ── 温度 \(T\) の世界は、時間を虚数に回すと(\(t\to i\tau\))、虚時間が周期 \(\hbar/k_BT\) で丸まった世界と同じ(わかる宇宙論⑨「i を虚軸に回すと温度」)。地平面のそばの時空を虚時間に回すと、尖り(円錐の特異点)を作らないための周期がちょうど 2π/(表面重力) に決まる ── 「一周は 2π」という角度の話が、温度を決める。だから輸入したのは、じつは「虚時間は周期的=それが温度」という一点だけ。ここから先は、また比の世界に戻ります。
出た。1/4 の正体は \(\dfrac{4\pi}{16\pi}\) ── 温度側から積分で出た \(4\pi\)(④)を、面積側の \(16\pi\)(=球の \(4\pi\) × \(R_s\) の \(2^2\))で割ったもの。温度の π と 面積の π が割り算されて、1/4 になる。
①②④⑤⑥ は全部あなたの"比"。輸入したのは③の 2π ひとつだけ。α の 137.036 と違って、1/4 は手で出せる数だった。
下の図は、①→⑥のステップを1つずつ踏んで、\(1/4\) が組み上がっていく様子。「次のステップ」で進めてください。各段でどの式が加わり、どこで「4」と「16」が生まれ、最後に \(4\pi/16\pi=1/4\) に落ちるかが、目で追えます。③のところだけ「輸入:2π」の札がつきます ── そこが唯一、比では出せない一滴です。
③で輸入した 2π を、もう一段かみ砕きます。話は二段:(A) そもそも温度とは"虚時間の輪"のこと、(B) 地平面ではその輪の一周が 2π ちょうどでないと尖ってしまう。この二つを合わせると、2π が温度に化けます。
(A) 温度は、虚時間の輪の"長さ"。量子の時間発展は \(e^{-iHt/\hbar}\)、統計力学のボルツマン因子は \(e^{-H/k_BT}\)。この二つを見比べると ──
つまり「温度 \(T\) で存在する」=「虚時間 \(\tau=it\) の方向に、長さ \(\hbar/k_BT\) だけ進む」こと。しかも統計平均はぐるっと足し合わせ(トレース)なので、虚時間の両端がつながり ── 虚時間は周期 \(\hbar/k_BT\) の"輪(円)"に丸まる。輪が短い=熱い、輪が長い=冷たい。温度とは、虚時間の輪の長さの逆数だった(KMS 条件、わかる宇宙論⑨の"i を虚軸に回すと温度"の中身)。
(B) 地平面のそばは"極座標の平面"── だから一周は 2π。ブラックホールのそばの時空を虚時間に回すと、(虚時間, 地平面からの距離)の2次元が、ちょうど平面の極座標 \(ds^2=d\rho^2+\rho^2 d\varphi^2\) の形になる(\(\rho\)=地平面からの距離、\(\varphi\)=虚時間から作った"角度")。ここで大事なのは ──
平面を極座標で見たとき、中心(\(\rho=0\)=地平面)がなめらか(尖っていない)であるためには、角度 \(\varphi\) がちょうど 2π で一周しなければならない。2π より短ければ円錐の尖り、長ければひだができて、時空がそこで壊れる。折り紙で円錐を作るとき、切り取る角度(欠損)だけ尖るのと同じ ── 「きれいな平面=一周 2π」。
この「角度 \(\varphi\) は表面重力 \(\kappa\) と虚時間から \(\varphi\propto\kappa\tau\) で作られる」ので、\(\varphi\) が 2π で一周=虚時間 \(\tau\) の周期が \(2\pi/\kappa\)(×c)。これを (A) の「虚時間の周期=\(\hbar/k_BT\)」と等号で結ぶと ──
③のホーキング温度が、「虚時間の輪の長さ(温度)」=「地平面を尖らせない一周(2π)」という幾何のなめらかさだけから出た。輸入した"種"の正体は ── 「一周は 360°=2π」、ただそれだけ。円周率の 2π が、そのままブラックホールの温度の 2π。
まとめると、③の 2π は魔法でも何でもなく ── 「温度=虚時間の輪の長さ」+「地平面を尖らせない一周=2π」という二つの当たり前の組合せ。次元解析(比)からは出ない一滴だけれど、その一滴の正体は円周の 2π。それさえ認めれば、1/4 は全部あなたの手で出せる。
ここで示した導出(②の \(g=c^4/4GM\)、③のホーキング温度、④⑤⑥の熱力学、そして 1/4=4π/16π)は、いずれも標準的な半古典の結果と一致します。円錐欠損/ギボンズ–ホーキングのユークリッド経路積分による 1/4 の導出も確立しています。「輸入は 2π ひとつ」というのは、この半古典の枠内での正確なまとめです。
ただし。 ① ②のニュートン的な表面重力 \(g=GM/R_s^2=c^4/4GM\) が一般相対論の表面重力と一致するのは"うまくいく偶然"に近く、正当な導出は一般相対論(表面重力 \(\kappa\))です(第1回の「ニュートンがなぜか当たる」と同種)。 ② この 1/4 は半古典(熱力学的・幾何的)な導出で、「なぜ地平面が \(A/4\ell_P^2\) 個の微視的状態を持つのか」を数え上げで説明するのは別の課題 ── それを果たすのが弦理論(Strominger–Vafa 1996、状態を数えて 1/4 を再現)やループ量子重力(イミルジ・パラメータの固定で 1/4)で、第2回・第6回の話。 ③ 「加速→温度」の 2π は本物の量子効果(ウンルー効果/KMS)で、次元解析からは出ない ── だから「輸入ゼロ」にはできない。 ④ \(A/4\) は先頭項で、対数補正や(重力作用が非アインシュタインなら)Wald エントロピーへの一般化がある。
ベッケンシュタイン–ホーキングの \(S=A/(4\ell_P^2)\) の 1/4 は、ほとんど"比"で組み上がる。① \(R_s=2GM/c^2\)、② 表面重力 \(g=GM/R_s^2=c^4/4GM\)(ここで 2²=4 の芽)、④ 第一法則で \(S=4\pi GM^2/\hbar c\)、⑤ 面積 \(A=16\pi G^2M^2/c^4\)、⑥ 合体して \(S=k_B A/4\ell_P^2\)。1/4 の正体は 4π/16π(温度の π ÷ 幾何の π)。手計算が止まるのは③だけ ── 「加速すると温度が見える」の 2π(ウンルー/KMS、わかる宇宙論⑨の虚時間=温度)。
だから正直に言えば ── 1/4 は完全に手で出せる。ただし "虚時間は周期的=温度" という 2π 一個だけは、物理として認める必要がある。そこは比では出ない、量子と幾何が出会う本物の一滴。でも輸入が 2π ひとつまで削れるのは気持ちいい。α の 137.036 が「導けない謎」だったのに対し、この 1/4 は手が届く成功例── しかも弦理論・LQGが独立に同じ 1/4 を再現する(第2・6回)。「比で骨格、輸入は 2π、残りは全部あなたの手の中」。
印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面では「次のステップ」で 1/4 が組み上がります。「答えを見る」で解答が開きます。