速さを β に畳んだ。次は時間そのもの ── たった一つの原理「c は全員同じ」から、時間の遅れが出る
第1回で、速さを単位のない \(\beta=v/c\) に畳みました。この回で動くのは、時間そのもの。速く動く時計は、止まっている時計よりゆっくり進む ── 有名な「時間の遅れ」です。魔法のようですが、種はたった一つの原理しかありません ── 光速 \(c\) は、どの観測者から見ても同じ値(第1回の正直な線で「ここが核心」と言ったあれ)。この一点さえ認めれば、あとは中学のピタゴラスの定理だけで、遅れ具合を表すたった一つの関数 ── ローレンツ因子 \(\gamma=1/\sqrt{1-\beta^2}\) ── が転がり出てきます。時間の遅れも、長さの縮みも、次回以降の \(E=mc^2\) も、ぜんぶこの \(\gamma\) が引き受ける。手を動かして導きましょう。
「動くと時間が遅れる」と聞くと、時計の機械が揺れで狂うのかと思うかもしれません。違います。どんな仕組みの時計でも、時間そのものが遅れる。理由を最短で掴むために、いちばん単純な時計 ── 光時計を使います。仕組みが光速 \(c\) だけで決まるので、「c は全員同じ」という原理が直接効くからです。
光時計はこうです。距離 \(L\) だけ離した2枚の鏡の間を、光が上下に往復する。1往復(正確には片道)を「1チクタク」と数える。止まっている光時計なら、光はまっすぐ上下するだけ ── 片道の時間は \(\Delta t_0=L/c\)。これがこの時計の固有の刻みです。
さて、この光時計を横向きに速さ \(v\) で走らせる。すると、地上で見ている私たちには、光は上へ進む間に時計ごと横にもずれるので、斜めの経路を通って見える。斜めは、まっすぐ上下より長い。ところが ── 光の速さは、走っていようがいまいが同じ \(c\)(これが原理)。長い道のりを同じ速さで進むなら、より長い時間がかかる。だから地上から見た1チクタク \(\Delta t\) は、時計自身の \(\Delta t_0\) より長くなる ── これが「動く時計は遅れる」の正体です。
三角形を描くだけです。地上から見た1チクタクの時間 \(\Delta t\) の間に ── 光は斜めに \(c\,\Delta t\) 進み(斜辺)、時計は横に \(v\,\Delta t\) 進み(底辺)、鏡の間隔は変わらず \(L=c\,\Delta t_0\)(高さ)。直角三角形なので、ピタゴラス:
両辺を整理して \(\Delta t\) について解く(\(\beta=v/c\))
$$(c^2-v^2)\Delta t^2=c^2\Delta t_0^2\ \Rightarrow\ \Delta t=\frac{\Delta t_0}{\sqrt{1-v^2/c^2}}=\frac{\Delta t_0}{\sqrt{1-\beta^2}}$$出ました。地上時間 \(\Delta t\) は、時計の固有時間 \(\Delta t_0\) の \(1/\sqrt{1-\beta^2}\) 倍。この倍率にこそ名前がついています。
\(\gamma\) は、単位のない \(\beta\) だけで決まる純粋な関数。動く時計の固有の1チクタク \(\Delta t_0\) は、地上では \(\gamma\) 倍に引き伸ばされて見える ── つまり動く時計は \(1/\gamma\) 倍にゆっくり進む。\(\gamma\ge1\) で、\(\beta\to1\) で無限大。
下の図は、走る光時計です。2枚の鏡(琥珀の横線)の間を、光の点が往復します。スライダーで \(\beta\) を上げると時計は速く右へ動き、光の経路は斜めに伸びていく(軌跡を薄く残しています)。光の速さは一定なので、斜めが長くなるぶん、上下の往復=チクタクが目に見えて遅くなる。\(\beta\to1\) では光がほとんど横に寝てしまい、いつまでも天井に着かない ── 時間がほぼ止まる。右下に、地上の時間と時計の時間の進みぐあいを並べています。
\(\gamma\) がどれだけ大きいか、いくつか値を見ます。日常の \(\beta\) では、\(\gamma\) は 1 とほとんど区別がつきません。
小さい β では(テイラー展開)
$$\gamma\approx 1+\tfrac12\beta^2$$・新幹線 \(\beta\approx3\times10^{-7}\):\(\gamma-1\approx5\times10^{-14}\)(無視できる)
・\(\beta=0.87\):\(\gamma\approx2\)(時間が半分の速さ)
・\(\beta=0.99\):\(\gamma\approx7.1\)/\(\beta=0.999\):\(\gamma\approx22\)
遅れは \(\beta^2\) で効くので、日常(\(\beta\approx0\))ではまったく見えない。だから何千年も誰も気づかなかった ── 第1回の「ニュートンは β→0」と同じ理由です。
そして同じ \(\gamma\) は、長さの縮みも引き受けます。動く物体は、進行方向に \(1/\gamma\) 倍に縮んで見える(ローレンツ収縮)。時間が \(\gamma\) 倍に伸び、長さが \(1/\gamma\) 倍に縮む ── 時間と空間が逆向きに、同じ \(\gamma\) で変わる。この「時間と空間がセットで変わる」感じが、次回の時空間隔の伏線です。単位のある時間や長さは観測者ごとにバラバラ(舞台装置)に変わるのに、その裏で一つの \(\gamma\) が全部を仕切っている。
光時計からの \(\gamma=1/\sqrt{1-\beta^2}\) の導出、\(\Delta t=\gamma\Delta t_0\)(時間の遅れ)、長さの \(1/\gamma\) 収縮、ミューオンの寿命延長や GPS の補正(約38μs/日)は、いずれも確立した物理で、実験・実用で確認済みです。導出が使った唯一の仮定は「\(c\) が全観測者で同じ」── これは単位の話ではなく、相対論の原理(実験事実)です。
ただし核心的な注意 ── 「遅れる」は相対的です。「私から見てあなたの時計が遅れる」なら、対称に「あなたから見て私の時計が遅れる」も成り立つ(どちらも等速で動くだけなら、絶対的にどちらが遅い、はない)。矛盾に見えるこの相互性は、「同時」が観測者ごとに違うこと(第5回)でほどけます。有名な双子のパラドックスで本当に差がつくのは、片方が加速して戻ってくるから ── 加速が対称性を破ります。そして、観測者によらず本当に不変なのは、その人自身の時計が刻む固有時間 τで、これが次回の時空間隔の主役です。
速く動く時計は、\(1/\gamma\) 倍にゆっくり進む。その \(\gamma\) は、たった一つの原理「\(c\) は全員同じ」とピタゴラスの定理だけから出る。光時計を横に走らせると、光は斜めの長い経路を通るが速さは同じ \(c\) ── だから地上の1チクタク \(\Delta t\) は固有の \(\Delta t_0\) より長く、\((c\Delta t)^2=(v\Delta t)^2+(c\Delta t_0)^2\) を解いて \(\Delta t=\gamma\Delta t_0,\ \gamma=1/\sqrt{1-\beta^2}\)。
\(\gamma\) は単位のない \(\beta\) だけの純粋な関数で、日常(\(\beta\approx0\))では \(\gamma\approx1\)、光速近くで無限大。時間は \(\gamma\) 倍に伸び、長さは \(1/\gamma\) 倍に縮む ── 時間と空間がセットで、一つの \(\gamma\) に仕切られる。ミューオンや GPS で実証済みの、動く工学。ただし「遅れる」は相対的で、本当に不変なのは各自の固有時間 τ ── それが次回の時空間隔へつながります。単位のある時間・長さは観測者ごとの舞台装置、束ねるのは β の関数 γ。
印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面では β スライダーで光時計を走らせると、光路が斜めに伸びチクタクが遅れます。「答えを見る」で解答が開きます。