わかる温度第 7 回(本編最終回) / 加速すると、熱くなる

等速で飛べば真空、加速すれば同じ真空が熱浴に見える ── 温度は、観測者の運動状態にも依る

加速すると、熱くなる $$T=\frac{\hbar a}{2\pi c\,k_B}$$ この \(2\pi\) は、第6回の「虚時間の円」の \(2\pi\) です。
そして同じ論法が地平面に効いて、ホーキング温度が出ます。

必要な道具:第1回の \(k_B\)、第6回の虚時間の周期、光速と加速度 この回の芯:T = ℏa / 2πck_B

本編最終回です。第1回で「温度は物質の性質ではない」と書きました。その主張を、最後まで押し切ります ── 温度は、観測者の運動状態にも依る。同じ空っぽの空間を、等速で飛ぶ観測者は「真空」と呼び、加速している観測者は「温度 \(T\) の熱浴」として感じます(ウンルー効果、1976)。温度計を持って加速すれば、目盛りが上がる。しかもその温度は \(T=\hbar a/2\pi ck_B\) という、\(\hbar\)・\(c\)・\(k_B\) が全部そろった式で書けます ── 全集でいえば、量子(ℏ)と相対論(c)と熱(k_B)が一点で交わる場所です。そして \(2\pi\) の出所が美しい。第6回で見た「虚時間の円」が、加速する観測者にとっては文字どおり角度になり、角度は 1 周が \(2\pi\) だから── それだけです。同じ論法をブラックホールに当てると、ホーキング温度が落ちてきます。

01真空は、誰にとっての真空か

真空とは「粒子が 1 個もない状態」です。ところが量子場の理論では、「粒子が何個あるか」の数え方が、観測者によって変わります。等速で飛ぶ観測者にとって粒子ゼロの状態が、加速する観測者にとってはゼロではない ── これがウンルー効果の中身です。

ここで大事なのは、加速する観測者に見えるのがただの雑音ではなく、きちんとした熱分布だという点です。粒子のエネルギー分布を測ると、第2回のボルツマン因子 \(e^{-E/k_BT}\) にぴったり従う。温度が、ちゃんと定義できる

02ウンルー温度

この回の芯
$$T=\frac{\hbar a}{2\pi c\,k_B}\ \approx\ 4.1\times10^{-21}\ \mathrm{K}\times\frac{a}{1\ \mathrm{m/s^2}}$$

\(a\) は観測者の(固有)加速度。\(\hbar\)(量子)・\(c\)(相対論)・\(k_B\)(熱)が全部そろっているのが目印です ── これは三つの分野が交わるところにしかない式

桁で見る ── なぜ誰も気づかなかったか
加速度a [m/s²]ウンルー温度
地球の重力9.84×10⁻²⁰ K
戦闘機の 9G883.6×10⁻¹⁹ K
宇宙背景放射 2.7 K に並ぶには6.7×10²⁰2.7 K
室温 300 K に並ぶには7.4×10²²300 K

地球の重力で \(10^{-20}\) K。現在の最低到達温度(\(10^{-10}\) K 台)の、さらに 10 桁下です。だから日常では絶対に気づけない
逆に言えば、この \(4\times10^{-21}\) という数字の小ささが、\(\hbar\)(小さい)と \(1/c\)(小さい)と \(1/k_B\)(大きい)の積み重ねになっていて ── ウンルー効果が見えないことこそが、量子と相対論と熱がふだん交わらない理由そのものです。

03なぜ \(2\pi\) が出るのか ── 第6回の答え

この \(2\pi\) は円周率としてなんとなく出てきたのではありません。本当に円の \(2\pi\) です。

一定加速度の観測者と、極座標

一定の加速度 \(a\) で飛ぶ観測者の座標(リンドラー座標)で時空を書き、第6回のように時間を虚軸に回すと、時空の計量が 平面の極座標 の形になります ── 動径が空間方向、そして角度が虚時間方向
ここで決定的なのは、角度は 1 周すると必ず元に戻るということ。1 周= \(2\pi\) です。そうでないと原点に円錐特異点(先の尖った不連続)ができてしまう。時空がなめらかであるためには、虚時間方向の周期が

$$\text{(虚時間の周期)}=\frac{2\pi c}{a}\quad\text{でなければならない}$$

第6回の結論「虚時間の周期 \(=\hbar/k_BT\)」と等号でつなぐと ── \(\hbar/k_BT=2\pi c/a\)、すなわち \(T=\hbar a/2\pi ck_B\)
温度が、時空がなめらかであるという要求から出てきました。これがこの回のいちばん美しいところです。

第6回の一行が、そのまま効いている 第6回の締めでこう書きました ── 「時空の虚時間方向が、何らかの理由でひとりでに丸まっていたら、そこには温度がある」。
加速する観測者にとって、丸まる理由は角度だから。角度は勝手に \(2\pi\) 周期です。だから温度が発生する。温度の出所が「熱源」ではなく「幾何」になっている ── 誰も何も熱していないのに、温度計の目盛りが上がる

04同じ論法で、ホーキング温度が落ちてくる

ブラックホールの地平面のすぐ外で静止していようとすると、落ちないために加速し続ける必要があります。等価原理(姉妹編「わかる相対論」第6回)により、加速と重力は区別できない ── ならば、そこにもウンルー温度があるはずです。

実際、遠くから見た温度に直すと:

ホーキング温度
$$T_{\text{H}}=\frac{\hbar c^3}{8\pi G M k_B}\ \approx\ 6.2\times10^{-8}\ \mathrm{K}\times\frac{M_\odot}{M}$$

形はウンルーと同じ \(T=\hbar\kappa/2\pi ck_B\) で、加速度の役を表面重力 \(\kappa\) が務めます。導出も同じ ── ユークリッド化した時空に円錐特異点ができない条件から、虚時間の周期が決まり、温度が決まる。

そして \(1/M\) に比例するので、軽いブラックホールほど熱い。太陽質量なら \(6\times10^{-8}\) K(宇宙背景放射より 8 桁冷たい)、月質量なら 1.7 K、さらに軽ければどんどん熱くなって最後は爆発的に蒸発します。

05動かしてみる ── 温度のものさしに、全部を並べる

下の図は、宇宙の温度を対数目盛りで一本に並べたものです。上のスライダーで加速度を、下のスライダーでブラックホールの質量を動かすと、それぞれのカーソルが動きます。

面白いのは、二つのカーソルが同じ軸の上を動くことです ── 加速度とブラックホールの質量という、まったく別のものが、同じ温度目盛りの上で比べられる。そして両方とも、身のまわりの温度(室温、CMB)からは何桁も離れたところにいる。

図:温度の対数目盛り(10⁻²⁵ 〜 10³⁵ K)に、身のまわりの温度・ウンルー温度・ホーキング温度を並べたもの。上のスライダーが加速度、下がブラックホール質量。両者が同じ軸で比べられる
身のまわりの温度 ウンルー温度(加速度) ホーキング温度(質量)

06そして、温度とは何だったのか

7 回かけて、温度は三度その顔を変えました。

温度とは効く比
第1回エネルギーの別の呼び名。\(k_B\) は換算係数\(E/k_BT\)
第2回場合の数の対数の傾き \(\beta=d\ln\Omega/dE\)\(E/k_BT\)
第3回どの自由度を起こせるかの目安\(\hbar\omega/k_BT\)
第4回第二法則が破れる確率を決めるもの\(\sigma/k_B\)
第5回逆数 \(1/T\) こそが本体。上限があれば負にもなる\(\Delta E/k_BT\)
第6回虚時間方向の周期の逆数\(E\beta\hbar/\hbar\)
第7回観測者の運動状態にも依る、幾何の量\(\hbar a/ck_BT\)
シリーズの結論

温度は、物質の性質ではありません。「熱さ」でもありません。

エネルギーを配るときの傾きであり、虚時間の円の周の逆数であり、そして観測者の運動状態にも依る量です。唯一ずっと変わらなかったのは ── 効くのは \(k_B\) で割った無次元の比だけという一点。\(k_B\) そのものは、第1回で見たとおりただの両替レートで、温度をエネルギーで測れば消えてしまいます。

「単位のある量は舞台装置、効くのは無次元の比」── 全集を貫くこの視点が、温度でもそのまま成り立ちました。物理の立方体(\(c\)・\(\hbar\)・\(G\))に、これで 4 本目の軸 \(k_B\) が入ります。そしてこの回の \(T=\hbar a/2\pi ck_B\) は、その 4 本のうち 3 本が同時に顔を出す、珍しい式でした。

◇ ◇ ◇
正直な線 ── まだ誰も測っていない

確立していること(理論として):ウンルー効果 \(T=\hbar a/2\pi ck_B\)(Fulling 1973、Davies 1975、Unruh 1976);ホーキング輻射とホーキング温度 \(T=\hbar c^3/8\pi GMk_B\)(1974);リンドラー座標のユークリッド化が極座標となり、円錐特異点を避ける条件から虚時間の周期が \(2\pi c/a\) に決まること;ブラックホールでも同様に表面重力から温度が決まること;\(4.05\times10^{-21}\) K per (m/s²) と \(6.17\times10^{-8}\ \mathrm{K}\times M_\odot/M\) という数値。理論としてはいずれも標準的で、独立な複数の導出があります。

ただし:ウンルー効果もホーキング輻射も、直接観測されていません。必要な加速度(\(10^{20}\ \mathrm{m/s^2}\) 級)も、天体ブラックホールの温度(\(10^{-8}\) K、CMB より 8 桁冷たい)も、現在の技術の遥か外です。実験室で「類似系」(音響ブラックホール、BEC など)での対応現象は報告されていますが、それは同じ数式に従う別の系であって、本物の時空での検証ではありません。② 「粒子数が観測者に依る」という言明には、粒子の定義(どのモードを正振動数とみなすか)が観測者依存であるという場の理論の事情が入っています。真空そのものが変わるのではなく、真空の読み方が変わるという整理が正確です。③ ウンルー効果は無限に続く一定加速度の理想化で導かれます。有限時間の加速では、熱スペクトルからのずれが出ます。④ 等価原理を使って「重力=加速」と読み替える部分は局所的にのみ成り立ちます(姉妹編「わかる相対論」第6回・第7回の但し書きと同じ)。⑤ 図は温度の桁を並べた模式で、目盛りは対数です。

練習問題(この回の考え方で解けます)
  1. ウンルー温度の式に \(\hbar\)・\(c\)・\(k_B\) が全部入っているのは、何を意味するか。
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    量子(\(\hbar\))・相対論(\(c\))・熱(\(k_B\))が同時に効かないと出てこない現象だということ。どれかひとつでも極限(\(\hbar\to0\) など)を取ると消える。だから日常でも実験室でも観測しにくい。
  2. \(2\pi\) はどこから来たか。
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    ユークリッド化した加速観測者の時空が極座標になり、虚時間が角度の役をするから。角度は 1 周が \(2\pi\) で、そうでないと円錐特異点ができる。本物の円の \(2\pi\)
  3. 軽いブラックホールほど熱いのはなぜか。式のどこを見ればよいか。
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    \(T=\hbar c^3/8\pi GMk_B \propto 1/M\)。軽いほど地平面が小さく表面重力 \(\kappa\) が大きいので、温度が高い。だから蒸発は加速し、最後は爆発的に終わる(姉妹編「わかるブラックホール」第3回)。
  4. 「温度は物質の性質ではない」という第1回の主張は、この回でどう完成したか。
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    第1回は「温度はエネルギーの別名で、\(k_B\) は換算係数」だった。この回では、同じ真空が、観測者の運動状態によって温度 0 にも \(T>0\) にも見える。温度は物質にも系にも属さず、記述の取り方(誰が見ているか)にまで依る

第7回まとめ / わかる温度・完結温度は、幾何にまで届いていた

等速で飛ぶ観測者にとっての真空は、加速する観測者にとって温度 \(T=\hbar a/2\pi ck_B\) の熱浴に見えます(ウンルー効果)。地球の重力なら \(4\times10^{-20}\) K ── 見えないほど小さく、その小ささこそが「量子と相対論と熱がふだん交わらない」ことの数値表現です。

\(2\pi\) の出所は第6回でした。加速する観測者の時空をユークリッド化すると極座標になり、虚時間が角度の役をする。角度は 1 周 \(2\pi\) でなければ円錐特異点ができてしまうので、虚時間の周期が \(2\pi c/a\) に固定され、第6回の「周期=\(\hbar/k_BT\)」と等号でつないで温度が出る。温度が、時空のなめらかさという要求から落ちてきました。 同じ論法をブラックホールに当てると \(T=\hbar c^3/8\pi GMk_B\) ── 軽いほど熱い。

そしてシリーズの結論。温度は物質の性質でも「熱さ」でもなく、エネルギーの配り方の傾きであり、虚時間の円の周の逆数であり、観測者の運動状態にも依る幾何の量でした。7 回を通して変わらなかったのはただ一つ ── 効くのは \(k_B\) で割った無次元の比だけ。\(k_B\) 自身は両替レートで、温度をエネルギーで測れば消えます。物理の立方体に、これで 4 本目の軸が入りました。

この文書は「わかる温度」シリーズ第7回(本編最終回)、物理好きの高校生・大学生向け読み物です。ウンルー効果 \(T=\hbar a/2\pi ck_B\)(Fulling 1973、Davies 1975、Unruh 1976)、ホーキング温度 \(T=\hbar c^3/8\pi GMk_B\)(Hawking 1974)、リンドラー座標のユークリッド化が極座標となり円錐特異点を回避する条件から虚時間周期 \(2\pi c/a\) が定まること、表面重力を通じたブラックホールへの同じ論法、および数値 \(4.05\times10^{-21}\) K per (m/s²)・\(6.17\times10^{-8}\,\mathrm{K}\times M_\odot/M\) は、いずれも理論として確立し複数の独立な導出がある標準的結果です。ただしウンルー効果もホーキング輻射も直接観測されておらず、実験室の類似系(音響ブラックホール等)での報告は同じ数式に従う別系での対応現象であって時空での検証ではないこと、粒子数の観測者依存性が「真空の読み方が変わる」という意味であること、導出が無限に続く一定加速度の理想化であり有限時間では熱スペクトルからずれること、等価原理による重力と加速の読み替えが局所的にのみ成り立つことは、本文「正直な線」に明記しました。図は温度の桁を対数目盛りに並べた模式です。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を(印刷版ではスライダーと解答は静止・非表示になります)。前後:第6回 虚時間の周期が、温度番外編① 地平面までの光の飛行時間が、温度目次/姉妹編 わかるブラックホールわかる繰り込みわかる相対論物理の立方体

印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面では加速度とブラックホール質量の二つのスライダーが、同じ温度目盛りの上のカーソルを動かします。「答えを見る」で解答が開きます。