わかる相対論第 2 回 / γ ── 動く時計は、β だけ遅れる

速さを β に畳んだ。次は時間そのもの ── たった一つの原理「c は全員同じ」から、時間の遅れが出る

γ ── 動く時計は、β だけ遅れる 速く動く時計は、ゆっくり進む。その遅れ具合は、β だけで決まるたった一つの関数 γ=1/√(1−β²)。
種は一つ ── 「光速 c は、誰から見ても同じ」。あとはピタゴラスの定理だけで出ます。

必要な道具:ピタゴラスの定理、第1回の β、そして「c は全員同じ」 この回の関数:γ = 1/√(1−β²)

第1回で、速さを単位のない \(\beta=v/c\) に畳みました。この回で動くのは、時間そのもの。速く動く時計は、止まっている時計よりゆっくり進む ── 有名な「時間の遅れ」です。魔法のようですが、種はたった一つの原理しかありません ── 光速 \(c\) は、どの観測者から見ても同じ値(第1回の正直な線で「ここが核心」と言ったあれ)。この一点さえ認めれば、あとは中学のピタゴラスの定理だけで、遅れ具合を表すたった一つの関数 ── ローレンツ因子 \(\gamma=1/\sqrt{1-\beta^2}\) ── が転がり出てきます。時間の遅れも、長さの縮みも、次回以降の \(E=mc^2\) も、ぜんぶこの \(\gamma\) が引き受ける。手を動かして導きましょう。

01動く時計は遅れる ── でも、なぜ?

「動くと時間が遅れる」と聞くと、時計の機械が揺れで狂うのかと思うかもしれません。違います。どんな仕組みの時計でも、時間そのものが遅れる。理由を最短で掴むために、いちばん単純な時計 ── 光時計を使います。仕組みが光速 \(c\) だけで決まるので、「c は全員同じ」という原理が直接効くからです。

02光時計 ── 「c は全員同じ」から出発する

光時計はこうです。距離 \(L\) だけ離した2枚の鏡の間を、光が上下に往復する。1往復(正確には片道)を「1チクタク」と数える。止まっている光時計なら、光はまっすぐ上下するだけ ── 片道の時間は \(\Delta t_0=L/c\)。これがこの時計の固有の刻みです。

さて、この光時計を横向きに速さ \(v\) で走らせる。すると、地上で見ている私たちには、光は上へ進む間に時計ごと横にもずれるので、斜めの経路を通って見える。斜めは、まっすぐ上下より長い。ところが ── 光の速さは、走っていようがいまいが同じ \(c\)(これが原理)。長い道のりを同じ速さで進むなら、より長い時間がかかる。だから地上から見た1チクタク \(\Delta t\) は、時計自身の \(\Delta t_0\) より長くなる ── これが「動く時計は遅れる」の正体です。

03ピタゴラスで、γ が出る

三角形を描くだけです。地上から見た1チクタクの時間 \(\Delta t\) の間に ── 光は斜めに \(c\,\Delta t\) 進み(斜辺)、時計は横に \(v\,\Delta t\) 進み(底辺)、鏡の間隔は変わらず \(L=c\,\Delta t_0\)(高さ)。直角三角形なので、ピタゴラス:

やってみよう ── 斜辺² = 底辺² + 高さ² $$(c\,\Delta t)^2=(v\,\Delta t)^2+(c\,\Delta t_0)^2$$

両辺を整理して \(\Delta t\) について解く(\(\beta=v/c\))

$$(c^2-v^2)\Delta t^2=c^2\Delta t_0^2\ \Rightarrow\ \Delta t=\frac{\Delta t_0}{\sqrt{1-v^2/c^2}}=\frac{\Delta t_0}{\sqrt{1-\beta^2}}$$

出ました。地上時間 \(\Delta t\) は、時計の固有時間 \(\Delta t_0\) の \(1/\sqrt{1-\beta^2}\) 倍。この倍率にこそ名前がついています。

この回の関数 ── ローレンツ因子 γ
$$\gamma=\frac{1}{\sqrt{1-\beta^2}}\qquad\Rightarrow\qquad \Delta t=\gamma\,\Delta t_0$$

\(\gamma\) は、単位のない \(\beta\) だけで決まる純粋な関数。動く時計の固有の1チクタク \(\Delta t_0\) は、地上では \(\gamma\) 倍に引き伸ばされて見える ── つまり動く時計は \(1/\gamma\) 倍にゆっくり進む。\(\gamma\ge1\) で、\(\beta\to1\) で無限大。

04動かしてみる ── 光時計を走らせる

下の図は、走る光時計です。2枚の鏡(琥珀の横線)の間を、光の点が往復します。スライダーで \(\beta\) を上げると時計は速く右へ動き、光の経路は斜めに伸びていく(軌跡を薄く残しています)。光の速さは一定なので、斜めが長くなるぶん、上下の往復=チクタクが目に見えて遅くなる。\(\beta\to1\) では光がほとんど横に寝てしまい、いつまでも天井に着かない ── 時間がほぼ止まる。右下に、地上の時間と時計の時間の進みぐあいを並べています。

図:走る光時計。2枚の鏡の間を光が往復=チクタク。β を上げると光の経路が斜めに伸び、c 一定ゆえチクタクが遅れる(β→1 で光が寝て時間が止まる)。地上の時間 vs 時計の時間=1:1/γ
光時計(鏡+往復する光) 光の斜めの軌跡

05γ の顔 ── 日常は 1、μ粒子と GPS では効く

\(\gamma\) がどれだけ大きいか、いくつか値を見ます。日常の \(\beta\) では、\(\gamma\) は 1 とほとんど区別がつきません。

γ の値と、日常近似

小さい β では(テイラー展開)

$$\gamma\approx 1+\tfrac12\beta^2$$

・新幹線 \(\beta\approx3\times10^{-7}\):\(\gamma-1\approx5\times10^{-14}\)(無視できる)
・\(\beta=0.87\):\(\gamma\approx2\)(時間が半分の速さ)
・\(\beta=0.99\):\(\gamma\approx7.1\)/\(\beta=0.999\):\(\gamma\approx22\)

遅れは \(\beta^2\) で効くので、日常(\(\beta\approx0\))ではまったく見えない。だから何千年も誰も気づかなかった ── 第1回の「ニュートンは β→0」と同じ理由です。

効いている実例 ── μ粒子と GPS 宇宙線で大気上空に生まれるミューオンは、寿命が短く本来なら地上に届く前に崩壊するはず。でも \(\beta\approx0.999\)(\(\gamma\approx22\))で飛ぶので、地上から見ると寿命が \(\gamma\) 倍に延び、ちゃんと地表に到達する ── 毎秒あなたの手のひらを貫いています。 GPS 衛星の原子時計も、動きによる特殊相対論の遅れ(+重力による一般相対論のずれ)を補正しないと、1日で約 38 μs ずれ、位置が 10 km も狂う。\(\gamma\) は、教科書の数式ではなく動いている工学です。

そして同じ \(\gamma\) は、長さの縮みも引き受けます。動く物体は、進行方向に \(1/\gamma\) 倍に縮んで見える(ローレンツ収縮)。時間が \(\gamma\) 倍に伸び、長さが \(1/\gamma\) 倍に縮む ── 時間と空間が逆向きに、同じ \(\gamma\) で変わる。この「時間と空間がセットで変わる」感じが、次回の時空間隔の伏線です。単位のある時間や長さは観測者ごとにバラバラ(舞台装置)に変わるのに、その裏で一つの \(\gamma\) が全部を仕切っている。

◇ ◇ ◇
正直な線 ── 「どちらが遅れる?」の落とし穴

光時計からの \(\gamma=1/\sqrt{1-\beta^2}\) の導出、\(\Delta t=\gamma\Delta t_0\)(時間の遅れ)、長さの \(1/\gamma\) 収縮、ミューオンの寿命延長や GPS の補正(約38μs/日)は、いずれも確立した物理で、実験・実用で確認済みです。導出が使った唯一の仮定は「\(c\) が全観測者で同じ」── これは単位の話ではなく、相対論の原理(実験事実)です。

ただし核心的な注意 ── 「遅れる」は相対的です。「私から見てあなたの時計が遅れる」なら、対称に「あなたから見て私の時計が遅れる」も成り立つ(どちらも等速で動くだけなら、絶対的にどちらが遅い、はない)。矛盾に見えるこの相互性は、「同時」が観測者ごとに違うこと(第5回)でほどけます。有名な双子のパラドックスで本当に差がつくのは、片方が加速して戻ってくるから ── 加速が対称性を破ります。そして、観測者によらず本当に不変なのは、その人自身の時計が刻む固有時間 τで、これが次回の時空間隔の主役です。

練習問題(この回の式だけで解けます)
  1. \(\beta=0.6\) のとき \(\gamma\) はいくつか。動く時計は地上時計の何倍の速さで進むか。
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    \(\gamma=1/\sqrt{1-0.36}=1/\sqrt{0.64}=1/0.8=1.25\)。動く時計は \(1/\gamma=0.8\) 倍の速さ(地上で1秒経つ間に0.8秒しか進まない)。
  2. \(\gamma=2\) にするには \(\beta\) をいくつにすればよいか。
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    \(2=1/\sqrt{1-\beta^2}\Rightarrow\sqrt{1-\beta^2}=1/2\Rightarrow1-\beta^2=1/4\Rightarrow\beta=\sqrt{3}/2\approx0.87\)。光速の約87%。
  3. 新幹線(\(\beta\approx3\times10^{-7}\))で \(\gamma-1\approx\tfrac12\beta^2\) を概算せよ。時間の遅れは体感できるか。
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    \(\tfrac12(3\times10^{-7})^2\approx4.5\times10^{-14}\)。1日(約9万秒)でも \(4\times10^{-9}\) 秒=4ナノ秒。まったく体感できない。日常が β→0 だから。
  4. 光時計の導出で使った「唯一の仮定」は何か。もし光速が観測者ごとに違ったら、γ は出るか。
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    唯一の仮定は「光速 c が全観測者で同じ」。もし走る時計で光が速くなれば、斜めの長い経路を速く進めてしまい、遅れは出ない。c 不変が時間の遅れの源。

第2回まとめ時間の遅れは、β だけの関数 γ

速く動く時計は、\(1/\gamma\) 倍にゆっくり進む。その \(\gamma\) は、たった一つの原理「\(c\) は全員同じ」とピタゴラスの定理だけから出る。光時計を横に走らせると、光は斜めの長い経路を通るが速さは同じ \(c\) ── だから地上の1チクタク \(\Delta t\) は固有の \(\Delta t_0\) より長く、\((c\Delta t)^2=(v\Delta t)^2+(c\Delta t_0)^2\) を解いて \(\Delta t=\gamma\Delta t_0,\ \gamma=1/\sqrt{1-\beta^2}\)

\(\gamma\) は単位のない \(\beta\) だけの純粋な関数で、日常(\(\beta\approx0\))では \(\gamma\approx1\)、光速近くで無限大。時間は \(\gamma\) 倍に伸び、長さは \(1/\gamma\) 倍に縮む ── 時間と空間がセットで、一つの \(\gamma\) に仕切られる。ミューオンや GPS で実証済みの、動く工学。ただし「遅れる」は相対的で、本当に不変なのは各自の固有時間 τ ── それが次回の時空間隔へつながります。単位のある時間・長さは観測者ごとの舞台装置、束ねるのは β の関数 γ

この文書は「わかる相対論」シリーズ第2回、物理好きの高校生・大学生向け読み物です。光速度不変の原理と光時計から導かれる時間の遅れ \(\Delta t=\gamma\Delta t_0\)、ローレンツ因子 \(\gamma=1/\sqrt{1-\beta^2}\)、進行方向の長さ収縮 \(1/\gamma\)、小 \(\beta\) 展開 \(\gamma\approx1+\beta^2/2\)、大気ミューオンの寿命延長、GPS の相対論補正(特殊+一般で正味約38μs/日)は、いずれも確立した標準物理です。時間の遅れは慣性系間で相互的(対称)であり「絶対的にどちらが遅い」は存在しないこと、双子のパラドックスの非対称性は加速に由来すること、観測者不変の量は固有時間 \(\tau\)(第3回の時空間隔)であることは本文「正直な線」に明記しました。図は走る光時計の光路と時間の遅れの模式で、光路の見かけの速さは画面表示上の演出(実際の光速は不変)です。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を(印刷版ではアニメと解答は静止・非表示になります)。前後の回:第1回 β目次

印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面では β スライダーで光時計を走らせると、光路が斜めに伸びチクタクが遅れます。「答えを見る」で解答が開きます。