位置と運動量は同時に決まらない ── 測定の下手さではなく、波であることの宿命(フーリエの表・裏)
前回の最後に予告した、連続と離散を結ぶ「フーリエの表・裏」── その核心が、この回の不確定性原理 \(\Delta x\cdot\Delta p\ge\hbar/2\) です。位置 \(x\) と運動量 \(p\) は、同時にはきっちり決められない。よくある誤解は「観測すると乱れるから」。それも一部ありますが、本質はもっと深い ── 波である以上、避けられない。狭い場所に集まった波(位置がはっきり)は、たくさんの波長を混ぜないと作れない(運動量がぼやける)。逆に、たった一つの波長の澄んだ波(運動量がはっきり)は、空間じゅうに広がってしまう(位置がぼやける)。短くはじいた音は音程が曖昧で、長く澄んだ音は「いつ鳴ったか」が曖昧 ── あれと同じことが、\(x\) と \(p\) の間で起きる。そして両者のぼやけの積の下限を握るのが、\(\hbar\)。位置と運動量の空間に、\(\hbar\) という最小の面積の粒があるのです。
「電子の位置と速度を同時に正確に測れない」── これを「測るときに光をぶつけて乱すから」と説明するのを聞いたことがあるかもしれません。それはハイゼンベルクの顕微鏡という別の(測定擾乱の)話で、不確定性の本体ではない。本体は、測る前から ── そもそも、位置も運動量も両方きっちり定まった状態が、存在しない。理由は、粒子が波(第2回の \(\psi\))だからです。
波には、動かしがたい性質があります。一箇所に集まった(狭い)波を作るには、いろんな波長の波をたくさん重ねないといけない。逆に、たった一つの波長の純粋な波は、空間じゅうに一様に広がる。これはフーリエが見抜いた、波の一般法則 ── 量子に限らず、音でも光でも成り立ちます。
波数と運動量は、第1回で \(p=\hbar k\) と結ばれていました。だから、純粋に波の事実 \(\Delta x\cdot\Delta k\ge1/2\) に \(\hbar\) を掛けるだけで、不確定性原理が出ます。
波の事実 \(\Delta x\cdot\Delta k\ge1/2\) に、粒と波の両替レート \(p=\hbar k\)(第1回)を掛けたもの。位置を鋭く(\(\Delta x\) 小)すれば運動量がぼやけ(\(\Delta p\) 大)、その逆も。両者の積は、\(\hbar/2\) より小さくできない。位置と運動量の平面(位相空間)で、一つの量子状態は面積 \(\sim\hbar\) より小さな点にはなれない── \(\hbar\) が張る最小の面積の粒です。
この「位相空間の最小面積 \(\hbar\)」は、第1回の \(S/\hbar\) と地続きです。作用 \(S\) は位相空間の面積の次元をもち、\(S/\hbar\) は「状態がいくつ入るか(\(\hbar\) の粒が何個ぶんか)」を数えている。\(S\gg\hbar\)(古典)なら粒は無数にあってなめらか、\(S\sim\hbar\) なら粒がむき出し ── 第1回の物差しと、同じ \(\hbar\) の顔です。
下の図。左が位置での波束(どこにいそうか \(|\psi(x)|^2\))、右が運動量での波束(どんな運動量を持ちそうか \(|\psi(p)|^2\))。この二つは、同じ状態のフーリエの表・裏です。スライダーで位置のぼやけ \(\Delta x\) を変えてみてください。
\(\Delta x\) を狭める(位置をはっきりさせる)と、右の運動量の山が広がる(運動量がぼやける)。逆に \(\Delta x\) を広げると運動量が鋭くなる。二つのぼやけの積 \(\Delta x\cdot\Delta p\) は、どう動かしても \(\hbar/2\) を下回れない(この最小をぴったり実現するのがガウス型の波束)。位置と運動量は、片方を締めれば片方が緩む、\(\hbar\) でつながれたシーソーなのです。
不確定性は、抽象論ではありません。世界の安定を支えています。古典では、原子の中の電子は、エネルギーを光として放ちながららせんを描いて原子核へ落ち込むはず(\(10^{-11}\) 秒で!)。ところが、電子を原子核の一点(\(\Delta x\to0\))に閉じ込めようとすると、不確定性で運動量のぼやけ \(\Delta p\sim\hbar/\Delta x\) が跳ね上がり、運動エネルギー \(\sim\Delta p^2/2m\) が爆発的に増える。落ち込むほど損 ── だから電子は、ある大きさ(原子の半径)で"落ちきれずに"止まる。
閉じ込め \(\Delta x\sim r\) で運動エネルギー \(\sim\hbar^2/(2mr^2)\)(増える)と、電気の位置エネルギー \(\sim-e^2/(4\pi\varepsilon_0 r)\)(下がる)の綱引き。合計が最小になる \(r\) が ── ちょうどボーア半径 \(\approx0.5\times10^{-10}\) m。
原子の大きさは、\(\hbar\) が張る不確定性と電気力の釣り合いで決まっている。私たちの体に大きさがあるのは、\(\hbar\) のおかげ。もし \(\hbar\to0\)(古典)なら、電子は核へ落ち、原子は ── 物質は ── 存在できない。
同じ理由で、量子は完全には静止できない(ゼロ点エネルギー)。\(\Delta x=0\) かつ \(\Delta p=0\) は不確定性が禁じるので、最低エネルギーの状態でも、わずかに"ふるえて"いる。絶対零度でもヘリウムが固まらないのも、これ。そして時間とエネルギーにも同じ関係 \(\Delta t\cdot\Delta E\ge\hbar/2\) があり ── 短い時間なら、エネルギーを"借りられる"。これが「わかる場」第3回で、力の射程 \(\lambda=\hbar/mc\) を出した、あの借金の正体です。\(\hbar\) の張る最小面積が、原子の大きさから力の射程まで、世界の寸法を決めている。
\(\Delta x\cdot\Delta p\ge\hbar/2\)(ケナードの不等式)、これが波のフーリエ双対性(\(\Delta x\cdot\Delta k\ge1/2\))+\(p=\hbar k\) から出ること、ガウス波束が下限を飽和すること、位相空間の状態が面積 \(\sim h\) を占めること、時間・エネルギーの関係 \(\Delta t\cdot\Delta E\ge\hbar/2\)、原子の安定・大きさ(ボーア半径)・ゼロ点エネルギーが不確定性の帰結であることは、いずれも確立した物理です。
用語の注意。 ① 本質は「測ると乱れる」ではなく、状態そのものが両方を鋭く持てないこと(フーリエ)。ただし測定に伴う擾乱(ハイゼンベルクの顕微鏡)や、測ることで状態が変わる話は別の定理で、近年は測定擾乱の関係式(小澤の不等式など)として区別されます。本稿の \(\hbar/2\) は状態の内在的なばらつき(標準偏差)の下限。 ② 位置と運動量のように積が \(\hbar/2\) で縛られるのは共役なペアだけ。\(x\) と \(y\) のように無関係な量は同時に決められます。 ③ 時間・エネルギー関係の \(\Delta t\) は、位置のような演算子でなく「変化にかかる時間」で、意味づけに注意が要ります。
不確定性原理 \(\Delta x\cdot\Delta p\ge\hbar/2\) は、測定擾乱ではなく波であることの宿命。狭い場所に集まった波は多くの波長の重ね合わせ(運動量がぼやける)、単一波長の澄んだ波は空間に広がる(位置がぼやける)── フーリエの表・裏(短い音は音程が曖昧、長い音は時刻が曖昧、と同じ)。波の事実 \(\Delta x\Delta k\ge1/2\) に \(p=\hbar k\) を掛けたもので、位相空間で一つの状態は面積 \(\sim\hbar\) より小さくなれない ── 第1回の \(S/\hbar\)(作用=位相空間の面積)と同じ \(\hbar\) の顔。
これは世界の寸法を決めます。電子を核へ閉じ込めると \(\Delta p\) が跳ね上がり運動エネルギーが爆発するので、原子はボーア半径でつぶれずに止まる── 物質に大きさがあるのは \(\hbar\) のおかげ。完全静止も禁じられ(ゼロ点エネルギー)、時間・エネルギーの \(\Delta t\Delta E\ge\hbar/2\) は「わかる場」の力の射程の借金そのもの。連続な波(レコード)と、その波長成分(CD)は同じ状態の表裏で、その両立の限界を \(\hbar\) が張る ── あなたの直感した二記述の核心です。
印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面では Δx を狭めると運動量 Δp が広がり、積は ℏ/2 を保ちます。「答えを見る」で解答が開きます。