情報は体積でなく表面積で決まる ── その異常さを突き詰めると、世界の意外な姿が見える
第2回で、ブラックホールのエントロピー(情報量)は体積ではなく地平面の面積に比例すると見ました。これは、よく考えると異常です。本棚も、ハードディスクも、情報は体積に詰まる(3次元に積む)。それなのに、ある領域に詰め込める情報の上限は、その表面積で決まる ── 中身の広さ(体積)ではなく、皮の広さ(面積)で。この異常を突き詰めると、20世紀物理でも屈指の大胆な原理にたどり着きます ── ホログラフィック原理。3次元の領域の情報は、すべてその2次元の境界に、ホログラムのように書き込める。世界は、私たちが思うより1次元"薄い"のかもしれない。量子重力への、最有力の手がかりです。
直感では、大きな部屋ほどたくさん物(情報)を置ける ── 容量は体積 ∝ \(R^3\)。ところが第2回のブラックホールのエントロピー \(S=A/(4\ell_P^2)\) は、表面積 ∝ \(R^2\) に比例していた。そしてブラックホールは「同じ大きさで最大の情報」を持つ天体(第4回)。つまり ── どんな領域も、詰め込める情報の上限は表面積で決まる。体積いっぱいには、詰められない。
この上限を、大きさ \(R\)・エネルギー \(E\) の系について書いたのがベッケンシュタイン限界です。
半径 \(R\) の中に、エネルギー \(E\) で詰め込める情報(エントロピー)の上限。\(c,\hbar,k_B\) が入るが、面白いことに \(G\) はいない ── 重力がなくても効く、より一般の情報の上限です。人間ひとりを完全に記述するのに要る情報も、この上限のはるか下。私たちは、まだ全然"詰まって"いません。
「なぜ体積でなく面積が上限か」には、美しい理由があります ── それ以上詰め込もうとすると、重力で潰れてブラックホールになるから。ある領域に情報(=エネルギー)を詰めていくと、密度が上がり、ついに自分の重力で崩壊して、その領域サイズのブラックホールになる。そのブラックホールの情報量は \(A/(4\ell_P^2)\)(第2回)── これが、その大きさに詰め込める情報の絶対上限。ブラックホールは「究極のハードディスク」で、それを超える詰め方は存在しない。
どんな領域も、その中の情報は境界の面積をプランク面積で割った数で頭打ち。1平方メートルあたり、およそ \(10^{69}\) ビット。体積いくらあっても、詰められるのは"皮の面積ぶん"だけ。情報の天井は、2次元にある。
情報の上限が表面積なら、そもそも情報は表面に住んでいるのでは? ── 't Hooft と Susskind が提唱したホログラフィック原理はこう言います:3次元の領域の中で起きるすべて(重力を含む)は、その2次元の境界に書かれた情報だけで、完全に記述できる。クレジットカードのホログラムが、2次元のフィルムに3次元の像を蓄えているように ── 私たちの3次元の世界は、遠くの2次元の"スクリーン"に書かれた情報の映し、かもしれない。
下の図。3次元の領域(球)に情報を詰めるイメージ。ふつうの直感では中身(体積 ∝ \(R^3\))にびっしり詰まるはずですが、実際に許されるのは表面(皮 ∝ \(R^2\))に載るぶんだけ。スライダーで領域の大きさ \(R\) を変えると、表面のビット(プランク・タイル)の数=ホログラフィ上限が出ます。そして「詰め込みすぎる」を押すと、体積いっぱいに詰めようとした瞬間に重力崩壊してブラックホールになり、結局情報は表面積ぶん(\(A/4\ell_P^2\))に落ち着くことが見られます。
この「情報が根源、空間や重力はそこから浮かび上がる」という見方は、シリーズの背骨とも響き合います ── 単位のある長さや重力は舞台装置で、本体は境界に書かれた無次元のビット。ホイーラーの標語 "It from Bit"(存在は、ビットから) の、最も具体的な現れです。そして重力が情報から創発するなら ── 次回の情報パラドックス(蒸発で情報は保存されるか)は、量子重力そのものの試金石になります。
ブラックホールのエントロピーが面積に比例すること(第2回)、ホログラフィック上限 \(S\le A/4\ell_P^2\)(約 \(10^{69}\) bit/m²)、詰め込みすぎると重力崩壊してブラックホールになり情報が面積で頭打ちになること、AdS/CFT対応(Maldacena 1997)が膨大な証拠で支持される重力/非重力の等価性であることは、いずれも広く受け入れられた結果です。
ただし。 ① ベッケンシュタイン限界 \(S\le2\pi k_BRE/\hbar c\) は"予想"で、\(R,E,S\) の定義しだいで反例も知られ、完全な証明は Casini(2008)による特定の定式化でようやく得られた(素朴な形は要注意)。 ② ホログラフィック原理は、強く支持される原理(予想)であって定理ではない。 ③ AdS/CFT の確立度は高いが依然予想で、しかもその空間 AdS は我々の宇宙(膨張する de Sitter 的宇宙)とは異なる ── 実宇宙のホログラフィ完成版は未解決。 ④ 「世界は2次元」はインパクト重視の言い方で、正確には「3次元の物理が2次元の境界情報で完全記述できる(自由度が面積で数えられる)」という主張。3次元の実在を否定するものではない。 ⑤ "It from Bit"(情報が根源)は魅力的な哲学的視点だが、確立した物理というより研究を導く見方です。
ブラックホールの情報が体積でなく表面積に比例する異常(第2回)を突き詰めると ── どんな領域も、詰め込める情報の上限は表面積 \(S\le A/4\ell_P^2\)(約 \(10^{69}\) bit/m²)。理由は「それ以上詰めると重力崩壊してブラックホールになるから」で、ブラックホールは究極のハードディスク。ベッケンシュタイン限界 \(S\le2\pi k_BRE/\hbar c\) はその一般形(ただし予想で、Casini 2008 で証明)。
ここからホログラフィック原理:3次元領域の物理(重力を含む)は、2次元の境界に書かれた情報で完全に記述できる ── 世界はホログラムのように表面に書かれている。AdS/CFT(Maldacena 1997)は、重力のある3次元 ≡ 重力のない2次元量子論、という確かめられた実例で、重力は境界情報から創発する(It from Bit)。ただし AdS は我々の宇宙と違い、原理は強力でも未完成。単位のある長さ・重力は舞台装置、本体は境界の無次元のビット。この「情報が根源」が、次回の情報パラドックス=量子重力の試金石につながります。
印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面では R を変えると表面のビット上限が変わり、「詰め込みすぎる」で重力崩壊→ブラックホールになります。「答えを見る」で解答が開きます。