第4・5回で触れた「連続な波 ↔ とびとびの成分」の数学 ── 位置と運動量は、フーリエの表と裏
第4回・第5回で「連続な波形と、そのとびとびの成分(レコードとCD)は同じものの二つの見方」と言い、その数学がフーリエ変換だと予告しました。この番外編では、そこを正面から掘ります。フーリエの発見は一言でこうです ── どんな波形も、純粋なサイン波(一つの波長・振動数の波)を重ね合わせて作れる。逆に、波形を"どのサイン波がどれだけ入っているか"に分解できる。量子論では、これが決定的な意味を持ちます ── 波動関数を「位置で見る \(\psi(x)\)」と「運動量で見る \(\varphi(p)\)」は、まさにフーリエの表と裏。同じ一つの状態の、二つの表現。そして両者を結ぶ両替レートが \(\hbar\)(\(p=\hbar k\))。あなたが直感した「二つの記述系が同じことを言っている」が、ここでいちばん精密な形になります。
音楽を思い浮かべてください。レコードの溝は、空気の振動の波形そのもの(時間 → 振幅、連続)。いっぽうCDやスペクトラムアナライザは、その音をどの周波数がどれだけ含まれるかに分解して持つ。波形とスペクトル ── 形は正反対でも、運んでいる曲はまったく同じ。片方からもう片方へ、情報を失わず行き来できる。この行き来の数学が、フーリエ変換です。
波形 \(f(x)\) = いろんな波数 \(k\) のサイン波 \(e^{ikx}\) を、重み \(\tilde f(k)\) で足し合わせたもの:\(f(x)=\int \tilde f(k)\,e^{ikx}\,dk\)。重み \(\tilde f(k)\) が「スペクトル」=どの波長がどれだけ入っているか。波形(\(f\))とスペクトル(\(\tilde f\))は、同じ情報の表と裏。
第1回で、運動量が決まった波は \(e^{ipx/\hbar}\)(波数 \(k=p/\hbar\) の純粋なサイン波)でした。ということは ── 運動量が決まった波こそ、量子論における"純粋なサイン波"。だからフーリエの言葉がそっくり移せます。
\(\psi(x)\)(位置で見た波動関数=どこにいそうか)と、\(\varphi(p)\)(運動量で見た波動関数=どんな運動量を持ちそうか)は、\(\hbar\) を通じたフーリエ変換で結ばれる同じ状態の二つの表現。どちらが"本物"でもない ── レコードとCDのように。運動量を測るとは、\(\psi\) をフーリエ分解して「どのサイン波がどれだけ入っているか」を見ることなのです。
これは第2回の \(\psi=|\psi|e^{iS/\hbar}\) の深い意味でもあります。位相 \(S/\hbar\) が空間で \(px/\hbar\) と回る波 ── それが運動量 \(p\) の"サイン波"。\(\psi(x)\) をそういうサイン波に分解した係数が \(\varphi(p)\) です。
フーリエには、動かせない定理があります ── 狭い波形は、広いスペクトルでできている(帯域幅定理)。一瞬のパルスを作るには、たくさんの周波数を混ぜないといけない。逆に、たった一つの周波数の波は、時間・空間じゅうに広がる。数式にすると、波形の広がり \(\Delta x\) とスペクトルの広がり \(\Delta k\) の間に ──
左は、量子と無関係な純粋に波(信号処理)の定理。音でも電波でも成り立つ。これに、第1回の両替レート \(p=\hbar k\) を掛けるだけで、第5回の不確定性原理が出る。つまり不確定性は量子論の"奇妙な仮定"ではなく、波を二通りに表現したら必然的に付いてくる、フーリエの当たり前の帰結。\(\hbar\) は、その波の事実に物理の目盛りを与えているだけです。
下の図。上が波形 \(\psi(x)\)、下がスペクトル(どの波数 \(k=p/\hbar\) がどれだけ入っているか)。スライダーで、混ぜるサイン波の幅 \(\Delta k\)(スペクトルの広さ)を変えられます。
スペクトルを狭くする(少数の波数だけ)と、上の波形は長く広がった波列になる(運動量ははっきり、位置はぼやける)。スペクトルを広げる(たくさんの波数を混ぜる)と、波形は一点に集まった鋭いパルスになる(位置ははっきり、運動量はぼやける)。狭いパルスを作るには多くのサイン波が要る ── これがフーリエ、そして不確定性。上下の広がりの積 \(\Delta x\cdot\Delta k\) は、\(1/2\) を下回れません。
まったく同じ双対が、時間とエネルギーの間にもあります。\(E=\hbar\omega\)(第1回)なので、時間波形 \(\psi(t)\) とエネルギースペクトルも、\(\hbar\) を通じたフーリエ対。だから ──
フーリエは、量子論だけの道具ではありません。回折格子やプリズムは光を波長に分ける物理的なフーリエ変換器、電子回折・X線結晶構造解析は物質波のフーリエ分解、MRI や音声・画像圧縮(JPEG・MP3)も全部フーリエ。そして「わかる宇宙論」第5回のサンプリング(連続と離散を結ぶ標本化定理)も、フーリエの裏側。連続(レコード)と成分(CD)を自在に行き来できるという一点が、信号処理から量子力学まで貫いている ── あなたが感じた「二つの記述は同じことを言っている」は、フーリエ双対という名前を持つ、物理と数学の背骨だったのです。
位置表現 \(\psi(x)\) と運動量表現 \(\varphi(p)\) が \(\hbar\) を核とするフーリエ変換対であること、運動量固有状態が平面波 \(e^{ipx/\hbar}\) であること、帯域幅定理 \(\Delta x\,\Delta k\ge1/2\) と \(p=\hbar k\) から不確定性 \(\Delta x\,\Delta p\ge\hbar/2\) が出ること、時間・エネルギーのフーリエ双対と自然幅 \(\Delta E\sim\hbar/\tau\)、回折・結晶解析・信号処理が物理的フーリエであることは、いずれも確立した物理・数学です。
補足。 ① 位置と運動量がフーリエ対になるのは、両者が正準共役だから。すべての観測量の組がこうなるわけではありません(第5回の共役対の話)。 ② 厳密には平面波 \(e^{ipx/\hbar}\) は規格化できない理想状態で、実際の状態は波束(可規格化)として扱います。 ③ 「CD/レコード」は連続↔離散の直感的たとえで、フーリエ変換(連続スペクトル)と、標本化・フーリエ級数(離散)は関連するが別物 ── 標本化定理(サンプリング)が両者を橋渡しします。 ④ この双対は非相対論的量子力学の枠での話で、場の量子論では場の演算子のフーリエ展開(生成・消滅演算子)へと拡張されます。
どんな波形も純粋なサイン波の重ね合わせで作れる(フーリエ)。量子では、運動量が決まった波 \(e^{ipx/\hbar}\) がその"サイン波"で、位置表現 \(\psi(x)\) と運動量表現 \(\varphi(p)\) は \(\hbar\) を核とするフーリエ変換対 ── 同じ状態の二つの姿(レコードとCD)。運動量を測るとは \(\psi\) をフーリエ分解すること。そして「狭い波形は広いスペクトル」という帯域幅定理 \(\Delta x\Delta k\ge1/2\) に \(p=\hbar k\) を掛ければ、不確定性 \(\Delta x\Delta p\ge\hbar/2\) が自動的に出る── 不確定性は奇妙な仮定でなく、波を二通りに表現したことの必然。
同じ双対が時間とエネルギーにもあり(\(E=\hbar\omega\))、短命な状態のエネルギーがぼやける自然幅になる。回折・結晶解析・MP3・そして「わかる宇宙論」のサンプリングまで、連続(波形)と成分(スペクトル)を自在に行き来できるフーリエ双対が貫いている。あなたが感じた「二つの記述系が同じことを言っている」── その正体は、フーリエ双対という、物理と数学の背骨でした。単位のある \(x,p\) は舞台装置、両者を結ぶのは \(\hbar\) という比の目盛り。
印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面ではスペクトルの幅 Δk を変えると、波形が波列↔パルスに変わります。「答えを見る」で解答が開きます。