コップの水の分子を 10²³ 個ぜんぶ追わなくても、温度と圧力の2つで沸騰する時刻が当たる ── なぜ捨ててよいのか
目の前のコップに水が 180 mL 入っているとします。分子はおよそ 6×10²⁴ 個。一個ずつ位置(3つの数)と速度(3つの数)を書き出すと、数字は 3.6×10²⁵ 個。1 個 1 バイトで足りたとしても、人類が持っている全ストレージを何桁も超えます。原理的に、追えません。ところが私たちは、このコップを火にかけたとき何分後に沸くかを、温度と圧力というたった2つの数から予測できて、しかも当たる。10²⁴ 個の数字を捨てて 2 個にした ── 圧縮率にして 10⁻²⁴ ── のに、答えが変わらない。この「捨てても同じ」という奇跡が、このシリーズの全部です。第1回では、なぜ捨ててよいのかを一行で押さえます。
まず、どれくらい絶望的かをはっきりさせておきます。ニュートン力学は完璧な処方箋です ── すべての分子の初期位置と初速がわかれば、あとは方程式を解くだけで未来が決まる。問題は「わかれば」の部分で、必要な数字が 10²⁵ 個ある。集めることも、書き留めることも、解くこともできない。
ところが、熱力学は同じコップについて3行で答えを出します。温度、圧力、体積。この3つを与えれば、水が沸く温度も、膨張する量も、エンジンが取り出せる仕事の上限も出る。しかも実験と合う。10²⁵ 個の数字のうち 10²⁵ 個を捨てて、3 個だけ残しても、予測が壊れない。この操作を 粗視化(coarse-graining)と呼びます。
これは「だいたい合っていればいい」という妥協ではありません。マクロな量については、精度がむしろ異常に高いのです。理由が次の一行にあります。
\(N\) 個のばらばらなものを足して平均すると、ばらつきは \(\sqrt{N}\) でしか増えないのに、合計は \(N\) で増える。だから相対的なばらつきは \(1/\sqrt{N}\) で消えていく。中心極限定理の、いちばん使う形です。
サイコロを 1 個振れば出目は 1〜6 でばらばら。100 個振って平均をとると 3.5 のまわりにかなり集まり、10000 個なら 3.5 から 1% も外れません。個々は乱れているのに、平均は鋭い。粗視化が効くのは、この鋭さのおかげです。
分子数 \(N\approx 6\times10^{24}\)。相対ゆらぎは
$$\frac{1}{\sqrt{N}}\approx\frac{1}{\sqrt{6\times10^{24}}}\approx 4\times10^{-13}$$つまり圧力計の針は、13 桁目まで動かない。世界最高の圧力計でも 6〜7 桁が限界ですから、ゆらぎは原理的に見えない。「温度」や「圧力」がまるで実在の量のように振る舞うのは、\(N\) が大きいからです。マクロ変数の鋭さは、粒子数が保証している。
逆に言えば、\(N\) が小さければ粗視化は失敗します。花粉の微粒子は水分子に叩かれてふらふら動く(ブラウン運動)── これは、微粒子が小さくて衝突数 \(N\) が足りず、\(1/\sqrt{N}\) が見えてしまった状態です。粗視化は万能の魔法ではなく、\(N\) が大きいという条件つきの定理。この「条件つき」が第5回の主題になります。
| 対象 | 構成要素の数 N | 相対ゆらぎ 1/√N | 粗視化は |
|---|---|---|---|
| コップの水 | 6×10²⁴ | 4×10⁻¹³ | 完璧に効く |
| 細胞1個の中のあるタンパク質 | 10³ 個程度 | 3% | ゆらぎが効く(生物はこれを使う) |
| 花粉の微粒子への衝突 | 見える程度 | 目に見える | 破れる(ブラウン運動) |
| 電子1個 | 1 | 100% | まったく効かない |
ここで、熱力学のいちばん謎めいた量に、まっすぐな意味が与えられます。エントロピーとは、捨てた情報の量そのものです。
温度と圧力を指定しても、それに合うミクロな配置(どの分子がどこにいてどう飛んでいるか)は膨大にあります。その通り数を \(W\) とすると、
\(W\) は「マクロには同じに見えるミクロ配置の数」。だから \(S\) はマクロを決めても決まらずに残った自由度の量=粗視化で捨てた情報の量です。情報の単位(ビット)で書けば \(S/(k\ln 2)\) ビット。1 mol の気体でおよそ 10²⁵ ビット ── これが、温度と圧力の 2 つを残すために床に捨てられた量。
この読み替えは強力です。「エントロピーは増える」(熱力学第二法則)は、捨てた情報は勝手には戻ってこないと言い換えられる。コーヒーにミルクを落とすと混ざるのに、混ざったコーヒーがひとりでに分離しないのは、分離した配置の数が混ざった配置の数より圧倒的に少ないから ── ただそれだけです。粗視化とエントロピーと時間の矢は、同じ一つのことの三つの呼び名。(ではなぜ最初は分離していたのか? という問いは番外編①へ。)
下の図で、実際に捨ててみます。上下 2 段は、まったく別のミクロ配置 A と B(乱数の振り方が違う)。左が生のミクロ、右がそれをブロックごとに平均した粗視化像です。
スライダーでブロックの一辺を大きくしていってください。すると二つのことが同時に起きます ── ① 右側の像がなめらかになる(ゆらぎが \(1/\sqrt{N}\) で消える)。② A と B の右側が、見分けられなくなる。ミクロでは似ても似つかない二つが、粗視化すると同じ顔になる。捨てられているのは「どちらの出自か」という情報です。これが第4回の普遍性の予告編になります。
粗視化のいちばん不思議な副産物は、捨てた先に、元になかった概念が現れることです。
水分子 1 個に「温度」はありません。「圧力」も「粘性」も「表面張力」もない。これらは分子が 10²⁴ 個集まって、しかも個々を捨てたときにはじめて意味を持つ量です。つまり粗視化は情報を減らす操作なのに、減らした先に新しい語彙が生まれる。だから世界は、独立に閉じた層のミルフィーユになっています。
素粒子 → 原子核 → 原子 → 分子・化学 → 物質・熱 → 生物 → 心 → 社会。
化学者はクォークを知らずに反応を予測でき、工学者は原子を知らずに橋を架けられる。上の階の詳細を知らなくても、下の階の法則が閉じている ── これが層が層として成立している、ということ。物理学者アンダーソンはこれを「More is Different(多いことは違うことだ)」と呼びました(1972年)。第4回で、なぜ層が閉じるのかを繰り込み群として厳密にします。
粗視化が有効であること、相対ゆらぎが \(1/\sqrt{N}\) で減ること(大数の法則・中心極限定理)、ボルツマンの \(S=k\log W\) がミクロ配置の数え上げであること、そしてエントロピーが情報量として読めること(シャノン、ジェインズ)は、いずれも確立した物理・数学です。
ただし「いつでも捨ててよい」わけではありません。粗視化が正当化されるのは、おおむね ① \(N\) が大きい(そうでないとゆらぎが見える)、② スケールが分離している(ミクロの速い運動とマクロのゆっくりした変化が桁で離れている)、③ 局所平衡が成り立つ、の三つが揃うときです。臨界点・乱流・カオスではこれらが破れ、捨てたものが答えに戻ってきます(第5回)。また「どの変数を残すか」は物理法則が自動で決めてくれるわけではなく、問いに応じて人間が選ぶ面があります ── だからエントロピーには「どう粗視化したか」への依存性がある、という論点(ジェインズら)も残っています。本シリーズは、この選び方まで含めて物理が教えてくれるのが繰り込み群だ、という立場で進みます。
コップの水の 10²⁴ 個の分子を、温度と圧力の 2 つに潰しても予測は当たる。当たる理由は 相対ゆらぎ ∝ 1/√N ── 数が増えるほど平均は鋭くなり、コップの水なら 13 桁目まで動かない。だからマクロ変数は「実在の量」のように振る舞う。捨てた分の量には名前があって、それがエントロピー \(S=k\log W\)。第二法則は「捨てた情報は勝手には戻らない」の言い換え。
そして粗視化の副産物として、元になかった概念(温度・圧力・粘性)が生まれ、世界は層のミルフィーユになる。ただし効くのは \(N\) が大きく、スケールが分離しているときだけ ── その条件が破れる場所は第5回で数えます。次回はもっと極端な例へ。1 個の粒子について「捨てる」とはどういうことか ── 中性子の寿命 880 秒を、確率ではなく位相の話として読み直します。
印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面ではスライダーでブロックの一辺を変えると、粗視化像が滑らかになり、A と B の区別が消えていきます。「ミクロを振り直す」で乱数を再生成。「答えを見る」で解答が開きます。