量子重力自由研究第 2 回 / きれいすぎる答えを、疑う

第1回で作った模型は、じつは厳密に解けます。解いたら、拍子抜けするほどきれいでした

1ティックに、
1セル ビッグバンから出発した宇宙の大きさを追いかけると \(\langle l(t)\rangle=t+1\)。
ぴったりです。……ぴったりすぎたので、どこまで本当かを確かめました。

必要な道具:母関数、メビウス変換、そして「係数を疑う」という癖 自由研究 / 手を動かした記録

第1回で、2次元の因果的な格子の上に量子重力を書きました。この模型は厳密に解けます。
今回はそれを解いて、答えのきれいさに一度うれしくなり、そのあとそのきれいさのうち どこまでが物理でどこからが測り方なのかを、自分で崩しに行きます。

01母関数を立てる

第1回の道具をそのまま使います。時刻 \(t\) の空間を長さ \(l\) の輪とし、1ティックで \(l\to l'\) と変わるときの帯の数え上げは、合成に使える形

$$K(l,l')=\binom{l+l'-1}{l-1},\qquad \text{重み}=K(l,l')\,g^{\,l+l'},\quad g=e^{-\lambda}$$

です。\(t=0\) に長さ1の輪(=1点。ビッグバン)を置いて、これを \(t\) 回かける。 その結果 \(v_t(l)\) を母関数にまとめます。

$$F_t(y)=\sum_{l\ge1}v_t(l)\,y^{\,l}$$
計算 ── 1ステップの漸化式
① 二項係数の和は、じつは初等的にたためる
$$\sum_{l'\ge1}\binom{l+l'-1}{l-1}z^{\,l'}=\frac{1}{(1-z)^{\,l}}-1$$
② これを使うと、母関数の1ステップは「変数を入れ替えて、定数を引く」だけになる
$$F_{t+1}(y)=F_t\!\Big(\frac{g}{1-gy}\Big)\;-\;F_t(g)$$

ここで大事なのは、\(l\) についての和がすっかり消えて、 \(y\) を \(g/(1-gy)\) に取り替える操作だけが残ったことです。 時間発展が、1変数の写像の繰り返しになりました。

02臨界点で、時間が「+1」になる

第1回で見つけた臨界点 \(g=1/2\)(\(\lambda_c=\ln2\))に座ります。写像はこうなります。

$$M(y)=\frac{1/2}{1-y/2}=\frac{1}{2-y}$$

不動点を探すと \(y=1/(2-y)\)、つまり \(y^2-2y+1=0\)。\(y=1\) の重解です。 メビウス変換で不動点が重なっているものを放物型といい、これには特別な性質があります ── うまい座標を取ると、ただの平行移動になる。

計算 ── 座標を取り替える
① 不動点 \(y=1\) を無限遠に飛ばす座標
$$w=\frac{1}{1-y}$$
② この座標で写像を書き直すと
$$y=1-\frac1w\;\Longrightarrow\;M(y)=\frac{1}{2-(1-1/w)}=\frac{w}{w+1} \;\Longrightarrow\;\frac{1}{1-M(y)}=w+1$$
③ つまり
$$\boxed{\;w\;\longmapsto\;w+1\;}$$
この模型が解ける理由

\(w=1/(1-y)\) という座標では、時間の1ティックが、ただの「+1」になります。
\(t\) ティック進むことは \(w\to w+t\) と同じ。だから \(t\) 回の繰り返しを 1回で書き下せる ── この模型が厳密に解けるのは、これのおかげです。

03解いた答え

漸化式を実際に回すと(手でもできますし、数式処理でも同じです)、

$$F_t(y)=\frac{y}{(t+1)\big[(t+1)-t\,y\big]}$$

が出ます。\(y\) について展開すれば、そのまま確率分布です。

厳密解
$$P_t(l)=\frac{1}{t+1}\left(\frac{t}{t+1}\right)^{l-1} \qquad\Longrightarrow\qquad \boxed{\;\langle l(t)\rangle=t+1\;}$$

時刻 \(t\) での空間の大きさは、平均 \(t+1\) の幾何分布。 近似ではありません。すべての \(t\) で厳密にこの形です。

数値でも確かめました。転送行列を \(4000\times4000\) まで取って回すと、 \(\langle l\rangle\) は 2, 3, 5, 9, 17, 33, 65, 129, 257 ── \(t=1,2,4,8,16,32,64,128,256\) に対してぴったり \(t+1\) です。 差分 \(\langle l(t{+}1)\rangle-\langle l(t)\rangle\) を測ると \(t=10\ldots80\) の平均が 0.9999997、標準偏差 \(8\times10^{-7}\)。

第1回で作ったモンテカルロとも突き合わせました(\(T=64\)、2000万掃引)。

モンテカルロ厳密ずれ
\(\langle l\rangle\)63.37 ± 1.1764−0.54σ
\(\sigma_l\)62.1463.502%
分布 \(P(l)\)(\(l=1\ldots305\))幾何分布と一致1% 以内

04ゆらぎが、平均と同じ大きさ

幾何分布の標準偏差は \(\sigma_l=\sqrt{t(t+1)}\)。つまり

$$\frac{\sigma_l}{\langle l\rangle}=\frac{\sqrt{t(t+1)}}{t+1}\;\xrightarrow{\;t\to\infty\;}\;1$$

ゆらぎが平均と同じ大きさです。平均は \(t+1\) できれいに伸びるのに、 実際の1つ1つの宇宙は平均から桁で外れている。 これは2次元には古典極限が無いということで、既知の事実と合っています (4次元 CDT では、逆に古典的な宇宙が立ち上がることが数値的に見えています)。

図:厳密解 \(P_t(l)\)。上=分布そのもの、下=2つの「平均」の伸び方。どちらも直線ですが、傾きが違います
厳密な分布 P(l) ⟨l⟩ = t+1(出口に印をつけない) ⟨l²⟩/⟨l⟩ = 2t+1(出口の頂点を1つ選ぶ)
計算中…
◇ ◇ ◇

05ここで一度、疑う

\(\langle l(t)\rangle=t+1\)。傾きがきっちり 1 です。格子の単位で書けば

$$\frac{d\langle l\rangle}{dt}=1\quad(\text{格子単位で }=c)$$

1ティックに、1セル。 光円錐がちょうど1マスずつ広がるのと同じ速さで、 空間そのものが広がっている。きれいです。きれいすぎます。

こういうときは疑うのが自由研究の作法なので、疑いました。 この「1」は、どこから来ているのか。

数え上げの「印」を変えてみる

帯を数えるとき、どこに番号を振るかで数え方が変わります。両端の輪に番号を振った数を \(A(l,l')=l'\binom{l+l'-1}{l-1}\) とすると、第1回で使った \(K\) は \(A/l'\) でした。 では \(A\) をそのまま掛け算していったらどうなるか ── やってみました。

\(t\)12481632伸び方
\(K\) で合成(正しい)23591733\(t\) に比例
\(A\) をそのまま掛ける36.3316.9653.59188.0701.5\(t^2\) で伸びる
逆に割りすぎた場合22.472.732.7692.7692.769伸びない

まるで違う答えが出ます。 真ん中の行は \(t^2\) で伸び、下の行はそもそも伸びません。 「1ティックに1セル」どころではない。では、どれが正しいのか。

計算 ── 正しい合成を、力ずくで決める
① 2枚重ねた物体では、中間スライスの番号は【物体の性質ではない】ので割る
$$W_2(a,c)=\sum_b \frac{A(a,b)\,A(b,c)}{b}$$
② これを \(K\) で書き直せるか、直接ぶつける
$$W_2(a,c)\;\stackrel{?}{=}\;c\sum_b K(a,b)K(b,c)$$
③ 結果(\(a,c\le5\) の全ケースで整数のまま一致)
$$a=c=3:\quad 2{,}082{,}212{,}247\;=\;2{,}082{,}212{,}247$$

合成に使えるのは \(K(a,b)=\binom{a+b-1}{a-1}\) だけでした。 \(A\) をそのまま掛けると、中間スライスの番号を毎ステップ数え直すことになり、 \(\prod b_i\) だけ水増しされる ── これが \(t^2\) の正体です。 きれいな答えの手前に、はっきりした落とし穴が1つあったことになります。

それでも、係数は測り方で変わる

ここからが今回いちばん大事なところです。正しいカーネルを使っても、 「宇宙の大きさの平均」の定義がひとつではありません。

測り方厳密な答え傾き
出口の輪に印をつけない\(\langle l\rangle=t+1\)1
出口の頂点を1つ選んで、その輪の長さを測る\(\dfrac{\langle l^2\rangle}{\langle l\rangle}=2t+1\)2

どちらも厳密です(\(t=1,2,5,10,20,40\) で数値と完全一致を確認しました)。 後者は「長い輪ほど選ばれやすい」という長さバイアスが入るぶん、ちょうど2倍になります。 バスの待ち時間のパラドックスと同じ理屈です。

今回の一行

直線であることが物理。傾きの「1」は測り方の値。
\(\langle l\rangle\propto t\)、したがって体積 \(V\propto t^2\)、 ハウスドルフ次元 \(d_H=2\) ── ここは測り方によらない。 でも「きっちり1セル」の 1 のほうは、印をどう付けたかで 1 にも 2 にもなります。

06因果律が、次元を決めている

\(d_H=2\) は、当たり前のようでいて当たり前ではありません。同じ三角形分割でも、 時間の向きを外して(=時空が枝分かれしたりちぎれたりするのを許して)足し上げると、 2次元ユークリッド動的三角形分割になります。そちらの答えは

模型ハウスドルフ次元
2次元 CDT(因果あり)\(d_H=2\)のっぺりした、ふつうの2次元
2次元 ユークリッド DT(因果なし)\(d_H=4\)枝分かれだらけのフラクタル

足し上げる形の集合に「因果的であれ」という条件を足しただけで、次元が 4 から 2 に変わる。 作用は変えていません。測度(何を足し上げるか)を変えただけです。 第1回の結論 ──「効いているのは作用ではなく数え上げのほう」── が、ここでも同じ顔で出てきます。

07c·t = 一定 との関係(正直な線)

正直な線

「わかる」シリーズの読者なら、\(d\langle l\rangle/dt=1\) を見て \(R_h=ct\)、\(a\propto t\) を思い浮かべたはずです。実際、形は同じです。 ただし持ち帰ってよいのは、次の1行だけです。

「1ティックに1セル」は、因果格子では自動的に成り立つ。

理由は身も蓋もありません。格子が因果的だからです。 1ティックで情報が進める距離は1セルと決めてあり、その上で臨界点に座れば、 空間の広がりがその速さに追いつく。これは正則化の性質であって、 「宇宙が離散である」という主張でも「宇宙は本当に \(a\propto t\) で膨らむ」という主張でもありません。 格子 QCD が「時空は格子だ」と言っていないのと同じです。

そしてこれは2次元の話です。4次元 CDT が出す宇宙は \(V_3(t)\propto\cos^3(t/B)\) ── ド・ジッター型であって、線形膨張ではありません。 2次元の \(d_H=2\) を4次元に持ち込む理由はどこにもない。

それから、線形膨張を初期宇宙まで額面で外挿すると元素合成と矛盾する (冷却が遅すぎて中性子が枯渇しヘリウムが作れない)という判決は、今回の計算で 一文字も変わりません。今日の結果は、その判決に触れていません。

練習問題
  1. \(w=1/(1-y)\) と置くと写像が \(w\mapsto w+1\) になることを確かめよ。
    答えを見る
    \(y=1-1/w\) を \(M(y)=1/(2-y)\) に入れると \(M=1/(1+1/w)=w/(w+1)\)。 よって \(1/(1-M)=1/(1/(w+1))=w+1\)。\(w\) 座標での像がちょうど \(w+1\)。
  2. \(P_t(l)\) が幾何分布であることから、\(\langle l\rangle\) と \(\sigma_l\) を出せ。
    答えを見る
    \(p=1/(t+1)\) の幾何分布(\(l\ge1\))なので \(\langle l\rangle=1/p=t+1\)、 分散 \((1-p)/p^2=t(t+1)\)、よって \(\sigma_l=\sqrt{t(t+1)}\)。 \(\sigma_l/\langle l\rangle\to1\) で、ゆらぎが平均と同じ大きさになる。
  3. 「出口の頂点を1つ選ぶ」と平均が \(2t+1\) になるのはなぜか。
    答えを見る
    頂点を選ぶと、長い輪ほど選ばれやすくなる(長さバイアス)。重みが \(l\) 倍になるので 平均は \(\langle l^2\rangle/\langle l\rangle\)。幾何分布では \(\langle l^2\rangle=(2-p)/p^2\) なので \(\langle l^2\rangle/\langle l\rangle=(2-p)/p=2(t+1)-1=2t+1\)。 バス停で「次のバスまでの間隔」を測ると平均より長く出るのと同じ現象。
  4. (やや難)\(d_H=2\) と「傾きが1」は、どちらが測り方に依らない主張か。
    答えを見る
    \(d_H=2\)(=伸び方が線形であること)のほう。 傾きの数値は、出口に印を付けるかどうかで 1 にも 2 にもなる。 べきの指数は測り方を変えても変わらないが、係数は変わる ── 「無次元量だけが物理」という前シリーズの合言葉が、ここでも効いている。

まとめ ── 直線が物理、傾きは測り方

第1回の模型は厳密に解けます。母関数の1ステップは \(F_{t+1}(y)=F_t(g/(1-gy))-F_t(g)\) で、臨界点 \(g=1/2\) では写像 \(y\mapsto1/(2-y)\) が \(y=1\) を重解の不動点にもつ放物型メビウス変換。だから \(w=1/(1-y)\) と置けば時間の1ティックがただの「+1」になり、一気に解けます。

答えは \(P_t(l)=\frac{1}{t+1}\big(\frac{t}{t+1}\big)^{l-1}\)、 つまり平均 \(t+1\) の幾何分布。転送行列(2,3,5,9,17,33,65,129,257)とも、 モンテカルロ(\(63.37\pm1.17\) vs 64)とも一致します。 ゆらぎは \(\sqrt{t(t+1)}\) で、平均と同じ大きさ ── 2次元には古典極限がありません。

「\(d\langle l\rangle/dt=1\)、1ティックに1セル」はきれいですが、疑ってみると 係数の 1 は測り方の値でした。出口の頂点を1つ選んで測れば \(2t+1\) になり、 傾きは 2 になる。直線であること(\(d_H=2\))が物理で、傾きの数字は印の付け方です。

そして \(d_H=2\) 自体は、因果律を外すと \(d_H=4\) に変わります。作用は同じまま、 何を足し上げるかを変えただけで次元が変わる ── 第1回と同じ結論が、別の顔で出てきました。

この文書は「量子重力自由研究」シリーズ第2回です。2次元の因果的動的三角形分割(CDT)は Ambjørn & Loll (1998, hep-th/9805108) が導入し、離散のレベルで厳密に解かれています ── 母関数の漸化式、臨界結合 \(g_c=1/2\)、ハウスドルフ次元 \(d_H=2\)(因果律を外した2次元 ユークリッド DT では \(d_H=4\))は同論文以来の標準的な結果です。本文の \(F_t(y)\)、 \(P_t(l)\)、\(\langle l(t)\rangle=t+1\)、\(\langle l^2\rangle/\langle l\rangle=2t+1\)、および 合成カーネルの一意性は、すべて筆者が独立に導き、数式処理・転送行列(\(4000\times4000\))・ 力ずくの整数計算・モンテカルロで相互に検証したものです。 「1ティックに1セル」は因果的な格子正則化の性質であり、時空が離散であるという主張でも、 宇宙が線形に膨張するという主張でもありません。4次元 CDT の準古典宇宙はド・ジッター型です。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を。

印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面では t のツマミを動かすと分布と2本の直線が動きます。