わかる繰り込み番外編 ③ / 中心極限定理は、繰り込み群だった

第1回の 1/√N と第4回の普遍性は、じつは同じ定理の別の顔だった ── 統計学は 100 年前から繰り込み群をやっていた

中心極限定理は、繰り込み群だった 「足して \(\sqrt{N}\) で割る」を変換とみなすと、ガウス分布はその固定点になる。
中心極限定理とは「その固定点がアトラクタである」という主張であり、
歪度も尖度も、\(N^{1-k/2}\) で死んでいく irrelevant 演算子そのものだ。

必要な道具:第1回の \(1/\sqrt{N}\)、第4回の固定点と relevant/irrelevant、平均と分散 この回の芯:第 \(k\) 累積量は \(N^{1-k/2}\) で縮む

本編を書き終えてから気づいたことがあります。第1回の \(1/\sqrt{N}\) と第4回の普遍性を、私は別々の話として書いてしまった。ところがこの二つは、同じ一つの定理の別の顔です。「独立な確率変数をたくさん足して \(\sqrt{N}\) で割る」という操作を、分布から分布への変換とみなしてみてください ── これは第4回のブロックスピンとまったく同じ構造を持っています。2回やるのは 1 回で 4 個ぶんやるのと同じ(合成則)、ガウス分布は自分自身に戻る(固定点)、そして中心極限定理は「どんな分布から出発してもそこへ流れ着く」という普遍性の主張。さらに、歪度や尖度といった「元の分布の癖」は \(N^{1-k/2}\) できれいに死んでいく ── これが irrelevant 演算子です。高校生でも計算できる形で、繰り込み群がまるごと出てきます。

01「足して割る」を、変換とみなす

平均 0・分散 1 の同じ分布から、独立に 2 個引いて足し、\(\sqrt2\) で割ります。

分布から分布への変換
$$Z=\frac{X_1+X_2}{\sqrt2}\qquad\Longrightarrow\qquad \mathcal{T}[p](z)=\sqrt2\,(p*p)(\sqrt2\,z)$$

\(*\) は畳み込み(足し算に対応する演算)。この \(\mathcal{T}\) は確率分布の空間の上を動く写像です。第4回で「粗視化は模型 → 模型の写像だ」と言いましたが、まったく同じ形をしている。しかも合成則も同じ ── \(\mathcal{T}\) を 2 回やるのは、4 個を足して 2 で割るのと同じ

なぜ \(\sqrt2\) で割るのか。分散は足し算で加算されるので、2 個足すと分散は 2 倍。それを \(\sqrt2\) で割ると分散が 1 に戻ります。この「割る」が、第4回で格子を縮めたのと同じ〈スケール変換〉です。粗視化するときは必ず「潰す」と「拡大し直す」がセットになる ── ここでもそうなっています。

02ガウス分布は、固定点

標準正規分布 \(p(x)=\frac{1}{\sqrt{2\pi}}e^{-x^2/2}\) を \(\mathcal{T}\) に入れてみます。ガウス同士の畳み込みはガウスで、分散は足されて 2。それを \(\sqrt2\) で割ると分散 1 に戻る ── つまり元とまったく同じ分布

固定点の方程式
$$\mathcal{T}[p^*]=p^*\qquad\Longleftarrow\qquad p^*=\text{標準正規分布}$$

第4回で「粗視化しても自分自身に戻る模型=固定点」と書きました。ガウス分布は、この変換の固定点です。そして中心極限定理は、こう言い換えられます ── この固定点は、広い範囲の出発点を吸い寄せるアトラクタである

03歪度と尖度は、irrelevant 演算子

ここが計算できる山場です。分布の「癖」を測る量として、累積量 \(\kappa_k\) というものがあります(\(\kappa_1\)=平均、\(\kappa_2\)=分散、\(\kappa_3\)=歪みの元、\(\kappa_4\)=尖りの元)。累積量には、うれしい性質が一つだけあります ── 独立なものを足すと、そのまま足し算になる

計算 ── 癖はどの速さで消えるか

\(N\) 個足すと \(\kappa_k \to N\kappa_k\)。それを \(\sqrt N\) で割ると、\(k\) 次の累積量は \((\sqrt N)^k\) で割られるので:

$$\kappa_k^{(N)}=\frac{N\kappa_k}{N^{k/2}}=\kappa_k\,N^{\,1-k/2}$$

これを表にすると、繰り込み群の分類がそのまま出ます。

\(k\)\(N\) 依存性繰り込み群の言葉で
1平均\(N^{+1/2}\)(増大)relevant(ずらすと発散する)
2分散\(N^{0}\)(不変)marginal(スケールを決める)
3歪度\(N^{-1/2}\)(減衰)irrelevant
4尖度\(N^{-1}\)(減衰)irrelevant
\(k\ge3\)それ以上の癖\(N^{1-k/2}\)より速く irrelevant

第4回では「relevant は少数、irrelevant は圧倒的多数」と書きました。ここでは文字どおり、relevant が 1 個、marginal が 1 個、残り全部が irrelevant。しかも減衰の速さまで手で出せる。これが繰り込み群の、いちばん簡単で完全に計算できる実例です。

「元の分布がどんな形だったか」という情報は、\(\kappa_3,\kappa_4,\kappa_5,\dots\) に入っています。それが全部 \(N^{1-k/2}\) で死ぬ ── だから出自が忘れられる。第4回の水と磁石とまったく同じ現象が、サイコロと硬貨で起きています。

04では、ほかの固定点は? ── 裾が重いと話が変わる

ここまでの議論は、こっそり「分散が有限である」を使っていました(\(\sqrt N\) で割れるのは分散が定義できるから)。では分散が無限な分布ではどうなるか。

代表がコーシー分布 \(p(x)=\frac{1}{\pi(1+x^2)}\) です。裾が \(1/x^2\) でしか落ちないので、分散の積分が発散します。この分布は ── 2 個足して \(\sqrt2\) ではなく \(2\) で割ると、自分自身に戻ります

固定点は一つではない ── 安定分布の族
$$Z=\frac{X_1+\cdots+X_N}{N^{1/\alpha}}\qquad(0<\alpha\le2)$$

この割り方で自分に戻る分布を安定分布といい、\(\alpha\)(裾の重さ)でラベルされる固定点の族をなします。\(\alpha=2\) がガウス、\(\alpha=1\) がコーシー。そして「どの固定点に流れ着くか」を決めるのは、裾の落ち方だけ ── 分布の真ん中の形はいっさい関係ありません。第4回の言葉でいえば:

安定分布 = 固定点、吸引域 = 普遍クラス、裾指数 \(\alpha\) = relevant なパラメータ

出発する分布割る量流れ着く先
一様、二項、指数、…(分散が有限なものすべて)軽い\(\sqrt N\)ガウス(\(\alpha=2\))
コーシー\(1/x^{2}\)\(N\)コーシー(\(\alpha=1\))
パレート型(裾指数 1.5)\(1/x^{2.5}\)\(N^{2/3}\)\(\alpha=1.5\) の安定分布

ガウスが「あたりまえ」に見えるのは、私たちのまわりの量がたいてい分散有限だからにすぎません。裾が重い世界(地震の規模、都市の人口、金融の暴落)では、別の固定点が支配します。「平均を取れば安心」が通じないのはこのためです。

05動かしてみる ── 分布が固定点へ流れる

下の図は、選んだ分布を実際に何度も畳み込んで割ったものです(ブラウザ内で数値計算しています)。スライダーは足した個数 \(N=2^k\)。

一様・コイン・指数を選ぶと、どれも数ステップでガウス(灰色の破線)に重なります ── 出発点がまるで違うのに、行き先は同じ。とくに「コイン投げ(±1)」は、2 本の棒からガウスが立ち上がる様子が見事です。そしてコーシーを選ぶと、いつまでもガウスになりません。最初から最後まで形が変わらない ── 別の固定点にすでに座っているからです。

図:選んだ分布を N=2ᵏ 個足して N^(1/α) で割った密度(ブラウザ内で畳み込みを反復)。灰色破線は標準正規分布。分散が有限な分布はどれもガウスへ流れ、コーシーは形を変えずに自分の固定点に留まる
いまの分布 標準正規分布(ガウス固定点)
臨界点で中心極限定理が破れる、という話 中心極限定理には「独立である」という前提があります。では相関があったら? ── 相関距離が有限なら、それより遠いものは実質独立なので、まとめて足せばやはりガウスに落ちます。ところが臨界点では相関長が発散する(第4回)。すると「実質独立なかたまり」が作れず、中心極限定理が効かない。だから臨界点のゆらぎはガウスにならず、平均場から外れた臨界指数が出る。第4回の \(\beta\approx0.326\) が単純な値にならない理由は、まさに「ここで CLT が壊れているから」です。第1回(CLT が効く世界)と第4回(CLT が壊れる世界)は、こうして一本につながります。

06統計学は、100 年前から粗視化をやっていた

もう一つ、本編で使いそこねた対応があります。

十分統計量 ── 「これさえ残せば捨ててよい」の 1922 年版

フィッシャーは 1922 年、十分統計量という概念を導入しました。データ \(x_1,\dots,x_n\) から作った関数 \(T(x)\) が「十分」とは、\(T\) を知ったあとでは、元データはパラメータについて何も追加情報を持たないこと。
第1回でやったのは、まさにこれです ── 温度と圧力は、ミクロ配置に対する十分統計量。「捨てても答えが変わらない」を統計学の言葉に翻訳すると「十分統計量に縮約した」になります。

最大エントロピー ── 統計力学は推論として導出できる

ジェインズ(1957)は、こう論じました。「エネルギーの平均だけがわかっている」という制約のもとで、それ以外については最も無知な分布を選ぶ ── つまりエントロピーを最大化する ── と、ギブス分布 \(e^{-E/kT}\) が自動的に出てくる
つまり統計力学は、新しい物理法則を足さずに推論の手続きとして導ける。第1回で「エントロピー=捨てた情報の量」と書いたのは比喩ではなく、この系譜のど真ん中の主張です。十分統計量・最大エントロピー・指数型分布族は、数学的には同じ構造の三つの顔です。

◇ ◇ ◇
正直な線 ── どこまでが同一で、どこからが別物か

確立していること:中心極限定理を「分布空間上の変換の固定点への収束」として定式化できること(Jona-Lasinio 1975 ほか、確率論から見た繰り込み群);累積量が \(\kappa_k^{(N)}=\kappa_k N^{1-k/2}\) でスケールすること(初等的に厳密);安定分布が \(N^{1/\alpha}\) スケーリングの固定点をなし、吸引域が裾指数で決まること(Gnedenko–Kolmogorov の分類、厳密);フィッシャーの十分統計量と分解定理;ジェインズの最大エントロピー原理によるギブス分布の導出;そして臨界点では相関長発散のため中心極限定理の前提が崩れ、ゆらぎが非ガウスになること。いずれも確立した数学・物理です。

ただし同一視しすぎないこと:① ここで見た固定点は、場の理論でいえばガウス固定点(自由場・平均場)に対応します。第4回の主役だった Wilson–Fisher 固定点のような相互作用のある固定点は、この単純な CLT の枠には入りません(異常次元が出るのはそちら側)。「CLT は RG の最も簡単な例」であって「RG は CLT の言い換え」ではない、という順序が大事です。② 累積量による分類は、分布がなめらかで累積量が存在する場合の話です。③ 「十分統計量=粗視化」は、パラメータ推定という問いを固定したときの対応であり、問いを変えれば残すべき量も変わります(その一般論が番外編④)。

練習問題
  1. なぜ \(\sqrt N\) で割るのか。割らないとどうなるか。
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    分散は独立な和で加算されるので、\(N\) 個足すと分散は \(N\) 倍。\(\sqrt N\) で割ると分散が 1 に戻る。割らなければ分布はどこまでも広がって収束しない。これは第4回で格子を潰したあとに拡大し直したのと同じ〈スケール変換〉で、粗視化には必ず「潰す+測り直す」がセットで要る。
  2. 歪度(\(k=3\))は \(N\) が 100 倍になると何分の 1 になるか。
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    \(N^{1-3/2}=N^{-1/2}\) なので \(\sqrt{100}=10\) 分の 1。尖度(\(k=4\))は \(N^{-1}\) なので 100 分の 1。次数が高い「癖」ほど速く死ぬ ── 第4回の \((E/\Lambda)^{d-4}\) と同じ構造。
  3. コーシー分布が「別の固定点」だと言えるのはなぜか。
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    2 個足して 2 で割る(\(\sqrt2\) ではない)と自分自身に戻るから。裾が \(1/x^2\) で分散が無限なので、正しいスケーリング指数が \(\alpha=1\) になる。安定分布は \(\alpha\) でラベルされる固定点の族をなし、どれに流れるかは裾指数だけで決まる(=普遍クラス)。
  4. 臨界点でゆらぎがガウスにならないのはなぜか。
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    中心極限定理は独立性(あるいは相関距離が有限であること)を前提にしている。臨界点では相関長が発散して「実質独立なかたまり」が作れないので前提が崩れ、ガウス固定点に落ちない。だから臨界指数が平均場の単純な値からずれる。

番外編③まとめ第1回と第4回は、後ろで同じ定理につながっていた

「独立な変数を \(N\) 個足して \(\sqrt N\) で割る」を分布空間の変換とみなすと、繰り込み群がまるごと現れます ── ガウス分布は固定点中心極限定理はそれがアトラクタだという主張、そして第 \(k\) 累積量は \(\kappa_k N^{1-k/2}\) でスケールするので、平均が relevant、分散が marginal、歪度以上はすべて irrelevant。第4回の分類が、高校生でも手で出せる形で出てきます。

固定点は一つではありません。分散が無限だと \(N^{1/\alpha}\) で割ることになり、安定分布という固定点の族が現れる(\(\alpha=2\) がガウス、\(\alpha=1\) がコーシー)。どれに流れ着くかを決めるのは裾の落ち方だけ ── 分布の真ん中の形はいっさい関係ない。これが普遍クラスです。そして臨界点で相関長が発散すると中心極限定理の前提が壊れ、だからこそ \(\beta\approx0.326\) のような非自明な指数が出る。第1回(CLT が効く世界)と第4回(CLT が壊れる世界)は、こうして一本の線でつながります。

この文書は「わかる繰り込み」シリーズ番外編③、物理好きの高校生・大学生向け読み物です。中心極限定理を分布空間上の変換の固定点への収束として定式化できること(確率論から見た繰り込み群、Jona-Lasinio 1975 ほか)、累積量のスケーリング \(\kappa_k^{(N)}=\kappa_kN^{1-k/2}\)、安定分布が \(N^{1/\alpha}\) スケーリングの固定点をなし吸引域が裾指数で決まること(Gnedenko–Kolmogorov の分類)、フィッシャーの十分統計量と分解定理(1922)、ジェインズの最大エントロピー原理によるギブス分布の導出(1957)、および臨界点における相関長発散のため中心極限定理の前提が崩れゆらぎが非ガウスになることは、いずれも確立した数学・物理です。ここで現れる固定点が場の理論のガウス(自由場・平均場)固定点に対応し、Wilson–Fisher のような相互作用固定点はこの単純な枠に含まれないこと、および「十分統計量=粗視化」の対応が問いを固定したときのものであることは、本文「正直な線」に明記しました。図は密度をグリッド上で表現し畳み込みとスケール変換を反復した数値計算で、有限の窓による打ち切り誤差を各段で規格化して補正しています。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を(印刷版ではスライダーと解答は静止・非表示になります)。関連:第1回 捨てても同じ第4回 出自を忘れる番外編④ 捨ててよい量を、定理で決める目次

印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面ではボタンで出発点の分布を選び、スライダーで足す個数を増やすと固定点へ流れていきます。コーシーだけがガウスに落ちません。「答えを見る」で解答が開きます。