「因果的」という言葉を、コードに落とせるところまで詰めたら、if 一行になりました
第1回で「効いているのは作用ではなく数え上げのほうだ」と書きました。
第2回では「因果律を外すと次元が 2 から 4 に変わる」と付け加えました。
今回はその「因果律」を、逃げ場のないところまで詰めます。
詰め切ったら、たった一手の禁止に落ちました。そして同じ一手が、
次元も、物質の臨界指数も決めていました。
第1回で作った2次元の時空を思い出してください。時刻 \(t\) の空間は長さ \(l\) の輪。 \(t\) と \(t+1\) のあいだは三角形で埋まっていて、三角形は2種類しかありません。
辺も2種類です。空間的な辺(同じ時刻の2点を結ぶ)と 時間的な辺(違う時刻を結ぶ)。
ここで、三角形分割をいじる基本操作 ── フリップ(四角形の対角線を張り替える) を考えます。隣り合う2枚の三角形は四角形をなすので、その対角線を反対側に付け替える。 これだけです。さて、どの辺をフリップできるでしょうか。
その辺は、時刻 \(t-1\) の帯の D と、時刻 \(t\) の帯の U で共有されています。 張り替えると、できる三角形は \(t-1,\,t,\,t+1\) の3つの時刻にまたがります。 「時刻ごとに空間がある」という構造そのものが壊れる。
\(A=(lo,\,lo{+}1,\,up)\) と \(A_2=(lo{+}1,\,lo{+}2,\,up)\) の共有辺 \((lo{+}1,\,up)\) を 張り替えると、新しい対角線は \((lo,\,lo{+}2)\) ── 同じ時刻の2点。 そして三角形 \((lo,\,lo{+}1,\,lo{+}2)\) は3頂点とも時刻 \(t\) で、 スライスの中に潰れます。
\(A=(lo,\,lo{+}1,\,up)\) [U] と \(B=(up{+}1,\,up,\,lo{+}1)\) [D]、共有辺 \((lo{+}1,\,up)\)。 四角形は \(lo,\,lo{+}1,\,up{+}1,\,up\)。対角線を \((lo,\,up{+}1)\) に張り替えると
$$A'=(lo,\,lo{+}1,\,up{+}1)\;\text{[下2・上1 → U のまま]},\qquad B'=(lo,\,up{+}1,\,up)\;\text{[下1・上2 → D のまま]}$$葉層は保たれます。しかも帯の中の並び(U と D の語)で見ると、 これは UD ↔ DU の入れ替えそのものです。
ユークリッド DT = すべてのフリップを許す
CDT = 「時間的 かつ U-D」のフリップだけを許す
「因果的である」という言葉が、手の集合の制限ひとつに落ちました。
実装で言えば if 一行です。つまり
まったく同じコード・同じ体積・同じトポロジー・同じ作用のまま、
因果律だけをスイッチで切り替えられる。
この主張が正しければ、予言がひとつ出ます。三角形の3つの辺のうち、空間的なのは1つ、 時間的なのは2つ。時間的な辺の向こうが U か D かはおよそ半々なので、 許される手は全体のおよそ \(2/3 \times 1/2 = 1/3\)。
実際にモンテカルロを走らせて、フリップの受理率を測りました ── 0.335(因果律なしなら 0.84)。予言どおりです。
下の図は、あなたのブラウザの中で本物のフリップを打っています。 点は三角形(=双対グラフの節点)で、縦が時間、横が空間。線は三角形どうしの隣接です。
「因果律」のボタンを切ってみてください。
因果律ありのときは、時間を飛び越える辺の数が厳密に 0 のままです。 どれだけ手を打っても 0。切った瞬間から増え始め、平均距離 \(\langle r\rangle\) が落ちていきます ── 同じ体積が、はるかに小さい直径に詰め込まれていく。
まず幾何そのもの。ハウスドルフ次元は「半径 \(r\) の球にどれだけ体積が入るか」で決まりますが、 局所の傾きは有限サイズに弱いので、有限サイズスケーリングで決めました ── 平均グラフ距離 \(\langle r\rangle \sim N^{1/d_H}\) を、体積 \(N\) を振って測ります。
| 三角形の数 \(N\) | \(\langle r\rangle\) 因果律あり | \(\langle r\rangle\) 因果律なし | 比 |
|---|---|---|---|
| 2,139 | 29.7 | 23.9 | 0.81 |
| 10,695 | 72.6 | 40.3 | 0.56 |
| 40,623 | 161.9 | 61.8 | 0.38 |
| 224,223 | 377.5 | 97.1 | 0.26 |
| フィットで出る \(d_H\) | 1.84 〜 1.96 | ≈ 4 | (大きい \(N\) の実効値 3.94, 4.04) |
作用は一文字も変えていません。フリップを1種類だけ増やしただけで、 同じ体積の宇宙が直径 4 分の1 に縮み、次元が 2 から 4 になります。
次元にはもう一つの測り方があります。スペクトル次元 \(d_s\) ── その空間の上でランダムウォークを走らせ、\(\sigma\) 歩後に出発点へ戻る確率を測る。
$$P(\sigma)\sim\sigma^{-d_s/2}$$この量は、量子重力のどの仮説でも必ず引用されます。「短距離で \(d_s\) が 2 に落ちる」 ── 4次元 CDT も、漸近安全性も、Hořava 重力も、みんな 2 に行く。 独立な仮説が同じ数に収束するのだから、これは何かを掴んでいるはずだ、と。
上と同じ2つの宇宙で測りました。同じ \(N\)、同じトポロジー、同じ作用です。
| \(N=150{,}179\) | 因果律あり(CDT) | 因果律なし(DT) |
|---|---|---|
| ハウスドルフ次元 \(d_H\) | 1.84 〜 2.0 | ≈ 4 |
| スペクトル次元 \(d_s\) | 1.90 〜 2.02 | 2.04 |
| 平均距離 \(\langle r\rangle\) | 222 | 91.5 |
ハウスドルフ次元は2倍になるのに、スペクトル次元は動かない。
\(d_s\simeq 2\) は、\(d_H\) が2倍違う幾何と平気で両立します。つまり \(d_s\) は幾何をほとんど区別していない。 「独立な仮説がどれも \(d_s\to2\) を出す」は、見かけほど強い一致ではありません。
最後に、いちばん物理らしい問いを。量子重力は、物質のふるまいを変えるのか。
同じ格子の上にイジング模型を載せます。スピンは三角形(=双対の節点、次数はどこも3)に置き、 \(H=-J\sum_{\langle ij\rangle}s_is_j\)。そして幾何とスピンを同時に動かします (物質が幾何に反作用する=アニール)。
フリップで張り替わる双対の辺は2本だけ(A–X と B–Z が消えて A–Z と B–X ができる。A–B は残る) なので、エネルギー変化は閉じた形になります。
$$\Delta E = J\,(s_A-s_B)(s_X-s_Z)$$臨界指数を測るには規約が要ります(\(d_H\) が違う2つの格子で「長さ」をどう揃えるか、など)。 そこを避けたいので、比熱のピークが体積とともに伸びるかどうかだけを見ます。
つまり \(C_{\max}\) が \(\ln N\) で伸びるか、頭打ちになるか。指数の規約も \(d_H\) も要りません。
| \(N\) | 凍結格子 (幾何を動かさない) | CDT (因果律あり) | DT (因果律なし) |
|---|---|---|---|
| 512 | 1.424 | 0.882 | 0.750 |
| 2,048 | 1.578 | 0.999 | 0.730 |
| 4,608 | 1.759 | 1.033 | 0.785 |
| 12,800 | 1.886 | 1.066 | 0.822 |
| \(C_{\max}=a+b\ln N\) の \(b\) | +0.146 ± 0.021 (7.0σ) | +0.055 ± 0.008 (7.0σ) | +0.019 ± 0.011 (1.8σ) |
凍結格子と CDT は対数で発散する。DT だけ発散しない。 つまり因果律を課した量子重力の上では、イジングは平らな空間と同じオンサーガーの ふるまいを保ちます。因果律を外すと、幾何が物質を着替えさせてしまう。
| 何が変わるか | どちらの向きに | 出てくる回 |
|---|---|---|
| 共形モードの運動項の符号 | 数え上げを正の符号で数えるかどうか | 第1回 |
| 次元 \(d_H\) | 2 か 4 か | 第2回・今回 |
| 物質の臨界指数 | オンサーガーのままか、着替えるか | 今回 |
3つとも、作用は一文字も変えていません。動かしたのは 測度(何を足し上げるか)だけです。そして2次元では、その測度の差は
「空間的な辺をフリップしてはいけない」
という一行に尽きます。量子重力で「どんな作用を選ぶか」は長らく主戦場でしたが、 少なくともこの模型では、作用より測度のほうが物理をやっている。
比熱の測定には ±8% のばらつきがあります。慣らし掃引を4倍にすると \(C_{\max}\) がその程度動きます。DT の \(b=0.019\pm0.011\) はその範囲内なので、 言えるのは「ゼロと無矛盾」まで ── ゼロであることの証明ではありません。 指数 \(\beta,\gamma,\nu\) は測っていません。
それから、Wolff クラスター法を入れるまで、この測定は全部間違っていました。 メトロポリスだけだと \(\beta=1.2\) で磁化が2万掃引たっても上がり続け、 比熱も磁化も信用できませんでした。Wolff で 300 掃引に短縮。 臨界点近くで幾何も動く系は、クラスター法なしでは測れません。
そして最大の留保 ── これは2次元です。2次元では曲率項が位相不変量なので、 作用が体積項しかなく、測度が主役になるのは半ば当たり前でもあります。 4次元で同じことが言えるかは別の問題です(ただし4次元 CDT の数値実験でも、 測度が共形モードの符号を直していることは示されています)。
三角形の張り替えを場合分けすると、許される手は3通りしかありません。空間的な辺は
葉層を壊し、同種どうし(U-U)はスライスの中に潰れ、時間的かつ U-D のときだけ
因果的な構造が保たれます。したがって
DT = すべてのフリップ、CDT = その一手だけ。
「因果的」という言葉が if 一行になりました(受理率 0.335 ≒ 1/3 で裏取り済み)。
その一行を切り替えると、同じ体積・同じトポロジー・同じ作用のまま、 \(d_H\) が 2 から 4 へ(\(N\)=22万で平均距離が 378 → 97)。 ところが\(d_s\) はどちらも ≈2 のまま動きません ── 量子重力で最も横断的に引用される量が、いちばん弁別力の低い量でした。
イジングを載せると、比熱のピークが \(\ln N\) で伸びる係数は 凍結格子 +0.146、CDT +0.055(どちらも 7.0σ)に対し、 DT だけ +0.019(1.8σ)でゼロと無矛盾。 因果律を課した量子重力の上では、物質は平らな空間と同じオンサーガーのふるまいを保ちます。
3つとも作用は不変で、動かしたのは測度だけ。少なくともこの模型では、 何を足し上げるかのほうが、何を最小化するかより効いていました。
印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面では「因果律」ボタンで、時空から層が消える様子が見えます。