相対論が c の物語なら、量子は ℏ の物語 ── まず ℏ を「作用の粒」と、粒と波の両替レートと見る
「わかる相対論」は、\(c\) を時間と空間の両替レートと見るところから始まりました。「わかる量子」は、もう一つの基本定数 \(\hbar\)(エイチバー)が主役です。量子論は「奇妙」と言われますが、奇妙さの多くは、日常の言葉 ── 粒なのか波なのか、位置か運動量か ── で語ろうとするから生まれます。視点を変えて、\(\hbar\) を「作用」という量の最小の粒(グレイン)、そして粒と波をつなぐ両替レートと見る。すると、粒か波かの二択は消え、「作用が \(\hbar\) 何個ぶんか」── 単位のない比 S/ℏ ── だけが残る。\(S/\hbar\) が桁外れに大きければ古典、\(1\) くらいなら量子。\(c\) が相対論を一本に畳んだように、\(\hbar\) が量子論を一本に畳みます。
光は、干渉して縞をつくる ── まぎれもなく波。ところが金属に当てて電子を叩き出す(光電効果)ときは、エネルギーの粒(光子)としてふるまう。逆に電子は、粒だと思っていたのに、二重スリットに通すと波のように干渉する。粒なのか、波なのか ── 20世紀初頭、物理学者はこの二枚舌に苦しみました。答えは「どちらでもあり、どちらでもない」。粒と波は、一つの量子的な存在を、古い言葉で無理に言い分けた二つの顔にすぎない。その二つの顔を貼り合わせるのりしろが、\(\hbar\) です。
粒の言葉は「エネルギー \(E\)・運動量 \(p\)」、波の言葉は「振動数 \(\omega\)・波長 \(\lambda\)(波数 \(k=2\pi/\lambda\))」。この二つの言葉を、\(\hbar\) がきっちり両替します。
エネルギーは振動数に比例(プランク・アインシュタイン)、運動量は波長に反比例(ド・ブロイ)── 比例定数はどちらも \(\hbar\)(\(h=2\pi\hbar\))。相対論の \(c\) が「時間 → 距離」を両替したように、\(\hbar\) は「波 → 粒」を両替する。粒と波は、\(\hbar\) というレートで結ばれた同じものの二つの言葉です。
ここから、身のまわりの物にも波長があることになります(ド・ブロイ波長 \(\lambda=h/p\))。ただし ──
時速140kmの野球ボールの波長は \(10^{-34}\) m ── 原子核(\(10^{-15}\) m)の、さらに 19 桁も小さい。こんな波長では干渉も回折も観測しようがない。だから野球ボールは「粒」に見える。いっぽう原子の中の電子は \(\lambda\sim10^{-10}\) m = ちょうど原子の大きさで、波の性質がまるだしになる。波長が対象の大きさに比べて効くかどうか── それが粒に見えるか波に見えるかの分かれ目です。
もっと一般的な仕分けの物差しが、作用 \(S\) です。作用とは、大ざっぱには「エネルギー×時間」や「運動量×距離」で表される量で、単位は \(\hbar\) と同じ(J·s)。だから \(\hbar\) で割れば、単位のない比になる。
\(\hbar\approx1.05\times10^{-34}\) J·s は、日常のスケールから見るととてつもなく小さい。だから日常の運動の作用は \(S/\hbar\sim10^{34}\) と桁外れに大きく、\(\hbar\) の粒々は完全に埋もれて、なめらかな古典に見える。原子スケールでは \(S\sim\hbar\)、つまり \(S/\hbar\sim1\) で、粒々が露わになる ── そこが量子の世界です。
下は、いろいろな系の作用 \(S\) を \(\hbar\) で割った比 \(S/\hbar\) を、対数の物差しに並べたもの(けた数の目安)。左端が \(S/\hbar\sim1\)(量子)、右へ行くほど \(S/\hbar\) が巨大(古典)。スライダーでポインタを動かし、どのあたりが量子でどのあたりが古典か、体で掴んでください。原子の中の電子は左端すれすれ、砂粒や野球ボールは、はるか右方 ── 同じ物理法則の、\(S/\hbar\) という比のうえでの位置の違いだけです。
ここまでを一本にすると、こうです。\(\hbar\) は作用の最小の粒で、粒(\(E,p\))と波(\(\omega,k\))を \(E=\hbar\omega,\ p=\hbar k\) で結ぶ両替レート。物理が古典に見えるか量子に見えるかは、作用の比 \(S/\hbar\) が決める。日常は \(S/\hbar\) が巨大なので、\(\hbar\) を \(0\) と見なした古典力学で足りる。
量子論の式で \(\hbar\to0\)(=\(S/\hbar\to\infty\))とすると、古典力学に戻る。これは「わかる相対論」で古典が \(\beta\to0\)(\(c\to\infty\))だったのと、「わかる場」で瞬時力が \(\varepsilon\to0\) だったのと、まったく同じ構図。ニュートンの世界は、いつも"ある比がゼロ(または無限)"の極限だったのです。
だから量子論は、日常を否定するのではなく、日常を特別な極限として含むより広い理論。そして広い側から見ると、粒か波かで悩む必要はなく、\(S/\hbar\) という一つの比が、すべてを仕分ける。次回からは、この \(\hbar\) を位相に持つ波動関数を主役に、干渉・量子化・不確定性を、順にほどいていきます。
\(E=\hbar\omega\)、\(p=\hbar k=h/\lambda\)(プランク・アインシュタイン・ド・ブロイ関係)、\(h=2\pi\hbar\)、\(\hbar\approx1.05\times10^{-34}\) J·s、作用の比 \(S/\hbar\) が量子効果の重要度を測り \(\hbar\to0\) 極限で古典力学が回復すること(対応原理)は、いずれも確立した物理です。光電効果・電子線回折など実験で確立しています。
「粒と波の二重性」は理解の入口の比喩で、正確には量子的対象は古典的な粒でも古典的な波でもない一つの存在で、状況に応じて粒的/波的な顔を見せる(第2回の波動関数がその正体)。「\(\hbar\) は作用の粒」も直感的な言い方で、作用そのものが \(\hbar\) の整数倍に量子化されるわけではありません(量子化されるのは、束縛系のエネルギーや角運動量など特定の量)。図の \(S/\hbar\) の数値は各系の特徴的な作用のけた数の目安(オーダー)で、厳密値ではありません。\(\hbar\) と \(h\) は \(2\pi\) 倍違うので式ごとに注意。
量子論の奇妙さの多くは、粒か波かという古い言葉で語ることから来る。\(\hbar\) を作用の最小の粒、そして粒と波の両替レートと見れば、二択は消える ── エネルギーと振動数は \(E=\hbar\omega\)、運動量と波長は \(p=\hbar k=h/\lambda\)。相対論の \(c\) が時間と空間を結んだように、\(\hbar\) が粒と波を結ぶ。物や電子にも波長があり(ド・ブロイ)、それが対象の大きさに比べて効くかどうかで、波に見えるか粒に見えるかが決まる。
より一般には、作用の比 \(S/\hbar\) が仕分ける ── \(S/\hbar\gg1\) で古典(\(\hbar\) の粒が埋もれる)、\(S/\hbar\sim1\) で量子。日常は \(S/\hbar\sim10^{34}\) と巨大だから、\(\hbar\to0\) と見なした古典力学で足りた ── 相対論の \(\beta\to0\)、わかる場の \(\varepsilon\to0\) と同じ、「ニュートンはある比の極限」。単位のある \(E,p,S\) は舞台装置、効くのは比 \(S/\hbar\) だけ ── \(\hbar\) の物語の、第一歩です。
印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面ではポインタを動かすと、S/ℏ の値と「古典的/量子的」が変わります。「答えを見る」で解答が開きます。