姉妹編「わかる力」番外『力の速さ』を、こんどは "場" の側から ── そして、単位のない数(比)だけで
まず、あなたが学校で習った力の絵を一つ、疑ってみます。「太陽が地球を引く」── この矢印は、地球から見て太陽の今いる方向を指している、と思っていませんか。ニュートンの重力は、そう教わります。距離 \(r\) だけ離れた二つの物体が、その瞬間に、間の空間をすっ飛ばして引き合う。これを遠隔作用(action at a distance)といいます。この回で見るのは、これが近似だということ。本当は、力は瞬時には伝わらない。伝わる速さには上限 \(c\)(光速)があり、あなたが感じる力は、相手の "さっき" を指している。そして、その "さっき" のズレを一つの比にまとめると ── いつニュートンで足り、いつ足りないかが、割り算一発で見えてきます。
ニュートンの万有引力は、こう書けます。
右辺に出てくるのは、すべて同じ時刻 \(t\) の量。距離も、方向も「今この瞬間」の値。時間の遅れは、どこにも入っていない。
この式は、気持ちがいい。太陽がどこにいようと、地球は即座にそれを知り、正しい方向に引かれる。惑星の軌道を、これは 300 年ぶん、みごとに当ててきました。だから疑いにくい。でも、よく見ると奇妙です。太陽と地球のあいだには、1 億 5000 万 km の何もない空間がある。太陽は、その空間を飛び越えて、どうやって「今ここにいるよ」という報せを、一瞬で地球に届けているのか? 誰が、その手紙を運んでいるのか?
ニュートン自身、ここが気持ち悪いと正直に書き残しています。「物体が、間にある何も無しに、真空を通して遠くの物体に作用できる ── これは私には大きな不合理に思える」。式は当たるのに、仕組みが空白。この空白を埋める発明が、場でした。
思考実験を一つ。今この瞬間、太陽が魔法のように消えたとします。地球は、いつ「引く相手がいなくなった」と気づくか。
ニュートンの式なら、答えは即座。\(r\to\infty\) が瞬時に伝わり、地球は同じ瞬間にまっすぐ飛び去る。でも実際は違います。重力の変化が伝わる速さにも上限 \(c\) があり、太陽から地球まで光(や重力の報せ)が旅する時間は ──
距離 ÷ 速さ
$$t_{\text{news}} = \frac{r}{c} = \frac{1.5\times10^{11}\,\text{m}}{3.0\times10^{8}\,\text{m/s}} \approx 500\,\text{秒} \approx 8\text{分}20\text{秒}$$つまり太陽が消えても、地球はその後 8 分 20 秒間、何も知らずに、もう存在しない太陽のまわりを回りつづける。あなたが今見ている太陽の光も、今感じている引力も、すべて「8 分 20 秒前の太陽」からの手紙です。力は、相手の "今" でなく "さっき" を指している。
ここで、この回の主役になる比を作ります。遅れ \(t_{\text{news}}=r/c\) が「効く」かどうかは、その遅れを何と比べるかで決まる。比べる相手は、その現象が変化するのにかかる時間 \(T\)(軌道なら公転周期、揺れなら振動の周期)。二つの割り算 ──
\(\varepsilon \ll 1\) なら、遅れは無視できてニュートン(瞬時)でよい。\(\varepsilon\) が 1 に近づくほど、遅れが物理に顔を出す。単位は? 秒 ÷ 秒 ── 無い。ε は単位を持たない、純粋な比です。
地球の公転で計算してみましょう。\(r/c\approx500\) 秒、公転周期 \(T\approx3.15\times10^{7}\) 秒(1 年)。だから ──
10 万分の 1.6。とても小さい。だからニュートンで、ほぼ完璧に当たった。300 年ぶんの成功は、\(\varepsilon\) がたまたま極小の世界を相手にしていた、というだけのことだったのです。ニュートンが間違っていたのではない ── \(\varepsilon\to0\) という近似の中で、正しかった。
手紙を運ぶのは誰か。19 世紀、ファラデーとマクスウェルが出した答えが場です。発想を、こうひっくり返す。
「太陽が、遠くの地球を直接引く」のではない。太陽は、まず自分のまわりの空間をゆがめる(場を作る)。そのゆがみは、隣へ、隣へと伝わっていく。地球は、遠くの太陽を感じているのではなく、自分のいる、まさにその場所の場のゆがみを感じて引かれる。空間は空白ではなく、いたるところに「ゆがみの値」を持っている ── それが場です。
この描き替えの利点は、「手紙は誰が運ぶ?」への答えが出ること。運ぶのは場そのもの。太陽が動けば、そのゆがみの変化が場を伝って光速で広がり、\(r/c\) 秒後に地球の場所に到着する。場とは、この "遅れ" を空間の各点に貯めておく帳簿なのです。ニュートンの式が「今」だけで完結していたのに対し、場の描像では、あなたが今いる場所の値は、過去に源から出発した報せでできている。
下の図では、左の源(青丸)が上下に揺れています。源が動くたび、その位置から報せの波紋が、一定の速さ \(c\) で同心円状に広がる(水面に石を落としたときのように)。右にいる観測者(オレンジ)に、今まさに届いている波紋は ── 源が昔いた場所から出たもの。だから観測者が「感じる源の方向」(オレンジの矢印)は、源の今の位置(白抜きの丸)ではなく、昔の位置(塗りつぶしの青丸)を指します。そのズレこそ、遅れ \(r/c\) の目に見える姿です。
スライダーで報せの速さ \(c\) を変えてみてください。\(c\) を小さくすると波紋はゆっくり広がり、遅れ数 \(\varepsilon\) が大きくなって、今の位置と昔の位置が大きくズレる。\(c\) を大きくすると波紋は一瞬で届き、\(\varepsilon\to0\) ── 二つの位置が重なって、ニュートンの「今を指す力」に戻っていく。「なぜ光速か」ではなく、「光速が有限だから遅れる」を、手で確かめられます。
ここまでを一本の線にすると、こうです。力は場を介して伝わり、場は隣としか話さないから、news は光速 \(c\) で歩く。その遅れ \(r/c\) が効くかは、比 \(\varepsilon=(r/c)/T\) が決める。日常や惑星軌道では \(\varepsilon\) が極小(\(10^{-5}\) 以下)なので、遅れは見えず、ニュートンの "今を指す瞬時の力" で足りた。ニュートン力学とは、\(\varepsilon\to0\) の物理学だったのです。
では、\(\varepsilon\) が 1 に近づくのはどんな時か。式 \(\varepsilon=(r/c)/T\) を見れば一目 ── \(r\) が大きい(うんと遠い)か、\(T\) が小さい(うんと速く変化する)とき。たとえば:
・高速で振動する電流(アンテナ、GHz 回路)── \(T\) が極小。遅れが本質になり、場は源を離れて放射(電波・光)として飛び去る。
・連星パルサーやブラックホール合体 ── 強く速く動く重い天体。遅れが重力波として観測される。
・2017 年、中性子星合体からの重力波と光が、ほぼ同時刻に地球へ届いた(GW170817)。重力の news の速さは、光速と一致していた ── 誤差は \(10^{-15}\) 以内。ニュートンの「瞬時」は、ここで完全に否定されます。
同じ自然を、\(\varepsilon\) という一つの比が仕分けている。りんごの落下も惑星の軌道も(\(\varepsilon\approx0\))、アンテナから飛ぶ電波も重力波も(\(\varepsilon\sim1\))、別々の物理ではない。遅れ数がゼロに見えるか、無視できないか ── その違いだけ。これが「場で世界を読む」ことの最初の御利益です。
図と本文では「力は源の昔の位置を指す」と言い切りました。news(変化)が \(c\) で遅れて届くことは、確立した物理です(リエナール=ヴィーヘルト・ポテンシャル)。ただし厳密には一段深い話があります ── 源が等速直線運動しているときの静的な力は、実は "遅れを見越して" ちょうど補正が効き、結果として今の(外挿した)位置をほぼ指します。つまり等速運動の場は、遅れているのに news を運びません。
本当に "昔" が観測に残り、news が \(c\) で伝わるのは、源が加速したときだけ。加速が、場を源から引きはがして放射(波)として飛ばす。だから正確には「力の変化(news)は必ず \(c\) で遅れて届き、それを運ぶのは加速だ」。この "静かな力と、揺れる場(放射)" の腑分けは、番外編で正面から扱います(姉妹編「わかる力」番外『力の速さ ③ 静かな力は news を運ばない』と同じ landing)。この回の図は、遅れという概念を体で掴むための模式と受け取ってください ── 波紋が \(c\) で歩く、その一点は、完全に正確です。
ニュートンの力は、すべて同じ時刻「今」で完結し、遠くを瞬時に引く(遠隔作用)。だが力を運ぶのは場で、場は隣としか話さない(局所性)から、news は空間をワープできず光速 \(c\) で歩く。ゆえに力は遅れて届き、相手の "さっき" を指す。太陽が消えても地球は 8 分 20 秒気づかない ── その 8 分 20 秒が \(r/c\) です。
遅れが効くかは、単位のない一つの比 遅れ数 \(\varepsilon=(r/c)/T\) が決める。惑星軌道では \(\varepsilon\approx1.6\times10^{-5}\) と極小だから、ニュートンでほぼ完璧に当たった ── ニュートン力学とは \(\varepsilon\to0\)(\(c=\infty\))の物理学。逆に \(\varepsilon\) が 1 に近づく世界(高速振動・重力波)では遅れが主役になり、場は源を離れて放射になる。同じ自然を、\(\varepsilon\) という比が仕分けている。単位のある量(\(r\)、\(c\)、\(T\))は舞台装置、物理を決めるのは無次元の比 \(\varepsilon\) ── これが「場を比で読む」第一歩です。
印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面では c スライダーを動かすと、今の位置と昔の位置のズレ(遅れ)が変わります。「答えを見る」で解答が開きます。