ここまで場を「与えられたもの」として読んできた。最後の問い ── 場は、そもそもなぜ在るのか
このシリーズは一貫して、こう言い続けてきました ── 単位のある量は、人間が選んだ舞台装置。物理を決めるのは、単位のない比だけ。メートルも秒もニュートンも、私たちの取り決め。では、その思想を最後まで押し切るとどうなるか。量子の世界にも一つ、大きな「取り決めの自由」があります ── 波動関数の位相の基準。どこをゼロに取るかは、私たちの帳簿の付け方にすぎない。ここで大胆に問う ── その帳簿を、宇宙のどこでも同じに揃える必要があるのか? 各点でバラバラに選んでよいのでは? 答えを追うと、20世紀物理で最も深い一撃にたどり着きます ── 位相を各点で自由に選んでよいと認めた瞬間、その食い違いを取りつくろうために、場が生まれる。場は「初めから在るもの」ではなく、局所的な取り決めの自由を許すための、必然の相棒だったのです。
量子力学では、粒子は複素数の波動関数 \(\psi=|\psi|e^{i\theta}\) で表され、大きさ \(|\psi|\) と位相(角度 \(\theta\))を持ちます。でも観測にかかるのは確率 \(|\psi|^2\) だけ。だから位相を全体で \(\theta\) だけ一斉に回しても ──
確率は寸分も変わらない。位相のゼロをどこに取るかは帳簿の付け方で、宇宙は気にしない。第4回で「単位は取り決め」と言ったのと、まったく同じ構造 ── 位相の基準もまた、単位のない取り決め(ゲージ)です。
では位相を、場所ごとに違う \(\theta(x)\) で回す(局所変換)。全体で回すのが無害なら、各点で選ぶのも許されていいはず。ところが、物理には微分=「隣の点との差」を測る操作が入っていて、それが問題を起こします。
元の \(\partial_x\psi\) に加えて、\(i(\partial_x\theta)\psi\) という余計な項が出た。\(\theta\) が定数(全体回転)なら \(\partial_x\theta=0\) で消えるが、場所ごとに違う \(\theta(x)\) だと消えない。この項のせいで、各点で勝手に位相を選ぶと方程式の形が変わってしまう ── 物理が「私の帳簿の付け方」に依存してしまう。これは困る。
どうするか。方針は一つ ── あの余計な項をちょうど打ち消してくれる相棒の場 \(A\) を導入し、微分を「相棒つきの微分(共変微分)」に置き換える。
そして、位相を \(\theta(x)\) 回すと同時に相棒も \(A_x\to A_x+\partial_x\theta\) と連動する、というルールを課す。すると局所位相から出た余計な項 \(+i(\partial_x\theta)\) と、相棒の変化 \(-i(\partial_x\theta)\) がちょうど相殺し、方程式は局所的な位相の付け替えに対して不変になる。これがゲージ不変性です。
そして ── いま「帳尻合わせのために」導入した相棒 \(A\) の正体こそ、電磁場(電磁ポテンシャル)。電場も磁場も、この \(A\) から出てきます。つまり順序が、ふつうと逆転している。「電磁気力があるから電子が動く」のではなく ── 位相を各点で自由に選びたいから、電磁場が要らざるをえない。曖昧さ(取り決めの自由)が先、場が後。このシリーズがずっと「舞台装置」と呼んできた取り決めの自由こそが、場を呼び出す母親だったのです。
下の図。上の段は、一列に並んだ点それぞれの波動関数の位相(時計の針)。スライダー「局所ゲージ変換」で、各点の位相を場所ごとにバラバラに回します(=帳簿を各点で勝手に付け替える)。下の段は、物理の中身=隣との整合(共変微分 \(D\psi\))の向き。
相棒 A:ありにすると、局所変換をどれだけかけても、下の段(物理)はぴたりと一定のまま ── 私たちが位相をどう選ぼうと物理は不変(ゲージ不変)。相棒 A:なしにすると、局所変換のたびに下の段がバラバラに乱れる ── 物理が私たちの勝手な帳簿に依存してしまう。この乱れを吸い取って物理を守る相棒 \(A\) こそが、電磁場です。
この一撃で、シリーズ全体が一本に結ばれます。相棒 \(A\) が波動関数とどれくらい強く結びつくか ── その強さが、第4回の \(\alpha\approx1/137\)。相棒 \(A\) が伝わる速さは、第2回の \(c\)(担い手=光子が質量ゼロだから \(c\))。その光子に第6回のヒッグスで質量を与えれば、第3回の短射程になる(弱い力)。そして位相の曖昧さがもっと複雑な「内部の向きの曖昧さ」になると、同じ論理で弱い力・強い力まで生まれる ── 三つの力はすべて「何らかの取り決めの自由を、各点で許した」結果。場とは、局所的な帳簿を整合させ続ける相棒。それが遅れ(第1回)、速さ(第2回)、射程(第3回)、強さ(第4回)、薄まり(第5回)、質量(第6回)という、単位のない比の姿で私たちに見えていた。単位のある数字は、最後まで舞台装置でした。
局所 \(U(1)\) 位相変換に対する不変性を要求すると共変微分 \(D_\mu=\partial_\mu-iqA_\mu\) と電磁ポテンシャル \(A_\mu\) が必然的に現れること、その結合定数が \(\alpha\) であること、非可換群 \(SU(2)\times SU(3)\) の局所化が弱い力・強い力を与えること(標準模型)は、確立した物理です。第6回の質量(massive gauge boson は短射程)、第2回の \(c\)、第4回の \(\alpha\) との接続も本物です。
ただし「局所不変性を要求する」ことは、証明された必然ではなく指導原理です ── 自然がなぜこの原理に従うのかは、より深い謎として残る(ただし、この原理から作った標準模型は桁違いの精度で実験に当たっており、単なる好みではありません)。また本稿はゲージ原理の骨格の直感版で、実際の場の量子論はこの上にくりこみ・自発的対称性の破れ(第6回)・非可換構造などを重ねます。この番外の狙いは「場は、局所的な取り決めの自由を許すための相棒として現れうる」という視点の転換を掴むことです。深い展開は姉妹編「わかる宇宙論」第8回、「わかる力」第9回へ。
波動関数の位相の基準は、単位と同じく取り決め(ゲージ)。全体で回すぶんには観測に効かない。ところが各点で自由に選んでよいと局所化すると、微分から余計な項 \(i(\partial_x\theta)\) が出て方程式が壊れる。それを打ち消す相棒 \(A\) を共変微分 \(D_x=\partial_x-iA_x\) で導入すると ── その \(A\) こそ電磁場。曖昧さ(取り決めの自由)が先、場が後。場は初めから在るのでなく、局所的な帳簿を整合させるための必然の相棒だった。
これでシリーズが一本に結ばれます。相棒 \(A\) の結合が第4回 \(\alpha\)、速さが第2回 \(c\)、質量を得れば第3回の短射程、複雑な曖昧さなら弱い力・強い力。場は、遅れ(第1回)・速さ(第2回)・射程(第3回)・強さ(第4回)・薄まり(第5回)・質量(第6回)という単位のない比の姿で見えていた。そこから考えれば、複雑にならない ── 単位のある数字は最後まで舞台装置で、物理を決めたのは比だけ。これが「わかる場」の、六回と二つの脇道で言いたかったこと、そのすべてです。
印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面では「局所ゲージ変換」スライダーと「相棒 A:あり/なし」で、物理(下段)が不変か乱れるかが切り替わります。「答えを見る」で解答が開きます。