平らな時空(特殊相対論)から重力へ ── そして第1回から預けた宿題〈なぜ c が上限か〉の回収
第5回までは、重力のない平らな時空の話(特殊相対論)でした。この回で重力へ踏み込みます。出発点はアインシュタインが「人生で最も幸福な考え」と呼んだ、たった一つの気づき ── 自由落下していると、重力は消える(宇宙飛行士がふわふわ浮くあれ)。逆に、宇宙で加速するロケットの中では、床に押しつけられて"重力"を感じる。つまり重力と加速は、中にいると区別できない(等価原理)。ここから驚くべき結論が転がり出ます ── 重力は物を引っぱる"力"ではなく、時空そのものの曲がり。物は、曲がった時空を"まっすぐ"進んでいるだけで、それが"落下"に見える。そして第1回から預けてきた宿題 ──〈なぜ \(c\) が絶対の上限か〉── の答えも、この時空の幾何そのものにあります。
エレベーターのケーブルが切れて自由落下すると、中の人も床も同じ加速度で落ちるので、床は足を押さなくなり ── 体重が消える(無重力)。国際宇宙ステーションが"無重力"なのも、実はステーションごと地球へ自由落下し続けているから(周回とはそういうこと)。落下する箱の中では、重力はきれいに消せる。「消せる」なら、それは第4回で「わかる力」がやった慣性力(座標で消せる見かけの力)の仲間 ── 重力は、絶対的な力ではない。
窓のない箱の中の実験だけでは、「地上で重力 \(g\) で静止」と「無重力の宇宙で加速度 \(g\) で上昇」を、いっさい区別できない。ボールを離せば、どちらでも同じように床へ落ちる。重力と加速は、局所的には同じもの。
あたりまえに見えて、これは深い。ニュートンでは謎だった一致 ── 物の「動かしにくさ(慣性質量)」と「重力の受けやすさ(重力質量)」がなぜぴったり同じか(だから真空ではすべての物が同じ速さで落ちる。羽と鉄球も)── が、等価原理では当然になる。重力と加速が同じものなら、落ち方が物によらないのは当たり前だからです。
等価原理は、すぐに検証可能な予言を吐きます。加速するロケットの中を、横向きに光を通す。光が箱を横切る間にロケットは加速で上へ動くので、光は床側へ曲がって見える ── これは当然。ところが等価原理により、同じことが重力でも起きねばならない。
・重力は光を曲げる(加速で光が曲がる=重力で光が曲がる)。1919年の日食で太陽のそばの星の位置がずれ、実証された。
・時間は、重力の強い場所ほどゆっくり進む(重力による時間の遅れ)。低い階の時計は、高い階よりわずかに遅れる。
時間の遅れの大きさは、無次元の比で書けます ── 重力ポテンシャル \(\Phi\) を \(c^2\) で割った \(\Phi/c^2\)。
地上と高さ \(h\) での時計の進みの差は \(gh/c^2\)。この無次元比は地上ではごく小さい(\(c^2\) が巨大だから)── だから日常では気づかない。でも GPS 衛星(高度2万km)では \(\Phi/c^2\approx5\times10^{-10}\)、1日で約 45 μs も時計が進み、補正しないと位置が数kmずれる。第2回の速度による遅れ(特殊相対論)と合わせて、GPS は相対論なしには成立しません。ここでも効くのは単位のない比 \(\Phi/c^2\)です。
下は、窓のない箱の中。ボールを離すと床へ落ち、横切る光はわずかに下へ曲がります。ボタンで、この箱が「地上で重力 \(g\) で静止」なのか「無重力の宇宙で加速度 \(g\) で上昇中」なのかを切り替えられます ── でも中で見えるものは、まったく同じ。区別できないことを、目で確かめてください。\(g\) を強めると、落下も光の曲がりも大きくなります。
光が曲がり、時間が場所で違う進み方をする ── これは、時空が曲がっていることのあらわれです。一般相対論の一文はこうです ── 物質は時空にどう曲がるかを教え、曲がった時空は物質にどう動くかを教える。物は、曲がった時空の中でいちばんまっすぐな道(測地線)を進む。それが、私たちには"重力で落ちている"ように見える。
そして、第1回から預けてきた宿題 ──〈なぜ \(c\) が絶対の上限なのか〉── の答えも、ここにあります。\(c\) は「速い乗り物の最高速度」ではありません。時空には各点で光円錐(第5回)という因果の骨組みがあり、\(c\) はその円錐の開き具合を定める時空の構造そのもの。等価原理により、どんなに曲がった時空でも、各点のごく近くを見れば、いつもあの平らな時空(\(s^2\) の光円錐)に戻る。だから \(c\) は宇宙のどこでも、局所的に必ず同じ ── 物に課された速度制限ではなく、時空の因果の骨組みを定義する両替レート(第1回)だから、絶対で、越えられない。重力で時空が曲がっても、光円錐は各点で保たれ、因果は守られる。\(c\) が上限なのは、それが時空の幾何に織り込まれた不変量だからです。
等価原理(局所的に重力と加速は区別不能)、慣性質量と重力質量の一致、重力による光の曲がり(1919年日食・その後の高精度検証)、重力赤方偏移/重力時間の遅れ \(\approx\Phi/c^2\)(ポンド–レブカ実験・GPS の約45μs/日)、重力波(LIGO/Virgo 2015〜)、ブラックホール、そして「重力=時空の曲率」という一般相対論は、いずれも確立した物理で、精密に検証されています。
ただし等価原理は局所的── 十分小さな箱の中だけの話です。大きな箱では、地球中心へ向かう重力の"すぼまり"で、左右のボールがわずかに近づき、上下は離れる(潮汐力)。この潮汐こそ本物の時空の曲率で、加速では消せない ── 一様加速と重力が完全に同じなのは局所まで。 また光の曲がりは、等価原理だけでは半分で、時空の"空間"部分の曲がりを足した一般相対論で正しい値(太陽で約1.75秒角)になります。「時間の曲がりが主」なのは弱い重力での話で、ブラックホール近傍など強い場では空間の曲がりも大きく効きます。数式の全体(アインシュタイン方程式)は、この直感の上に載る本格的な幾何学です。
自由落下すると重力は消える ── だから重力は絶対的な"力"ではない。窓のない箱では重力と加速が区別できない(等価原理)。ここから、慣性質量=重力質量の謎が解け、重力は光を曲げ(1919年日食)、時間は重力の強い所ほど遅れる(\(\approx\Phi/c^2\)、GPS で約45μs/日)。これらはすべて、時空が曲がっているあらわれ ── 物質が時空を曲げ、曲がった時空が物の動きを決める。物は曲がった時空の"いちばんまっすぐな道(測地線)"を進み、それが落下に見える。しかも曲がるのは主に時間(ほぼ時間方向に c で進むから微小な時間の曲がりが効く)。
そして第1回の宿題の回収 ── \(c\) が上限なのは、それが各点の光円錐(因果の骨組み)を定義する時空の構造だから。等価原理で局所は必ず平らな時空(\(s^2\))に戻るので、\(c\) はどこでも同じ不変量。物への速度制限ではなく、時空の幾何に織り込まれた両替レート(第1回)だから、絶対で越えられない。重力さえも、単位のある"力"ではなく、時空という舞台そのものの幾何だった ── 「わかる力」第5回「重力は幾何」と、ここで握手します。
印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面では「重力で静止/無重力で加速」を切り替えても、箱の中(落ちるボール・曲がる光)は同じです。「答えを見る」で解答が開きます。