わかる量子第 2 回 / 波動関数 ── 位相は S/ℏ、確率は |ψ|²

粒と波を貼り合わせた"一つの存在"の正体 ── 複素数の波 ψ、その位相こそ「作用は ℏ 何個ぶんか」

波動関数 ── 位相は S/ℏ、確率は |ψ|² 量子的な存在は、複素数の波 ψ=|ψ|e^(iS/ℏ) で表される。位相は、まさに作用が ℏ 何個ぶんか。
観測にかかるのは大きさの2乗 |ψ|²(=確率)だけ ── でも位相の差は、干渉となって顔を出す。

必要な道具:第1回の S/ℏ、複素数(回る矢印)、足し算 この回:ψ = |ψ| e^(iS/ℏ)、確率 = |ψ|²

第1回で、粒と波は一つの量子的な存在の二つの顔だと言いました。その"一つの存在"の正体が、この回の主役 ── 波動関数 \(\psi\) です。\(\psi\) は、ふつうの実数の波ではなく複素数の波。回る矢印(大きさと向き)を各点にもつ、と思ってください。その向き(位相)が、第1回の主役「作用が \(\hbar\) 何個ぶんか」=\(S/\hbar\)。そして観測にかかるのは、矢印の長さの2乗 \(|\psi|^2\)、これが「その場所で見つかる確率」。位相そのものは直接は見えません。でも、二つの道の位相のは、強め合い・打ち消し合い(干渉)となって観測に現れる ── そこに、粒か波かの謎を解くカギがあります。

01粒と波の正体 ── 一つの複素数の波 ψ

電子一個を二重スリットに通すと、スクリーンには一点ずつとして当たる。ところが何万発も積もると、の干渉縞になる。「一個ずつ粒なのに、集団は波の縞」── これを矛盾なく語る唯一の道具が \(\psi\) です。\(\psi\) は波として広がって干渉し、観測の瞬間にはその \(|\psi|^2\) を確率として、一点に粒として見つかる。広がりは波、検出は粒 ── \(\psi\) がその両方を一手に引き受ける。

02位相は S/ℏ、大きさの2乗が確率

波動関数 ── 大きさと、位相 S/ℏ
$$\psi=|\psi|\,e^{i\,S/\hbar}\qquad(\text{確率} = |\psi|^2)$$

複素数 \(\psi\) は、大きさ \(|\psi|\)(回る矢印の長さ)と、位相 \(S/\hbar\)(矢印の向き)を持つ。位相=作用 \(S\) を \(\hbar\) で割ったもの── 第1回の比が、ここで波の"向き"になる。粒子が進むにつれ作用 \(S\) がたまり、位相 \(S/\hbar\) がくるくる回る。観測にかかるのは長さの2乗 \(|\psi|^2\)(ボルンの規則)=確率密度だけです。

位相が \(S/\hbar\) なら、作用が \(\hbar\) ぶん増えるごとに矢印がちょうど1ラジアン回る。第1回のド・ブロイ \(p=\hbar k\) は、まさにこれ ── 空間を進むと位相が \(kx=px/\hbar\) 回り、時間が経つと \(\omega t=Et/\hbar\) 回る。波の波長・振動数は、位相 \(S/\hbar\) の回り方そのものだったのです。

03全体の位相は見えない ── でも「差」は見える

位相には、大事な性質があります。\(\psi\) 全体を同じ角度だけ回しても(\(\psi\to e^{i\theta}\psi\))、長さの2乗 \(|\psi|^2\) は変わらない ── 全体の位相は、観測に効かない。位相の原点をどこに取るかは、私たちの帳簿の付け方にすぎない。

「わかる場」「わかる宇宙論」との握手 「全体の位相は観測に効かない」── これは「わかる場」番外②(ゲージ)や「わかる宇宙論」第8回で見た、あの位相の曖昧さそのものです。その曖昧さを各点で自由に選んでよいと要求すると場(電磁気力)が生まれた ── 量子の \(\psi\) の位相 \(S/\hbar\) は、力の理論とまっすぐ地続き。この回の \(i\)(複素数)は、宇宙論第9回で温度を生む \(i\) とも同じ \(i\) です。

ところが、二つの波を重ね合わせると、位相のが姿を現します。道Aと道Bを通ってきた二つの \(\psi\) を足すと ──

重ね合わせと干渉 ── 効くのは位相差 Δφ = ΔS/ℏ
$$|\psi_A+\psi_B|^2=|\psi_A|^2+|\psi_B|^2+\underbrace{2|\psi_A||\psi_B|\cos\Delta\varphi}_{\text{干渉項}},\quad \Delta\varphi=\frac{S_B-S_A}{\hbar}$$

単純な確率の足し算(前2項)に加えて、干渉項が出る。その大きさは位相差 \(\Delta\varphi=\Delta S/\hbar\) の \(\cos\) で決まる ── \(\Delta\varphi=0\) なら強め合い(縞の明)、\(\Delta\varphi=\pi\) なら打ち消し合い(縞の暗)。見えなかった位相が、差となって観測に顔を出す瞬間です。

04動かしてみる ── 二つの経路の位相を足す

下の図。二本の道A・Bを通ってきた波動関数を、回る矢印(フェーザ)として足し合わせます。左が矢印のたし算(Aの先にBを継ぎ足し、原点から合成矢印へ)、右が「合成の長さ²=確率 \(|\psi|^2\)」の、位相差に対するグラフ。スライダーで位相差 \(\Delta\varphi=\Delta S/\hbar\) を変えてみてください。

\(\Delta\varphi=0\) では二本が同じ向きで、合成が最長 ── 強め合い(確率4倍、明線)。\(\Delta\varphi=\pi\) では正反対を向き、合成がゼロ ── 打ち消し合い(確率0、暗線)。二つの道それぞれの確率は変わらないのに、位相差だけで、合わさった確率が0から最大まで変わる。これが干渉であり、\(\psi\) が"波"である証拠。作用の差 \(\Delta S\) が \(\hbar\) 何個ぶんか ── \(S/\hbar\) が、ここでも主役です。

図:二経路A・Bの波動関数を回る矢印(フェーザ)として足す。左=矢印のたし算、右=合成の長さ²(確率)vs 位相差。Δφ=ΔS/ℏ を変えると、強め合い(明)↔打ち消し合い(暗)
経路A・B の矢印 合成(確率 |ψ|²)

05だから「粒か波か」は、消える

波動関数 \(\psi\) は、二つの情報を一手に持っています ── 大きさ \(|\psi|\)(どこで見つかりやすいか=粒的な確率)と、位相 \(S/\hbar\)(どう干渉するか=波的な性質)。「粒か波か」という問いは、この一つの \(\psi\) を、大きさだけ見るか位相だけ見るかの違いにすぎなかった。検出すれば \(|\psi|^2\) の確率で一点に見つかる(粒)、伝わる途中は位相をもって干渉する(波)── どちらも \(\psi\) の別々の側面。第1回で「粒と波は二つの顔」と言ったその顔の下の素顔が、複素数の波 \(\psi\) だったのです。

◇ ◇ ◇
正直な線 ── ψ と確率解釈の射程

波動関数が複素数で、位相が作用 \(S/\hbar\) に対応すること(\(\psi\sim e^{iS/\hbar}\))、\(|\psi|^2\) が確率密度であること(ボルンの規則)、重ね合わせと位相差 \(\Delta\varphi=\Delta S/\hbar\) による干渉(\(2|\psi_A||\psi_B|\cos\Delta\varphi\))、全体位相が観測不能(ゲージ自由度)で電子線の二重スリット干渉として実証されていることは、いずれも確立した物理です。

ただし。 ① \(\psi=|\psi|e^{iS/\hbar}\) の「位相=\(S/\hbar\)」は、古典的作用 \(S\) が意味を持つ準古典(WKB)近似での対応で、正確には位相は量子論の与える量です(第3回の経路和で厳密化)。 ② ボルンの規則(\(|\psi|^2\)=確率)は、なぜそうなるかを説明せず要請として置かれる(測定問題の一部、第6回)。 ③ 粒子が多数になると \(\psi\) は3次元空間の波ではなく、全粒子の座標をまとめた高次元の"配置空間"の波になります(もつれ=エンタングルメントの舞台)。「各点に回る矢印」という描像は1粒子のときの直感で、多粒子ではもっと豊かです。

練習問題(この回の式だけで解けます)
  1. 波動関数 \(\psi\) 全体を \(e^{i\theta}\) 倍したとき、確率 \(|\psi|^2\) はどう変わるか。何と呼ばれる自由度か。
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    \(|e^{i\theta}\psi|^2=|\psi|^2\) で変わらない。全体の位相は観測に効かない ── ゲージ(位相)の自由度。「わかる場」番外②と同じ。
  2. 二経路の位相差が \(\Delta\varphi=\pi\) のとき、合わさった確率はどうなるか。各経路単独の確率は0でないのに。
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    干渉項 \(2|\psi_A||\psi_B|\cos\pi=-2|\psi_A||\psi_B|\)。等しい振幅なら合計 \(|\psi_A|^2+|\psi_B|^2-2|\psi_A||\psi_B|=0\)。完全な打ち消し合い(暗線)。道があるのに来ない。
  3. ド・ブロイ関係 \(p=\hbar k\) は、波動関数の位相 \(S/\hbar\) とどう関係するか。
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    空間を \(x\) 進むと位相が \(kx=px/\hbar\) 回る=作用の空間部分 \(px\) を \(\hbar\) で割ったもの。波数 \(k\) は位相 \(S/\hbar\) の空間的な回り方そのもの。
  4. 「粒か波か」の問いが消えるのはなぜか。ψ の二つの情報で答えよ。
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    ψ は大きさ |ψ|(見つかる確率=粒的)と位相 S/ℏ(干渉=波的)を同時に持つ。粒か波かは ψ のどちらの側面を見るかの違いで、素顔は一つの複素数の波 ψ。

第2回まとめψ ── 大きさ²が確率、位相が S/ℏ

粒と波を貼り合わせた"一つの存在"の正体が、複素数の波 波動関数 \(\psi=|\psi|e^{iS/\hbar}\)。各点に「回る矢印」があり、その長さの2乗 \(|\psi|^2\) が見つかる確率(ボルンの規則)、向き(位相)が第1回の \(S/\hbar\)。作用がたまると位相が回り、その回り方がド・ブロイ波長・振動数。全体の位相は観測に効かない(=「わかる場」のゲージの自由度、宇宙論の \(i\) と地続き)。

でも二つの道を重ね合わせると、位相の \(\Delta\varphi=\Delta S/\hbar\) が干渉項 \(2|\psi_A||\psi_B|\cos\Delta\varphi\) となって顔を出す ── \(\Delta\varphi=0\) で強め合い、\(\pi\) で打ち消し合い。各道の確率は変わらないのに、位相差だけで合計が0〜最大に振れる。これが \(\psi\) の波の証拠。「粒か波か」は、\(\psi\) の大きさを見るか位相を見るかの違いにすぎない。効くのは、やはり作用の比 \(S/\hbar\) ── \(\hbar\) の物語の第二歩です。

この文書は「わかる量子」シリーズ第2回、物理好きの高校生・大学生向け読み物です。波動関数が複素数値で確率振幅を与えること、\(|\psi|^2\) が確率密度(ボルンの規則)、重ね合わせの原理と位相差による干渉(干渉項 \(2\,\mathrm{Re}(\psi_A^*\psi_B)=2|\psi_A||\psi_B|\cos\Delta\varphi\))、大域位相の観測不能性(U(1) 位相自由度)、準古典領域での位相と作用の対応 \(\psi\sim e^{iS/\hbar}\)、電子二重スリット干渉の実験的確立は、いずれも標準物理です。位相=\(S/\hbar\) は準古典(WKB)近似での対応で厳密な位相は量子論が定めること(第3回で経路積分により厳密化)、ボルン則が公理として置かれ測定問題が未解決の解釈的側面を含むこと(第6回)、多粒子系では \(\psi\) が3次元空間でなく高次元配置空間の関数でありエンタングルメントの舞台となることは本文「正直な線」に明記しました。図はフェーザ(位相子)の合成と干渉強度 \(|\psi_A+\psi_B|^2=2(1+\cos\Delta\varphi)\) の模式です。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を(印刷版ではスライダーと解答は静止・非表示になります)。前後の回:第1回 ℏ という粒度目次/姉妹編 わかる場 番外②(ゲージ)

印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面では位相差 Δφ を変えると、二つの矢印の合成(確率)が強め合い↔打ち消し合いします。「答えを見る」で解答が開きます。