量子重力自由研究第 3 回 / 一行に落ちる

「因果的」という言葉を、コードに落とせるところまで詰めたら、if 一行になりました

因果律は、
一手の禁止だった 三角形の張り替えを場合分けすると、許される手は1種類しか残りません。
そしてその一手を許すか禁じるかが、次元も、物質のふるまいも決めていました。

必要な道具:場合分け、そして「同じコードで一箇所だけ変える」という実験の作法 自由研究 / 手を動かした記録

第1回で「効いているのは作用ではなく数え上げのほうだ」と書きました。 第2回では「因果律を外すと次元が 2 から 4 に変わる」と付け加えました。
今回はその「因果律」を、逃げ場のないところまで詰めます。 詰め切ったら、たった一手の禁止に落ちました。そして同じ一手が、 次元も、物質の臨界指数も決めていました。

01三角形の張り替えを、場合分けする

第1回で作った2次元の時空を思い出してください。時刻 \(t\) の空間は長さ \(l\) の輪。 \(t\) と \(t+1\) のあいだは三角形で埋まっていて、三角形は2種類しかありません。

辺も2種類です。空間的な辺(同じ時刻の2点を結ぶ)と 時間的な辺(違う時刻を結ぶ)。

ここで、三角形分割をいじる基本操作 ── フリップ(四角形の対角線を張り替える) を考えます。隣り合う2枚の三角形は四角形をなすので、その対角線を反対側に付け替える。 これだけです。さて、どの辺をフリップできるでしょうか。

場合分け ── 全部で3通りしかない
① 空間的な辺をフリップすると

その辺は、時刻 \(t-1\) の帯の D と、時刻 \(t\) の帯の U で共有されています。 張り替えると、できる三角形は \(t-1,\,t,\,t+1\) の3つの時刻にまたがります。 「時刻ごとに空間がある」という構造そのものが壊れる。

② 時間的な辺を、同じ種類どうし(U と U)でフリップすると

\(A=(lo,\,lo{+}1,\,up)\) と \(A_2=(lo{+}1,\,lo{+}2,\,up)\) の共有辺 \((lo{+}1,\,up)\) を 張り替えると、新しい対角線は \((lo,\,lo{+}2)\) ── 同じ時刻の2点。 そして三角形 \((lo,\,lo{+}1,\,lo{+}2)\) は3頂点とも時刻 \(t\) で、 スライスの中に潰れます

③ 時間的な辺を、U と D のあいだでフリップすると

\(A=(lo,\,lo{+}1,\,up)\) [U] と \(B=(up{+}1,\,up,\,lo{+}1)\) [D]、共有辺 \((lo{+}1,\,up)\)。 四角形は \(lo,\,lo{+}1,\,up{+}1,\,up\)。対角線を \((lo,\,up{+}1)\) に張り替えると

$$A'=(lo,\,lo{+}1,\,up{+}1)\;\text{[下2・上1 → U のまま]},\qquad B'=(lo,\,up{+}1,\,up)\;\text{[下1・上2 → D のまま]}$$

葉層は保たれます。しかも帯の中の並び(U と D の語)で見ると、 これは UD ↔ DU の入れ替えそのものです。

今回のいちばん大事な一行

ユークリッド DT = すべてのフリップを許す
CDT = 「時間的 かつ U-D」のフリップだけを許す

「因果的である」という言葉が、手の集合の制限ひとつに落ちました。 実装で言えば if 一行です。つまり まったく同じコード・同じ体積・同じトポロジー・同じ作用のまま、 因果律だけをスイッチで切り替えられる

裏取り ── 受理率が 1/3 になるはず

この主張が正しければ、予言がひとつ出ます。三角形の3つの辺のうち、空間的なのは1つ、 時間的なのは2つ。時間的な辺の向こうが U か D かはおよそ半々なので、 許される手は全体のおよそ \(2/3 \times 1/2 = 1/3\)

実際にモンテカルロを走らせて、フリップの受理率を測りました ── 0.335(因果律なしなら 0.84)。予言どおりです。

02スイッチひとつで、時空から層が消える

下の図は、あなたのブラウザの中で本物のフリップを打っています。 点は三角形(=双対グラフの節点)で、縦が時間、横が空間。線は三角形どうしの隣接です。

「因果律」のボタンを切ってみてください。

図:フリップを打ち続ける2次元時空。因果律を切ると、隣接が時間方向に飛び始めます
隣の時刻とつながる辺(正常) 時間を飛び越える辺(因果律が無いときだけ出る)
計算中…

因果律ありのときは、時間を飛び越える辺の数が厳密に 0 のままです。 どれだけ手を打っても 0。切った瞬間から増え始め、平均距離 \(\langle r\rangle\) が落ちていきます ── 同じ体積が、はるかに小さい直径に詰め込まれていく。

◇ ◇ ◇

03効果その1 ── 次元が2倍になる

まず幾何そのもの。ハウスドルフ次元は「半径 \(r\) の球にどれだけ体積が入るか」で決まりますが、 局所の傾きは有限サイズに弱いので、有限サイズスケーリングで決めました ── 平均グラフ距離 \(\langle r\rangle \sim N^{1/d_H}\) を、体積 \(N\) を振って測ります。

三角形の数 \(N\)\(\langle r\rangle\) 因果律あり\(\langle r\rangle\) 因果律なし
2,13929.723.90.81
10,69572.640.30.56
40,623161.961.80.38
224,223377.597.10.26
フィットで出る \(d_H\)1.84 〜 1.96≈ 4(大きい \(N\) の実効値 3.94, 4.04)

作用は一文字も変えていません。フリップを1種類だけ増やしただけで、 同じ体積の宇宙が直径 4 分の1 に縮み、次元が 2 から 4 になります。

ここで一度つまずいた 最初、双対グラフの隣接だけを「順不同」で書き戻していました。スロットには 三角形の向き付けが入っているので、これを壊すともう曲面の双対ではありません。 結果は 3-正則のランダムグラフ(エキスパンダ)になり、\(d_H\) が 5.6 まで発散しました ── 見た目は動いているのに、測っている対象が別物。 半辺で組み直し、頂点数(トーラスなら \(V=N/2\))をフリップ前後で毎回検算 するようにして直しました。

04効果その2 ── スペクトル次元は、動かない

次元にはもう一つの測り方があります。スペクトル次元 \(d_s\) ── その空間の上でランダムウォークを走らせ、\(\sigma\) 歩後に出発点へ戻る確率を測る。

$$P(\sigma)\sim\sigma^{-d_s/2}$$

この量は、量子重力のどの仮説でも必ず引用されます。「短距離で \(d_s\) が 2 に落ちる」 ── 4次元 CDT も、漸近安全性も、Hořava 重力も、みんな 2 に行く。 独立な仮説が同じ数に収束するのだから、これは何かを掴んでいるはずだ、と。

上と同じ2つの宇宙で測りました。同じ \(N\)、同じトポロジー、同じ作用です。

\(N=150{,}179\)因果律あり(CDT)因果律なし(DT)
ハウスドルフ次元 \(d_H\)1.84 〜 2.0≈ 4
スペクトル次元 \(d_s\)1.90 〜 2.022.04
平均距離 \(\langle r\rangle\)22291.5
読めたこと

ハウスドルフ次元は2倍になるのに、スペクトル次元は動かない。

\(d_s\simeq 2\) は、\(d_H\) が2倍違う幾何と平気で両立します。つまり \(d_s\) は幾何をほとんど区別していない。 「独立な仮説がどれも \(d_s\to2\) を出す」は、見かけほど強い一致ではありません。

正直な線 これは2次元での話です。4次元の主張は「\(d_s\) が 4 から 2 へ走る」という スケール依存性であって、私の実験はその走りそのものを検証していません。 言えるのは「\(d_s\) の値そのものは幾何の弁別力が低い」というところまでです。 それでも、この一点を確かめておくかどうかで、量子重力の「収束」という言葉の重みは変わります。

05効果その3 ── 物質のふるまいが変わる

最後に、いちばん物理らしい問いを。量子重力は、物質のふるまいを変えるのか。

同じ格子の上にイジング模型を載せます。スピンは三角形(=双対の節点、次数はどこも3)に置き、 \(H=-J\sum_{\langle ij\rangle}s_is_j\)。そして幾何とスピンを同時に動かします (物質が幾何に反作用する=アニール)。

フリップで張り替わる双対の辺は2本だけ(A–X と B–Z が消えて A–Z と B–X ができる。A–B は残る) なので、エネルギー変化は閉じた形になります。

$$\Delta E = J\,(s_A-s_B)(s_X-s_Z)$$

規約フリーの判定を選ぶ

臨界指数を測るには規約が要ります(\(d_H\) が違う2つの格子で「長さ」をどう揃えるか、など)。 そこを避けたいので、比熱のピークが体積とともに伸びるかどうかだけを見ます。

つまり \(C_{\max}\) が \(\ln N\) で伸びるか、頭打ちになるか。指数の規約も \(d_H\) も要りません。

\(N\)凍結格子
(幾何を動かさない)
CDT
(因果律あり)
DT
(因果律なし)
5121.4240.8820.750
2,0481.5780.9990.730
4,6081.7591.0330.785
12,8001.8861.0660.822
\(C_{\max}=a+b\ln N\) の \(b\)+0.146 ± 0.021
(7.0σ)
+0.055 ± 0.008
(7.0σ)
+0.019 ± 0.011
(1.8σ)

凍結格子と CDT は対数で発散する。DT だけ発散しない。 つまり因果律を課した量子重力の上では、イジングは平らな空間と同じオンサーガーの ふるまいを保ちます。因果律を外すと、幾何が物質を着替えさせてしまう。

なぜ幾何が物質を変えられるのか 因果律を外した幾何は、細い首(ベビーユニバース)を作れます。スピンの向きが違う2つの領域を 首でつなげば、ドメイン壁のコストがほとんどタダになる。 だから系は「スピンを揃える」代わりに「幾何を組み替える」ことでエネルギーを下げられる。 因果律はその首を禁じます ── 空間的な辺をフリップできないので、時空はちぎれない。

063本が、1つの原因に落ちる

何が変わるかどちらの向きに出てくる回
共形モードの運動項の符号数え上げを正の符号で数えるかどうか第1回
次元 \(d_H\)2 か 4 か第2回・今回
物質の臨界指数オンサーガーのままか、着替えるか今回
このシリーズの、いまのところの背骨

3つとも、作用は一文字も変えていません。動かしたのは 測度(何を足し上げるか)だけです。そして2次元では、その測度の差は

「空間的な辺をフリップしてはいけない」

という一行に尽きます。量子重力で「どんな作用を選ぶか」は長らく主戦場でしたが、 少なくともこの模型では、作用より測度のほうが物理をやっている

正直な線

比熱の測定には ±8% のばらつきがあります。慣らし掃引を4倍にすると \(C_{\max}\) がその程度動きます。DT の \(b=0.019\pm0.011\) はその範囲内なので、 言えるのは「ゼロと無矛盾」まで ── ゼロであることの証明ではありません。 指数 \(\beta,\gamma,\nu\) は測っていません。

それから、Wolff クラスター法を入れるまで、この測定は全部間違っていました。 メトロポリスだけだと \(\beta=1.2\) で磁化が2万掃引たっても上がり続け、 比熱も磁化も信用できませんでした。Wolff で 300 掃引に短縮。 臨界点近くで幾何も動く系は、クラスター法なしでは測れません。

そして最大の留保 ── これは2次元です。2次元では曲率項が位相不変量なので、 作用が体積項しかなく、測度が主役になるのは半ば当たり前でもあります。 4次元で同じことが言えるかは別の問題です(ただし4次元 CDT の数値実験でも、 測度が共形モードの符号を直していることは示されています)。

練習問題
  1. 空間的な辺をフリップしてはいけないのはなぜか。
    答えを見る
    空間的な辺は \(t-1\) の帯の D と \(t\) の帯の U で共有されている。張り替えると \(t-1,\,t,\,t+1\) の3つの時刻にまたがる三角形ができ、「時刻ごとに空間がある」という 葉層構造が壊れる。
  2. フリップの受理率が \(1/3\) 前後になる理由を説明せよ。
    答えを見る
    三角形の3つの辺のうち、空間的なのは1つ、時間的なのは2つ。時間的な辺の向こうの三角形が U か D かはおよそ半々なので、許されるのは \(2/3\times1/2=1/3\)。 測定値は 0.335(因果律なしなら 0.84)。
  3. \(d_s\simeq2\) が両方で出るのに \(d_H\) が2倍違う。この事実は「量子重力のどの仮説も \(d_s\to2\) を出す」という主張にどう効くか。
    答えを見る
    \(d_s\) は幾何をほとんど区別していない、ということ。だから複数の仮説が同じ \(d_s\) を 出しても、それらが同じ幾何を記述している証拠にはならない。 収束しているように見えるのは、その量の弁別力が低いからかもしれない。 (ただし4次元の主張は \(d_s\) の走りであって、この実験はそこまでは裁いていない)
  4. (やや難)因果律を外すとイジングの比熱が発散しなくなるのはなぜか、幾何の言葉で。
    答えを見る
    因果律を外した幾何は細い首(ベビーユニバース)を作れるので、向きの違う2つのスピン領域を 首でつなげばドメイン壁のコストがほぼタダになる。系はスピンを揃える代わりに幾何を 組み替えてエネルギーを下げられるので、比熱の特異性が弱まる(\(\alpha=0\to-1\))。 因果律は空間的な辺のフリップを禁じるので首が作れず、壁は本当のコストを払う。

まとめ ── 作用より、測度のほうが物理をやっている

三角形の張り替えを場合分けすると、許される手は3通りしかありません。空間的な辺は 葉層を壊し、同種どうし(U-U)はスライスの中に潰れ、時間的かつ U-D のときだけ 因果的な構造が保たれます。したがって DT = すべてのフリップ、CDT = その一手だけ。 「因果的」という言葉が if 一行になりました(受理率 0.335 ≒ 1/3 で裏取り済み)。

その一行を切り替えると、同じ体積・同じトポロジー・同じ作用のまま、 \(d_H\) が 2 から 4 へ(\(N\)=22万で平均距離が 378 → 97)。 ところが\(d_s\) はどちらも ≈2 のまま動きません ── 量子重力で最も横断的に引用される量が、いちばん弁別力の低い量でした。

イジングを載せると、比熱のピークが \(\ln N\) で伸びる係数は 凍結格子 +0.146、CDT +0.055(どちらも 7.0σ)に対し、 DT だけ +0.019(1.8σ)でゼロと無矛盾。 因果律を課した量子重力の上では、物質は平らな空間と同じオンサーガーのふるまいを保ちます。

3つとも作用は不変で、動かしたのは測度だけ。少なくともこの模型では、 何を足し上げるかのほうが、何を最小化するかより効いていました。

この文書は「量子重力自由研究」シリーズ第3回です。因果的動的三角形分割(CDT)と 2次元ユークリッド動的三角形分割(DT)の性質 ── \(d_H=2\) と \(d_H=4\)、どちらも \(d_s=2\)、 CDT 上のイジングがオンサーガー普遍性を保ち DT 上では KPZ ドレッシングを受けること ── はいずれも文献で知られた結果です(Ambjørn & Loll 1998、Ambjørn, Anagnostopoulos & Loll 1999 ほか)。 本文の数値はすべて筆者が独立に実装・測定したもので、三角形分割の正しさはオイラー標数 (トーラスで \(V-E+F=0\)、すなわち \(V=N/2\))をフリップの前後で毎回検算し、 2次元 CDT の厳密解(第2回)との一致でも確かめています。 比熱の測定には慣らし掃引に対して ±8% のばらつきがあり、DT の対数係数は 「ゼロと無矛盾」までしか主張していません。臨界点近くの測定には Wolff クラスター法を 使っています(メトロポリスのみでは平衡に達しませんでした)。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を。

印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面では「因果律」ボタンで、時空から層が消える様子が見えます。