わかる場第 3 回 / 質量は、場のブレーキ ── 射程は ℏ/mc

第2回で「重さゼロの場は c で無限遠まで届く」と言った。では ── 担い手が重いと、何が起きるのか

質量は、場のブレーキ 担い手が重い場は、走りながら息切れして消えていく。届く距離=射程は、質量 m で決まる
たった一つの長さ \(\lambda=\hbar/mc\)。力が届くか届かないかは、射程と距離の比だけで読める。

必要な道具:指数関数 e⁻ˣ、第2回の「重さを足すと遅く・短く」 この回の比:r / λ(距離 ÷ 射程)、λ = ℏ/mc

第2回で、担い手の重さがゼロの場(光子)は、速さが上限 \(c\) に張りつき、しかも無限の彼方まで届くと言いました。だから私たちは 100 億光年先の銀河の光を見られるし、電波は宇宙を突っ切る。では反対に、担い手が重い場は、どうなるのか。答えは美しく単純です ── 重い場は、遠くへ行こうとすると途中で力尽きて消える。届く距離(射程)は、質量が大きいほど短い。その射程は、質量 \(m\) だけで決まる一つの長さ \(\lambda=\hbar/mc\)。この回は、「なぜ電磁気力は宇宙の果てまで届き、原子核を束ねる力は原子核の外にしみ出さないのか」を、射程と距離の比 \(r/\lambda\) という一つの無次元量だけで読み切ります。

01質量ゼロの場は、無限に届いた ── では重いと?

第2回の光子(質量ゼロ)は、\(\sqrt{k/m}\) の比が上限に達して \(c\) で走り、減衰せずどこまでも届く。これが電磁気力の「宇宙の果てまで」の正体でした。ところが自然界には、担い手が重い力もある。弱い力の担い手 W・Z 粒子は、陽子の 80〜90 倍も重い。すると力の届き方が、劇的に変わる。まず、なぜ質量が「ブレーキ」になるのかを、借金のたとえで見ます。

02借金には時間制限がある ── 不確定性が射程を決める

第6回で扱う「力は担い手の交換」を先取りします。二つの粒子は、担い手(場の粒)をキャッチボールすることで力を及ぼし合う。でも担い手が質量 \(m\) を持つなら、それを生み出すにはエネルギー \(mc^2\) が要る。手元にそんなエネルギーはない ── そこで自然から一瞬だけ借金する。量子力学の不確定性原理が、この借金を許します。ただし借りられる時間には制限がある

やってみよう ── 借金の時間 × その間に進める距離

エネルギー \(\Delta E\approx mc^2\) を借りられる時間(不確定性 \(\Delta E\,\Delta t\approx\hbar\))

$$\Delta t \approx \frac{\hbar}{\Delta E}=\frac{\hbar}{mc^2}$$

その時間に、担い手が最速(光速 c)で進める距離

$$\lambda \approx c\,\Delta t = c\cdot\frac{\hbar}{mc^2}=\frac{\hbar}{mc}$$

借金の返済期限 \(\Delta t\) の間に、担い手が届けられる最大距離 \(\lambda=\hbar/mc\)。これが力の射程です。質量 \(m\) が分母にいる ── 重いほど、借金の期限が短く、射程も短い。逆に \(m\to0\) なら \(\lambda\to\infty\)、期限は無限、どこまでも届く。光子がそれ。

この回の長さ ── 射程(コンプトン波長)
$$\lambda=\frac{\hbar}{mc}$$

質量 \(m\) が決める、ただ一つの長さ。質量が場に与える「ブレーキの効き」を、距離に翻訳したもの。\(m=0\Rightarrow\lambda=\infty\)(無限射程・光速)。\(m\) 大 \(\Rightarrow\lambda\) 小(短射程)。

03湯川ポテンシャル ── クーロンに「消える」がついた

射程 \(\lambda\) が、力の形にどう効くか。質量ゼロの電磁気力(クーロン)は距離に反比例して薄まるだけ ── \(V\propto 1/r\)(薄まり方 \(1/r^2\) の正体は第5回)。質量を持つ場では、これに指数関数のブレーキ \(e^{-r/\lambda}\) が掛かります。1935 年、湯川秀樹が書いた形です。

クーロン(質量ゼロ)と 湯川(質量あり)
$$V_{\text{クーロン}}(r)\propto\frac{1}{r}\qquad\Longrightarrow\qquad V_{\text{湯川}}(r)\propto\frac{e^{-r/\lambda}}{r}$$

違いは \(e^{-r/\lambda}\) の一項だけ。距離 \(r\) が射程 \(\lambda\) を超えると、この因子が急速にゼロへ ── 力が消える。効くのは、やはり比 \(r/\lambda\) です。

読み方は、比 \(r/\lambda\) 一本。\(r\ll\lambda\)(射程よりずっと近い)なら \(e^{-r/\lambda}\approx1\) で、クーロンと見分けがつかない。\(r\gg\lambda\)(射程より遠い)なら \(e^{-r/\lambda}\approx0\) で、力は事実上ゼロ。つまり質量を持つ力は「射程 \(\lambda\) の内側では効き、外側では消える」。境目は、いつも \(r/\lambda=1\)。

場の方程式で見ると ── 質量は「ブレーキ項」 質量ゼロの場は \(\nabla^2\phi=0\) に従い、その解が \(1/r\)。質量を持つ場は \(\big(\nabla^2-\tfrac{1}{\lambda^2}\big)\phi=0\) に従い、その解が \(e^{-r/\lambda}/r\)。増えた \(-\,1/\lambda^2\) の項こそ、質量が場に加えるブレーキ。\(1/\lambda^2=(mc/\hbar)^2\) だから、質量が大きいほどブレーキが強く、場は早く減衰する。第2回で「重さを足された場は遅く・短くなる」と予告した、その"短く"の正体がこれです。

04動かしてみる ── 担い手を重くすると、力が届かなくなる

下の図は、力の強さ \(V(r)\) を距離 \(r\) に対して描いたもの。は質量ゼロのクーロン(\(1/r\)、基準)、梅色は質量ありの湯川(\(e^{-r/\lambda}/r\))。スライダーで担い手の質量 \(mc^2\)(MeV 単位)を上げてみてください。

質量ゼロ(左端)では、二つの曲線はぴったり重なり、力は右端=遠方まで届く。質量を上げるほど射程 \(\lambda=\hbar/mc\) が縮み、梅色の曲線は近距離でストンと消える。縦の点線が射程 \(\lambda\) の位置 ── そこを越えると力が枯れるのが見えます。近距離ではクーロンと重なったまま、というのも確かめてください(\(r\ll\lambda\) では見分けがつかない)。

図:力の強さ V(r)。青=クーロン(1/r・質量ゼロ)、梅=湯川(e^(−r/λ)/r・質量あり)。担い手の質量 mc²[MeV] を上げると射程 λ=ℏ/mc が縮み、力が近距離で消える。縦点線が射程 λ
クーロン 1/r(質量ゼロ・無限射程) 湯川 e^(−r/λ)/r(質量あり)

05数で当てる ── 射程から、担い手の重さが読める

この \(\lambda=\hbar/mc\) は、ただの綺麗な式ではありません。実際の力の射程から、まだ見ぬ担い手の質量を予言できる。湯川がやったのが、まさにそれでした。核力(陽子・中性子を束ねる力)の射程は、実験から約 \(1.4\) fm(フェムトメートル、\(10^{-15}\) m)。便利な換算 \(\hbar c\approx197\) MeV·fm を使うと ──

やってみよう ── 核力の射程 → 担い手の質量 $$mc^2=\frac{\hbar c}{\lambda}\approx\frac{197\ \text{MeV·fm}}{1.4\ \text{fm}}\approx 140\ \text{MeV}$$

「核力を運ぶ、質量 \(140\) MeV ほどの未知の粒子があるはず」── 湯川は 1935 年、射程だけからこう予言した。12 年後、宇宙線の中から質量 \(140\) MeV の π中間子が本当に見つかった。射程という比の逆算が、新粒子を掘り当てたのです。

同じ式で、弱い力の"弱さ"も読めます。担い手 W 粒子は \(mc^2\approx80{,}400\) MeV。射程は \(\lambda=197/80400\approx0.0025\) fm ── 陽子(約 0.8 fm)の 300 分の 1 以下。弱い力が「弱い」のは、力の本質が弱いのではなく、担い手が重すぎて射程がほぼゼロだから。日常のスケール \(r\) で見れば \(r/\lambda\) が桁外れに大きく、\(e^{-r/\lambda}\) が完全に死んでいる。私たちが弱い力をまず感じないのは、この比のせいなのです。

次への橋 ── そもそも質量は、どこから来るのか ここまで質量 \(m\) を「与えられた数」として使いました。でも \(m\) 自体はどこから来るのか。担い手(W・Z)や電子・クォークの質量は、真空を満たすヒッグス場との結びつきの強さで決まります(第6回)。そしてその「結びつきの強さ」も、次回 第4回で扱う単位のない結合定数の仲間。射程を決める \(m\)、力の強さを決める \(\alpha\) ── 場を特徴づける数は、どれも最後は無次元の比に行き着きます。
◇ ◇ ◇
正直な線 ── 「借金」と「射程」の、どこまでが本当か

射程 \(\lambda=\hbar/mc\)(コンプトン波長)と、湯川ポテンシャル \(V\propto e^{-r/\lambda}/r\) が質量を持つ場(クライン・ゴルドン場)の静的な解であることは、確立した物理です。核力の射程から π中間子の質量を予言し的中したこと、W が重いから弱い力が短射程なことも、標準物理です。

ただし「不確定性でエネルギーを借りる仮想粒子のキャッチボール」は、射程を暗算するための強力な語呂合わせであって、厳密な描像ではありません。仮想粒子は実在の小球ではなく、計算(伝播関数)の便法で、\(\Delta E\,\Delta t\approx\hbar\) も時間とエネルギーの厳密な不等式そのものではない。正確には「質量項 \(1/\lambda^2\) を持つ場の方程式の解が \(e^{-r/\lambda}/r\) になる」── これがブレーキの本体です。 もう一点、射程が短い=力が遅い、ではありません。射程はどこまで届くかの話で、変化(news)が伝わる速さの上限は第1回どおり \(c\)。「短射程」と「低速」を混同しないこと。

練習問題(この回の式だけで解けます。ℏc ≈ 197 MeV·fm)
  1. 担い手の質量を2倍にすると、射程 \(\lambda=\hbar/mc\) は何倍になるか。
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    \(\lambda\propto 1/m\) なので \(1/2\) 倍。質量2倍で射程は半分。質量は射程の"逆数のブレーキ"。
  2. ある力の射程が \(\lambda=2.0\) fm だった。担い手の質量 \(mc^2\) は何 MeV か。
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    \(mc^2=\hbar c/\lambda=197/2.0\approx99\) MeV。射程を測るだけで、担い手の重さがわかる(湯川の逆算)。
  3. 距離 \(r=3\lambda\)(射程の3倍)での湯川因子 \(e^{-r/\lambda}\) はおよそいくつか。力はどうなっているか。
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    \(e^{-3}\approx0.05\)。射程の3倍でもう 5% 程度。\(r/\lambda\) が1を超えると力は急速に枯れる。射程の数倍で、事実上ゼロ。
  4. 光子は質量ゼロ。射程 \(\lambda=\hbar/mc\) と湯川因子 \(e^{-r/\lambda}\) はどうなり、力の形は何になるか。
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    \(m\to0\) で \(\lambda\to\infty\)、\(e^{-r/\lambda}\to e^{0}=1\)。ブレーキが消え、力は \(V\propto1/r\)(クーロン)=無限射程。だから電磁気力は宇宙の果てまで届く。

第3回まとめ質量はブレーキ、射程は ℏ/mc ── 効くのは r/λ の比

担い手が質量 \(m\) を持つと、場は遠くで息切れして消える。届く距離=射程は、質量だけで決まる長さ \(\lambda=\hbar/mc\)(コンプトン波長)。不確定性で \(mc^2\) を借りられる時間 \(\Delta t\approx\hbar/mc^2\)、その間に光速で進める距離が \(\lambda\)。質量が分母だから、重いほど短射程、質量ゼロなら無限射程(=光子・電磁気力)。力の形はクーロン \(1/r\) に指数ブレーキが付いた湯川 \(e^{-r/\lambda}/r\) で、場の方程式ではブレーキ項 \(1/\lambda^2=(mc/\hbar)^2\) がその正体。

効き目を決めるのは、いつも比 \(r/\lambda\)。\(r\ll\lambda\) ではクーロンと見分けがつかず、\(r\gg\lambda\) では力が枯れる。射程からの逆算 \(mc^2=\hbar c/\lambda\) は、核力の \(1.4\) fm から π中間子(140 MeV)を予言し的中。W が重い(80 GeV)から弱い力は超短射程 ── 「弱い」の正体は比 \(r/\lambda\) の巨大さだった。単位のある \(m,\,r,\,\lambda\) は舞台装置、力の届き方を決めるのは無次元の比 \(r/\lambda\)。場を比で読む、第三歩です。

この文書は「わかる場」シリーズ第3回、物理好きの高校生・大学生向け読み物です。質量を持つ場(クライン・ゴルドン場)の静的解が湯川ポテンシャル \(V(r)\propto e^{-r/\lambda}/r\) となり、射程がコンプトン波長 \(\lambda=\hbar/mc\) で与えられること、場の方程式が \((\nabla^2-\lambda^{-2})\phi=0\) の形をとり質量項 \(\lambda^{-2}=(mc/\hbar)^2\) が減衰を生むこと、湯川が核力の射程(約1.4 fm)から π中間子の質量(約140 MeV)を予言し実験で確認されたこと、W ボソン(約80.4 GeV)の大質量が弱い相互作用の短射程をもたらすことは、いずれも確立した標準物理です(\(\hbar c\approx197.3\) MeV·fm)。「不確定性による仮想粒子の借用(\(\Delta E\,\Delta t\approx\hbar\))」は射程を見積もるための発見的説明であり、仮想粒子は摂動計算上の内部線(伝播関数)で実在の粒子とは異なります。射程は力の到達距離であって信号伝播速度ではなく、変化の伝播速度上限は \(c\)(第1回)です。図は静的湯川/クーロン・ポテンシャルの形状比較の模式で、係数は表示の便宜上規格化しています。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を(印刷版ではスライダーと解答は静止・非表示になります)。前後の回:第2回 なぜ c か目次

印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面では担い手の質量スライダーで、射程 λ=ℏ/mc と力の届き方が変わります。「答えを見る」で解答が開きます。