わかる相対論第 1 回 / β ── 速さは、c の何割か

相対論が難しいのは、単位のある「時間・距離・速さ」から考えるから ── まず c を、速さでなく両替レートと見る

β ── 速さは、c の何割か c は「とても速い乗り物」ではない。時間と空間をつなぐ両替レートだ。
時間を ct で距離に直せば時空はひと続き ── だから意味のある速さは、単位のない割合 β=v/c だけ。

必要な道具:割り算、光年という単位、わかる場の「単位は舞台装置」 この回の比:β = v/c

相対論は「難しい」と言われます。でも難しさの正体は、たいてい単位のある量から考えていること。秒で測った時間、メートルで測った距離、m/s で測った速さ ── これらを持ったまま考えるから、式が入り組んで見える。この回でやるのは、たった一つの視点の転換です。光速 \(c\) を「速さ」ではなく、時間と空間の両替レートと見る。時間に \(c\) を掛けて距離に直してしまえば(\(ct\))、時間と空間は同じ単位の、ひと続きのもの。すると「速さ」は、単位のない割合 ── β=v/c、c の何割か ── だけになる。この一歩で、相対論はぐっと素直になります。

01「速い」って、何と比べている?

時速 300 km は速い。でも地球は太陽のまわりを時速 10 万 km で回っていて、私たちは平気で暮らしている。「速い・遅い」は、つねに何かとの比べものにすぎません。では、比べる相手の"親玉"はあるか。あります ── どんな観測者から見ても同じ値になる、宇宙にただ一つの基準速度 \(c\)。相対論は、この \(c\) を物差しにして速さを測り直すところから始まります。

02c は速さではなく、時間と空間の両替レート

「1 光年」という単位を思い出してください。これは距離の単位なのに、"年"という時間が入っている。光が1年かけて進む距離、という意味です。ここにヒントがある ── \(c\) を掛けると、時間が距離に化ける

c は「時間 → 距離」の両替レート
$$\text{時間 }t\ \xrightarrow{\ \times c\ }\ \text{距離 }ct$$

1 秒は、\(c\times1\text{秒}=3\times10^8\) m =「30 万 km の時間」。ドルを円に換えるレートのように、\(c\) は秒をメートルに換える為替レート。時間と空間は、\(c\) というレートで結ばれた同じ通貨だったのです。

これは深い含意を持ちます。もし私たちが最初から時間も距離も同じ単位(たとえば両方メートル)で測っていたら、\(c\) は単なる \(1\) になり、式から消えてしまう。\(c\) が \(3\times10^8\) という大きな数に見えるのは、時間を秒、距離をメートルという別々の単位で測っているからにすぎない ── 横をメートル、縦をフィートで測った地図に、へんな換算係数が現れるのと同じ。\(c\) は物理の深い数ではなく、単位のちぐはぐさが生む見かけの定数。だから物理学者は、しばしば \(c=1\) と置きます(自然単位)。「わかる場」で繰り返した〈単位のある量は舞台装置〉が、ここでも効いている。

03だから、意味のある速さは β=v/c

時間と空間が \(c\) で結ばれた同じ通貨なら、速さ \(v\)(距離÷時間)を、この宇宙の基準 \(c\) で割って単位のない割合にするのが自然です。

この回の比 ── β(速さは c の何割か)
$$\beta=\frac{v}{c}\qquad(0\le\beta<1)$$

\(\beta\) は単位のない純粋な割合。\(\beta=0.5\) なら「光速の半分」。そして物質は、どんなに加速しても \(\beta=1\)(光速)に届かない。\(\beta=1\) は光だけの特権で、物質にとっては越えられない壁です(なぜ壁なのかは第5・6回)。

身のまわりの \(\beta\) を並べると、その小ささに驚きます。

やってみよう ── 日常の β

新幹線(320 km/h ≈ 89 m/s)

$$\beta=\frac{89}{3\times10^8}\approx3\times10^{-7}$$

地球の公転(30 km/s)

$$\beta=\frac{3\times10^4}{3\times10^8}=1\times10^{-4}$$

新幹線でさえ光速の1000万分の3。地球の公転でも1万分の1。いっぽう加速器の陽子は \(\beta\approx0.999999991\)、光は \(\beta=1\)。日常はすべて \(\beta\approx0\) の世界 ── だから相対論の効果は、ふだん顔を出さないのです。

04動かしてみる ── 時空図で、β は世界線の傾き

時間と空間を同じ通貨にしたので、一枚の図に描けます。横軸が空間 \(x\)、縦軸が時間 \(ct\)(時間を距離に換算)の時空図。止まっている物は時間だけ進むので、世界線(その物の軌跡)はまっすぐ上。動くと、進むにつれ横にずれるので、世界線が傾く。その傾き(縦から測った角度)が、ちょうど \(\beta\) です。

スライダーで \(\beta\) を上げてみてください。世界線が、光の世界線(\(\beta=1\)、45°)に近づいていく。でも ── 決して 45°には届かない。物質の世界線は必ず光線より立っている。45°の光線は、越えられない壁として斜めに走っています。「速さ」とは、この時空図での世界線の傾きのことだったのです。

図:時空図(横=空間 x、縦=時間 ct)。止まった物の世界線は真上、動くと β だけ傾く。β を上げると 45°の光線(β=1・壁)に近づくが、物質は決して届かない
物の世界線(傾き=β) 光の世界線(β=1・45°の壁)

05ニュートンは、β→0 の物理学

日常の \(\beta\) は \(10^{-7}\) 程度。相対論の効果は \(\beta^2\) のオーダーで効くので、\(\beta^2\approx10^{-14}\) ── 完全に無視できる。だから、時間はみんな共通、速さは単純に足し算、というニュートンの世界で何の不都合もなかった。

ニュートン = β→0 の相対論

相対論の式で \(\beta\to0\)(=\(c\to\infty\))とすると、すべてニュートン力学に戻る。ニュートンが間違っていたのではなく、\(\beta\) が極小の世界で正しかった。これは「わかる場」第1回で、ニュートンの瞬時力が遅れ数 \(\varepsilon\to0\) の近似だったのと、まったく同じ構図です。

視点をまとめます。\(c\) は速さではなく、時間を距離に換える両替レート。時間と空間は \(c\) で結ばれた同じ通貨で、時空はひと続き。だから物理を決める速さは、単位のある \(v\)(m/s)ではなく、単位のないβ=v/c。\(c\) 自体は単位のちぐはぐさが生む見かけの数で、\(c=1\) と置けば消える。単位を捨てて β から考える ── この一歩さえ踏めば、次回からの時間の遅れも、E=mc² も、すべて β の関数として素直にほどけていきます。

◇ ◇ ◇
正直な線 ── 「両替レート」と「壁」の射程

\(c\) が時間と空間を結ぶ換算係数で、\(ct\) により時間を長さの次元で測れること(時空の統一)、自然単位で \(c=1\) と置けること、\(\beta=v/c\) が無次元で日常では極小(新幹線 \(\sim3\times10^{-7}\))なこと、\(c\to\infty\) 極限でニュートン力学が回復することは、いずれも確立した物理です。

ただし。 ① 「\(c\) はただの単位換算」は言い過ぎないこと ── \(c\) がすべての観測者で同じ値になる(光速不変)という中身は、単位の話ではなく物理の要請(実験事実)で、そここそ相対論の核心です。本稿は「大きな数 \(3\times10^8\) という見かけは単位のせい」と言っているだけで、\(c\) の普遍性まで単位に帰しているのではありません。 ② 「物質は \(\beta=1\) に届かない/\(c\) が壁」は、この回では結論だけ先取りしました。理由(エネルギーが無限に要る・因果律)は第4〜6回で示します。 ③ 時空図の「傾き=β」は1次元運動の話。速さの足し算が単純でないこと(相対論的速度合成)も後の回で扱います。

練習問題(この回の式だけで解けます。c ≈ 3×10⁸ m/s)
  1. 音速は約 340 m/s。β を求めよ。相対論効果は効きそうか。
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    \(\beta=340/(3\times10^8)\approx1.1\times10^{-6}\)。極小なので相対論効果は事実上ゼロ(\(\beta^2\sim10^{-12}\))。音速は"遅い"。
  2. 「1 光年」はなぜ距離の単位なのに"年"が入るのか。c の役割で説明せよ。
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    \(c\) が時間を距離に換える両替レートだから。1 光年 = \(c\times1\)年 = 光が1年で進む距離。時間 × c = 距離、という換算そのもの。
  3. 時空図で、止まっている物・β=0.5 の物・光は、世界線がそれぞれどんな傾きか。
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    止まった物:真上(縦・傾き0)。β=0.5:縦から少し傾く(tan=0.5)。光:45°(β=1)。物質の世界線は必ず45°より立っている。
  4. 相対論の式で \(\beta\to0\) にすると何になるか。それはこのシリーズ/わかる場の何と同じ構図か。
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    ニュートン力学。「わかる場」第1回でニュートンの瞬時力が遅れ数 \(\varepsilon\to0\) の近似だったのと同じ ── ニュートンは β→0(c→∞)の極限。

第1回まとめ速さは β=v/c ── c は速さでなく両替レート

相対論の難しさは、単位のある時間・距離・速さから考えることに多くが由来する。視点を変えて、\(c\) を「速い乗り物」ではなく時間と空間の両替レートと見る ── \(ct\) で時間を距離に換算すれば、時空はひと続きの同じ通貨。すると \(c\) が \(3\times10^8\) と大きく見えるのは秒とメートルという別単位のちぐはぐさのせいで、\(c=1\) と置けば消える。

だから物理を決める速さは、単位のある \(v\) ではなく、単位のない割合 β=v/c。物質は \(\beta=1\)(光速)に届かず、45°の光線は越えられない壁(時空図では β=世界線の傾き)。日常は \(\beta\approx10^{-7}\) の世界だから、相対論効果は隠れ、ニュートン(β→0)で足りた ── 「わかる場」でニュートンが ε→0 の近似だったのと同じ構図。単位を捨て β から考える、その一歩がこのシリーズの出発点です。

この文書は「わかる相対論」シリーズ第1回、物理好きの高校生・大学生向け読み物です。光速 \(c\) が時間と空間を結ぶ換算係数であり \(ct\) で時間を長さ次元にできること(ミンコフスキー時空の統一)、自然単位系で \(c=1\) と選べること、\(\beta=v/c\) が無次元で通常の物体では \(\beta<1\) であること、\(c\to\infty\)(\(\beta\to0\))極限でガリレイ/ニュートン力学が回復することは、いずれも確立した標準物理です。\(c\) の数値が大きく見えるのは単位選択(秒・メートル)の産物ですが、\(c\) が全慣性系で不変であること(光速度不変の原理)は単位の問題ではなく物理的要請・実験事実であり相対論の核心である点、物体が \(\beta=1\) に到達できない理由(無限のエネルギー・因果律)は第4〜6回で扱う点は本文「正直な線」に明記しました。時空図の「傾き=β」は1+1次元の模式で、相対論的速度合成は後続の回で扱います。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を(印刷版ではスライダーと解答は静止・非表示になります)。関連:目次/姉妹編 わかる場 第1回

印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面では β スライダーで、時空図の世界線が 45°の光線(壁)に近づきます。「答えを見る」で解答が開きます。