時間は γ 倍に伸び、長さは 1/γ 倍に縮む ── では、誰が測っても同じものは、何もないのか?
第2回で、動くと時間は \(\gamma\) 倍に伸び、長さは \(1/\gamma\) 倍に縮むと見ました。時間も距離も、観測者ごとにバラバラ ── まさに「単位のある量は舞台装置」。だとすると不安になります。誰が測っても同じ、という確かなものは、もう何もないのか? あります。たった一つ。時間と空間を、ピタゴラスの「+」ではなく「−」で結んだ量 ── 時空間隔 \(s^2=(ct)^2-x^2\) ── だけは、どの観測者から見ても寸分違わず同じ。バラバラに見えた時間の伸びと長さの縮みは、じつはこの一つの不変量を保つように、たがいに帳尻を合わせていたのです。この回で、相対論の幾何的な背骨が見えます。
ふつうの平面幾何。棒を回転させると、その端点の座標 \((x,y)\) は変わります。横に寝かせれば \(x\) が伸び \(y\) が減る。でも棒の長さは変わらない ── 長さ² \(=x^2+y^2\) は、回転しても不変。座標 \(x,y\) は「どう置いたか」で変わる舞台装置、長さこそが物理。回転で保たれる \(x^2+y^2\)、これがユークリッド幾何の不変量です。
相対論も、これとそっくりの構造を持ちます。ただ一箇所 ── 符号が違う。
時空図(第1回)では、縦が時間 \(ct\)、横が空間 \(x\)。観測者を変える(別の速さで動く人に乗り換える)と、同じ出来事の \(ct\) と \(x\) は、第2回の \(\gamma\) にしたがってバラバラに変わる。ところが ──
ユークリッドの \(x^2+y^2\) と、符号がひとつ違うだけ ── 時間の項が「+」、空間の項が「−」。このマイナス一つが、相対論のすべての奇妙さの源です。ユークリッドの「回転」にあたるのが、観測者の乗り換え(ローレンツ変換)で、それはこの \(s^2\) を保つ時空の"回転"です。
確かめてみましょう。第2回の光時計は、時計自身にとっては同じ場所で時間 \(\Delta t_0\) 経つだけ(\(x=0\))だから \(s^2=(c\Delta t_0)^2\)。地上から見ると時間は \(\gamma\Delta t_0\) に伸び、場所も \(v\gamma\Delta t_0\) 動く。地上での \(s^2\) は ──
\(\gamma^2=1/(1-\beta^2)=c^2/(c^2-v^2)\) を入れる
$$s^2=\frac{c^2}{c^2-v^2}\,(c^2-v^2)\Delta t_0^2=(c\Delta t_0)^2$$時計自身で測った \(s^2=(c\Delta t_0)^2\) と、ぴったり一致した。時間が \(\gamma\) 倍に伸びた効果と、場所が動いた効果が、「−」の引き算でちょうど打ち消し合う。バラバラの \(ct\) と \(x\) の裏で、\(s^2\) は不動 ── これが不変量です。
下の時空図に、一つの出来事(緑の点)を置きます。スライダーは、あなたが乗る観測者の速さ \(\beta\)。観測者を変えると、その出来事の座標 \((ct,\,x)\) は動きます ── でも、でたらめには動かない。不変双曲線 \((ct)^2-x^2=s^2\) の上を、滑るだけ。時間 \(ct\) が増えれば空間 \(x\) も増え、\(s^2\) はきっちり一定。45°の光線(第1回の壁)は、この双曲線が近づいていく漸近線です。
ユークリッドなら、点は原点中心の円(\(x^2+y^2\) 一定)の上を回ります。時空では「−」のせいで、円が双曲線に化ける。観測者の乗り換えは、円の回転ではなく双曲線に沿ったすべり(双曲回転)。これがローレンツ変換の正体です。点がどこへ滑っても、原点からの"時空の隔たり" \(s\) は変わりません。
この \(s^2\) には、うれしい意味があります。出来事が原点から時間的に離れている(\(s^2>0\)、光線より内側)とき、\(s/c\) は ── その出来事まで実際に旅する時計が刻む時間。これを固有時間 \(\tau\) といいます。
第2回で「本当に不変なのは各自の固有時間 τ」と予告した、あれです。座標時間 \(t\) は観測者ごとにバラバラでも、実際にその道を旅した時計が読む \(\tau\) は、みんなの計算が一致する ── 経路に沿った \(s\) だから。
これで双子のパラドックスもほどけます。地球に残る双子と、宇宙を旅して戻る双子。二人の世界線は、時空図の同じ2点(出発と再会)を結ぶ別々の道。ユークリッドなら「まっすぐが最短」ですが、時空は「−」の幾何なので逆 ── まっすぐ(慣性)=固有時間が最長、遠回り(加速して旅する)=固有時間が短い。だから旅した双子のほうが若い。これは相対的な錯覚ではなく、二本の道に沿った \(s\)(不変量)の差そのもの。加速して道を曲げた側が、確定的に若く戻る。
時空間隔 \(s^2=(ct)^2-x^2\) がローレンツ変換で不変なこと、ローレンツ変換が \(s^2\) を保つ双曲回転で出来事が不変双曲線上を動くこと、時間的間隔で \(\tau=s/c\) が固有時間(その時計が読む不変な経過時間)であること、慣性運動が固有時間を最大化し双子問題で加速側が若返ることは、いずれも確立した物理です。
符号の約束は流儀が二つあり、本稿は時間を+にする \((+,-,-,-)\) を採りました(空間を+にして \(s^2=x^2-(ct)^2\) と書く本もある。物理は同じ)。 3次元では \(s^2=(ct)^2-x^2-y^2-z^2\)。 また \(s^2=(ct)^2-x^2\) は平坦な時空(ミンコフスキー)の間隔で、重力があると各点で微小な間隔 \(ds^2\) を計量が場所ごとに与える曲がった幾何になります(第6・7回)。「双曲回転」の図は 1+1 次元の模式で、実際の速度合成や3次元の回転はこの上に乗ります。
時間も距離も観測者ごとにバラバラ(第2回)。でも、時間と空間を「−」で結んだ時空間隔 \(s^2=(ct)^2-x^2\) だけは、誰が測っても同じ。ユークリッドの不変量 \(x^2+y^2\)(回転で不変)と符号が一つ違うだけで、そのマイナス一つが相対論の奇妙さの源。観測者の乗り換え(ローレンツ変換)は、円の回転でなく双曲線に沿ったすべり ── 出来事は不変双曲線 \(s^2=\)一定 の上を滑り、\(ct\) と \(x\) は変わっても \(s\) は不動。
時間的な間隔なら \(\tau=s/c\) が固有時間 ── その時計自身が読む、不変な経過時間(第2回の宿題の回収)。時空は「−」の幾何ゆえ「まっすぐ=固有時間最長」で、双子問題は加速して道を曲げた側が確定的に若返る。符号 \(s^2\gtrless0\) は時間的・光的・空間的を分け、因果の骨組みを決める(第5回へ)。単位のある \(t,x\) は舞台装置、残るのは不変量 \(s\) だけ ── 相対論の背骨です。
印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面では観測者の β を変えると、出来事の点が不変双曲線の上を滑ります(s² は一定)。「答えを見る」で解答が開きます。