わかるブラックホール第 2 回 / エントロピー=ビット数 ── 四定数が集う式

情報が出られないなら、乱雑さは溜まる一方 ── その量を書くと、物理の全定数が一行に集合する

エントロピー=ビット数 ブラックホールのエントロピー S=k_B c³A/(4Gℏ) は、c・ℏ・G・k_B が一行にそろう唯一の式。
プランク面積で割れば S/k_B=A/(4ℓ_P²)=地平面のビット数。しかも骨格は、比だけで導ける。

必要な道具:第1回の地平面・R_s、熱力学の第二法則、プランク長 この回の比:S/k_B = A/(4ℓ_P²)=ビット数

第1回で、地平面は情報の一方通行の膜だと見ました。ここで熱力学が困った顔をします ── 乱雑さ(エントロピー)を持った物(熱いガスや、散らかった本)をブラックホールに投げ込むと、その乱雑さは外の世界から消えてしまう。宇宙全体のエントロピーは減ってはならない(熱力学第二法則)のに、これでは減ってしまう。ベッケンシュタインの答えは大胆でした ── ならばブラックホール自身が、飲み込んだぶんのエントロピーを持つはずだ。そのエントロピーを書き下すと、物理でいちばん美しい式の一つが現れます ── c・ℏ・G・k_B が、たった一行に全員そろう。そしてプランク面積で割ると、単位が全部消えて、地平面のビット数という、ただの無次元の数になる。この回は、シリーズの心臓です。

01情報が出られないと、乱雑さが溜まる

散らかった部屋(高エントロピー)をブラックホールに落とす。外から見れば、散らかりは視界から消え、世界はすっきりしたように見える ── でもそれは第二法則違反。ベッケンシュタインは「消えたのではなく、ブラックホールに移った」と考えた。ブラックホールにエントロピーがあるなら、何に比例するか? 手がかりは、ホーキングが証明していた「地平面の面積は決して減らない」という定理(面積定理)── これは第二法則の「エントロピーは減らない」とそっくり。だから、エントロピーは地平面の面積に比例するのではないか

02四定数が集う式

その予想を、ホーキングが自身の放射の計算で係数まで確定させました(1974–75)。結果 ──

ベッケンシュタイン–ホーキング エントロピー
$$S=\frac{k_B\,c^3\,A}{4\,G\,\hbar}$$

\(A\) は地平面の面積。右辺に k_B(熱力学)・c(相対論)・G(重力)・ℏ(量子) が全員いる ── 物理で、四大定数がこれほどきれいに同居する式は他にありません。だからこの式は「立方体の対角線(c・ℏ・G の角)」に実在する、確立した唯一の橋。研究者はこれを量子重力への窓と呼びます。

03プランク面積で割ると、ただのビット数

ここで、うちらの流儀 ── 単位を消して比にする。長さの基本単位を、四定数から作れるプランク長 \(\ell_P=\sqrt{\hbar G/c^3}\approx1.6\times10^{-35}\) m にとると、\(\ell_P^2=\hbar G/c^3\)。これで割ると ──

単位を消すと ── 地平面のビット数
$$\frac{S}{k_B}=\frac{A}{4\,\ell_P^2}$$

c・ℏ・G が全部 \(\ell_P^2\) に畳まれて消え、残るのは「面積が、プランク面積の何個ぶんか」という無次元の数だけ。地平面を一辺 \(\ell_P\) のタイルで敷き詰めると枚数は \(N=A/\ell_P^2\)。各タイルが1ビット(0か1)を持つと読むと、状態数は \(\Omega=2^N\)、エントロピーはその対数 ── エントロピー=地平面に書けるビット数。地平面は、プランク面積ごとに1ビットの黒板だったのです。

この「情報は表面の面積に書かれる」という読みが、第5回のホログラフィック原理の芽になります。そして、ブラックホールは同じ大きさに詰め込める情報の上限(最大エントロピーの天体)でもある ── この宇宙で最も情報が詰まった物です。

04動かしてみる ── 地平面をプランク・タイルで数える

下の図は、地平面(円)を一辺 \(\ell_P\) のタイルで敷き詰め、ビット数 \(N=A/\ell_P^2\) を数えるイメージ(実際のタイルは天文学的に小さいので、模式です)。スライダーでブラックホールの質量を変えてください。地平面の半径は \(R_s\propto M\)、面積は \(A\propto M^2\)、だからビット数も \(\propto M^2\) で跳ね上がります。

太陽1個ぶんのブラックホールで、ビット数はおよそ 10⁷⁷。人類が持つ全データ(〜10²²ビット程度)を、桁で完全に飲み込む途方もなさ。しかも質量2倍で面積4倍=ビット4倍 ── 大きいブラックホールほど、けた違いに"情報を持つ"。宇宙で最大のエントロピーは、超巨大ブラックホールが握っています。

図:地平面をプランク面積のタイルで敷き詰め、ビット数 N=A/4ℓ_P² を数える(模式)。質量スライダーで R_s∝M、面積 A∝M²、ビット数 ∝M²。太陽質量BHで ~10⁷⁷ ビット
地平面(面積 ∝ M²) プランク・タイル=1ビット

05比だけで、骨格は導ける ── 残った 1/4 は量子重力からの返信

この四定数の式、じつはうちらの「比」だけで骨格まで出せます(ベッケンシュタインの元祖の論法)。

やってみよう ── 比だけで S ∝ A/ℓ_P²

① 地平面の半径 \(R\sim GM/c^2\)(第1回)。
② 落とす「1ビット」=穴に入る最大の光子(波長 λ~R)。エネルギー \(E\sim\hbar c/\lambda\sim\hbar c/R\)(比:p=ℏ/λ)。
③ 温度 \(k_BT\sim E\sim\hbar c^3/(GM)\)(次回のホーキング温度の形!)。
④ 第一法則 \(dS=dE/T=c^2dM/(k_BT)\sim(G/\hbar c)M\,dM\) を積分 → \(S\sim k_B\,GM^2/(\hbar c)\)。
⑤ 面積 \(A\sim(GM/c^2)^2\) で書き直すと ── \(\boxed{S\sim k_B\,c^3A/(\hbar G)=k_B\,A/\ell_P^2}\)。

単位のある c・G・ℏ が全部 \(\ell_P^2\) に消え、面積則 \(S\propto A/\ell_P^2\) が比だけで立ち上がった。出ないのは係数 1/4 だけ。

この 1/4 こそ、ホーキングの場の量子論の計算(あるいは弦理論の状態数え上げ)という本物の量子重力の一手が要る数。面白いのは ── \(\alpha\approx1/137\) は誰も導けない謎の数なのに、この 1/4 は複数の独立な方法(ホーキング/弦)で一致して導ける。そしてその一致が、量子重力理論の合格判定になっている。「比で骨格、係数は自然からの返信、そしてこの返信は届いている」── シリーズの合言葉どおりの、成功物語です。

◇ ◇ ◇
正直な線 ── 式の地位と「1ビット」の読み

\(S=k_Bc^3A/(4G\hbar)=k_BA/(4\ell_P^2)\)(ベッケンシュタイン–ホーキング エントロピー、\(\ell_P^2=\hbar G/c^3\))、四定数すべてを要すること、面積則、ホーキングが放射の計算で係数 1/4 を確定したこと、地平面をプランク面積のセルに分け各セルが約1ビットで状態数 \(\Omega=2^N\) と読めること、ブラックホールが与えられた大きさで最大エントロピーの天体であること、この式が量子重力への窓とされることは、いずれも確立/広く受け入れられた物理です(Bekenstein 1973、Hawking 1974-75、Wald のレビュー等)。

注意。 ① 「1プランク面積=1ビット」は桁の目安(情報理論的な読み)で、正確な数え方(どの自由度がエントロピーを担うか)は理論により異なる ── それを微視的に説明することこそ量子重力の課題。係数 1/4 は、弦理論(Strominger–Vafa 1996)やループ量子重力など複数の方法で再現され、理論の整合性チェックになっている。 ② エントロピーの「ビット数」はふつう自然対数(ナット)で \(A/4\ell_P^2\)。2進のビットに直すには \(\ln2\) で割る(係数が変わるだけ)。 ③ この式は静的(シュワルツシルト)BHの地平面面積についての話で、回転・電荷があると \(A\) の表式が変わる(式の形 \(S=A/4\) は同じ)。 ④ ホーキング放射・温度の中身は次回。

練習問題(この回の式だけで解けます)
  1. ブラックホールの質量を2倍にすると、地平面の面積 \(A\propto R_s^2\propto M^2\) は何倍か。エントロピー(ビット数)は?
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    面積は \(2^2=4\) 倍、エントロピー \(S\propto A\) も4倍。質量に対してエントロピーは M² で跳ね上がる(大きいBHほど桁違いに情報を持つ)。
  2. \(S=k_Bc^3A/(4G\hbar)\) に登場する基本定数を挙げ、それぞれどの物理を代表するか。
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    k_B=熱力学/情報、c=相対論、G=重力、ℏ=量子。四大定数が一行に同居する唯一の式で、立方体の対角線(c・ℏ・G)に実在する橋。
  3. 比だけの導出で、最後に出なかった数は何か。それはどうやって決まるか。α との違いは?
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    係数 1/4。ホーキングの場の量子論の計算(や弦理論の状態数え上げ)という本物の量子重力の計算で決まる。α と違い、1/4 は複数の独立な方法で一致して導ける(理論の合格判定)。
  4. なぜブラックホールは「宇宙で最も情報の詰まった天体」と言えるのか。
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    与えられた大きさ(表面積)に詰め込めるエントロピー(情報)の上限を、ブラックホールが実現しているから(第5回のベッケンシュタイン限界・ホログラフィ)。同じサイズでこれ以上の情報は詰められない。

第2回まとめS/k_B = A/(4ℓ_P²) ── 地平面はビットの黒板

情報が出られない地平面には、飲み込んだぶんのエントロピーがある(ベッケンシュタイン、第二法則を守るため)。その値は面積に比例し、ホーキングが係数まで確定した ── \(S=k_B c^3A/(4G\hbar)\)。k_B・c・G・ℏ が一行にそろう唯一の式で、量子重力への窓。プランク面積で割ると単位が全部消え、\(S/k_B=A/(4\ell_P^2)\)=地平面のビット数。地平面は「プランク面積ごとに1ビットの黒板」で、ブラックホールは宇宙で最も情報の詰まった天体。

しかもこの面積則、比だけで骨格が導ける(R→最大光子E→kT→dS=dE/T→S∝A/ℓ_P²)。出ないのは係数 1/4 だけで、それはホーキングや弦理論という本物の量子重力の計算からの"返信"── しかも複数の方法で一致し、届いている。単位のある四定数は舞台装置、残るのはビットの比。エントロピーが面積(=2次元)で決まる、という異常さが、次の温度と、ホログラフィへの入口です。

この文書は「わかるブラックホール」シリーズ第2回、物理好きの高校生・大学生向け読み物です。ベッケンシュタイン–ホーキング エントロピー \(S=k_Bc^3A/(4G\hbar)=k_BA/(4\ell_P^2)\)(\(\ell_P=\sqrt{\hbar G/c^3}\))が四基本定数すべてを含むこと、面積定理と一般化第二法則、ホーキング放射(1974-75)による係数 1/4 の確定、地平面のプランク面積分割と1セル約1ビット・状態数 \(2^N\) の情報理論的解釈、ブラックホールが最大エントロピー天体で量子重力への窓とされること、比(次元解析+熱力学第一法則)で面積則 \(S\propto A/\ell_P^2\) の骨格が導けること、係数 1/4 が弦理論(Strominger–Vafa 1996)等で独立に再現されることは、いずれも確立/広く受け入れられた物理です(Scholarpedia "Bekenstein-Hawking entropy"、Wald "The Thermodynamics of Black Holes" 等で確認)。「1プランク面積=1ビット」は桁のオーダーの情報理論的読みで微視的自由度の同定は量子重力の課題であること、エントロピーの単位(ナット/ビット)で係数が変わること、静的BHの表式であることは本文「正直な線」に明記しました。図はプランク面積分割によるビット計数の模式で、実タイル数(~10⁷⁷)は描画できないため象徴的表示です。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を(印刷版ではスライダーと解答は静止・非表示になります)。前後の回:第1回 地平面目次/姉妹編 わかる場 第4回(α)

印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面では質量を変えると、地平面の面積(=ビット数 ∝ M²)が変わります。「答えを見る」で解答が開きます。