第2回で「重さゼロの場は c で無限遠まで届く」と言った。では ── 担い手が重いと、何が起きるのか
第2回で、担い手の重さがゼロの場(光子)は、速さが上限 \(c\) に張りつき、しかも無限の彼方まで届くと言いました。だから私たちは 100 億光年先の銀河の光を見られるし、電波は宇宙を突っ切る。では反対に、担い手が重い場は、どうなるのか。答えは美しく単純です ── 重い場は、遠くへ行こうとすると途中で力尽きて消える。届く距離(射程)は、質量が大きいほど短い。その射程は、質量 \(m\) だけで決まる一つの長さ \(\lambda=\hbar/mc\)。この回は、「なぜ電磁気力は宇宙の果てまで届き、原子核を束ねる力は原子核の外にしみ出さないのか」を、射程と距離の比 \(r/\lambda\) という一つの無次元量だけで読み切ります。
第2回の光子(質量ゼロ)は、\(\sqrt{k/m}\) の比が上限に達して \(c\) で走り、減衰せずどこまでも届く。これが電磁気力の「宇宙の果てまで」の正体でした。ところが自然界には、担い手が重い力もある。弱い力の担い手 W・Z 粒子は、陽子の 80〜90 倍も重い。すると力の届き方が、劇的に変わる。まず、なぜ質量が「ブレーキ」になるのかを、借金のたとえで見ます。
第6回で扱う「力は担い手の交換」を先取りします。二つの粒子は、担い手(場の粒)をキャッチボールすることで力を及ぼし合う。でも担い手が質量 \(m\) を持つなら、それを生み出すにはエネルギー \(mc^2\) が要る。手元にそんなエネルギーはない ── そこで自然から一瞬だけ借金する。量子力学の不確定性原理が、この借金を許します。ただし借りられる時間には制限がある。
エネルギー \(\Delta E\approx mc^2\) を借りられる時間(不確定性 \(\Delta E\,\Delta t\approx\hbar\))
$$\Delta t \approx \frac{\hbar}{\Delta E}=\frac{\hbar}{mc^2}$$その時間に、担い手が最速(光速 c)で進める距離
$$\lambda \approx c\,\Delta t = c\cdot\frac{\hbar}{mc^2}=\frac{\hbar}{mc}$$借金の返済期限 \(\Delta t\) の間に、担い手が届けられる最大距離 \(\lambda=\hbar/mc\)。これが力の射程です。質量 \(m\) が分母にいる ── 重いほど、借金の期限が短く、射程も短い。逆に \(m\to0\) なら \(\lambda\to\infty\)、期限は無限、どこまでも届く。光子がそれ。
質量 \(m\) が決める、ただ一つの長さ。質量が場に与える「ブレーキの効き」を、距離に翻訳したもの。\(m=0\Rightarrow\lambda=\infty\)(無限射程・光速)。\(m\) 大 \(\Rightarrow\lambda\) 小(短射程)。
射程 \(\lambda\) が、力の形にどう効くか。質量ゼロの電磁気力(クーロン)は距離に反比例して薄まるだけ ── \(V\propto 1/r\)(薄まり方 \(1/r^2\) の正体は第5回)。質量を持つ場では、これに指数関数のブレーキ \(e^{-r/\lambda}\) が掛かります。1935 年、湯川秀樹が書いた形です。
違いは \(e^{-r/\lambda}\) の一項だけ。距離 \(r\) が射程 \(\lambda\) を超えると、この因子が急速にゼロへ ── 力が消える。効くのは、やはり比 \(r/\lambda\) です。
読み方は、比 \(r/\lambda\) 一本。\(r\ll\lambda\)(射程よりずっと近い)なら \(e^{-r/\lambda}\approx1\) で、クーロンと見分けがつかない。\(r\gg\lambda\)(射程より遠い)なら \(e^{-r/\lambda}\approx0\) で、力は事実上ゼロ。つまり質量を持つ力は「射程 \(\lambda\) の内側では効き、外側では消える」。境目は、いつも \(r/\lambda=1\)。
下の図は、力の強さ \(V(r)\) を距離 \(r\) に対して描いたもの。青は質量ゼロのクーロン(\(1/r\)、基準)、梅色は質量ありの湯川(\(e^{-r/\lambda}/r\))。スライダーで担い手の質量 \(mc^2\)(MeV 単位)を上げてみてください。
質量ゼロ(左端)では、二つの曲線はぴったり重なり、力は右端=遠方まで届く。質量を上げるほど射程 \(\lambda=\hbar/mc\) が縮み、梅色の曲線は近距離でストンと消える。縦の点線が射程 \(\lambda\) の位置 ── そこを越えると力が枯れるのが見えます。近距離ではクーロンと重なったまま、というのも確かめてください(\(r\ll\lambda\) では見分けがつかない)。
この \(\lambda=\hbar/mc\) は、ただの綺麗な式ではありません。実際の力の射程から、まだ見ぬ担い手の質量を予言できる。湯川がやったのが、まさにそれでした。核力(陽子・中性子を束ねる力)の射程は、実験から約 \(1.4\) fm(フェムトメートル、\(10^{-15}\) m)。便利な換算 \(\hbar c\approx197\) MeV·fm を使うと ──
「核力を運ぶ、質量 \(140\) MeV ほどの未知の粒子があるはず」── 湯川は 1935 年、射程だけからこう予言した。12 年後、宇宙線の中から質量 \(140\) MeV の π中間子が本当に見つかった。射程という比の逆算が、新粒子を掘り当てたのです。
同じ式で、弱い力の"弱さ"も読めます。担い手 W 粒子は \(mc^2\approx80{,}400\) MeV。射程は \(\lambda=197/80400\approx0.0025\) fm ── 陽子(約 0.8 fm)の 300 分の 1 以下。弱い力が「弱い」のは、力の本質が弱いのではなく、担い手が重すぎて射程がほぼゼロだから。日常のスケール \(r\) で見れば \(r/\lambda\) が桁外れに大きく、\(e^{-r/\lambda}\) が完全に死んでいる。私たちが弱い力をまず感じないのは、この比のせいなのです。
射程 \(\lambda=\hbar/mc\)(コンプトン波長)と、湯川ポテンシャル \(V\propto e^{-r/\lambda}/r\) が質量を持つ場(クライン・ゴルドン場)の静的な解であることは、確立した物理です。核力の射程から π中間子の質量を予言し的中したこと、W が重いから弱い力が短射程なことも、標準物理です。
ただし「不確定性でエネルギーを借りる仮想粒子のキャッチボール」は、射程を暗算するための強力な語呂合わせであって、厳密な描像ではありません。仮想粒子は実在の小球ではなく、計算(伝播関数)の便法で、\(\Delta E\,\Delta t\approx\hbar\) も時間とエネルギーの厳密な不等式そのものではない。正確には「質量項 \(1/\lambda^2\) を持つ場の方程式の解が \(e^{-r/\lambda}/r\) になる」── これがブレーキの本体です。 もう一点、射程が短い=力が遅い、ではありません。射程はどこまで届くかの話で、変化(news)が伝わる速さの上限は第1回どおり \(c\)。「短射程」と「低速」を混同しないこと。
担い手が質量 \(m\) を持つと、場は遠くで息切れして消える。届く距離=射程は、質量だけで決まる長さ \(\lambda=\hbar/mc\)(コンプトン波長)。不確定性で \(mc^2\) を借りられる時間 \(\Delta t\approx\hbar/mc^2\)、その間に光速で進める距離が \(\lambda\)。質量が分母だから、重いほど短射程、質量ゼロなら無限射程(=光子・電磁気力)。力の形はクーロン \(1/r\) に指数ブレーキが付いた湯川 \(e^{-r/\lambda}/r\) で、場の方程式ではブレーキ項 \(1/\lambda^2=(mc/\hbar)^2\) がその正体。
効き目を決めるのは、いつも比 \(r/\lambda\)。\(r\ll\lambda\) ではクーロンと見分けがつかず、\(r\gg\lambda\) では力が枯れる。射程からの逆算 \(mc^2=\hbar c/\lambda\) は、核力の \(1.4\) fm から π中間子(140 MeV)を予言し的中。W が重い(80 GeV)から弱い力は超短射程 ── 「弱い」の正体は比 \(r/\lambda\) の巨大さだった。単位のある \(m,\,r,\,\lambda\) は舞台装置、力の届き方を決めるのは無次元の比 \(r/\lambda\)。場を比で読む、第三歩です。
印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面では担い手の質量スライダーで、射程 λ=ℏ/mc と力の届き方が変わります。「答えを見る」で解答が開きます。