第1回で作った模型は、じつは厳密に解けます。解いたら、拍子抜けするほどきれいでした
第1回で、2次元の因果的な格子の上に量子重力を書きました。この模型は厳密に解けます。
今回はそれを解いて、答えのきれいさに一度うれしくなり、そのあとそのきれいさのうち
どこまでが物理でどこからが測り方なのかを、自分で崩しに行きます。
第1回の道具をそのまま使います。時刻 \(t\) の空間を長さ \(l\) の輪とし、1ティックで \(l\to l'\) と変わるときの帯の数え上げは、合成に使える形で
$$K(l,l')=\binom{l+l'-1}{l-1},\qquad \text{重み}=K(l,l')\,g^{\,l+l'},\quad g=e^{-\lambda}$$です。\(t=0\) に長さ1の輪(=1点。ビッグバン)を置いて、これを \(t\) 回かける。 その結果 \(v_t(l)\) を母関数にまとめます。
$$F_t(y)=\sum_{l\ge1}v_t(l)\,y^{\,l}$$ここで大事なのは、\(l\) についての和がすっかり消えて、 \(y\) を \(g/(1-gy)\) に取り替える操作だけが残ったことです。 時間発展が、1変数の写像の繰り返しになりました。
第1回で見つけた臨界点 \(g=1/2\)(\(\lambda_c=\ln2\))に座ります。写像はこうなります。
$$M(y)=\frac{1/2}{1-y/2}=\frac{1}{2-y}$$不動点を探すと \(y=1/(2-y)\)、つまり \(y^2-2y+1=0\)。\(y=1\) の重解です。 メビウス変換で不動点が重なっているものを放物型といい、これには特別な性質があります ── うまい座標を取ると、ただの平行移動になる。
\(w=1/(1-y)\) という座標では、時間の1ティックが、ただの「+1」になります。
\(t\) ティック進むことは \(w\to w+t\) と同じ。だから \(t\) 回の繰り返しを
1回で書き下せる ── この模型が厳密に解けるのは、これのおかげです。
漸化式を実際に回すと(手でもできますし、数式処理でも同じです)、
$$F_t(y)=\frac{y}{(t+1)\big[(t+1)-t\,y\big]}$$が出ます。\(y\) について展開すれば、そのまま確率分布です。
時刻 \(t\) での空間の大きさは、平均 \(t+1\) の幾何分布。 近似ではありません。すべての \(t\) で厳密にこの形です。
数値でも確かめました。転送行列を \(4000\times4000\) まで取って回すと、 \(\langle l\rangle\) は 2, 3, 5, 9, 17, 33, 65, 129, 257 ── \(t=1,2,4,8,16,32,64,128,256\) に対してぴったり \(t+1\) です。 差分 \(\langle l(t{+}1)\rangle-\langle l(t)\rangle\) を測ると \(t=10\ldots80\) の平均が 0.9999997、標準偏差 \(8\times10^{-7}\)。
第1回で作ったモンテカルロとも突き合わせました(\(T=64\)、2000万掃引)。
| 量 | モンテカルロ | 厳密 | ずれ |
|---|---|---|---|
| \(\langle l\rangle\) | 63.37 ± 1.17 | 64 | −0.54σ |
| \(\sigma_l\) | 62.14 | 63.50 | 2% |
| 分布 \(P(l)\)(\(l=1\ldots305\)) | 幾何分布と一致 | 1% 以内 | |
幾何分布の標準偏差は \(\sigma_l=\sqrt{t(t+1)}\)。つまり
$$\frac{\sigma_l}{\langle l\rangle}=\frac{\sqrt{t(t+1)}}{t+1}\;\xrightarrow{\;t\to\infty\;}\;1$$ゆらぎが平均と同じ大きさです。平均は \(t+1\) できれいに伸びるのに、 実際の1つ1つの宇宙は平均から桁で外れている。 これは2次元には古典極限が無いということで、既知の事実と合っています (4次元 CDT では、逆に古典的な宇宙が立ち上がることが数値的に見えています)。
\(\langle l(t)\rangle=t+1\)。傾きがきっちり 1 です。格子の単位で書けば
$$\frac{d\langle l\rangle}{dt}=1\quad(\text{格子単位で }=c)$$1ティックに、1セル。 光円錐がちょうど1マスずつ広がるのと同じ速さで、 空間そのものが広がっている。きれいです。きれいすぎます。
こういうときは疑うのが自由研究の作法なので、疑いました。 この「1」は、どこから来ているのか。
帯を数えるとき、どこに番号を振るかで数え方が変わります。両端の輪に番号を振った数を \(A(l,l')=l'\binom{l+l'-1}{l-1}\) とすると、第1回で使った \(K\) は \(A/l'\) でした。 では \(A\) をそのまま掛け算していったらどうなるか ── やってみました。
| \(t\) | 1 | 2 | 4 | 8 | 16 | 32 | 伸び方 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| \(K\) で合成(正しい) | 2 | 3 | 5 | 9 | 17 | 33 | \(t\) に比例 |
| \(A\) をそのまま掛ける | 3 | 6.33 | 16.96 | 53.59 | 188.0 | 701.5 | \(t^2\) で伸びる |
| 逆に割りすぎた場合 | 2 | 2.47 | 2.73 | 2.769 | 2.769 | 2.769 | 伸びない |
まるで違う答えが出ます。 真ん中の行は \(t^2\) で伸び、下の行はそもそも伸びません。 「1ティックに1セル」どころではない。では、どれが正しいのか。
合成に使えるのは \(K(a,b)=\binom{a+b-1}{a-1}\) だけでした。 \(A\) をそのまま掛けると、中間スライスの番号を毎ステップ数え直すことになり、 \(\prod b_i\) だけ水増しされる ── これが \(t^2\) の正体です。 きれいな答えの手前に、はっきりした落とし穴が1つあったことになります。
ここからが今回いちばん大事なところです。正しいカーネルを使っても、 「宇宙の大きさの平均」の定義がひとつではありません。
| 測り方 | 厳密な答え | 傾き |
|---|---|---|
| 出口の輪に印をつけない | \(\langle l\rangle=t+1\) | 1 |
| 出口の頂点を1つ選んで、その輪の長さを測る | \(\dfrac{\langle l^2\rangle}{\langle l\rangle}=2t+1\) | 2 |
どちらも厳密です(\(t=1,2,5,10,20,40\) で数値と完全一致を確認しました)。 後者は「長い輪ほど選ばれやすい」という長さバイアスが入るぶん、ちょうど2倍になります。 バスの待ち時間のパラドックスと同じ理屈です。
直線であることが物理。傾きの「1」は測り方の値。
\(\langle l\rangle\propto t\)、したがって体積 \(V\propto t^2\)、
ハウスドルフ次元 \(d_H=2\) ── ここは測り方によらない。
でも「きっちり1セル」の 1 のほうは、印をどう付けたかで 1 にも 2 にもなります。
\(d_H=2\) は、当たり前のようでいて当たり前ではありません。同じ三角形分割でも、 時間の向きを外して(=時空が枝分かれしたりちぎれたりするのを許して)足し上げると、 2次元ユークリッド動的三角形分割になります。そちらの答えは
| 模型 | ハウスドルフ次元 | 形 |
|---|---|---|
| 2次元 CDT(因果あり) | \(d_H=2\) | のっぺりした、ふつうの2次元 |
| 2次元 ユークリッド DT(因果なし) | \(d_H=4\) | 枝分かれだらけのフラクタル |
足し上げる形の集合に「因果的であれ」という条件を足しただけで、次元が 4 から 2 に変わる。 作用は変えていません。測度(何を足し上げるか)を変えただけです。 第1回の結論 ──「効いているのは作用ではなく数え上げのほう」── が、ここでも同じ顔で出てきます。
「わかる」シリーズの読者なら、\(d\langle l\rangle/dt=1\) を見て \(R_h=ct\)、\(a\propto t\) を思い浮かべたはずです。実際、形は同じです。 ただし持ち帰ってよいのは、次の1行だけです。
「1ティックに1セル」は、因果格子では自動的に成り立つ。
理由は身も蓋もありません。格子が因果的だからです。 1ティックで情報が進める距離は1セルと決めてあり、その上で臨界点に座れば、 空間の広がりがその速さに追いつく。これは正則化の性質であって、 「宇宙が離散である」という主張でも「宇宙は本当に \(a\propto t\) で膨らむ」という主張でもありません。 格子 QCD が「時空は格子だ」と言っていないのと同じです。
そしてこれは2次元の話です。4次元 CDT が出す宇宙は \(V_3(t)\propto\cos^3(t/B)\) ── ド・ジッター型であって、線形膨張ではありません。 2次元の \(d_H=2\) を4次元に持ち込む理由はどこにもない。
それから、線形膨張を初期宇宙まで額面で外挿すると元素合成と矛盾する (冷却が遅すぎて中性子が枯渇しヘリウムが作れない)という判決は、今回の計算で 一文字も変わりません。今日の結果は、その判決に触れていません。
第1回の模型は厳密に解けます。母関数の1ステップは \(F_{t+1}(y)=F_t(g/(1-gy))-F_t(g)\) で、臨界点 \(g=1/2\) では写像 \(y\mapsto1/(2-y)\) が \(y=1\) を重解の不動点にもつ放物型メビウス変換。だから \(w=1/(1-y)\) と置けば時間の1ティックがただの「+1」になり、一気に解けます。
答えは \(P_t(l)=\frac{1}{t+1}\big(\frac{t}{t+1}\big)^{l-1}\)、 つまり平均 \(t+1\) の幾何分布。転送行列(2,3,5,9,17,33,65,129,257)とも、 モンテカルロ(\(63.37\pm1.17\) vs 64)とも一致します。 ゆらぎは \(\sqrt{t(t+1)}\) で、平均と同じ大きさ ── 2次元には古典極限がありません。
「\(d\langle l\rangle/dt=1\)、1ティックに1セル」はきれいですが、疑ってみると 係数の 1 は測り方の値でした。出口の頂点を1つ選んで測れば \(2t+1\) になり、 傾きは 2 になる。直線であること(\(d_H=2\))が物理で、傾きの数字は印の付け方です。
そして \(d_H=2\) 自体は、因果律を外すと \(d_H=4\) に変わります。作用は同じまま、 何を足し上げるかを変えただけで次元が変わる ── 第1回と同じ結論が、別の顔で出てきました。
印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面では t のツマミを動かすと分布と2本の直線が動きます。