時空に不変な隔たり s² があったように、エネルギーと運動量にも同じ「−」の不変量がある
世界で一番有名な式 \(E=mc^2\) を、暗記でなく導いてみます。第3回で、時空には観測者によらない不変量 \(s^2=(ct)^2-x^2\) がありました。じつはエネルギー \(E\) と運動量 \(p\) も、時間と空間のようにペアで、観測者ごとにバラバラに変わる。そして時空とまったく同じ「−」の組み合わせ ── \((mc^2)^2=E^2-(pc)^2\) ── だけが、誰から見ても同じ不変量になる。その不変量の正体が質量です。止まっている物(運動量 \(p=0\))に対してこの式を読むと、\(E=mc^2\) ── 質量とは、静止した物が抱えているエネルギーそのもの。この回は、第3回の幾何をエネルギーの言葉に翻訳するだけで、\(E=mc^2\) と「なぜ光速が壁なのか」(第1回の宿題)が同時に落ちます。
ニュートンの世界では、質量とエネルギーは無関係な別物でした。質量は物質の量、エネルギーは運動や熱の勢い。それぞれ別々に保存する、と。相対論は、この壁を壊します ── 質量とエネルギーは、同じものの二つの顔。その橋渡しをするのが、第3回で見た「−」の不変量の構造です。
時空で位置が \((ct,\,x)\) というペアだったように、粒子の運動は \((E,\,pc)\) というペアで表せます(エネルギーと運動量)。観測者を変えると、この \(E\) と \(pc\) は、第2回の \(\gamma\) にしたがってバラバラに変わる ── 時間と空間がそうだったのと、まったく同じ。そして、同じ「−」で組めば、不変量が現れます。
第3回の \(s^2=(ct)^2-x^2\) と、字面までそっくり。\(ct\to E\)、\(x\to pc\) と置き換えただけ。観測者を変えると \(E\) も \(pc\) も動くが、この組み合わせ ── \(mc^2\) ── だけは不変。その不変量が、質量 \(m\) の正体です。
この不変量を、いちばん簡単な場合 ── 止まっている物(運動量 \(p=0\))── で読みます。
止まっていて、運動エネルギーがゼロのはずなのに、エネルギーはゼロではない。\(mc^2\) だけ残る。これが静止エネルギー ── 質量そのものが、莫大なエネルギーの塊だという意味です。\(c^2\) が巨大(\(9\times10^{16}\))なので、わずかな質量が途方もないエネルギーになる。1 g の質量は、\(9\times10^{13}\) J = 約 20 キロトン、広島型原爆に匹敵します。
動いている場合は、\(E=\gamma mc^2\)(第2回の \(\gamma\))。無次元にすれば、\(E/mc^2=\gamma\) ── エネルギーは静止エネルギーの \(\gamma\) 倍。低速では \(\gamma\approx1+\tfrac12\beta^2\) なので ──
\(mc^2\)(静止エネルギー)+ \(\tfrac12mv^2\)(おなじみの運動エネルギー)。ニュートンの \(\tfrac12mv^2\) は、相対論のエネルギーから静止ぶんを引いたおつりだった。ここでも「ニュートンは β→0 の極限」です。
下の図は、第3回の時空図の双子です。横軸が運動量 \(pc\)、縦軸がエネルギー \(E\)(静止エネルギー \(mc^2\) を単位にとってあります)。スライダーで \(\beta\) を上げると、その粒子の \((pc,\,E)\) は ── やはり不変双曲線 \(E^2-(pc)^2=(mc^2)^2\) の上を滑る。\(pc\) も \(E\) も増えるのに、\(mc^2\)(双曲線の下端)は不動。
右側のバーは、エネルギーの内訳です。下の静止エネルギー \(mc^2\) は動かず、上に積み上がる運動エネルギーが \(\beta\) とともに膨らむ。\(\beta\to1\) にすると、双曲線は 45°の漸近線(\(E=pc\))に近づき、エネルギー \(E\) は青天井に発散する。ここが第1回で残した宿題の答え ── 物質を光速にするには無限のエネルギーが要る。だから \(\beta=1\) は越えられない壁なのです。
不変量の式に \(m=0\) を入れると、全部がつながります。
質量ゼロの粒子(光子)は、静止エネルギーがゼロで、エネルギーはすべて運動 \(pc\)。そして \(\beta=pc/E=1\) ── 必ず光速で走る。「わかる場」第2回「質量ゼロの場は c」・第3回「質量ゼロは無限射程」と、ここで完全に握手します。質量ゼロは止まれず c、質量ありは c に届かない ── 質量とは「静止できる資格」でもあった。
そして \(E=mc^2\) の本当の破壊力は、質量とエネルギーが行き来することです。質量は "凍ったエネルギー" で、条件が揃えば解け出す。太陽は毎秒 400 万トンの質量を光エネルギーに変えて輝き、原子核の核融合・核分裂は結合エネルギーの差を質量差として放出し、電子と陽電子は出会うと質量をまるごと光(エネルギー)に変えて消える(対消滅)。逆に「わかる場」第6回で見たとおり、陽子の質量の 99% は、閉じ込められたクォークとグルオンのエネルギーが \(E=mc^2\) で質量に化けたもの ── あなたの体重は、ほとんどが凍ったエネルギー。質量とエネルギーは、同じものの二つの顔だったのです。
不変量 \((mc^2)^2=E^2-(pc)^2\)、静止エネルギー \(E=mc^2\)、\(E=\gamma mc^2\)(低速で \(mc^2+\tfrac12mv^2\))、質量ゼロで \(E=pc\)・\(\beta=1\)、核反応や対消滅での質量⇄エネルギー変換、核子質量の大半が束縛エネルギー由来(「わかる場」第6回)であることは、いずれも確立した物理です。
ここでの \(m\) は静止質量(不変質量)── 全観測者で同じ、粒子固有の量です。古い教科書の「速度とともに増える相対論的質量 \(\gamma m\)」は、いまは使わない流儀(増えるのはエネルギー \(E=\gamma mc^2\) であって質量ではない、と考える)。本稿の \(m\) は動いても変わりません。また \(E=mc^2\) は静止した物のエネルギーで、動く物は \(E=\gamma mc^2\)、一般には \(E^2=(pc)^2+(mc^2)^2\) が正しい形です。「1 g ≈ 20 kt」は理想的な完全変換の数字で、現実の核反応は質量のごく一部しか解放しません。
エネルギー \(E\) と運動量 \(p\) は、時間と空間のようにペアで、観測者ごとにバラバラに変わる。でも第3回とまったく同じ「−」で組んだ \((mc^2)^2=E^2-(pc)^2\) だけは不変 ── その不変量が質量 \(m\)。止まっている物(\(p=0\))では \(E=mc^2\)、質量は静止した物が抱えるエネルギーの別名。動けば \(E=\gamma mc^2\)(\(E/mc^2=\gamma\))、低速では \(mc^2+\tfrac12mv^2\) とニュートンの運動エネルギーが顔を出す。
双曲線図では、\(\beta\) を上げると点が滑り \(pc,E\) は増えるが \(mc^2\) は不動、\(\beta\to1\) で \(E\to\infty\) ── 光速が壁な理由(第1回の宿題)。質量ゼロなら \(E=pc,\ \beta=1\)(必ず光速、「わかる場」と握手)。そして質量とエネルギーは行き来する ── 太陽・核反応・対消滅、そして体重の99%は凍ったエネルギー。質量という不変量が、単位のある E・p の舞台裏で全部を仕切っている。
印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面では β スライダーで、点が E²−(pc)²=(mc²)² の双曲線を滑り、β→1 で E が発散します。「答えを見る」で解答が開きます。