わかる温度第 1 回 / 温度は、物質の性質ではない

2019年、人類は k_B を測るのをやめて値を確定した ── 温度をエネルギーで測れば、k_B は消える

温度は、物質の性質ではない \(k_B\) は物理定数ではなく単位換算係数です。
温度をエネルギーで測れば \(k_B=1\)。効くのは無次元の比 \(E/k_BT\) ひとつだけ ──
そして室温の 25 meV という数字が、化学も半導体も生命もまとめて説明します。

必要な道具:エネルギーの単位(J と eV)、対数目盛り、指数関数の気分 この回の芯:k_BT(300K) ≈ 1/40 eV

「温度」を、私たちは物の性質のように扱います ── この鉄は熱い、あの水は冷たい。でも物理では、温度は物の性質ではありません。もっと言えば、温度という量そのものが余計です。エネルギーで測ればいい。そのための換算係数が \(k_B\) で、しかも 2019 年の国際単位系の改定で、\(k_B\) は測る量ではなく決める量になりました ── 値は定義によって \(1.380649\times10^{-23}\ \mathrm{J/K}\) ちょうど。姉妹編「わかる宇宙論」番外編②が「なぜ光速を固定したのか」を扱いましたが、これはその温度版です。そして温度をエネルギーに直した瞬間、驚くほど多くのことがひとつの数字で見通せるようになります ── 室温で \(k_BT\approx\) 25 meV。この 25 meV を物差しにすると、なぜ氷が溶けてダイヤモンドが溶けないか、なぜ半導体が動くか、なぜ生命が室温で成立するかが、全部同じ図の上に並びます。

01ケルビンは、歴史の遺産である

長さをメートルで測り、時間を秒で測るのと同じように、温度をケルビンで測る ── そう習います。でも、温度と長さには決定的な違いがあります。

温度は、エネルギーで測れてしまうのです。気体分子の平均運動エネルギーは \(\frac32 k_BT\)。つまり「温度」と言っているものは、実質エネルギーです。それを別の単位(ケルビン)で呼んでいるだけ。

この回の芯 ── k_B は換算レート
$$k_B=1.380649\times10^{-23}\ \mathrm{J/K}\quad(\text{定義値、2019年〜})$$

これは「自然界の何かを測った値」ではありません。ケルビンという単位をジュールに直すための、両替レートです。1 ドル=150 円の「150」と同じ種類の数。だから理論物理では、しばしば最初の一行で \(k_B=1\) と置いて、温度をそのままエネルギーで書きます ── そうすると \(k_B\) は式から一切消えます。

2019 年 5 月 20 日、国際単位系(SI)は改定され、ケルビンは「水の三重点の 1/273.16」という物質に基づく定義をやめて、\(k_B\) の値を確定することで定義されるようになりました。測るのをやめて、決めた。光速を 1983 年に固定したのとまったく同じ手口です。

「わかる宇宙論」番外編②と、同じ論法 番外編②「なぜ光速を固定したのか」はこう説明していました ── 比べる相手が光速に追いつかれたから。長さの基準より、光速を使った時間の測定のほうが精密になった瞬間、「光速を測る」ことに意味がなくなり、値を決めて長さの定義に使うほうが合理的になった。
温度でもまったく同じことが起きました。水の三重点という物質に依存する基準より、\(k_B\) を固定してエネルギーから温度を出すほうが精密になった。単位のある量は舞台装置という全集の背骨が、ここでも効いています。

02効くのは \(E/k_BT\) だけ

では、温度が出てくる式を見てみましょう。ある状態のエネルギーが \(E\) のとき、その状態が実現する確率は

温度が出てくる式は、いつもこの形
$$P\ \propto\ e^{-E/k_BT}$$

指数関数の肩には、必ず \(E/k_BT\) という無次元の比しか乗りません。単位のある \(E\) や \(T\) が単独で顔を出すことはない。だから ──

「温度が高い」に絶対的な意味はない。あるのは「注目しているエネルギーに比べて \(k_BT\) が大きいか小さいか」だけ。

10000 K は、化学結合(数 eV)から見れば「まあまあ熱い」ですが、原子核(MeV)から見れば絶対零度と変わりません。逆に 1 K は、私たちには極寒でも、超伝導ギャップ(meV 以下)から見れば十分に熱い。温度は、比べる相手を決めないと意味を持たない

03覚えるべき数字は、ひとつだけ

室温の k_BT を出す

\(T=300\ \mathrm{K}\)(だいたい 27 ℃)を入れると

$$k_BT=(1.381\times10^{-23})(300)=4.14\times10^{-21}\ \mathrm{J}$$

これを eV に直します(\(1\ \mathrm{eV}=1.602\times10^{-19}\ \mathrm{J}\)):

$$k_BT=\frac{4.14\times10^{-21}}{1.602\times10^{-19}}=0.0259\ \mathrm{eV}\approx \frac{1}{40}\ \mathrm{eV}=25\ \mathrm{meV}$$

この 「室温=40分の1 eV」 だけ覚えれば、あとは暗算で回ります。温度が \(T\) のときの \(k_BT\) は \(\ (T/300)\times25\ \mathrm{meV}\)。物理屋が「室温」と言うとき、頭の中では 25 meV という数字が動いています。

この 25 meV を物差しに、身のまわりのエネルギーを並べてみます。

ものエネルギー室温 k_BT の何倍室温では
宇宙マイクロ波背景放射の光子≈ 0.6 meV0.02ぬるい ── 宇宙は 2.7 K
室温 k_BT25 meV1基準
水素結合(水分子どうし)≈ 0.2 eV8切れたりつながったり ── だから水は液体
シリコンのバンドギャップ1.1 eV44ほぼ絶縁体、でもわずかに励起 ── だから半導体
可視光の光子2〜3 eV80〜120熱では絶対に出ない ── だから室温の物は光らない
C–C 共有結合≈ 3.6 eV140びくともしない ── だから有機分子は壊れない
原子核の結合≈ 8 MeV3億完全に凍結

この表が、この回でいちばん言いたいことです。「室温」というただ一つの数字と、対象のエネルギーの比だけで、その現象が起きるか起きないかがだいたい決まる。水素結合が 8 倍だから、水は「切れそうで切れない」=液体でいられる。共有結合が 140 倍だから、あなたの体は室温で分解しない。生命が室温で成り立っているのは、この 8 と 140 のあいだの絶妙な位置に、生体分子の相互作用が並んでいるからです。

04動かしてみる ── \(k_BT\) の線を動かす

下の図は、エネルギーの対数目盛りの上に、いろいろなものを並べたものです。温度スライダーを動かすと、\(k_BT\) の縦線が動きます。

読み方は単純です ── 線より左(\(k_BT\) より小さい)のものは、熱で壊れる/揺すぶられる。線より右(大きい)のものは、凍りついて動かない。 300 K に合わせると、水素結合が線のすぐ右にあり、共有結合ははるか右にある。太陽表面(5800 K)まで上げると分子が壊れはじめ、\(10^4\) K を超えると原子が電離し、\(10^{10}\) K で原子核が壊れます ── 宇宙の歴史を逆再生しているのと同じことです。

図:エネルギーの対数目盛り(横軸)に並ぶ、いろいろな現象のエネルギー。縦線が k_BT。温度スライダーを動かすと線が動き、左側=熱で壊れる/右側=凍結、が読める。ボタンで代表的な温度へジャンプ
k_BT(いまの温度) 熱で壊れる/励起される側 凍りついている側

05では、温度とは結局なんなのか

\(k_B\) が換算係数にすぎないなら、残るのは「エネルギー」だけです。でも、エネルギーそのものは温度ではありません ── 同じ 1 J でも、電池に貯めた 1 J と、コップの水が持つ 1 J は違う。何が違うのか。

この回の答えと、次回への宿題

温度は、エネルギーのではありません。エネルギーが多数の自由度にどう配られているか、その配り方の傾きです。

「1 個あたりいくら」でもない(大きい系ほど総エネルギーは大きいが、温度は同じ)。「配る勢い」とでも言うべき何か ── それを次回、玉をでたらめに配るだけで目の前に立ち上がらせます。すると、なぜ \(e^{-E/k_BT}\) なのかも、なぜ本体が \(T\) ではなく \(1/k_BT\) なのかも、同時にわかります。

◇ ◇ ◇
正直な線 ── 「k_B は換算係数」の正確な射程

確立していること:2019 年の SI 改定によりケルビンが \(k_B=1.380649\times10^{-23}\ \mathrm{J/K}\)(定義値)を通じて定義されること;理論物理で \(k_B=1\) の単位系(温度をエネルギーで表す)が広く使われること;ボルツマン因子 \(e^{-E/k_BT}\) の指数が無次元比 \(E/k_BT\) であること;\(k_BT(300\,\mathrm{K})=0.0259\) eV;本文の表のエネルギー値(水素結合、シリコンのバンドギャップ 1.12 eV、可視光 1.6〜3.1 eV、C–C 結合エネルギー、核子あたりの結合エネルギー ≈ 8 MeV、CMB の典型光子エネルギー)は、いずれも標準的な値です。

言いすぎないこと:① 「\(k_B\) は物理定数ではない」は次元をつなぐ係数であるという意味で、\(k_B\) の存在自体が無意味という主張ではありません。歴史的にケルビンが独立な単位として定着している以上、実務では必要な数です。② 「\(k_BT\) より大きいものは凍結」は目安であって、しきい値ではありません。実際にはボルツマン因子 \(e^{-E/k_BT}\) がなだらかに効くので、\(E/k_BT=44\)(シリコン)でも、粒子数が \(10^{22}\) もあれば励起される個体数は無視できません ── 半導体が動くのはまさにそのおかげです。表の「室温では」の欄は定性的な読みです。③ 「温度は物質の性質ではない」は、温度が系の状態を表す量であって物質固有の定数ではないという意味です。もちろん「この物体の温度」は物体の状態として定義できます。この主張の最終形(温度が観測者の運動状態にも依ること)は第7回で扱います。

練習問題(この回の考え方で解けます)
  1. 1000 K での \(k_BT\) を暗算で eV に直せ。
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    室温 300 K で 25 meV なので、\(25\times(1000/300)\approx 83\) meV = 0.083 eV。比例するだけなので暗算できる。
  2. 可視光(2 eV)を熱放射で出すには、だいたい何 K が必要か。室温の物が光らない理由も。
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    \(k_BT\sim2\) eV となるのは \(T\approx 2/0.025\times300\approx 2.4\times10^4\) K。実際には分布の裾があるので数千 K で赤熱しはじめる(鉄が 1000 K 程度で赤く見える)。室温では \(E/k_BT\approx80\) で、\(e^{-80}\approx10^{-35}\) ── 可視光子はまず出ない。だから室温の物は光らない。
  3. 「温度が高い/低い」に絶対的な意味がないのはなぜか。
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    温度は必ず \(E/k_BT\) というの形でしか物理に効かないから。同じ 10000 K でも、化学結合から見れば熱く、原子核から見れば絶対零度と変わらない。比べる相手を決めないと意味が決まらない
  4. 2019 年の SI 改定は、光速を固定した 1983 年と何が同じか。
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    どちらも「その定数を測るのをやめて、値を決めて単位の定義に使う」という手口。物質に依存する基準(水の三重点、メートル原器)より、定数を固定するほうが精密になった時点で、こうするのが合理的になる。単位は約束であって発見ではない

第1回まとめ温度はエネルギーであり、k_B はその両替レート

\(k_B\) は自然界を測って得た数ではなく、ケルビンをジュールに直すための換算係数です。2019 年の SI 改定で定義値になりました ── 測るのをやめて、決めた。だから理論では \(k_B=1\) と置いて温度をエネルギーで書くのがふつうで、そうすると \(k_B\) は式から消えます。

温度が物理に効くのは、必ず \(E/k_BT\) という無次元の比を通してだけ。だから「温度が高い」に絶対的な意味はなく、比べる相手が要ります。覚える数字はひとつ ── 室温 \(k_BT\approx\) 25 meV = 1/40 eV。この物差しを当てると、水素結合が 8 倍(切れそうで切れない=液体)、シリコンのバンドギャップが 44 倍(ほぼ絶縁だがわずかに励起=半導体)、共有結合が 140 倍(びくともしない=生体分子が壊れない)と、身のまわりが一枚の図に並びます。

この文書は「わかる温度」シリーズ第1回、物理好きの高校生・大学生向け読み物です。2019 年の SI 改定によるケルビンの定義(\(k_B=1.380649\times10^{-23}\ \mathrm{J/K}\) を定義値とすること)、理論物理における \(k_B=1\) 単位系の慣用、ボルツマン因子の指数が無次元比 \(E/k_BT\) であること、\(k_BT(300\,\mathrm{K})\approx0.0259\) eV、および本文表中のエネルギー値(水素結合、シリコンのバンドギャップ、可視光子、C–C 結合、核子あたり結合エネルギー、CMB 光子)は、いずれも確立した事実・標準的な値です。「\(k_B\) は物理定数ではなく換算係数」という言い方が次元をつなぐ係数であるという意味であること、「\(k_BT\) より大きいものは凍結」があくまで目安でありボルツマン因子はなだらかに効くこと(粒子数が多ければ \(E/k_BT\gg1\) でも励起は無視できないこと)、および「温度は物質の性質ではない」の最終形が第7回であることは、本文「正直な線」に明記しました。図はエネルギーの対数目盛り上に代表値を配置した模式で、各値は桁を示すための代表値です。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を(印刷版ではスライダーと解答は静止・非表示になります)。次の回:第2回 温度とは、エネルギーの配り方目次/姉妹編 わかる宇宙論(番外編②「なぜ光速を固定したのか」)。

印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面では温度スライダーで k_BT の線が動き、何が壊れて何が凍るかが読めます。ボタンで代表的な温度へジャンプできます。「答えを見る」で解答が開きます。