わかる温度第 2 回 / 温度とは、エネルギーの配り方

箱に玉をでたらめに配るだけ ── 何のルールも入れていないのに、指数分布がひとりでに立ち上がる

温度とは、エネルギーの配り方 エネルギーのは温度ではありません。温度は配り方の傾きです。
そして本体は \(T\) ではなく \(\beta=1/k_BT\) のほう ── 「エネルギーを 1 もらうと、状態数が何倍になるか」。

必要な道具:第1回の \(E/k_BT\)、対数、指数関数、場合の数 この回の芯:β ≡ d(ln Ω)/dE

第1回で「温度はエネルギーだ」と言いました。でも、それだけでは足りません ── お風呂とコップの水が同じ 40 ℃ なら温度は同じですが、持っているエネルギーは全然違う。温度は総量ではない。では何か。答えは配り方の傾きで、しかもこれは机上の話ではなく、目の前で立ち上がるところを見られます。箱をたくさん並べて、玉(エネルギーの最小単位)をでたらめにやりとりさせるだけ。何のルールも、指数関数も、ボルツマンも入れていないのに ── 数十秒で指数分布が現れます。その傾きが温度です。そしてこの実験を追いかけると、温度の正体が \(T\) ではなく \(\beta=1/k_BT\) のほうだということも、自然にわかります。

01いちばん簡単な実験 ── 箱と玉

用意するもの。

それだけです。エネルギーは保存する(玉の総数は変わらない)。他には何も入れていません。「温度」も「平衡」も「エントロピー」も、まだどこにも書いていない。

02動かしてみる ── 指数分布が、ひとりでに立つ

下の図がその実験です。上が箱の中身(棒の高さが玉の数)、下がヒストグラム(玉を \(n\) 個持つ箱が何個あるか)。

「全部を 1 箱に集める」から始めてみてください。最初はヒストグラムがめちゃくちゃですが、玉をやりとりさせるうちに ── まっすぐな指数分布に落ち着きます(縦軸を対数にすると直線になる)。誰も指数関数を指定していないのに、です。そして平均エネルギーのスライダーを動かすと、その直線の傾きだけが変わる。

図:300 個の箱に玉をばらまき、ランダムに 1 個ずつ渡し続けるだけ。上=各箱の玉の数、下=ヒストグラム(点線は理論の幾何分布)。ボタンで縦軸を対数にすると、直線=指数分布になる。スライダーで平均エネルギー(=温度)を変えると、傾きだけが変わる
実験(いま数えた分布) 理論の指数分布

これが「温度が生まれる瞬間」です。個々の玉のやりとりはでたらめなのに、全体としては決まった形に落ち着く。しかもその形はパラメータをひとつしか持たない ── 傾きです。

03なぜ指数関数なのか ── 「場合の数が多いほう」が勝つだけ

種明かしは、驚くほど単純です。玉の配り方の場合の数を数えるだけ。

系を二つに分けます ── 注目する小さい部分(箱 1 個)と、残り全部(熱浴)。全体のエネルギーは \(E_{\text{全}}\) で一定。小さい部分がエネルギー \(E\) を持つとき、その状態が実現する確率は、残りの部分の場合の数に比例します:

$$P(E)\ \propto\ \Omega_{\text{浴}}(E_{\text{全}}-E)$$

「小さい部分がエネルギーを持てば持つほど、残りに配れる玉が減り、残りの場合の数が減る」── だから大きい \(E\) は起きにくい。ここまでは当たり前です。では、どう減るのか。

対数を取ると、一行で出る

\(E\) は熱浴に比べて小さいので、\(\ln\Omega_{\text{浴}}\) を \(E\) で 1 次まで展開します:

$$\ln\Omega_{\text{浴}}(E_{\text{全}}-E)\approx \ln\Omega_{\text{浴}}(E_{\text{全}})-E\cdot\underbrace{\frac{d\ln\Omega_{\text{浴}}}{dE}}_{\textstyle \equiv\ \beta}$$

指数に戻すと

$$P(E)\ \propto\ e^{-\beta E}$$

これだけです。指数関数が出てきた理由は「テイラー展開の 1 次で切ったから」── つまり熱浴が大きいから。ボルツマン因子の正体は、場合の数の対数を 1 次で近似したもの。それ以上でも以下でもありません。

そして途中で定義した \(\beta\) こそが、温度の本体です。

この回の芯 ── 温度の定義
$$\beta\ \equiv\ \frac{d\ln\Omega}{dE}\ =\ \frac{1}{k_BT} \qquad\Longleftrightarrow\qquad \frac{1}{T}=\frac{\partial S}{\partial E}\quad(S=k_B\ln\Omega)$$

言葉にすると ── 「エネルギーを 1 単位もらったとき、場合の数が何倍になるか」の対数微分
エネルギーをもらって場合の数が激増する系(=もっとエネルギーを欲しがる系)は \(\beta\) が大きい=冷たい。もらってもあまり増えない系は \(\beta\) が小さい=熱い。二つの系を接触させると、\(\beta\) の大きいほう(冷たいほう)へエネルギーが流れ、\(\beta\) が揃ったところで止まる ── それが熱平衡です。

「わかる繰り込み」第1回と、同じ式 ここで出てきた \(S=k_B\ln\Omega\) は、姉妹編「わかる繰り込み」第1回の「エントロピー=捨てた情報の量」そのものです。あちらは「マクロを決めても決まらないミクロ配置の数」を数えていました。こちらはその数のエネルギー微分を取っている。
つまり ── 温度とは、捨てた情報の量が、エネルギーを足すとどれだけ増えるか。第1回で「温度はエネルギーとビットの両替レート」と書いたのは、この意味です。実際、\(1/T=\partial S/\partial E\) は「エネルギー 1 ジュールあたり何ビット増えるか」を測っている。

04だから、本体は \(T\) ではなく \(\beta\)

\(\beta=1/k_BT\) は「温度の逆数」なので、ふつうは脇役扱いされます。でも定義を見れば、先に生まれたのは \(\beta\) のほうです。\(T\) は \(\beta\) の逆数として後から定義された量にすぎません。

\(\beta\) を主役にすると、いろいろなことが素直になります。

状況βT\(\beta\) で見ると
絶対零度に近い+∞0端っこ。エネルギーを欲しがる度合いが無限大
ふつうに冷たい大きい正小さい連続
ふつうに熱い小さい正大きい連続
無限大の温度0ただの 0。特別でも何でもない、通過点
負の温度(第5回)0 を通り越しただけ。連続してつながる

\(T\) で書くと「無限大」という扱いにくい点が真ん中にありますが、\(\beta\) で書けばそこはただの \(0\) です。だから第5回の「負の温度」も、\(\beta\) から見れば何の不思議もない ── 傾きの符号が変わっただけ。温度に \(\pm\infty\) の壁があるように見えるのは、逆数で書いているせいの錯覚です。

05いちばん小さい応用 ── 二準位系

エネルギー差 ΔE の 2 つの状態しかない系

下の準位と上の準位の占有数の比は、ボルツマン因子そのままです:

$$\frac{n_{\text{上}}}{n_{\text{下}}}=e^{-\Delta E/k_BT}$$

第1回の「効くのは \(E/k_BT\) だけ」がここに直結します ── \(\Delta E\ll k_BT\) なら比は 1(半々に埋まる)、\(\Delta E\gg k_BT\) なら比はほぼ 0(下だけ埋まる)。
たとえば室温(25 meV)で \(\Delta E=1\) eV の系なら、\(e^{-40}\approx4\times10^{-18}\) ── 1 京個に数個。だから常温の物質はほとんど基底状態にいる。この比が 1 に近づくとどうなるか、そして1 を超えたらどうなるかが、第5回です。

06温度計とは、何をする装置か

ここまでくると、温度計の正体も言えます。温度計は「熱さ」を測っているのではありません ── 相手と接触して、\(\beta\) が揃うまで待つ装置です。揃ったあとの自分の状態を読めば、相手の \(\beta\) がわかる。

だから温度計には、二つの条件が要ります。① 相手より十分小さいこと(測ることで相手を変えてはいけない)。② \(\beta\) が揃うまで待つこと。この二つ目が満たされないとき ── たとえば急激な変化や、平衡から遠い系 ── では、「温度」という量そのものが定義できなくなります。温度は、平衡のための言葉です。

◇ ◇ ◇
正直な線 ── 何を仮定したか

確立していること:ボルツマン因子 \(P(E)\propto e^{-\beta E}\) が、熱浴の状態数の対数を 1 次展開することで導かれること;\(\beta=d\ln\Omega/dE=1/k_BT\)、すなわち \(1/T=\partial S/\partial E\)(\(S=k_B\ln\Omega\))が温度の統計力学的定義であること;接触した二系の間で \(\beta\) が等しくなるのが熱平衡であること;二準位系の占有比 \(e^{-\Delta E/k_BT}\);そして図の模型(区別できる \(N\) 個の箱に区別できない \(Q\) 個の量子を配る)の平衡分布が幾何分布 \(p(n)\propto\bigl(q/(1+q)\bigr)^n\) になること(\(N\to\infty\))── いずれも標準的な統計力学です。

仮定していること:① 展開を 1 次で切れるのは熱浴が注目系よりずっと大きいときだけです。小さい熱浴では高次項が効き、指数分布からずれます(これが第4回のゆらぎの主題)。② 「ランダムに配れば必ず平衡へ行く」は、この模型では成り立ちますが、一般にはエルゴード性という仮定です。実際、成り立たない系(可積分系、ガラス、多体局在)が存在します。③ 図の玉のやりとりは、実在の分子衝突を模したものではなく、「保存則だけがある無作為な交換」から分布が決まることを見せるための最小模型です。④ 温度は平衡(あるいは局所平衡)でのみ定義される量で、平衡から遠い系では「その系の温度」は一般に存在しません。

練習問題(この回の考え方で解けます)
  1. お風呂とコップの水が同じ温度なのに、持っているエネルギーが違うのはなぜか。
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    温度はエネルギーの総量ではなく、配り方の傾き \(\beta=d\ln\Omega/dE\) だから。お風呂は自由度が多いぶん総エネルギーは大きいが、「エネルギーを 1 足したときの状態数の増え方」は同じ。だから接触させても熱は流れない。
  2. ボルツマン因子 \(e^{-E/k_BT}\) の指数関数は、どこから来たのか。
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    熱浴の状態数の対数 \(\ln\Omega\) を、注目系のエネルギー \(E\) について1 次まで展開したことから。指数に戻すと \(e^{-\beta E}\) になる。指数関数は自然界の神秘ではなく、テイラー展開の 1 次項。1 次で切れるのは熱浴が大きいから。
  3. 二つの系を接触させたとき、熱はどちら向きに流れるか。\(\beta\) の言葉で。
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    \(\beta\) の大きい系(=エネルギーをもらうと状態数が激増する系=冷たい系)へ流れる。全体の場合の数が増える向きだから。そして \(\beta\) が揃ったところで止まる ── それが熱平衡の定義。
  4. 「温度は \(\pm\infty\) が壁になっている」ように見えるのはなぜ錯覚か。
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    本体が \(\beta\) で、\(T=1/k_B\beta\) はその逆数だから。\(\beta\) にとって \(0\) はただの通過点で、そこを \(T\) で見ると \(+\infty\) に見えるだけ。\(\beta\) が負に抜ければ \(T\) は負になる(第5回)。

第2回まとめ温度は、場合の数の対数の傾き

箱に玉をでたらめに配るだけで、指数分布がひとりでに立ち上がります。誰も指数関数を指定していないのに。種明かしは場合の数の勘定で、熱浴の \(\ln\Omega\) を 1 次展開すれば \(P(E)\propto e^{-\beta E}\) が出る ── ボルツマン因子はテイラー展開の 1 次項です。

そこで定義された \(\beta=d\ln\Omega/dE=1/k_BT\) こそが温度の本体。言葉にすると「エネルギーを 1 もらうと、場合の数が何倍になるか」で、姉妹編「わかる繰り込み」第1回の \(S=k_B\ln\Omega\) をエネルギーで微分したものにあたります。だから第1回の「温度=エネルギーとビットの両替レート」は文字どおりでした。

そして \(\beta\) を主役にすると、無限大の温度はただの \(\beta=0\) になり、負の温度もその向こう側として自然につながります。温度に壁があるように見えるのは、逆数で書いているせいの錯覚です。

この文書は「わかる温度」シリーズ第2回、物理好きの高校生・大学生向け読み物です。ボルツマン因子が熱浴の状態数の対数の 1 次展開から導かれること、統計力学的な温度の定義 \(\beta=d\ln\Omega/dE=1/k_BT\)(等価に \(1/T=\partial S/\partial E\)、\(S=k_B\ln\Omega\))、熱平衡が \(\beta\) の一致であること、二準位系の占有比、および図の模型(区別できる箱に区別できない量子を無作為交換で配る)の平衡分布が幾何分布になることは、いずれも標準的な統計力学です。1 次展開が成り立つのは熱浴が十分大きいときに限ること(小さい熱浴でのずれは第4回の主題)、無作為交換から平衡に至ることが一般にはエルゴード性の仮定であり成り立たない系(可積分系・ガラス・多体局在)が存在すること、図が実在の分子衝突の再現ではないこと、および温度が平衡(局所平衡)でのみ定義される量であることは、本文「正直な線」に明記しました。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を(印刷版ではスライダーと解答は静止・非表示になります)。前後の回:第1回 温度は、物質の性質ではない第3回 熱とは、追跡をやめた運動目次/姉妹編 わかる繰り込み

印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面では玉のやりとりが動き続け、ヒストグラムが指数分布に落ち着きます。「全部を 1 箱に集める」でリセット、縦軸を対数にすると直線になります。「答えを見る」で解答が開きます。