番外編②が張った罠を、正面から通してみた回
番外編②の結論は正しく、今も生きています。「\(c\) が変わる」と読むと死ぬ ── \(c\) は次元を持つので、変わったことに観測者によらない意味がない。そして共形平坦(\(ds^2=\Omega^2\eta_{\mu\nu}dx^\mu dx^\nu\)、スカラー1本)では星が書けない ── ワイルテンソルが消えないから。
ところが②は、こうも書いていました。「区別がつくのは光以外の側」。
これはやってみろという指示です。この回でやります ── ただしスカラーを2本にします。
| 番外編②(共形平坦) | この回 | |
|---|---|---|
| 形 | \(ds^2=\Omega^2(x)\,\eta_{\mu\nu}dx^\mu dx^\nu\) | \(ds^2=-A^2dt^2+B^4\,\delta_{ij}dx^idx^j\) |
| スカラーの数 | 1本 | 2本 |
| 平坦なのは | 時空 | 空間だけ |
| 星は書けるか | ×(ワイル \(\ne0\)) | ○ 厳密に |
この2つは違うものです。\(-A^2dt^2+B^4\delta_{ij}dx^idx^j\) が共形平坦になるのは \(A/B^2\) が定数のときだけ。だから②の壁を回避しています ── ワイルテンソルを消していません。消さずに、空間だけ平坦にしています。
そしてシュワルツシルト解は厳密にこの形で書けます(等方座標)。\(u=m/2\rho\) として
格子の上の光の速さは \(c(\rho)=A/B^2=\dfrac{1-u}{(1+u)^3}\) ── 場所の関数になります。
\(F\equiv1/A^2\)、\(G\equiv1/B^4\) と置くと、超ハミルトニアンが2行で書けます。
1点で必要な数は4つ(\(F,G,F',G'\))だけです。静的球対称計量の \(\Gamma^\mu_{\nu\lambda}\) は直交座標でゼロでない成分が20個以上ありますが、一つも作りません。測地線方程式も曲率テンソルも出てきません。
②の指摘はこうでした ── ヌル測地線は共形不変なので、共形因子をいじる描像は光には必ず当たる。当たって当然のものが当たっても情報はゼロ。区別がつくのは時計・物質の軌道・潮汐力。
| 観測量 | ②の分類 | 平坦な格子 | 参照 | 比 |
|---|---|---|---|---|
| 光の曲がり(太陽の縁) | 光 | 1.751201 ″ | VLBI 1.75119 ″ | 1.000006 |
| 水星の近日点移動 | 物質の軌道 | 42.9806 ″/世紀 | GR 42.980578 | 1.000000 |
| 重力赤方偏移 | 時計 | \(2.458454\times10^{-15}\) | \(gh/c^2\) | 0.999996 |
| GPS の時計 | 時計+速度 | 38.610 μs/日 | 文献 +38.6 | 1.0003 |
| シャピロ遅延(往復) | 光 | 247.295 μs | Viking 約 250 | 1.000223 |
②が「区別がつく」と言った3つが、全部通りました。しかも近日点は \(10^{-6}\)、赤方偏移は \(4\times10^{-6}\) の一致です。
GPS は重力ぶん \(+45.65\) と速度ぶん \(-7.11\) を同じ一本の式から同時に出しています ── \(d\tau/dt=\sqrt{(1-v^2F/G)/F}\)。残差 \(3\times10^{-4}\) は数値誤差ではなく地上の基準面の取り方で、赤道半径 38.543/平均半径 38.610/極半径 38.744 と振れます(文献値はジオイドと \(J_2\) を使う)。
②が挙げた最後の1つが潮汐力です。ここは弱い場では細いので、強い場へ持っていきます。
\(c(\rho)=(1-u)/(1+u)^3\) は \(\rho\to m/2\)(\(u\to1\))でゼロになります。等方座標ではそこが地平面です。座標特異点も無限大の曲率も出てきません ── 平坦な格子の言葉では、地平面は「光が止まる面」でしかない。
ヌルの \(H=0\) を \(|p|^2=p_\rho^2+L^2/\rho^2\) に分けると、折り返し条件が \(\rho/c(\rho)=b\) になります。\(V(\rho)\equiv\rho/c(\rho)\) は \(\rho\to\infty\) で \(\infty\)、\(\rho\to m/2\) でも(\(c\to0\) だから)\(\infty\) ── だから最小値がある。
$$b_{\rm crit}=\min_\rho\ \frac{\rho}{c(\rho)}$$ブラックホールの影の大きさは「半径 ÷ その場所の光の速さ」の最小値。曲率を一度も使いません(使えないのではなく使わなくて済む、という意味です ── 曲率も同じ \(A,B\) から出ます。11節の訂正欄を参照)。
| 平坦な格子(数値) | 解析解・観測 | |
|---|---|---|
| 最小値の位置 | 1.866025382 \(m\) | \(1+\sqrt3/2=1.866025404\) |
| \(b_{\rm crit}\) | 5.196152423 \(m\) | \(\sqrt{27}=5.196152423\) 12桁一致 |
| M87* の影の角直径 | 39.69 μas | EHT 42.0 ± 3.0 0.8σ |
| Sgr A* の影の角直径 | 53.25 μas | EHT 51.8 ± 2.3 0.6σ |
そして \(b\to b_{\rm crit}\) で曲がり角が対数発散するので、\(\Delta\phi=\pi,3\pi,5\pi,\dots\) に光子リングが並びます。
| 周目 | \(b/b_{\rm crit}-1\) | 前との比 |
|---|---|---|
| 1 | \(3.09\times10^{-2}\) | — |
| 2 | \(5.41\times10^{-5}\) | 572× |
| 3 | \(1.01\times10^{-7}\) | 535.6× |
| 4 | \(1.89\times10^{-10}\) | 535.5× (\(e^{2\pi}=535.4917\)) |
\(e^{2\pi}\) が出てきました。教えていません。入れたのは \(\rho/c(\rho)\) だけです。
ここまで \(F,G\) に「シュワルツシルトと同じ1組」しか入れていません。つまみを付けて振り、観測量で削ります。
\(\beta=\gamma=1\) が GR。格子の言葉では \(\gamma\) が物差しの伸び、\(\beta\) が時計の2次の非線形性。
| 観測量 | ∂ln/∂γ(数値) | 解析 | ∂ln/∂β(数値) | 解析 |
|---|---|---|---|---|
| 光の曲がり | 0.500000477 | 1/2 | \(-1.2\times10^{-6}\) | 0 |
| 近日点移動 | 0.666666339 | 2/3 | −0.333333867 | −1/3 |
PPN の係数を、道具が自分で出しました。教えていません。要点は向きが直交していないことです ── 光の曲がりは \(\gamma\) しか見ず、近日点は \(2\gamma-\beta\) を見る。だから2つ揃うと分離できます。
Cassini の電波リンクが \(\gamma-1=(2.1\pm2.3)\times10^{-5}\)。これを \(c(\rho)\) に翻訳すると:
| \(\rho\) | \(c/c_\infty-1\)(GR) | \(\gamma\) の許容幅で動く量 |
|---|---|---|
| 太陽の縁 | \(-4.245\times10^{-6}\) | \(4.88\times10^{-11}\) = その \(1.1\times10^{-5}\) 倍 |
| 1 AU | \(-1.974\times10^{-8}\) | \(2.27\times10^{-13}\) = 同じ比 |
平坦な格子は「使ってよい」が「好きに書ける」わけではありません。
\(c(\rho)\) の形は5桁の精度で決め打ちされています。「重力を可変光速で説明する」という言い方が自由に聞こえるなら、それは自由度を数えていないからです。
いちばん強い反論はこれです ── 「平坦な格子では空間がねじれないのだから、慣性系の引きずりは出ないだろう」。
答えはねじらない。流れを置くでした。関数を1本足します。
計算すると、ハミルトニアンの形がまったく変わりません:
$$H=\tfrac12\left(-FW^2+G|p|^2\right),\qquad W\equiv E-\vec V\cdot\vec p$$\(E\) が \(W\) に変わるだけ ── 風はエネルギーをドップラーずらしするだけ。そして
$$\frac{dx^i}{d\lambda}=\underbrace{Gp_i}_{\text{格子の中を進む}}+\underbrace{FV^iW}_{\text{風に運ばれる}}$$1行目がそのまま川の絵になっています。太陽の風速は表面で \(1.97\times10^{-12}c\)。
| 観測量 | 平坦な格子 | 参照 | 比 |
|---|---|---|---|
| 順行/逆行の光の曲がりの差 | 係数 8 | \(8\mathcal J/b^2\) | 1.000027 |
| LAGEOS の昇交点歳差 | 30.593 mas/年 | 解析式/文献 約31 | 1.000002 |
差は \(\mathcal J\) に厳密に比例します(\(10^5\)〜\(10^8\) 倍で比が動かない)。本物の太陽に外挿すると 1.62 μas(片側 0.81 μas)。
atan2(0,0) の雑音を「信号の \(5\times10^6\) 倍」として測っていました。\(c\to0\) の先は「内側」ではありません。格子がそこで折り返しています。
面積半径は \(r(\rho)=\rho+m+\dfrac{m^2}{4\rho}\)。\(dr/d\rho=1-\dfrac{m^2}{4\rho^2}\) が \(\rho=m/2\) でゼロ ── \(r\) はそこで最小値 \(2m\) を取り、\(\rho\to0\) でまた \(r\to\infty\)。しかも反転 \(\rho\to m^2/4\rho\) は厳密な等長変換(数値で差 0 を確認)。
静的な平坦格子は、外側を2枚貼り合わせたものを覆っていて、内側を一度も覆っていません。
\(\rho
そしてその橋は開いて閉じます。クラスカル座標で \(T^2-X^2=(1-r/2m)e^{r/2m}\) を解くと、\(T=0\) で喉の半径 \(2m\)、\(|T|=1\) で 0。渡ろうとする因果的な曲線は、渡り切る前に特異点に着きます。
覆えない理由は座標の都合ではありません ── 内側に静止できる観測者がいないからです。「格子」は「静止」を前提にした図なので、静的な図は必ずそこで終わります。
流していいなら書けます。しかも静的な版より綺麗になります。
共形因子すら無い。ラプスは 1。つまり \(c\) は厳密に一定で、動いているのは格子そのもの。
そして \(v(r)=\sqrt{2m/r}\) はニュートンの脱出速度。半径方向の光は
地平面は「光が止まる面」ではなく「川の流れが光速に達する面」。内側は「川が超光速」。負になる量は一つも出てきません。
| 平坦な格子 | 流れ | 覆う領域 |
|---|---|---|
| 静止(等方座標) | なし | I + III(2枚の外側) |
| 内向きに流れる(PG) | \(v=+\sqrt{2m/r}\) | I + II(外側+内側) |
| 外向きに流れる(時間反転) | \(v=-\sqrt{2m/r}\) | I + IV(ホワイトホール) |
どれも空間は平坦。違うのは流れの向きだけ。そして1枚で4領域を覆う平坦格子はありません ── ここが「座標に依らない言葉」が本当に必要になる理由です。
ただし ── 本物のブラックホールには III も IV もありません。あれは「はじめから永遠にあって周りが完全に真空」という仮定の産物で、星が潰れて出来た穴では \(\rho
内側で \(r\) は「場所」ではなく「時刻」になります。地平面から特異点までの固有時は、数値積分で \(\tau_{\infty\text{から}}=1.333333332\,m\)(\(=4/3\))、最長が \(3.141592654\,m\)(\(=\pi\))。太陽質量なら 6.567 μs、M87* なら 711.5 分です。
横軸は \(m\) を単位にした半径。ボタンで3つの見方を切り替えます ── ①静止した格子(\(c\) が場所で変わり、喉でゼロ)②流れる格子(\(c\) は厳密に一定で、川が光速を超える)③影を決める \(V=\rho/c\) の最小値
ここまでを一言でまとめると、ブックに複数シートがあって、どれも平坦なセルの格子で、行を進める幅とセルの横滑りを自分で決めているということです。比喩ではなく、そのまま形式になっています ── ADM の 3+1 分解です。
| スプレッドシート | 相対論 | この回で出てきたもの |
|---|---|---|
| シート1枚=平坦なセルの格子 | 空間スライス \(\gamma_{ij}\) | 等方座標なら \(B^4\delta_{ij}\)、PG なら厳密に \(\delta_{ij}\) |
| 行を1つ進める時間の幅 | ラプス \(N\) | 等方座標 \(N=A\)、PG は \(N=1\) |
| セルが横に滑る量 | シフト \(\beta^i\) | 川の流速 \(\sqrt{2m/r}\)、渦 \(2\mathcal J/\rho^3\) |
| ブック内の複数シート | 複数のチャート | I+III(静止)/I+II(内向き)/I+IV(外向き) |
=Sheet2!A1 で参照 | 座標変換・重なり | 反転 \(\rho\to m^2/4\rho\) |
| どのシートから読んでも同じ値 | 観測量が座標に依らない | \(b_{\rm crit}=5.1961524227\) が2枚の格子で10桁一致 |
番外編②の最後に一行だけ書いてありました ── 「格子が歪まないので差分で解ける ── 数値相対論はまさにそれをやっています」。それを具体化します。
ヌル条件 \(0=-\alpha^2dt^2+\gamma_{ij}(dx^i+\beta^idt)(dx^j+\beta^jdt)\) を解くと
「場所によって違う光速 \(\alpha\)」+「風 \(\beta^i\)」 ── この回で作ったものと同じ形。そして \(\alpha,\beta^i\) は方程式が決めるのではなくこちらが選ぶ量です。
| 数値相対論の実務 | 中身 |
|---|---|
| タイムステップ | CFL 条件が \(\Delta t\lesssim\Delta x/(\alpha+|\beta|)\) ── 情報が格子を渡る速さは \(c\) ではなく \(\alpha+|\beta|\)。全コードが毎ステップ「いまここの座標光速」で刻み幅を決めている |
| 特異点回避 | Bona–Massó 族 \(\partial_t\alpha=-\alpha^2f(\alpha)K\)、いちばん使われる 1+log は \(f=2/\alpha\)。穴が出来かけると \(K\) が発散して \(\alpha\) が 0 に潰れる(collapsed lapse)── 座標光速をゼロに落として進化を凍らせ、コードを落ちなくしている |
| 座標が吸い込まれない工夫 | gamma-driver / puncture gauge で \(\beta^i\) を能動的に吹かせる(連星なら一緒に回る) |
| おまけの病理 | ゲージモードの伝播速度は \(\alpha\sqrt f\)。1+log なら \(\sqrt{2\alpha}\) で、座標光速 \(\alpha\) との比は \(\sqrt{2/\alpha}\) ── \(\alpha<2\) ならいつでも1を超える。しかも衝撃波を作ることがあり gauge shock という名前が付いている |
座標光速がこの分野で全然神聖でないことの、いちばん露骨な証拠が最後の行です。
ここは性質がはっきりしています ── gauge shock は世界にあるバグではなく、世界の書き方にあるバグです。時空は無傷で、観測量も無傷で、それでも計算だけが壊れる。
だから直し方も物理ではありません。\(f(\alpha)\) の関数形を選び直すだけです(\(f=1+\kappa/\alpha^2\) の形が使われます)。物理には手を触れずに、記述のバグを潰す。
この一節は読者からの指摘で入りました。座標の選択がバグを生みうる、という一点が、この回でいちばん驚かれた場所です。
ここまで全部、座標で測った光速が場所によって変わる図で計算しました。地平面ではゼロにまでなりました。
それでも物理の光速は一度も変わっていません。変わったのは物差しと時計の目盛りの付け方 ── ゲージ量です。番外編②の①(「\(c\) が変わる」と読むと死ぬ)は、そのまま生きています。
証拠は数値で出ました ── \(c\) が場所で変わる格子と、\(c\) が厳密に一定な格子が、同じ影(\(b_{\rm crit}=5.1961524227\,m\))を10桁一致で出す。選択に依る量は観測量ではない、という意味です。
そして「同じことをめんどくさく計算しているのか」という問いには、半分そうですと答えるのが正確です。
| 軽い側 | 軽くならない側 | |
|---|---|---|
| 何をする | シートを読む(観測量を出す) | シートを埋める(場を決める) |
| 要るもの | \(F,G\)(と風)+正準方程式 | アインシュタイン方程式 |
| この回では | 全部やった | 一度もやっていない ── \(F,G\) は手で入れた |
| 例 | 光・時計・軌道・潮汐・影・引きずり | 2体問題、重力波、星の内部 |
連星パルサーをこの回に入れなかったのは、これが理由です。質量が2つあると背景場そのものが未知になる ── そこは平坦な格子では軽くなりません。
②は「関数1本では星が書けない、壁はワイルテンソル」で終わりました。この回は関数を5本にして星を通しました ── ラプス \(A\) が1本、空間の共形因子 \(B\) が1本、シフト \(\vec V\) が3本。では、この形はどこまで行けるのか。
要求を段階に分けると、はっきりします。Kerr で死ぬのは河床の平坦さだけで、川そのものは死にません。
| 要求 | シュワルツシルト | Kerr | 根拠 |
|---|---|---|---|
| 空間が厳密に平坦+ラプス1 | ○(PG) | × | Visser & Liberati |
| 空間が共形平坦 | ○(等方座標) | × | Garat & Price |
| ラプス1 + \(\det\gamma=1\)(unimodular) | ○ | ○ | Doran 形 |
| 一般の ADM(制限なし) | ○ | ○ | ただし「平坦」は何も言わない |
Visser と Liberati が正面から整理しています ── 「Kerr 時空については、達成できる最良はラプス関数を1に置き、空間スライスを factorized unimodular 形の3次元計量で表すことであるように見える。これは Doran 版の Kerr をデカルト座標で考えることから出る」(arXiv:2210.11057)。
中身を訳すと、意外に良いものが残ります ──
ラプス = 1:水に対する光の速さは厳密に \(c\)。可変光速すら要りません。
\(\det\gamma=1\):格子は歪むが、体積は変わらない。
Natário の言い方だと 「Kerr 計量は、曲がったリーマン3次元多様体の上を流れる空間として解釈できる」(Gen. Rel. Grav. 41 (2009) 2579)── 川は生き残り、河床の平坦さだけが死にます。
なお \(O(a)\) と \(O(a^2)\) の境目は、共形平坦を要求した場合の話として正しいままです。Boyer–Lindquist で見ると空間側の補正(\(g_{rr}=\Sigma/\Delta\)、\(g_{\phi\phi}\))はすべて \(O(a^2)\) で、\(O(a)\) の項は \(g_{t\phi}\) ── シフトだけ。だからこの回の計算(引きずり、影のずれ \(2a\))は1次の中で完結しています。共形平坦性が壊れるのは \(O(a^2)\) から(Garat & Price, PRD 61 (2000) 124011。より広い条件での議論も:arXiv:1908.03456)── そしてそれは実務に直接効いています:Bowen–York の共形平坦な初期データが回転する穴に使えず、偽の放射を伴う理由がこれです。
| 要求(関数の本数) | 書けるもの | 壁 | |
|---|---|---|---|
| 番外編② | 時空が共形平坦(1) | FRW | ワイルテンソル(星が書けない) |
| この回 | 空間が共形平坦+ラプス+シフト(1+1+3 = 5) | シュワルツシルト(内側まで)+ \(O(a)\) の Kerr | \(O(a^2)\) で共形平坦性が壊れる |
| Doran 形 | ラプス1+unimodular(1+3+5 = 9) | 厳密な Kerr | 河床が歪む(体積は保つ) |
| 数値相対論 | \(\gamma_{ij}\) も進化させる(1+3+6 = 10、うち物理は6) | 何でも | 初期データと \(\alpha,\beta\) の設計 |
ここで一段引いて言っておくべきことがあります ── 座標を変えても物理は変わりません。だから上の表の「×」は、そこで何かが起きなくなるという意味ではありません。同じ時空を、その形式で書けないだけです。
証拠はこの回の中にあります ── \(c\) が場所で変わる格子と、\(c\) が厳密に一定な格子が、同じ影 \(b_{\rm crit}=5.1961524227\,m\) を10桁一致で出しました。観測量は形式の選択に依りません。
ただし ── 「ある種類の座標が存在するか/しないか」は、時空の不変な性質です。選ぶことは物理ではありませんが、選べるかどうかは時空が決めます。「Kerr に共形平坦なスライスは無い」は Kerr についての定理で、好みの問題ではありません。
そして記述の壁にも、実務上の代金はきちんとあります ── Bowen–York の初期データが回転する穴で偽の放射を出すのは精度の損失で、gauge shock は計算を落とします。世界の欠陥ではないのに、作業する人間には請求書が来る。9節で読者に「完璧な物理の中のバグ」と呼ばれたものと、まったく同じ category です。
初稿はこう書いていました ── 「出せば \(8.31(a/m)\,m\) という数字になりますが、よく引かれる Kerr の影のずれ \(2a\) と4倍合わないままなので載せません」。
その4倍が、渦の形の誤りでした。影のずれは、光子球での \(\Omega V^2\) で決まります ──
$$\rho_*=1.866025404\,m,\qquad u_*=0.267949192,\qquad (1+u_*)^6=4.155383$$ $$8.310767\,a\ \times\ \frac{1}{4.155383}\ =\ \mathbf{2.000000\,a}$$ぴったり \(2a\)。Kerr の標準値です。4倍のずれは \((1+u_*)^6\) そのものでした。
したがって影は割れ、中心が \(2a\) ずれます。ただし1次の話にとどめます ── 光子球では \(\Omega V\approx0.38\,(a/m)\) なので、\(a/m\) が 0.1 を超えると1次近似は当てになりません。大きなスピンまで追うには Kerr の厳密な川(Painlevé–Gullstrand の Kerr 版は存在します:arXiv:0805.0206)が必要です。
番外編②の罠を通した。 ②は「屈折率描像で光が合うのは当然で情報ゼロ、区別がつくのは時計・物質の軌道・潮汐力」と書いていた。関数を1本から2本(\(-A^2dt^2+B^4\delta_{ij}dx^idx^j\))にすると、その3つが全部通る ── 近日点 42.9806″/世紀(比 1.000000)、重力赤方偏移 \(2.458454\times10^{-15}\)(0.999996)、GPS 38.610 μs/日(1.0003)、潮汐の側は影 \(b_{\rm crit}=\sqrt{27}\,m\) を12桁。②の結論は間違っていない ── 要求が違う。この形が共形平坦になるのは \(A/B^2\) が定数のときだけで、ワイルを消していない。
クリストッフェル記号を1個も作らずに全部出た。 1点で必要な数は \(F,G,F',G'\) の4つだけ。ただし軽くなっているのは「平坦な格子だから」ではなく「正準形式だから」で、そこは分けて数えるべき。
影の大きさは \(\min_\rho\,\rho/c(\rho)\) で決まる。 「半径 ÷ その場所の光の速さ」の最小値。幾何も曲率も要らない。EHT の M87*(39.69 vs 42.0±3.0、0.8σ)と Sgr A*(53.25 vs 51.8±2.3、0.6σ)。光子リングは \(b_{\rm crit}\) に 535.5倍ずつ貼りつき、\(e^{2\pi}=535.4917\) が教えていないのに出てきた。
残っている自由度は5桁で決め打ちされている。 つまみ \(\beta,\gamma\) を付けると、道具が PPN の係数を自分で出す(\(\partial\ln/\partial\gamma=0.500000477\)、\(0.666666339\)、\(\partial\ln/\partial\beta=-0.333333867\))。Cassini の \(\gamma-1=(2.1\pm2.3)\times10^{-5}\) を \(c(\rho)\) に翻訳すると、太陽の縁の落ち込み \(4.245\times10^{-6}\) に対し許容幅はその \(1.1\times10^{-5}\) 倍。平坦な格子は「使ってよい」が「好きに書ける」わけではない。
空間はねじらない。格子を流す。 風 \(\vec V=\Omega(\hat z\times\vec x)\)、\(\Omega=2\mathcal J/\rho^3\) を入れると、ハミルトニアンは形が変わらず \(E\to W=E-\vec V\cdot\vec p\) になるだけ。運動方程式は「格子の中を進む分+風に運ばれる分」。順行/逆行の曲がりの差が係数 8(比 1.000027)、LAGEOS の昇交点歳差 30.593 mas/年(比 1.000002)。風を切ると \(6.5\times10^{-12}\) 倍に落ちる。
地平面の内側は「奥」ではなく別のシートにある。 \(r(\rho)\) は \(\rho=m/2\) で最小 \(2m\)、反転 \(\rho\to m^2/4\rho\) が等長 ── 静的な格子は外側を2枚覆っていて、内側を一度も覆っていない。橋は開いて閉じる(\(T=0\) で \(2m\)、\(|T|=1\) で 0)。内側は内向きに流れる格子(PG)が覆い、そこでは空間が厳密にユークリッド、\(c\) は厳密に一定、川が超光速になるだけ。固有時は \(4m/3\)(最長 \(\pi m\))。4領域には3種類の格子が要るが、実在の穴には内向き1枚で足りる(III と IV は永遠・真空の産物)。
これは ADM の 3+1 だった。 ラプス \(N\) = 行の幅、シフト \(\beta^i\) = セルの横滑り、空間計量 = セルの目盛り。そして数値相対論はもうこれをやっている ── 座標光速は \(-\beta^i\pm\alpha n^i\) で、CFL 条件が \(\Delta t\lesssim\Delta x/(\alpha+|\beta|)\)。1+log スライシング(\(f=2/\alpha\))は穴の近くでわざと \(\alpha\) を 0 に潰して特異点回避に使う。ゲージモードは \(\alpha\sqrt f\) で伝わり、1+log では \(\alpha<2\) のとき座標光速を超え、gauge shock という名の病理まである。
それでも光速は一定である。 全部「座標で測った光速が場所で変わる図」で計算したが、物理の光速は一度も変わっていない。変わったのはゲージ量。証拠は\(c\) が変わる格子と \(c\) が厳密に一定な格子が同じ影を10桁一致で出したこと。②の「\(c\) が変わると読むと死ぬ」はそのまま生きている。
「めんどくさく計算しているのか」への答えは、半分そう。 シートを読む側(観測量)は軽い ── この回で全部やった。シートを埋める側(場を決める)は軽くならない ── この回では一度もやっていない。\(F,G\) は手で入れた。2体問題・重力波・星の内部はそちら側。
訂正(公開後)── 曲率は出る。出さなかっただけだった。 \(A,B,\vec V\) は計量そのものなので、微分すればリーマン・リッチ・ワイル・ポントリャーギンまで全部出る。出して照合した ── \(R_{\mu\nu}\) はリーマンの \(10^{-8}\) 以下(真空解、10本の非自明な条件)、クレッチマンは \(48m^2/r^6\) と9桁一致(\(\rho=5m\) で \(9.788338647\times10^{-4}\) 対 \(9.788338720\times10^{-4}\)、\(r\) は面積半径)── 番外編②が引いていた式そのもの。ポントリャーギン \(R\tilde R\) は静的でちょうど 0、風を入れると立って \(\mathcal J\) に9桁で比例する(=重力起源のカイラル異常は回転があるときだけ立つ)。
そしてその曲率が、風のバグを見つけた。 初稿の \(\Omega=2\mathcal J/\rho^3\) は弱い場の形で、アインシュタイン方程式の解になっていなかった(\(R_{\mu\nu}\) が \(\mathcal J\) の1乗で残る)。正しくは \(\Omega=2\mathcal J/[\rho^3(1+u)^6]\) で、直すと \(O(\mathcal J^2)\) に落ちる。この誤りは観測量の計算では原理的に見つからない ── \(H=-\frac12\mu^2\) は与えた計量が方程式を満たすかどうかに関係なく保存するので。そして直したら、載せずに保留していた影のずれが \(\mathbf{2.000000\,a}\)(Kerr の標準値)になった。4倍のずれは \((1+u_*)^6=4.155383\) そのものだった。
そして壁は、②と同じ形で名前が違う ── 「共形平坦性」。 Kerr の空間側の補正はすべて \(O(a^2)\) で、\(O(a)\) はシフトだけ。だから1次の回転は平坦な格子にそのまま収まる(引きずりも影のずれ \(2a\) も出る)。共形平坦を要求すると \(O(a^2)\) で止まる ── 軸対称でシュワルツシルト極限に滑らかに帰着する葉層に限れば、Kerr に共形平坦な空間スライスは存在しない(Garat & Price, PRD 61 (2000) 124011)。Bowen–York の初期データが回転する穴に使えない理由がこれ。ただし要求を「ラプス1+\(\det\gamma=1\)」まで緩めれば、厳密な Kerr も Doran 形で書ける(Visser & Liberati, arXiv:2210.11057)── 死ぬのは河床の平坦さだけで、川は生き残る。
関数の本数で言えば:②が1本、この回が5本(ラプス1+共形因子1+シフト3)、制限を全部外すと10本(物理は6本)= ADM で何でも書ける。ただしそのとき「格子が平坦」は何も言っていない ── 一般性と絵は1対1で交換される。
この文書は「つくる格子」シリーズ番外編④、物理好きの高校生・大学生向け読み物です。姉妹編「わかる」が既知の物理を解説するのに対し、本シリーズは作業そのものを見せます。
確立した内容:シュワルツシルト解の等方座標表示、ヌル測地線の共形不変性、共形平坦性とワイルテンソル消失の同値性、シュワルツシルト光子球 \(r=3m\) と臨界衝突径数 \(\sqrt{27}\,m\)、光子リングの \(e^{-2\pi}\) スケーリング、等方座標が2枚の漸近平坦領域を喉 \(r=2m\) で繋ぐこと(アインシュタイン–ローゼンの橋)と反転 \(\rho\to m^2/4\rho\) の等長性、Painlevé–Gullstrand 座標の空間平坦性と \(v=\sqrt{2m/r}\)、地平面から特異点までの固有時 \(4m/3\)(および最長 \(\pi m\))、ADM 3+1 分解、数値相対論の CFL 条件が \(\alpha+|\beta|\) で決まること、Bona–Massó 族 \(\partial_t\alpha=-\alpha^2f(\alpha)K\) と 1+log(\(f=2/\alpha\))、gauge shock の存在、Cassini の \(\gamma-1=(2.1\pm2.3)\times10^{-5}\)(Bertotti, Iess, Tortora, Nature 425 (2003) 374)、EHT の M87*(42±3 μas)と Sgr A*(51.8±2.3 μas)の影の角直径、Garat & Price の共形平坦スライス非存在(Phys. Rev. D 61 (2000) 124011)。
本稿の計算:上の表のすべての数値(1.751201″、42.9806″/世紀、\(2.458454\times10^{-15}\)、38.610 μs/日、247.295 μs、5.196152423 \(m\)、39.69 / 53.25 μas、535.5倍、PPN の対数微分、\(1.1\times10^{-5}\)、係数 8、30.593 mas/年、\(1.333333332\,m\) と \(3.141592654\,m\))。検算コードは純 Python・依存なし:flatgrid.py(弱い場5つ)/flatgrid2.py(強い場・影・光子リング)/flatgrid3.py(残っている自由度)/flatgrid4.py(風)/flatgrid5.py・flatgrid6.py(地平面とシートの枚数)/flatgrid7.py(曲率 ── リッチ・クレッチマン・ポントリャーギン。風のバグを見つけたのはこれ)。
ここは慎重に読んでください。「クリストッフェル記号が要らない」のは観測量を出す作業についてで、そこが軽いのは正準形式のおかげであって「平坦な格子」固有の利点ではありません(ブラックホール周りのレイトレーシングを行う数値コードは普通に正準形式を使います)。
この回はアインシュタイン方程式を一度も解いていません。\(F\) と \(G\) は手で入れた既知の解です。2体問題・重力波・星の内部はこの道具の外側です(連星パルサーを扱わなかったのはそのためです)。
PPN の \(\beta\) 側の許容幅は推定です。\(\gamma\) は Cassini の一次情報を使いましたが、\(\beta\) について MESSENGER 以降の数値は Verma, Fienga, Laskar, Manche, Gastineau, A&A 561 (2014) A115 の要旨に載っておらず、本稿では \(|\delta\beta|\sim2.5\times10^{-5}\) を推定として使っています(一次情報で未確認)。
Garat–Price の非存在証明には条件が付いています(軸対称かつシュワルツシルト極限で滑らかに一定時刻面に帰着する葉層)。無条件の主張ではありません。
影の非対称は、公開後の訂正で解決しました。初稿は \(8.31(a/m)\,m\) が Kerr の \(2a\) と4倍合わないとして載せませんでしたが、原因は渦の形の誤り(\(\Omega=2\mathcal J/\rho^3\) は弱い場の形)で、\(\Omega=2\mathcal J/[\rho^3(1+u)^6]\) に直すとちょうど \(2.000000\,a\) になります。ただし1次の話にとどめてあります ── 光子球で \(\Omega V\approx0.385\,(a/m)\) なので、\(a/m\gtrsim0.1\) では当てになりません。
「スプレッドシート」は読者の言葉です。ADM 3+1 との対応は本稿の整理で、教科書の用語ではありません。
本編:目次 | 番外編②:「ct = 一定」は、どこまで通用するか | 第17回:平坦な格子で、水星が回る | 第19回:こっちのほうが、計算が楽だ
印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。図で、2枚の格子が同じ影を出すことを確かめられます。