わかる温度第 5 回 / 負の温度は、無限大より熱い

「温度は 0 K が下限で、上に限りはない」── どちらも間違い。本体を β にすると、全部が一本の軸に並ぶ

負の温度は、無限大より熱い エネルギーに上限のある系では、\(T<0\) が実現します。
しかもそれは「冷たい」のではなく、どんな正の温度よりも熱い ──
接触させたら必ずエネルギーを渡す側になる、という意味で。

必要な道具:第2回の \(\beta=d\ln\Omega/dE\)、第3回の二準位系、対数 この回の芯:本体は T ではなく 1/T

温度には下限(絶対零度)があって上限はない ── そう習います。じつはどちらも正確ではありません。第2回で見たとおり、温度の本体は \(T\) ではなく \(\beta=1/k_BT\) のほうでした。\(\beta\) は「エネルギーを 1 もらったとき、場合の数が何倍になるか」。ふつうの物質ではエネルギーをもらえばもらうほど場合の数が増えるので \(\beta>0\) ですが、エネルギーに上限のある系では話が変わります ── 上限に近づくと、もらうほど場合の数が減る。すると \(\beta<0\)、つまり \(T<0\)。そしてそれは「絶対零度より冷たい」のではなく、無限大の温度よりさらに熱い。1951 年に核スピンで、2013 年に冷却原子の運動自由度で、実際に作られています。

01ふつうの系で \(\beta>0\) なのは、上限がないから

気体の分子は、いくらでも速く動けます。エネルギーに上限がない。だからエネルギーを足せば足すほど、可能な速度の組み合わせ(=場合の数 \(\Omega\))は増え続けます。

第2回の定義 \(\beta=d\ln\Omega/dE\) を思い出すと ── \(\Omega\) が増え続けるなら \(\beta\) はつねに正。だから「ふつうの物質は必ず正の温度」なのです。これは物理法則ではなく、エネルギーに上限がないという性質の帰結にすぎません。

02上限があると、山を越える

では、上限のある系を考えます。いちばん簡単なのは、第3回でも出てきた二準位系 ── 各粒子が下(エネルギー 0)か上(エネルギー \(\Delta E\))のどちらかにしかいない。\(N\) 個あれば、系全体のエネルギーは 0 から \(N\Delta E\) までで、ちゃんと上限があります

場合の数を数えると、山になる

\(N\) 個のうち \(n\) 個が上にいる状態の数は \(\Omega={}_N\mathrm{C}_n\)。エネルギーは \(E=n\Delta E\)。

状態上にいる割合 p場合の数 Ωβ = dlnΩ/dE
全部が下(最低エネルギー)01(1 通り)\(+\infty\)
半々0.5最大0
全部が上(最高エネルギー)11(1 通り)\(-\infty\)

場合の数が山型になります。半々のところが頂上で、そこから先はエネルギーを足すほど場合の数が減る。頂上の右側では \(d\ln\Omega/dE<0\)、つまり \(\beta<0\)
具体的に解くと、上準位の占有率 \(p\) との関係はこうなります:

$$\beta=\frac{1}{\Delta E}\ln\frac{1-p}{p}$$
この回の芯 ── β は連続、T は飛ぶ

\(p\) を 0 から 1 へなめらかに上げていくと:

$$\beta:\ +\infty\ \longrightarrow\ 0\ \longrightarrow\ -\infty \qquad\text{(一本道、連続)}$$ $$T:\ 0^{+}\ \longrightarrow\ +\infty\ \ \Big|\ \ -\infty\ \longrightarrow\ 0^{-} \qquad\text{(途中で飛ぶ)}$$

飛んでいるのは \(T\) だけで、\(\beta\) は何事もなく通り抜けています。 つまり「無限大の温度」という不気味な点は、逆数で書いたせいで生じた見かけの特異点。第2回で「本体は \(\beta\)」と言ったのは、このためです。

03なぜ「無限大より熱い」のか

温度の大小は、接触させたときにどちらからどちらへ熱が流れるかで決まります。第2回で見たとおり、熱は \(\beta\) の大きいほうへ流れる(もらうと場合の数が激増する側が「冷たい」)。

そこで並べてみると:

冷たい ←βT→ 熱い
絶対零度\(+\infty\)\(0^+\)いちばん冷たい
室温40 /eV300 K
太陽の中心小さい正\(10^7\) K
無限大の温度0\(\pm\infty\)まだ途中
負の温度小さい負\(-10^7\) Kもっと熱い
完全反転(全部が上)\(-\infty\)\(0^-\)いちばん熱い

\(\beta\) が小さいほど熱い、という一本の順序で並びます。負の温度の系は \(\beta<0\) なので、どんな正温度の系(\(\beta>0\))と接触させても必ずエネルギーを渡す側になる ── だから「熱い」。そして \(T=0^-\)(完全反転)が最高温です。

温度の目盛りは、じつは円環だった \(\beta\) を軸にとると、温度の全域は \(-\infty<\beta<+\infty\) の一本の直線です。ところが \(T=1/k_B\beta\) で書き直すと、\(\beta=0\) のところで \(T\) が \(\pm\infty\) に飛び、両端の \(T=0^{\pm}\) がまた別々に現れる。
直感的には、温度の目盛りは直線ではなく円環に近い ── \(0^+ \to +\infty \to -\infty \to 0^-\) と一周する。ただし \(0^+\) と \(0^-\) はつながっていないので、正確には「両端の開いた円弧」です。この気持ち悪さは全部、逆数で書いたことに由来します。

04動かしてみる ── エントロピーの山を登って、越える

下の図の左は、二準位系のエントロピー \(S\) をエネルギー \(E\) に対して描いたものです。山型になっています。この曲線の接線の傾きがまさに \(1/T=\partial S/\partial E\) ── 第2回の定義そのものです。

スライダーで上準位の占有率 \(p\) を上げていってください。接線が右上がり(\(T>0\))→ 水平(\(T=\infty\))→ 右下がり(\(T<0\))と、なめらかに倒れていきます。どこにも不連続はありません。右のパネルでは、同じ状態を \(\beta\) 軸と \(T\) 軸の両方に打ってあります ── \(\beta\) 側は静かに通り抜け、\(T\) 側だけが端から端へ飛ぶのが見えます。

図:左=二準位系のエントロピー S(E)(山型)と、いまの状態での接線。傾きが 1/T。右=同じ状態を β 軸(上)と T 軸(下)に打ったもの。p を上げると β は連続に、T は途中で ±∞ を挟んで飛ぶ
エントロピー S(E) 接線(傾き=1/T) いまの状態

05実際に作られている

やり方
1951核スピン(LiF 結晶)
パーセルとパウンド
磁場中でスピンを揃えておいて、磁場を突然反転する。スピンは追いつけず、気づいたら「エネルギーの高い側に偏った」状態=反転分布に。スピン系だけが数分間 \(T<0\) を保つ
2013冷却原子の運動自由度
ブラウンら
光格子でカリウム原子の運動エネルギーに上限を作り(バンド構造)、相互作用の符号を反転。運動の自由度そのもので負温度を実現した点が新しい
随時レーザーの反転分布上準位のほうが混んでいる状態=形式的には \(T<0\)。ただし熱平衡ではないので「温度」と呼ぶかは流儀による(下の正直な線)

06では、なぜ身のまわりで起きないのか

答えは第 01 節に戻ります ── 身のまわりの系は、運動エネルギーに上限がないから。分子はいくらでも速くなれるので、\(\Omega\) は増え続け、\(\beta\) は正のまま。負温度を作るには、上限のある自由度だけを、他から切り離して扱えることが必要です。

核スピンの実験がうまくいったのは、スピン系が格子(=上限のない自由度)と熱をやりとりするのに数分かかったから。その数分のあいだ、スピンだけが独立した「系」として負温度を持てた。逆に言えば、負温度はつねに準平衡の状態です ── 待てば必ず、上限のない自由度に熱が漏れて、正の温度に戻ります。

◇ ◇ ◇
正直な線 ── 「負の温度」をめぐる議論

確立していること:\(1/T=\partial S/\partial E\) を温度の定義とすれば、エネルギーに上限がありエントロピーが \(E\) の関数として山型になる系で \(T<0\) が定義できること;そのとき負温度の系は正温度の系と接触すると必ずエネルギーを放出すること(=どんな正温度より熱い);核スピン系での実現(Purcell–Pound 1951)と冷却原子の運動自由度での実現(Braun ら 2013);\(\beta=1/k_BT\) を用いると温度の全域が連続な一本の軸になること。いずれも標準的な物理です。

議論があること:① 負温度は準平衡でのみ成立します。上限のない自由度(格子振動など)との緩和を待てば、必ず正温度へ戻る。「その系だけを切り出して平衡とみなせる時間窓」があることが前提です。② エントロピーの定義をどれにするかで話が変わります。本文で使ったのは通常の(ボルツマンの)エントロピー \(S=k_B\ln\Omega\) ですが、代わりにギブスの体積エントロピーを採ると温度は決して負にならない ── 2014 年前後に「負温度は存在しないのでは」という論争が起き、現在も完全には収束していません。多数派は本文の立場(負温度は物理的に意味がある)ですが、定義依存の主張であることは押さえておいてください。③ レーザーの反転分布は形式的に \(T<0\) と書けますが、熱平衡から遠いので「温度」と呼ぶことに慎重な流儀もあります。④ 図は \(N\) 個の独立な二準位系という理想化で、相互作用は無視しています。

練習問題(この回の考え方で解けます)
  1. ふつうの気体で負の温度が作れないのはなぜか。
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    運動エネルギーに上限がないから。エネルギーを足せば場合の数 \(\Omega\) は増え続け、\(\beta=d\ln\Omega/dE\) は正のまま。負温度には「\(\Omega\) が減り始める上限」が要る。
  2. 負の温度が「無限大より熱い」とはどういう意味か。
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    熱は \(\beta\) の大きいほうへ流れる。\(\beta<0\) はどんな \(\beta>0\) より小さいので、負温度の系は必ずエネルギーを渡す側になる。温度の大小は「接触したときどちらが与えるか」で決まるので、その意味で最も熱い。
  3. \(T\) が \(\pm\infty\) で飛ぶのに \(\beta\) は飛ばないのはなぜか。
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    本体が \(\beta\) で、\(T=1/k_B\beta\) はその逆数だから。\(\beta=0\) は \(\beta\) にとって何でもない通過点だが、逆数を取ると発散する。特異点は物理ではなく表記に由来する
  4. 負温度がいつまでも続かないのはなぜか。
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    上限のある自由度(スピンなど)と、上限のない自由度(格子振動など)が、いずれ熱をやりとりするから。漏れた瞬間に系全体は正温度へ向かう。だから負温度は準平衡の現象で、成立には「緩和時間が分かれていること」が必要。

第5回まとめ温度の目盛りは、直線ではなかった

エネルギーに上限のある系では、場合の数 \(\Omega\) が \(E\) の関数として山型になります。頂上(半々)を越えると \(d\ln\Omega/dE<0\)、つまり \(\beta<0\)、\(T<0\)。二準位系なら \(\beta=\frac{1}{\Delta E}\ln\frac{1-p}{p}\) で、占有率 \(p\) を 0 から 1 へ上げるだけで到達します。

そして負温度は「冷たい」のではなくどんな正温度より熱い ── 熱は \(\beta\) の大きいほうへ流れるので、\(\beta<0\) の系は必ず渡す側になるから。冷たい順に並べると \(0^+\to+\infty\ |\ -\infty\to0^-\) で、飛んでいるのは \(T\) だけ、\(\beta\) は静かに通り抜けている。第2回で「本体は \(\beta\)」と言った配当が、ここで返ってきます。

核スピン(1951)と冷却原子(2013)で実現済み。ただし成立には上限のある自由度を切り離せることが必要で、待てば必ず正温度へ戻ります ── 負温度はつねに準平衡の現象です。

この文書は「わかる温度」シリーズ第5回、物理好きの高校生・大学生向け読み物です。統計力学的温度の定義 \(1/T=\partial S/\partial E\)、エネルギーに上限のある系(二準位系)でエントロピーが \(E\) の関数として山型になり高エネルギー側で \(T<0\) となること、負温度の系が正温度の系と接触すると必ずエネルギーを放出すること、二準位系での関係 \(\beta=\Delta E^{-1}\ln[(1-p)/p]\)、および核スピン系(Purcell–Pound 1951)と光格子中の冷却原子の運動自由度(Braun ら 2013)での実現は、いずれも確立した物理です。負温度が準平衡でのみ成立し上限のない自由度への緩和で正温度に戻ること、エントロピーの定義(ボルツマン対ギブスの体積エントロピー)によって負温度の是非が変わり 2014 年前後に論争があって完全には収束していないこと、レーザーの反転分布を「温度」と呼ぶかに流儀があること、および図が独立な二準位系という理想化であることは、本文「正直な線」に明記しました。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を(印刷版ではスライダーと解答は静止・非表示になります)。前後の回:第4回 第二法則は、「ほぼ」しか成り立たない第6回 虚時間の周期が、温度目次

印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面ではスライダーで上準位の占有率を上げると、接線が右上がり→水平→右下がりとなめらかに倒れ、T だけが ±∞ を挟んで飛びます。「答えを見る」で解答が開きます。